裏極(極道恋事情番外編)

一園木蓮

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幼き胸にあたためし想い メリークリスマスイヴ

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※クリスマス読み切り(周焔&冰編)です。



 十二月――。
 師走に入ると汐留のダイニングにはクリスマスツリーがお目見えする。家令の真田が毎年趣向を凝らして飾り付けてくれるものだ。
「真田さん、今年も飾ってくださったんだぁ。綺麗だなぁ」
 夜、周が風呂に入ったのを見届けると、冰はこっそりダイニングへと向かった。目的はツリーに秘密の飾りをひとつ足す為である。
 それは言われなければ分からないほんの小さな飾り――絹地で出来た柊の葉っぱのオーナメントだ。ツリーの葉に隠すようにして目立たない箇所にそれを括り付けると、湯上がりの頬をポッと染めた。
「ふふ、今年も飾れた。俺の宝物――」
 そっと大切に触れながら、瞳を閉じて祈るように手を合わせる。まるで今年も一年間ありがとうとでもいうようにして柊の葉に口づけると、またこっそり何事もなかったかのように部屋へと戻った。
 周はまだシャワー中のようだ。しばらくすると水栓を閉める音がして、彼が上がったのが分かった。
「お湯沸かしておこうっと! 白龍は熱々が好きだもんね」
 風呂上がりには二人で紹興酒を飲みながらソファで寛ぐのが習慣となっているのだ。
 しばしの後、バスローブを羽織った周がリビングへとやって来る頃には、淹れたての紹興酒の出来上がりだ。
「お! いつもすまんな」
 湯気の立つ紹興酒に気がついた周がソファへと腰掛けがてらクシャクシャっと髪を撫でてくれる。冰はこの瞬間がとても好きだった。晩御飯が済んで風呂上がりの一杯を共に傾ける時間は、夫婦水入らずのまったりとした瞬間だ。
 風呂は一緒に入る時もあれば、今日のように手の空いた方から順番で入ってしまうこともある。家庭と仕事、年がら年中一緒にいる機会が多い二人なので、『常に一緒にお風呂』でなくともいいのだ。
 しばしたわいのないおしゃべりを交わしながら夜のニュース番組などを見流して、紹興酒を飲み終えるとベッドへ向かう。ローブを脱ぎ、互いに上半身は生まれたままの姿になって羽布団へと潜り込む。真冬でも暖房の効いた部屋は暖かく、何より周の広い胸にすっぽりと抱き包まれながら眠るので、まったく寒くはないのだ。
「もう師走か――。早えもんだな」
「そうだねー。俺がここで住まわせてもらってから三年だもんね。ほんと早いー」
「三年か――。何だか昨日のことのようにも思えるがな」
 そんな台詞が出ること自体、俺も歳を取ったなと笑う男前の笑顔にも頬が染まる。
「白龍、大好き――!」
「ああ、俺もだ。ゆっくり休めよ」
 額にキスを落とされ、クイと頭ごと抱え込まれて眠りに落ちる。そんな何気ない毎日の一瞬一瞬が二人にとって至福の瞬間だった。

 翌朝、軽く身支度を整えてダイニングに顔を出すと、冰は真っ先にツリーへと向かい、昨夜こっそりと葉の陰に隠した秘密のオーナメントを確認した。
「おはよ! 今日も一日がんばるね」
 まるで愛しい者に話し掛けるようにニコニコと幸せな視線を向ける。そんな彼の横顔を、昇ったばかりの真冬の朝陽がキラキラと照らしていた。
 周はそれより少し遅れてダイニングへとやって来た。どうやら自室の奥にある書斎に用があったようだ。
 十二月に入り、ダイニングに真田が飾ったツリーがお目見えすると、周もまた決まって朝一番に書斎へと向かう。テーブルの一番上、鍵付きの引き出しを開いては毎朝同じ物を手に取って眺めるのだ。
 それは少しばかり年季の入った小さな封筒――。その中に収められたカードを取り出しては瞳をゆるめ、
「可愛いことだ。今日も一日見守っていてくれ」
 そう言って軽くキスをする。カードをしまい、鍵をかけ、その後ダイニングへと向かう。
 周も冰も互いに伝え合っていない儀式のようなものをこうして密かに行なっているのだ。
 といっても年がら年中というわけではない。
 十二月という特別な月の間だけ、二人が二人ともこっそりと行なっている不思議な習慣なのだ。
 仲睦まじい夫婦がなぜ互いにも内緒でこんなことをしているかというと、それは十五年ほど前の十二月に話がさかのぼる。当時周は二十歳になったばかりで大学に通う学生だった。冰は九歳ほどで、ちょうど秋期の授業が終わり冬休みに入った頃だ。
 それはクリスマスイヴの夕方のこと――。
 冰が友達と公園で遊んだ後、帰宅すると、黄老人がクリスマスのチキンを焼いて待っていてくれた。
「じいちゃん、ただいまぁ! 遅くなっちゃった」
「おう、おかえり。ちょうどチキンが焼けたところだよ」
 美味しそうな匂いにお腹の虫が鳴りそうだ。ふとテーブルに視線をやると、見たこともないような大きな箱――一目でプレゼントだと分かる豪華な包みにはこれまた太い真っ赤なリボンが掛けられていて、幼い冰は期待に胸を逸らせた。
「じいちゃん……サンタさんもう来たの?」
 しきじきと箱を眺めるようにテーブルの周りをグルグルと回りながら冰が訊く。
「ほほ! そうさ。さっきな、お前さんが帰って来るほんのちょっと前じゃった。漆黒のサンタさんがお前にと言って届けてくれたんじゃよ」

 漆黒のサンタさん――

 その言葉に冰はハッと瞳を見開いた。
「もしかして……あのお兄さんが来たの?」
 漆黒の――といえば、冰にとって思い浮かぶのはこの世で唯一人だ。その年の初め頃、チンピラ連中に拐われそうになっていたところを助けてくれた、忘れられないその人――だ。
「あのお兄さんが……。ああー、どうして僕ってば遊びに出掛けたりしてたんだろ……! お家に居ればよかった! そうしたらお兄さんに会えたのに」
 冰はほとほと後悔しているといった顔つきで、地団駄を踏んでいた。
「あのお方がお前によろしくと言っておったぞ」
「お兄さんが? ああーん、もう! 僕のバカバカバカッ!」
 冰は漆黒の男と会えなかったことが残念で残念で堪らないようだった。
「まあとにかく――そう悔やんでおっても始まらん。あのお方にはまたいつかお会いできる機会も巡って来ようて」
 それよりいただいたプレゼントを開けてみろと言われて、冰は椅子によじ登り、真っ赤なリボンを解き始めた。
「すごい綺麗なおリボン……。解いちゃうのもったいないよぉ」
 さりとて何が入っているのか気になって仕方がない。覚悟を決めて丁寧に丁寧にリボンを解いていった。
 そっと蓋を開ければ、中から出てきたのはこれまた目を剥くほどに豪華なホールケーキ――。
「う……っわぁ……! ケ、ケーキ! じいちゃん、見て! こんなに大っきなケーキ……」
 幼い冰には初めて見るほどのゴージャスなケーキだ。黄老人とたまに買ってくるのはカットされた小さなショートケーキだったので、丸型のこんな立派な物は見たことがなかったのだ。老人もまた、その豪華さに驚いていた。
「ふぉおおお、本当にすごいケーキじゃの!」
 ホールケーキは真っ白な生クリームでデコレートされていて、粒のままの大きな苺の他にはラズベリーの実がスポンジの間にもケーキのてっぺんにもたんまりと散りばめられている。その真ん中にはとても綺麗な柊の葉っぱが飾られていた。銀色に光るワイヤーで出来た柊の葉の形の上から透けるグリーンの布が張ってあり、葉の所々に金糸が縫い込まれているのか、キッチンの電灯に照らされてキラキラと光っているのがとても美しい。
「葉っぱだ……。綺麗だなぁ。キラキラしてる」
「おや、絹じゃな。絹で出来た柊のオーナメントじゃ」
「絹?」
「そう。シルクじゃ。これだけでもたいそう手の込んだ貴重な代物じゃぞ」
 老人がスープの入った鍋をテーブルに置いてしきじきと眺めている。
「オーナメント……っていうの、これ?」
「そうじゃ。クリスマスツリーに飾れるように紐が付いておろうが」
「あ、ほんとだ!」
 とはいえ、実際に飾るには小さな代物だが、オーナメントに見立てたミニ版といったところか。冰は壊さないようにと思うのか、恐る恐るといったふうにそれを掴み上げると、電灯に翳し眺めては頬を染めた。
 チョコレートで出来たプレートには英語でMerry Christmas for HYOと記されていた。
「す、すごい……すごい! これをあのお兄さんが……」

 僕の為に――?

 そう思ったら嬉し過ぎて、思わずポロポロと涙があふれ出してしまった。
「お兄さん、ありがとうございます。僕……僕、今日会えなかったのは残念だけど、とっても嬉しいです!」
 そう言って涙を拭う。
「じいちゃん、この柊の葉っぱ――僕が貰ってもいい?」
「もちろんじゃ。大事にとっておおき」
「やった! ありがとう、じいちゃん!」
 一生の宝物――! と言って冰は再び頬を染めた。
「有り難いことよの。あのような立派なお立場のお方が――我々なんぞの為に」
 食事の支度を整え終えた老人もまた、ケーキを前に丁寧に手を合わせては、感謝の祈りを捧げたのだった。

 その後、冰はケーキのお礼に手紙を贈ることを思いついた。
「ねえ、じいちゃん。漆黒のお兄さんにお手紙書きたい……。どうやって届ければいいか分かんないけど、でもどうしてもお礼が言いたいの」
 黄老人は着くかどうかは約束できないが、手紙を出してみる自体は悪くないと言ってくれた。老人は永いことカジノのディーラーで生計を立ててきた身だ。裏の世界にも多少の伝手はある。この香港を治める周一族が構えている組織の住所も知っている。そこ宛てに送れば、あるいは目に留まる可能性もあるかも知れないと思ったのだ。
「冰、この手紙が漆黒のサンタさんに届くかどうかは何とも言えん。あの御方が住んでいらっしゃるのはとても大きなお邸なのでな。住んでいる人もたくさんいて、だから万が一あの御方に届けば運が良い――くらいに思っておくしかないが、それでもいいならじいちゃんが出しておいてやろう」
「お手紙……届かないかも知れないの?」
 冰は残念そうにしていたが、それでもその『万が一』に期待を馳せて一生懸命に自分の気持ちを綴った。
 老人が小綺麗なクリスマスカードのセットを買ってくれたので、間違えないように一字一字丁寧にしたためる。

 お兄さん、とっても素敵なプレゼントをありがとうございます。
 僕はすごくすごく嬉しかったです。
 ケーキについていた柊の葉っぱをお兄さんだと思って、ずっとずっと大切にします。雪吹冰

 幼い子供の字で、一生懸命に書いたのが分かる心のこもったカード。
 老人と少年が『万が一にも届きますように』と願いを込めて投函したそのカードは、無事に漆黒の男の手に届いたのだろう。彼と共に香港を後にし、東京の汐留へと渡り、十五年経った今でも書斎の――それも鍵付きの引き出しに大事にしまわれていたのだった。
 遠い日に少年が大切にすると言った柊のオーナメントは、同じ汐留の隣の部屋でこっそりとツリーに飾られている。
 互いにもう覚えてはいないだろうと思っているオーナメントとカードは、こんなに近くでそれぞれ大事に大切にされ続けているのだった。

 もしもオーナメントとカードに心が宿り、言葉を発することができたなら、二人に伝えたいと思うのではないだろうか。
 あの時あなたが贈ってくれた『僕たち』は、今もこうして大事にされているんだよ――と。

 いつの日か、互いが互いに寄せるこの秘密の気持ちに――気付く時が来るだろうか。それは意外にも近い未来か、あるいはもう何年も何十年も先かも知れない。
 古くなってオーナメントの絹がほつれても、色褪せてカードの文字が滲んだとしても、互いの想いは出会ったあの頃からずっとずっと――大事にあたためられながら永遠に育まれていくのだということを――。

幼き胸にあたためし想い メリークリスマスイヴ - FIN -

※次、後日談です。
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