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歪んだ恋情が誘う罠
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「しゃーねえな。さすがにこのまま黙っておくわけにもいかねえだろう」
紫月はヒョイと肩をすくめては溜め息をもらした。
「姐さん、社長は明日朝一番の飛行機でこちらへいらっしゃるそうですが、とにかくは後程マカオ支社の方がこちらへ駆け付けるとおっしゃっていました」
有りもしない打ち合わせと偽って鐘崎を騙した挙句、社員が勝手に別荘を使用した経緯を聞いて、社長は大焦りしていたそうだ。
もう今夜のフライトには間に合わない時間だ。それで明日の朝一番で飛んで来るつもりなのだろう。
「一之宮――お前さんにとっちゃ耳の痛え話だろうが、うやむやにする方が良くなかろう」
周は敢えて言いづらいことも含め、事実関係を整理してみようと言った。
「おそらくカネは前々からあの戸江田とかいう野郎に好意を持たれていたんだろう。そんなこととは夢にも思わずに、偽の打ち合わせを理由にここへ呼び出された。問題はその後だが――」
周がザッと見た限りの見解では、強い催眠剤で眠らされた後、鐘崎の側であの戸江田が自慰行為に耽ったのではないかと想像される。医師の鄧からは更に詳しい経緯が示された。
「失礼を承知で遼二君のお身体を診たところ、あの男と肉体的な関係を持った形跡は見当たりませんでした。この際えげつない言い方をお許しください――。遼二君は衣服を剥かれただけで性的暴行に遭った形跡もなく、逆に遼二君があの男を抱いた形跡もありません。つまり、あの男は遼二君の裸体を見ながら自慰行為に浸っただけと思われます」
確かにえげつない物言いだが、それが事実に最も近いことと思われる。
「……ってことは、戸江田さんは遼に好意を持ってたってことか」
溜め息まじりの紫月の傍らで周も自身の見解を述べた。
「好意があったのは確かだろう。だが、あの野郎自身、その想いが報われないだろうことを分かっていた。それでも諦められずにカネを騙して陥れ、身体の関係だけでも結ぼうとしていたのかもな」
意識がある状態の鐘崎をどうこうするのは難しいということも理解していた。だから彼を眠らせて想いを遂げたということだろう。
「いずれにせよ常軌を逸しているのは間違いねえ。十中八九、一之宮のことを妬んでいるのも察しがつこうってもんだ」
「老板の仰る通りでしょうね。せめても紫月君に浮気を匂わせる際どい状況を見せつけて、自分が優位に立ちたかったのでしょうか」
「カネが目覚めてこのことを知ったらえらく憤慨するだろうがな。だが、狙われたのが一之宮でなかったことだけは幸いだったな。もしもお前がこんな目に遭わされたなら、カネは本気で修羅か夜叉になりそうだ」
周らの見解を聞きながら紫月は少し切なそうに小さな苦笑を浮かべていた。
「遼を好きだっていう戸江田さんの気持ちは気の毒だが、やっていいことといけねえことの見分けができなくなるくらい思い詰めてたってことになるんかな……」
相変わらずに紫月はやさしいというのか、他者の立場に立って物を考えられる大らかな心の持ち主といえる。だが、それもひとまずのところ鐘崎に最悪の実害が無かったからこそ言えることであって、もしも何らかの被害を受けていたとすればこう悠長にはしていられないだろう。
「とにかく――沙汰は社長が来てからだが、その前に俺と彼の間できっちり話をつける必要があるね」
紫月はそう言うと、戸江田と正面から対峙すべく立ち上がった。
穏やかで大らかな中にほんの一瞬刺すように鋭い視線がチラリと覗く。それは紫月の姐としてのけじめでもあるのだろうか。周はほんの一瞬、紫月の大きな瞳の中に垣間見えた鈍色の炎を見逃さなかった。
紫月はヒョイと肩をすくめては溜め息をもらした。
「姐さん、社長は明日朝一番の飛行機でこちらへいらっしゃるそうですが、とにかくは後程マカオ支社の方がこちらへ駆け付けるとおっしゃっていました」
有りもしない打ち合わせと偽って鐘崎を騙した挙句、社員が勝手に別荘を使用した経緯を聞いて、社長は大焦りしていたそうだ。
もう今夜のフライトには間に合わない時間だ。それで明日の朝一番で飛んで来るつもりなのだろう。
「一之宮――お前さんにとっちゃ耳の痛え話だろうが、うやむやにする方が良くなかろう」
周は敢えて言いづらいことも含め、事実関係を整理してみようと言った。
「おそらくカネは前々からあの戸江田とかいう野郎に好意を持たれていたんだろう。そんなこととは夢にも思わずに、偽の打ち合わせを理由にここへ呼び出された。問題はその後だが――」
周がザッと見た限りの見解では、強い催眠剤で眠らされた後、鐘崎の側であの戸江田が自慰行為に耽ったのではないかと想像される。医師の鄧からは更に詳しい経緯が示された。
「失礼を承知で遼二君のお身体を診たところ、あの男と肉体的な関係を持った形跡は見当たりませんでした。この際えげつない言い方をお許しください――。遼二君は衣服を剥かれただけで性的暴行に遭った形跡もなく、逆に遼二君があの男を抱いた形跡もありません。つまり、あの男は遼二君の裸体を見ながら自慰行為に浸っただけと思われます」
確かにえげつない物言いだが、それが事実に最も近いことと思われる。
「……ってことは、戸江田さんは遼に好意を持ってたってことか」
溜め息まじりの紫月の傍らで周も自身の見解を述べた。
「好意があったのは確かだろう。だが、あの野郎自身、その想いが報われないだろうことを分かっていた。それでも諦められずにカネを騙して陥れ、身体の関係だけでも結ぼうとしていたのかもな」
意識がある状態の鐘崎をどうこうするのは難しいということも理解していた。だから彼を眠らせて想いを遂げたということだろう。
「いずれにせよ常軌を逸しているのは間違いねえ。十中八九、一之宮のことを妬んでいるのも察しがつこうってもんだ」
「老板の仰る通りでしょうね。せめても紫月君に浮気を匂わせる際どい状況を見せつけて、自分が優位に立ちたかったのでしょうか」
「カネが目覚めてこのことを知ったらえらく憤慨するだろうがな。だが、狙われたのが一之宮でなかったことだけは幸いだったな。もしもお前がこんな目に遭わされたなら、カネは本気で修羅か夜叉になりそうだ」
周らの見解を聞きながら紫月は少し切なそうに小さな苦笑を浮かべていた。
「遼を好きだっていう戸江田さんの気持ちは気の毒だが、やっていいことといけねえことの見分けができなくなるくらい思い詰めてたってことになるんかな……」
相変わらずに紫月はやさしいというのか、他者の立場に立って物を考えられる大らかな心の持ち主といえる。だが、それもひとまずのところ鐘崎に最悪の実害が無かったからこそ言えることであって、もしも何らかの被害を受けていたとすればこう悠長にはしていられないだろう。
「とにかく――沙汰は社長が来てからだが、その前に俺と彼の間できっちり話をつける必要があるね」
紫月はそう言うと、戸江田と正面から対峙すべく立ち上がった。
穏やかで大らかな中にほんの一瞬刺すように鋭い視線がチラリと覗く。それは紫月の姐としてのけじめでもあるのだろうか。周はほんの一瞬、紫月の大きな瞳の中に垣間見えた鈍色の炎を見逃さなかった。
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