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マフィアの花嫁
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一方、時を遡ってその少し前のことである。商談後の会食と信じて疑わなかった周ら三人は、敵の宿泊先であるホテルのレストランの個室を予約していた。
そもそもなぜ周ほどの精鋭がこれほど簡単に罠に落とされてしまったかというと、理由は彼らを紹介してくれたクライアントにあった。起業当時から長らく付き合いのあるそのクライアントは周らにとって疑う余地のない、信用に足る企業だったからだ。そこからの紹介で、しかも香港の大型ショッピングモールに出店すると聞けば、それが新規の客でも取引相手としては申し分なかったと言える。しかも彼らの滞在先はプライベートでもしょっちゅう利用している近隣のホテルだ。紫月お気に入りのケーキを置いているラウンジがある例のホテルである。
顔馴染みの黒服に案内されて個室に入ったまでは順調だった。ところが、席についた途端に事態が一変したのだ。
まず、腰掛けた椅子から絶対に立ち上がるなと言われ、銃を突き付けられた。彼らの言うには周らの座席の下には爆弾が括り付けてあって、立ち上がると同時に起爆スイッチを押すと脅されたのだ。
加えて数分後には冰を拉致した旨を聞かされ、ご丁寧にも拘束されている冰の動画までをも見せられた。しかもあろうことか冰の腕にもスイッチひとつで爆発する爆弾がセットされてしまったことも聞かされる羽目となった。三人のスマートフォンは取り上げられて電源を落とされ、そこで初めて今回の商談とクライアントが真っ赤な偽物だと気付かされたのだ。
敵は非常に用意周到だった。周の社が長年付き合っている企業を仲介役にしたという点ひとつ取っても狡猾としか言いようがない。
その敵の正体だが、しばしの間、周に心当たりは思い浮かばなかった。彼らの言い分を聞く内、徐々に過去の出来事が脳裏に蘇ってきたものの、周からすれば紛れもなく逆恨みといえる出来事だったのだ。
「氷川社長――いや、周焔老板。十六年前、香港中環地区の複合ビル。これだけ言えば思い出すだろう」
「中環の複合ビル――? もしかして庚予か」
庚予というのは裏の世界の同胞で、周の父親とも既知の間柄だった。ファミリー直下で組織を束ねていて、立場的には同じ直下の楚光順などと同等だった男だ。その楚光順と庚予は年齢的にもキャリアに於いても近しかった為、割合懇意にしていて、双方の組織的にも特にこれと言って注視・危惧するほどの動きは無かったと記憶している。
そんな庚予が仲間の裏切りによって命を落とすこととなったのが、十六年前、中環地区に新設されることになっていた複合商業施設の建築現場で起きた事件だった。
当時、利権争いでビル建設に関わった二つの組織が対立。庚予はその内のひとつだった。ビルの完成を目前にして所有権の割合での揉め事が発端となり、ついには互いに相手を亡き者にすべく正面切っての争いに発展。周らファミリーも庚予が揉め事を抱えているらしいということはどこからともなく入ってくる噂で耳にはしていたといえる。
ところがその抗争の真っ只中で庚予についていたはずの同胞が敵方に寝返るという謀反が発生。庚予は信じていた仲間の裏切りによって命を落としてしまったという惨い事件だった。
そもそもなぜ周ほどの精鋭がこれほど簡単に罠に落とされてしまったかというと、理由は彼らを紹介してくれたクライアントにあった。起業当時から長らく付き合いのあるそのクライアントは周らにとって疑う余地のない、信用に足る企業だったからだ。そこからの紹介で、しかも香港の大型ショッピングモールに出店すると聞けば、それが新規の客でも取引相手としては申し分なかったと言える。しかも彼らの滞在先はプライベートでもしょっちゅう利用している近隣のホテルだ。紫月お気に入りのケーキを置いているラウンジがある例のホテルである。
顔馴染みの黒服に案内されて個室に入ったまでは順調だった。ところが、席についた途端に事態が一変したのだ。
まず、腰掛けた椅子から絶対に立ち上がるなと言われ、銃を突き付けられた。彼らの言うには周らの座席の下には爆弾が括り付けてあって、立ち上がると同時に起爆スイッチを押すと脅されたのだ。
加えて数分後には冰を拉致した旨を聞かされ、ご丁寧にも拘束されている冰の動画までをも見せられた。しかもあろうことか冰の腕にもスイッチひとつで爆発する爆弾がセットされてしまったことも聞かされる羽目となった。三人のスマートフォンは取り上げられて電源を落とされ、そこで初めて今回の商談とクライアントが真っ赤な偽物だと気付かされたのだ。
敵は非常に用意周到だった。周の社が長年付き合っている企業を仲介役にしたという点ひとつ取っても狡猾としか言いようがない。
その敵の正体だが、しばしの間、周に心当たりは思い浮かばなかった。彼らの言い分を聞く内、徐々に過去の出来事が脳裏に蘇ってきたものの、周からすれば紛れもなく逆恨みといえる出来事だったのだ。
「氷川社長――いや、周焔老板。十六年前、香港中環地区の複合ビル。これだけ言えば思い出すだろう」
「中環の複合ビル――? もしかして庚予か」
庚予というのは裏の世界の同胞で、周の父親とも既知の間柄だった。ファミリー直下で組織を束ねていて、立場的には同じ直下の楚光順などと同等だった男だ。その楚光順と庚予は年齢的にもキャリアに於いても近しかった為、割合懇意にしていて、双方の組織的にも特にこれと言って注視・危惧するほどの動きは無かったと記憶している。
そんな庚予が仲間の裏切りによって命を落とすこととなったのが、十六年前、中環地区に新設されることになっていた複合商業施設の建築現場で起きた事件だった。
当時、利権争いでビル建設に関わった二つの組織が対立。庚予はその内のひとつだった。ビルの完成を目前にして所有権の割合での揉め事が発端となり、ついには互いに相手を亡き者にすべく正面切っての争いに発展。周らファミリーも庚予が揉め事を抱えているらしいということはどこからともなく入ってくる噂で耳にはしていたといえる。
ところがその抗争の真っ只中で庚予についていたはずの同胞が敵方に寝返るという謀反が発生。庚予は信じていた仲間の裏切りによって命を落としてしまったという惨い事件だった。
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