やくも すべては霧につつまれて

マキナ

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言伝

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降下してきた船の全貌が地上からでも確認できるほどに近づいたとき、突如として離着陸場から轟音が鳴り響く。
きわめて重たい金属音を響かせながら、離着陸場の一部の区画を覆っていた金属の扉がゆっくりと開いていった。

それは宇宙艦艇など軽く飲み込むことのできるほどの全長をもった巨大な格納庫の扉であった。

それも一つだけではなく、大小さまざまな種類の扉が開き着陸してくる船を待ち構える。

地面に対して水平方向に開いた、地下格納庫に通ずる入り口に宇宙船が次々と飲み込まれていく。

そして地下数十米の深さまで降下すると、けたたましい金属同士が衝突する音とともに船の動きは止まる。

それは宇宙船が着陸し、地下格納庫の輸送台と触れるときの音であった。
ここからは輸送台が巨大な船たちを自動で格納庫の中央へ運んでいく。
地下深くに人工的にくりぬかれた#隧道__ずいどう__#をゆっくりと移動する艦艇。
しばらくすると大きく開けた巨大な空間へとたどり着いた。

そこには今着陸したばかりの艦艇以外の数多くの艦艇が停泊し、修理や補給などを受けていた。

そしてそれらの船を取り囲むかのように大量の整備用機械が蠢いている。

人力ではできないような作業を代行してくれる機械は地球防衛軍になくてはならない存在である。そんな整備用機械の森に着陸したばかりの艦艇が入ると、ほどなくして輸送台の動きが停止した。

 「着陸および入渠の完了を確認、これより着陸後の最終工程に入る」

 艦隊司令官の連絡とともに、各員が退艦前の最後の確認を行う。

各種電気系統や電子機器、発動機などが正常な手順で停止できているかどうかを綿密に調べる。
小一時間ほどそれらの作業が行われ、すべての船が正常に着陸及び入渠できたことが確認された。

 「こちら第参拾陸艦隊はすべての艦艇における退艦準備を完了。これより各艦艇の管理を松島中央基地へと移管する」

 『長きにわたる航海お疲れさまでした。これより各艦の整備に移ります。乗組員は退艦完了時刻までに至急退艦してください』

 艦隊司令官と管制塔のやり取りののち、各艦の搭乗口に搭乗傾斜台がかかり、一人ずつ乗組員が降りていく。
そして降りた乗組員たちは格納庫の広間で各艦の艦長及び艦隊司令官とともに整列し、地球防衛軍宇宙艦隊大将の到着を待っていた。
ほどなくして革色の軍服に身を包んだ軍人が広間の奥の廊下から現れ、整列していた彼らのほうを向いて立ち止まった。すると一同敬礼をし、艦隊司令官が口を開いた。

 「第参拾陸艦隊による海王星から月までにかけての輸送船護衛は無事完了いたしました。」

 「護衛任務ご苦労であった。諸君の働きによって宇宙での安全な航海が実現できている。その誇りと責任を胸に今後一層の活躍を我々は期待している」

 大将は重みのある口調でゆっくりと船員たちをねぎらい、その苦労と功績をたたえた。
 「こちらこそ、皆様の協力あってこその成果です」

 艦隊司令官はそう述べた後、軽く頭を下げる。

 「まあ、私から言うことはこれ以上特にない。一か月以上の任務ご苦労だった。各員休暇に入るだろうが、ゆっくりと体を休めて次の仕事も万全を期すように。それでは解散!」

 大将の号令に伴い、整列が一斉にばらけ各々その場を後にする。

 「暁提督、少しお話いいですか?」

 大勢とともに地下格納庫から去ろうとしていた艦隊司令官、暁黎明は大将に呼び止められた。

 「どうしたんですか?二階堂大将、今回の任務の件でなにかあったのでしょうか?」

 「いや、そうじゃない。この度における君たちの働きは素晴らしかった。私が伝えたいのは先ほど出席した参謀会議のことだ」

 「参謀会議でなにかあったんですか?」

 暁が率直にそう聞くと二階堂はなんとも答えづらそうな表情をし、少し考えるように一言ずつ話はじめた。

 「君たちが地球に帰還する何時間か前に、私は参謀会議に呼ばれて出席したんだ。定期的に開かれるやつとは違って、臨時のものだった。そこで防衛軍の任務やらなんやらを話し合ったんだが…」

 二階堂の様子にけげんな表情をする暁。それを悟ってか、二階堂は続きを口にした。

 「基本的にはいつもと変わらなかった。しかし会議の終盤で出席していた大統領から『今後きわめて重要な指令に注意せよ』との伝達があった」

 「きわめて重要な指令?」

 暁はその言葉に違和感を覚える。

 「ああ、『きわめて重要な指令』だ。たしかにそう伝えられた。だが、詳しくは伝えられなかった。その指令がいつ、どこで、何をするものなのか、具体的には明かされなかった。あくまで今後そのような指令が下る、ということしか、なにも。しかし大統領がわざわざそのようなことをいうというのはなにかしっかりとした意図があるのだろうと思う」

 「なるほど。それは政府のほうで何か動きがあったということでしょうか?」

 「私はそう考えている。が、なにせまったくもって情報がない。政府のほうで何か計画しているんだろうがな。にしてもそれを我々に一切伝えないとは何が目的なのか…」

 「大将にも秘匿するとなるとよほど知られたくない、というより外部に漏れては困る、ということでしょうか」

 暁はこれまでの経験をもとに頭を巡らせる。しかしこれといった結論は出てこなかった。
一般的な任務である護衛、建設、太陽系外探査航海などはやるべき目標が明確に決まっており、それに伴う日程や場所は容易に決定できる。
訓練などで兵士たちがどれだけ臨機応変に対応できるかという名目で事前に彼らに何も伝えず、直前になって新たな課題を課す、ということもなくはない。

しかしそれは将官など出席する参謀会議で行うようなことではない。大将すら知らなければ実行のしようがないからだ。

 「俺も長年軍人としてやってきたがここまで意味深な発言は聞いたことがなくて、単なる考えすぎだといいんだがな…まあいい、ここで二人で考え込んでもわからないからな!」

 二階堂は一瞬悩むようなそぶりを見せた後、暁のほうに笑顔で向き直った。

 「詳しいことがわかったら追って連絡するから、暁は休暇使ってゆっくり休んで来い!引き留めて悪かったな」
 「いえいえ、久々に二階堂大将に会えてよかったです」
 「なんだよ、照れ臭いこと言いやがって」

 恥ずかしそうにしながらも部下のそんな一言に対するうれしさが表情ににじみ出ていた。

 「まあ、伝えたかったのはそれだけだ。今度またゆっくり話ができるといいな。じゃあ俺はこの後用事があるから、またな、暁」

 「また会いましょう、さようなら」

 そういって別れの挨拶を交わした後、二階堂は手を振りながら廊下の奥へと去っていった。暁もその場を後にしようと旅行鞄に手を伸ばす。しかし一瞬だけその手が止まってしまった。

 「極めて重要な指令…」

 ぽつりとそうつぶやく。
そして止まっていた手を再び動かし旅行鞄の持ち手をつかむや否や廊下へ歩き始める。
久しぶりの長期休暇に心が躍る暁はいつもより少しだけ足早に家路をたどる。

休暇の過ごし方に思いを巡らせる一方、二階堂の話がどうも引っかかっていたが、それも仕事終わりの解放感の前には霧のように消えてしまうのであった。
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