10 / 53
第一章
第九話
しおりを挟む「ヴィルヘルム様、勇者達の絞り込みに成功しました」
目の前で立膝をつく斬鬼の報告を、ヴィルヘルムは相変わらずの無表情で受け止めていた。
(……ええーもう見つけちゃうの!? まだこの村に来てから二日目だよ!? 早すぎ!!)
相変わらず心の中では戦々恐々としていたが、彼がこうして驚くのも今回ばかりは無理もない。幾ら地方都市の一つとはいえ、それなりに人も多く住む村。そんな中から書き込みだけで不審な人物を見つけ出すなど容易な事ではない。
だからこそヴィルヘルムも長期休暇のチャンスだとのうのうと過ごしていたのだが、まさかの斬鬼がここで有能っぷりを遺憾無く発揮。流石の彼もまさか二日で終わるとは考えもしていなかった。
「……早いな」
「勿体無き御言葉。ヴィルヘルム様に労いを掛けられるだけで、私めにとっては至上の喜びでございます」
結果彼の口から出て来たのは、考えた末の搾りカスの様な言葉だけだったが、それすらも斬鬼のフィルターを通せばお褒めの言葉に変わる。まさに部下の鑑と言っても過言ではないだろう。
戦闘や事務作業においては聡明だというのに、ヴィルヘルムが絡むとどうしてこうまで鈍くなるのか。百分の一でも良いからその普段の洞察力を彼に対しても向けて欲しいところである。
「……とはいえ、ヴィルヘルム様のご感想は最も。この成果は私一人の手柄ではございません。おい、入って良いぞ」
言葉の途中で顔をドアへと向け、乱暴に誰かを呼ぶ斬鬼。それに答えるように、扉のノブがガチャリと回る。
「……えっと、その……ミミです。宜しくお願いします」
(ええーーーーなんでおるん? え? マジで何で?)
誰かと思えば先日の少女であった。一切想定していなかった人物の登場に度肝を抜かれるヴィルヘルム。
「この童はこの街でスリを働いていた孤児の一人。本来であればヴィルヘルム様に無礼を働いた罪で処断する予定でしたが、此度の任務にはこの地を良く知る者が必要になると私の独断で寛恕を致しました。気に入らなければ勿論この場で首を落としますが、如何致しましょう?」
「う、うう……」
「……いや、いい」
(わーお、俺の部下ってば優秀過ぎ! てかこの子スリだったの? 何にも取られてないけど……あ、強いて言えば串焼きは盗られたようなもんか)
泣きそうになるミミをチラリと見て、流石に哀れに思ったヴィルヘルムは斬鬼を諌める。
「ヴィルヘルム様がそう言うのであれば……おい貴様、本来なら即座に斬り捨てても良いところを、我が主のご寛恕によって生かされているのだ。光栄に思い、そして平伏しろ」
「は、はいいいいい!」
幼女を目の前で平伏させるという、側から見れば鬼畜外道の所業が平然と行われているが、残念ながらそれは、やらせているのが天魔将軍ヴィルヘルムであるという事実だけで許されてしまうのである。
魔人族にとって力は絶対。故に、力の象徴である天魔将軍という肩書きは絶大な効力を持つ。つまりヴィルヘルムがその気になれば、酒池肉林も夢物語では無いのだ。
最も、根が小市民である彼にそんな事をするほどの度胸は無いが。
さて、一方の少女ーーミミの心中は、とても穏やかとは言い難い状況だった。
(うわあああああやっちゃったよぉぉぉぉぉ! まさかスろうとした相手が天魔将軍だったなんて思っても無かったよぉ……やばいよもうこれ、人生終わったよ! はい積んだー、積みましたー)
最早暴走を通り過ぎて諦観の域に達している。死にたく無いという一心で、スリをしてまでも必死に生きてきたというのに、たった一度のミスでこの有様。それも飛びっきりに手を出してはいけない相手に触れてしまったという始末である。
そこらのスラムで育ったただの孤児に過ぎない彼女にとって、天魔将軍というのは正に雲の上の存在であった。知識だけはあったが、一生のうちで関わる事もないだろうとたかも括っていた。
だが、蓋を開けて見れば何処とも知れない地方都市に当の天魔将軍が訪れているという事実。彼女からしてみれば、現状は首の皮一枚でなんとか繋ぎ止められていると言ったところだろうか。
それ故に、生き残るためであれば土下座など何のその。というより斬鬼に言われる前からいつ土下座をすれば良いのかというタイミングを見計らっていた。節すらあった。
だが、それをされて困るのは当のヴィルヘルムである。
普段から斬鬼に平伏されているだけでも若干気まずいというのに、それに加えて良く知らない幼女の土下座となればその気まずさも天元突破。居たたまれなくなるのも仕方がない。
想像してみよう。目の前でそこそこ綺麗な幼女が涙目で土下座している光景を。どんな理由があろうと、ほぼ確実にだんだん居たたまれなくなってくる筈だ。
……え? 興奮する? それは病院へ行こう。
「……顔を上げろ」
そう言いながらヴィルヘルムは立ち上がり、ミミの元へと進む。顔を上げさせ、土下座を止めさせる為だ。
だが、そこでもまた問題が発生した。
長い間座っていた為か、誤ってヴィルヘルムは足をもつれさせる。
当然体は支えを求め、慌てて手を伸ばす羽目に。そして丁度いい位置にあったのが、斬鬼が立てかけておいた一本の太刀だ。
がしり、としっかり柄の部分を掴み取るヴィルヘルム。だが固定されているわけでもない太刀が支えになるはずもなく、そのまま共に倒れ込む。
ダン、とたたらを踏んで倒れ込む事だけは阻止する。が、手に持った刀はそのまま。結果どうなったかというとーー
「ひ、ヒッ!?」
ーーミミの目の前に、鞘から僅かに抜けた白銀の刃が向けられることになった。
やっちまった、と思うヴィルヘルムだったが、それが顔に出ることはない為、結果的に無表情をミミへとひたすら向ける事になってしまう。
ジッと貫かれる虚ろな目線。光を受けてギラリと輝く太刀の刃。これを間近に受けたミミが、ふと自分の死を脳裏に思い浮かべてしまうのも致し方無い。
引きつったような悲鳴を上げるミミ。必死にヴィルヘルムも挽回の方法を考えていたが、救いの手がやって来たのは彼も予想しなかった、意外な所からだった。
「……成る程。例えひと時の協力者だったとしても、己の剣を預け信じる。誠に慈悲深い、ヴィルヘルム様らしい行いです」
「え? そ、そうなんですか?」
「……ああ」
斬鬼の勘違いも、今回ばかりは有り難かった。何とか持ち直したヴィルヘルムは、内心でほっと胸を撫で下ろすと、そのまま刀を差し出す。
しかし、今回はどう見てもただのハプニングである。足をもつれさせたシーンをミミが見ていない筈が無いし、そうでなくとも勢いからしてその予定でなかったのは明らかだろう。普通なら気付くだろうが……
(え? 私、スラム育ちの只のスリなのに。ううん、この人に罪を押し付けようとかも考えてたのに、それでも私を信じるの……? 天魔将軍様から剣を授けられるなんて、そんなの普通偉い人でも滅多に無いのに……)
残念、ミミは非常にチョロかった。
スラム街出身で親もおらず、凡そ愛というものを知らずに育ったミミ。そんな彼女が遥か雲の上の存在から信頼を掛けられるというのは、それこそ夢の中ですらあり得なかった事である。そして、無償の愛というものを疑うには、まだ人生の経験値が足りていなかった。
一つ息を呑むと、ミミは刀の柄に手を触れながら答える。
「……分かりました。天魔将軍様に目を掛けてもらったこの身、全てを投げだす覚悟で仕えさせて頂きます。僅かな間になるかもしれませんが、どうぞご自由にお使い下さい」
(……あれ? なんか話が大きくなってない?)
満足げに頷く斬鬼と、真剣な表情をしたミミ。そんな二人との温度差を感じながら、ヴィルヘルムは内心で小首を傾げた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。
水定ゆう
ファンタジー
村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。
異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。
そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。
生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!
※とりあえず、一時完結いたしました。
今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。
その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】
~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~
ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。
学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。
何か実力を隠す特別な理由があるのか。
いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。
そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。
貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。
オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。
世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな!
※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。
最上級のパーティで最底辺の扱いを受けていたDランク錬金術師は新パーティで成り上がるようです(完)
みかん畑
ファンタジー
最上級のパーティで『荷物持ち』と嘲笑されていた僕は、パーティからクビを宣告されて抜けることにした。
在籍中は僕が色々肩代わりしてたけど、僕を荷物持ち扱いするくらい優秀な仲間たちなので、抜けても問題はないと思ってます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる