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第二章
第二十二話
しおりを挟む真下にぽっかりと空いた、巨大な孔。重力に引かれて竜車は、そのまま落下を始めるーー
「させっかよ、『ドラゴニック・スケイル』ゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」
と思われた瞬間、ヴェルゼルがスキルを解放して、一瞬の間に竜車の真下へと回り込む。ズン、と一際強い衝撃と共に、落下は止まった。
一同が安心し胸を撫で下ろしたのも束の間、再び竜車には強い衝撃が。ただし今回感じたのは腹の底が浮かび上がるような気味の悪い浮遊感ではなく、上から急激に押さえつけられるような圧迫感だ。
その動きから竜車が放り出されたと、ヴィルヘルム達が気づく事が出来たのはその数瞬後の事。全身にかかる強烈なGに、思わず呻き声が漏れる。
そして、着地。
ズドン、とおおよそ竜車が立てて良いようなものではない音が立ち、轍を残しながら元の地面へとたどり着く。
ガクンガクンと揺れる車内に、激しくシェイクされる一同。下手に悲鳴の一つでも上げようものならすぐ様舌を噛み切りそうな勢いに、誰一人声を上げようともせずに衝撃へ耐える。
だが、嵐がいつか収まるように、この勢いもいつまで続くものではない。
しばらくして、漸く動きを止めた竜車から、ゾロゾロとアンリ達が出てくる。三半規管をひどく揺らされたのか、アンリとミミはまともに立って歩く事もままならない様子であり、斬鬼にしてもふらついてこそいないが、その表情には疲れが見て取れた。
「つう……一体何だって言うのよもう……」
「ヴェルゼル様……助けていただけたのは素直に感謝いたしますが、この助け方はいかんせん乱雑過ぎはしないでしょうか。魔王様から賜った貢物も入っているのですよ」
斬鬼が呆れた声色で肩を竦めるが、穴の中から飛び上がって来たヴェルゼルは何処吹く風といった様子で泰然としている。
「折角助けてやったっていうのに、相変わらず張り合いのねェ奴だ。緊急時だったんだからそんくらい許せよ」
彼女のその姿を見て、アンリとミミはそれまで感じていた吐き気も忘れて思わず息を飲む。
爬虫類のような縦長の瞳孔。全身を覆うエメラルドの鱗。手足には鉤爪、腰元には身長ほどもある尻尾と、それまでの人間らしい姿とは打って変わって、まるで噂に語られる『ドラゴン』の様な風貌となっていたからだ。
いや、それはある意味でドラゴンそのものだったのだろう。彼女の種族は『竜人族』。遥か太古の時代に幻想の種族であるドラゴンと交わったとされる、魔人の中でも特殊な存在である。
竜という一個人が持つには過ぎた力をその身に収めている為か、竜人族は軒並み『本来の姿でいると肉体に負担が掛かり、場合によっては寿命すら縮まる』という根本的なデメリットを背負っている。その為、彼らはスキルという形で本来の姿を封印し、普段は普通の人間の姿を取る事で、自身への負担を軽減させているのだ。
そして重い代償を背負っている分、元の力を取り戻した際の恩恵は絶大だ。力だけで見れば魔王すらも上回る程であり、魔人の中では随一と言ってもいい。
ヴィルヘルムが『静』だとすれば、ヴェルゼルは圧倒的な『動』だ。タイプの違った彼女の荒々しい風貌を目の当たりにする事で、アンリ達は改めて天魔将軍の脅威を思い知る。
「にしても……こいつは随分と大掛かりな仕掛けだな。確実に天魔将軍レベルを想定として作られてやがる」
ヴェルゼルが振り返って先を見渡す。
そこに広がっていたのは、地の果てまでぽっかりと口を開けた大穴だった。
底は覗いても地が見えないほど深く、今にも吸い込まれそうなほど暗い。一度入ってしまえば、などと出てこられないような恐怖があった。
「ご丁寧に地の底へ引きずり込む様な術式まで用意してやがる。オレが空飛べなきゃ少し危なかったかもな」
「それにこうも端で止まれたのは、偏にヴィルヘルム様の警告のお陰でしょう。下手に踏み込んでいればそのまま術式の餌食になっていたやもしれません」
「チッ、癪だが認めてやる。確かに今回ばかりはオレも気付けなかった……奴の警告で気付かされたのは不満だがな」
「……あれ、そう言えばヴィルヘルムは?」
「貴様、だから様を付けろと……む、確かにいらっしゃらない」
ふと辺りを見回すと、相変わらず勘違いをされている当のヴィルヘルムがいない。
が、彼女達が探そうとする意志に応えたかのように、ほぼそれと同タイミングでヴィルヘルムはややひしゃげた竜車の中から姿を現した。
「ヴィルヘルム様! 申し訳ありません、この様な不測の事態を招いてしまい……お怪我はございませんか?」
「……問題ない」
慌てて駆け寄った斬鬼に対し、あくまでも冷静にその手を押し退けるヴィルヘルム。
(……ッ、やはり許される事では無かったか……しかし、これも仕方のない事。素気無く払われたこの手は、私に対する罰……)
だが、彼の何気ない動作は、それはもう痛く彼女の事を傷つけていた。
ヴィルヘルムの第一の臣下と自称し、彼に心酔しきっている斬鬼からすれば、伸ばした手を払われるというのは最大級の罰にも等しかった。
今回の件はヴェルゼルにも予想出来なかった襲撃だ。それを探知に優れているわけでもない斬鬼が見つけるなど、本来なら有り得るはずがない。
しかし、彼女にしてみれば『それがどうした』という話だ。主人を危険に晒すなど、臣下として言語道断、あるまじき行為。自身の能力が足りなかろうが、そんな甘えた泣き言は許されない事である。
今にも跪いて懺悔を乞いたいという感情が湧き上がってくるが、それをしてしまえば軽く見られるのは自身だけでなく、主君のヴィルヘルムだ。故に彼女は、その様な醜態は晒さないと涙をぐっと堪える。
「……何を立ち止まっている。行くぞ」
が、そんな心情には御構い無しに、ヴィルヘルムが彼女の肩を軽く叩く。
「あっ……」
その瞬間、斬鬼の体に電撃が走った。
いや、これは比喩だ。勿論ヴィルヘルムに電撃を操る能力がある訳ではないし、他の外界的な要因でもない。正真正銘、ただの直喩である。
だが、確かに電撃が走った。そう思えるほどの衝撃が、彼女の背筋を貫いた事は間違いない。
それは物理的なものでは無く、あくまで精神的な、彼女の内面で起こった出来事。ただ単純に、斬鬼の感情がオーバーフローを起こし、それが擬似的な衝撃となって沸き起こった衝動だった。
自らの失態を許されたという事実。本来ならば触れる価値すらない自身の事を、態々触れて下さったという悦び。そして自分に対してまだ期待を込めてもらっているという満足感。その全てがないまぜとなって、斬鬼の内を一瞬にして駆け巡る。
その絶頂にも似た快感にゾクリと背筋を震わせると、静かに一礼しヴィルヘルムの後をついて行く。
……さて、当然のことながら、ヴィルヘルムには彼女を責め立てる様な意図はこれっぽっちもなかった。では何故、彼女の接近を一時は阻んだのか。
それは実にシンプルな理由であり、しかしだからこそ絶対に発覚させるわけにはいかない事。
何故彼は竜車から暫く出てこなかったのか。普段は気にもしない彼女の接触を何故拒んだのか。
そう、その答えはーー。
(俺のリバース現場など絶対に見せるわけにはいかない……!!)
……考えてみれば自然な事ではある。あれだけの乱暴な運転に加え、トドメとばかりに車内を見舞ったシェイクの悲劇。それだけのことを食らって、全ステータスが一のヴィルヘルムが吐き気を耐えられるわけがない。
全員の目が離れたところを見計らって、こっそりと喉奥まで溜まっていた衝動を解放したヴィルヘルム。どうにかこうにか隠し通せた所までは良かったが、そこで斬鬼達に呼ばれた事で仕方なく彼女らの元へ行く事に。
しかし、せっかくそこまで隠し通しても、近付いてきた斬鬼にバレれば全てが終わり。軽蔑程度で済めばいいが、下手すれば離反なんてこともあり得る。故に、彼は必死で彼女の事を竜車から遠ざけたのだ。
内実は実にしょうもない理由だったが、かといってそれが周囲に伝わるわけもなく、結果としてこの事態は彼が冷や汗を流すだけで終わることになった。
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