28 / 53
第二章
第二十六話
しおりを挟む襲撃からおよそ二日ほど経った頃。ヴィルヘルム達は遥か広がる草原地帯を抜け、マギルス皇国領内へと足を踏み入れた。
残りの旅路も僅かではあるが、ここで強行軍で本国の首都へと急ぐ必要もないと彼らは野営をすることに決め、現在は焚き火の前でゆったりと暖を取っている頃である。
ヴェルゼルによって酷使された地龍たちも、夜闇を流れる穏やかな空気に絆されたのかうつらうつらと舟を漕いでいる。バチリ、と焚き火から跳ねた火の粉が、煌々とした明るさを夜闇に溶かしていった。
「……ちょ、ちょっとくっつき過ぎじゃないのアンタ」
「ほへ?」
夕食も取り終わった頃、やけにソワソワとしていたアンリが口を開く。彼女にしてはどうにも歯切れ悪く、ハッキリとしない態度だが、それも目の前の光景からしてみれば仕方のない事と言えた。
彼女の視線の先には、変わらず無表情で胡座をかくヴィルヘルム。そして、その股の間にちょこんと鎮座しているミミの姿が。
アンリの指摘に対し、コテンと可愛らしく小首を傾げ、これまたあざとく謎の声を出すミミ。実態を知らない者が見れば簡単に騙されそうだが、生憎とこの場にいるのは本性を理解している者ばかり。彼女のぶりっ子演技に騙されるのはいない……
(ちょ、ちょっとホントにくっつき過ぎじゃない? いや? べべ、別にだから何だとかそそそういうわけじゃないけどどどど)
……いや。約一名ほど、これ以上ないというほどに動揺している奴はいた。言うまでもなく、ヴィルヘルムである。
人とのコミュニケーションに慣れていない者が、女子との接触に慣れているはずがない。いくら相手が幼子とはいえ、股の上に座られてしまえば動揺してしまうのが童貞としての哀しき性である。
嫌ならば降ろせばいいものを、動揺のあまりカチンコチンに固まっているヴィルヘルムにはその選択が思い浮かばない。なんとも情け無い内情だが、それを鉄面皮が完璧に覆い尽くしているのは彼にとって幸運な事だろう。
「だからくっつき過ぎだって言ってるのよ! ヴィルヘルムだって迷惑するでしょうが!」
「で、でも何も言われてませんし……それにヴィルヘルム様だって女の子が嫌いな筈ありません」
(こ、この子は幼女この子は幼女……おふっ、胸に頭を擦られると良い匂いが……)
ミミとアンリが言い争っている間、ヴィルヘルムの思考は最高に気持ち悪い領域に達していたが、勿論そんなことはおくびにも出さない。むしろ彼自身その心象を溢れさせるものかと必死に顔を作っている為、普段以上に鉄面皮が加速する。
さて、いくらミミに文句を言おうとも、あくまでヴィルヘルムが動かなければアンリの要望は通用しない。このパーティーにおいては、基本的に彼が最優先として動いているということを、彼女はいたく察している。
翻って見ればかつての勇者パーティーも勇者が中心となって動いていた。とはいえ、当時は勇者があれよこれよと指示してきたことに対し、このパーティーではその中心となる人物が何も言わないという違いこそあるが。
さて、そんな中で唯一影響力を持っていると思しき斬鬼。ヴィルヘルムの側近として……というより寧ろ姑の如き執念を持って普段から小言を呟いているのだが、今に限っては何故か何も言ってこない。不審に思ったアンリは彼女に水を向ける。
「ちょっと、普段なら真っ先に目くじら立てそうなアンタが今日は随分と大人しいじゃない」
「……ん、ああ……」
ちらりとヴィルヘルムの顔色を伺う斬鬼。
「ヴィルヘルム様に不平が無いのであれば、私も言うことはない。穏やかでいられる時間を邪魔するなど万死に値するからな」
「? アンタらしく無いわね。普段なら目を三角にして怒る場面なのに」
「貴様は私をなんだと思っている……」
こめかみに手を当て、呆れたように首を振る斬鬼。
「今は細かいことに目くじらを立てている余裕は無い。私とて考えなければならない事は多々あるのだ」
「あ、細かい事に怒ってるっていう自覚はあったのね。考えなきゃいけない事って何よ?」
「……やかましい。ヴィルヘルム様もいらっしゃる以上、不用意に確定していない予測を口にする訳にはいかない」
「あー、ごめんごめんって!」
図星をつかれたのか、不機嫌そうに顔を背ける斬鬼を、アンリは慌てて宥める。普段とは力関係が逆転した、非常に珍しい光景だ。
斬鬼は始め完全に顔を背け、アンリの事を無視する姿勢を固めていたが、やがて彼女の揺さぶり(物理)に根を上げたのか、鬱陶しそうに手を払うと再度彼女の方を向く。
「ええい、喧しいぞ。確証が無い以上下手な事は言えんと……」
「でも、それが起こる可能性はあるんでしょ? ならせめて私たちの間だけでも共有しておかないと、いざという時に備えられないんじゃ無い?」
得意げにそう話すアンリに対し、苦み走った表情を浮かべる斬鬼。なまじ図星を突かれている分、強く反論する事も出来ないのだろう。
言い訳を探るように視線を巡らせると、やがて諦めたように深い溜息。言いくるめられた苛立ちは手元にあった棒切れを焚火に焚べる事で発散させる。
「……申し訳ありませんヴィルヘルム様。私の浅学な思考でひと時の寛ぎを妨げてしまう事、誠お許し願えませんでしょうか」
改めて片膝を突くと、深くヴィルヘルムへと礼をする斬鬼。断る理由も無い(というより予測も付いていない)為、彼は鷹揚に首を縦に降る。
「それでは失礼して……そもそも何故私達があの場で襲撃を受けたのか、貴様は予想出来るか」
(こいつの変わり身も、ここまで来るといっそ清々しいわね……)
内心でため息をつくも、それを指摘しては話が進まないと察している彼女は何も言わない。
「そりゃ何故って……魔人族とマギルス皇国の会談が気に入らない勢力がいるからじゃ無いの?」
「そんな事は百も承知だ。赤子でももう少し物を考えるぞ。要するに私が聞いているのは、どうしてあの場で襲撃を受けたのかという事だ」
「む、ムカつく言い方ね……つまり襲撃を受けた事自体がおかしいって言いたいの?」
「その通り。このぐらい噛み砕いてやれば貴様にも伝わるか」
一々逆鱗を逆撫でするような言葉を選んでいるのは、何もアンリへ敵意を抱いているからではない。至極単純に、彼女の事を格下と見ている為だ。
彼女の種族は吸血女王。強大な力を誇るが、その難点として挙げられるのがナチュラルに他人を見下すという悪癖だ。実力至上主義の魔人族社会でも、それが嫌われ排斥の憂き目に遭ったというのだからその酷さが伝わるだろう。
オマケにそれを統べる女王だというのだから、他人を見下す傾向も一入である。最も、それに文句をつけて来る輩は、彼女手ずから叩きのめして来たのだが。
しかし、そんな彼女に慣れるアンリもアンリである。人間故の環境適応能力の高さと言うべきか、それとも諦めの境地か。何れにしても怖くて何も言えなかったヴィルヘルムとは大違いである。
「件の密書は魔王様が手ずから受け取った物。そこから我らの手に至るまで、情報が漏洩するような失態は一切犯していない筈だ。だというのに竜車の通過位置まで漏れていたのは……それ以前の何処かに密偵が紛れ込んでいたとしか考えられんな」
「そんな……」
「これが一つ目の可能性」
斬鬼はスラリと人差し指を伸ばすと、続いて中指を同じように立てる。
「二つ目として考えられるのはーーそもそもこの会談自体、マギルス皇国側が仕組んだ罠だという可能性だ」
「そんな……ッ!?」
告げられた第二の可能性に、目を見開いていきり立つアンリ。何せ自身の祖国が闇討ちを行うような卑怯な国だと言われたのだ、異を唱えたくなるのも無理はない。
「国同士の重要なやりとりで、そんな契約違反する筈ないじゃない! そんなことしたら一発で国際社会からの爪弾き者よ!」
「フン、密偵が見つかっていない以上、会談の事実を知っているのは我ら魔人族とマギルス皇国だけだ。この状況ならそう考えるのが自然だろう?」
ああ、それともーーと、斬鬼は口の端を歪める。
「もしかしたら貴様が密偵かもな? そうすれば全ての説明が付くだろう」
「ッーー」
暴論とも言えるほどの言い掛かり。何よりアンリの側には常に斬鬼がいたのだから、この論理が通用しない事は彼女自身が一番分かっているだろう。
だが、それでも彼女の性根に染み込んだ悪癖が、アンリへの罵倒を止めようとしない。
激昂したアンリが斬鬼の胸倉へと摑みかかる。あわや一瞬即発の事態に、さしものヴィルヘルムも止めようと動き出す。
「うひ~、こってり絞られたぜ……ん、なんだ喧嘩か? いいぜ、そういう荒事はオレの大好物だ! やれやれー!」
……が、そこで何処から戻ってきたヴェルゼルの言葉で、一気に場の空気が白けたものになった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。
水定ゆう
ファンタジー
村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。
異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。
そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。
生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!
※とりあえず、一時完結いたしました。
今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。
その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】
~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~
ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。
学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。
何か実力を隠す特別な理由があるのか。
いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。
そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。
貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。
オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。
世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな!
※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。
最上級のパーティで最底辺の扱いを受けていたDランク錬金術師は新パーティで成り上がるようです(完)
みかん畑
ファンタジー
最上級のパーティで『荷物持ち』と嘲笑されていた僕は、パーティからクビを宣告されて抜けることにした。
在籍中は僕が色々肩代わりしてたけど、僕を荷物持ち扱いするくらい優秀な仲間たちなので、抜けても問題はないと思ってます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる