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第二章
第三十一話
しおりを挟む「け、結構バレないものね……少しだけヒヤッとしたけど」
堂々と立つヴィルヘルムの横で、ほっと胸を撫でおろすアンリ。意外と形の良い胸が変形する様を思わず横目で確認してしまうが、幸いにしてアンリには感づかれていない様だ。
迎賓館の裏口から出てきた二人は、そのままいそいそとその場を離れる。近くに関係者がいた場合、いつバレるか分かったものではないからだ。
結局、ヴィルヘルムとアンリは大した障害も無く迎賓館を抜け出すことが出来た。道中に一度他の使用人から話しかけられることがあったが、それもヴィルヘルムの迫力(コミュ障が発揮されたとも言う)によって事なきを得られた。
……まあ警戒されなかったわけでは無いが、それでも彼等が魔人族の賓客であるという考えにまでは思い至らなかった様である。今回ばかりはヴィルヘルムの平凡性が功を奏したと言ったところだろうか。
「さて、と……取り敢えず私の家がある所に行こうと思うんだけど、ヴィルヘルムはそれで良い?」
因みにアンリのヴィルヘルムに対する呼称。これは斬鬼にもくどくどと言われ、身分を考慮した結果アンリ自身も様付けで呼ぼうとはしていたが、他ならぬヴィルヘルムが呼び方を変える必要はないと許しを出した為、二人だけの時は呼び捨てとなっている。
ヴィルヘルムからしてみれば折角出来た(比較的)まともに話せる相手。そんな彼女に敬語で呼ばれるのは、距離が空いた気分になって嫌だというシンプルな理由の為だ。
アンリの言葉にコクリと頷くヴィルヘルム。そもそも彼自身探索に行きたいわけでも無い為、さして何処に行こうという希望があるはずも無い。
「よし、じゃあちゃっちゃと仕事終わらせちゃいましょ。今はバレてないって言っても、ヴィルヘルム自身を名指しで呼ばれたら直ぐにわかっちゃう事だし。多分マ……けふん、お母さんから話を聞けるから、そう時間は取らせないわ」
言葉の途中で不自然に咳払いを挟むアンリ。若干見栄を張ったが故の判断だったが、幸いにしてヴィルヘルムには気付かれていない。勿論それは、彼の鈍感さありきの話ではあるが。
◆◇◆
「ぜ、全員引っ越したァ!?」
が、世の中万事が万事上手くは行かないもの。予想していた事が予想通りに行かないことなど往々にしてある事だ。
思わず素っ頓狂な声を上げるアンリに、話をした当人の男性は目を丸くして答える。
「あ、ああ……ちょっと前に一杯人が来てな。いろんな荷物を運び出してたから、引っ越しか何かなんだろうなと」
母を訪ねて幾千里、という訳ではないがそれなりに歩いた彼等を待っていたのは、居住者の居なくなった物悲しい空き家だった。
アンリが住んでいた当時の面影は一つとしてなく、むしろ見覚えのある点が一つもなくなった事により、これが本当に故郷の家なのかと数度見返してしまった程である。
少しでも情報は無いかと、幸いにして変わっていなかった隣人に話を聞いた所、得られたのは衝撃の回答。全く知らない内に、母や妹達が何処かへ引っ越してしまったというものであった。
「ど、何処に引っ越したとかは? 何か聞いていませんか?」
「ん~、何分唐突な事だったからなぁ。近所付き合いは割とあった筈なんだが、ある日いきなりパッタリよ。それからは誰のことも見てないし、俺にはさっぱりだね」
役に立たなくて申し訳ない、と困ったように頭を掻きながら告げる隣人に、しかしアンリはショックのあまり反応を返せない。
ここで彼にしては珍しく、ヴィルヘルムがフォローに入った。
「……他に何か覚えは無いか?」
「うおっ!? に、兄ちゃん喋れたんだな……いや悪い、バカにするつもりは無かったんだが」
今まで一言も発さなかった相手からいきなり声が飛び出ては、大抵の人は驚くというもの。隣人の男は驚いたように後ずさると、若干の気まずさからか苦笑いを浮かべる。
「……」
当然、ヴィルヘルムは傷付く。無表情のままで。
「他に覚えって言われてもねぇ……あー、そういえばその引っ越しの前に、急に人の出入りが多くなった気はするな」
「……人?」
「ああ。つってもそれが誰なのかって事までは知らん。隣人の会話を盗み聞きする様な趣味は持ち合わせて無いからな……ってか嬢ちゃんは大丈夫なのか? 随分と固まっちまってるが」
「……あっ、その、すいません。お話ありがとうございした……」
フラフラとした足取りで、言葉少なにその場を離れるアンリ。ヴィルヘルムも男に一礼だけすると、彼女の後を追う。
やはり自身の与り知らない所で家族が何処かへいなくなってしまった事が余程ショックだった様で、どこか憔悴した表情が、彼女に暗い影を落としていた。
「……はぁ。そりゃ私は旅に出ちゃった身だけど……連絡の一つくらい寄越してくれても……ああ、でも勇者の旅路に連絡なんてつけようも無いか……もー、何言っちゃってんだろ私」
「……」
ヴィルヘルムは既に家族と死別している身。それ故に彼女の心の機微が分からず、何故こうも落ち込んでいるのか首を傾げている様な状態だった。
そんな状況で安易に慰めの言葉を掛ける事も出来ず、かといって放っておく事も躊躇われる。浮かした手を差し伸べようとしては引っ込め、諦めようとしては思い留まり。そんな葛藤の様な、側から見れば滑稽な風景が二度三度とアンリの背後で繰り広げられていた。
だが、そんな均衡はいつも第三者によって破られるもの。ヴィルヘルムがそうして躊躇っている最中、横槍は唐突に訪れた。
「ほう? 我が同胞と邪なる者……二者が行いを共にしているとは、何とも面白い場面に出くわしたものよ」
「……えっ? この声って……」
彼等の頭上から降りかかる声に、アンリは反応を示す。何処か嫌な予感がしたヴィルヘルムは、咄嗟に《ジャイアント・キリング》を発動させ、不測の事態に備えた。
「だが、自らの享楽故に状況を放っておく訳にもいくまい……絶対の護りを如何にして破ったかは興味があるが、一先ず貴様にはお帰り頂こう。さあ闇黒の魔弾よ! 汝が敵はここに定まった! 『スピニングバレル』!」
瞬間、闇色の魔法陣がヴィルヘルム達の頭上に展開される。頭をもたげる黒い槍の数々に、ヴィルヘルムはすわ襲撃かと顔を顰めた。
だが、一方のアンリは呆れた様に首を振ると、袖口に仕込んであった杖を一振り。
するとどうだろう、あれだけあった魔法陣が一瞬のうちに掻き消えてしまったでは無いか。
「ああっ!? 私の闇黒呪文が!?」
「編み込みが荒すぎ。詠唱に時間かけ過ぎ。発動まで長過ぎ。こんなんだったら私じゃなくても反転魔法使えるわよ。だから無詠唱を練習しなさいとあれほど……てか、それ以前に街中で攻撃魔法使うんじゃ無い!」
「……フ、私にかかれば無詠唱程度容易いことだが、それでは趣味に合わない……あ、すいません。すぐ降りるんで魔法での袋叩きだけは勘弁してくれませんか?」
先程までの威勢は何処へやら、謎の人物は途端に脅しに屈すると、大人しく屋根から降りてきたのであった。
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