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第二章
第三十五話
しおりを挟む結局それ以上大した収穫を得られなかったヴィルヘルム達は、見つからないうちにと迎賓館へと帰還する。アンリは実家にやや後ろ髪を引かれていたが、ヴィルヘルムが帰ると決めた以上、そして従者という立場でこの国に訪れた以上それに従わざるを得ない。
裏口からいそいそと再侵入し、どうにかこうにか帰還した二人は、そのまま斬鬼の待つ部屋へと直行。しばらく後に帰ってきたミミも含めて、それぞれ手に入れた情報を交換し合った。
「さて、早速掻き集めた情報を吐いてもらおうか。わざわざ労を掛けて外に出したんだ、相応の価値あるものは集められたんだろうな? あ、ヴィルヘルム様はこちらに! 私が温めておいた安楽椅子でございます!」
相変わらずの待遇の差に、最早感動すら覚える変わり身の早さ。なんだか妙な方向に捻じ曲がった善意を、ヴィルヘルムは甘んじて受ける。
ゆらゆらと揺れる椅子に座ると、なんだか座っている部分が生暖かい。どうやら彼女の言葉は本当だったようで、彼は何とも言えない気持ちになった。
まだまだ肌寒い時期、確かに暖かいものはあればあるだけ助かるが、だからといって実際に人肌の温もりを押し付けられると、それはそれで微妙な気分になるのは仕方がない事だろう。相手がいくら絶世の美女だったとはいえ。
追及を逃れられそうな雰囲気に内心でホッとしたヴィルヘルムは、優雅に足を組んで安楽椅子を揺らし始める。そんな彼を尻目に、斬鬼はアンリへと詰め寄った。
「……ヴィルヘルム、様への質問は無いのね……まあ良いけど。といっても、悪いけど貴女が想像するほど大した情報なんて得られなかったわよ」
「何? 貴様、もしやヴィルヘルム様と共に外出できる事にかまけて、ろくに働いていなかったのではあるまいな? クソ! 何て羨ま……羨ましい!」
「言い直してないじゃない! 一回溜めたなら取り繕いなさいよ! 別に聞き込みに行ったアテが外れただけで、二人で何したとか……そんな事してないんだから!」
「なんだその一瞬の逡巡は! やはり貴様心当たりがあるな!」
「な、何にもないって! ホントだって!」
一瞬アンリの脳裏によぎったのは、イシュタムの『配偶者か?』という発言。別に働いていなかった訳ではないが、個人的な用事に付き合わせてしまったという事に若干の後ろめたい思いが無い訳でもなかった。
斬鬼らの追及の目から逃れる為、慌てて話を戻すアンリ。
「……私の実家が近くにあったから、そこまでちょっと付き合って貰ったのよ。お母さんに何か変わったことは無いかって詳しく聞こうと思ったんだけど、その当のお母さんがいなかったのよ」
「両親に挨拶だと? 貴様やはり怪しい事を……」
「だ、だからそんなんじゃないって! 本題はここから。私のお母さんを誰かが連れ去ったのよ! それも、多分国の役人が!」
アンリのその言葉に、斬鬼は眉を顰める。
「……ふむ、仮にも貴様はこの国の勇者なのだろう? 情報を盗みに来たあの時の間者どもは全て私、そしてアルミサエル様が全て排除した。貴様が寝返ったなどという情報は伝わっていない筈だが?」
「そんなの私だって分からないわよ! イシュタムだって知らなかったし、どうして連れ去られたかなんて分からない! 思い出の品だって少しも残されてなかったのよ!?」
「貴様の情など知った事ではないが、もう少しばかり落ち着いて話せ。騒がれると耳に響く」
「……そうね、一回落ち着くわ」
鬱陶しげに手を振ると、斬鬼は彼女の主張を押し留める。あまりにすげない態度に一瞬怒りが沸騰しかけたアンリだったが、その文句が口から飛び出る直前にヴィルヘルムの冷たい視線に覗き込まれる事で、思考が冷や水に掛けられたかのように沈静化した。
話している事が本題と若干ズレている。あくまで受けた任務は異変の調査で、異変への不満をまくし立てる事ではない。もとより冷酷な吸血鬼に共感を求めることなど、それ自体がハナから間違っていたのだとアンリは自身に説得を続ける。
冷静になったアンリを見て、意外そうな目線を向ける斬鬼。これまでの彼女ならば感情に任せて文句の一つや二つ付けていてもおかしくなかったが、それが来ない。
とはいえ、それは特筆すべき変化というには弱過ぎる。彼女が目を掛けるほどの価値もなかった為、すぐにその目線を切った。強いて言えば、『五月蝿いのが無くなった』という程度の感慨である。
ちなみにヴィルヘルムは通常運転で辺りを見ていただけである。その全く色を映さない瞳を少しでも改善すれば、少なくとも取っ付きにくさは僅かに減るだろうに。
「ただ私達がいなくなった後に出てきた勇者、そして国に連れて行かれた私の母親。この二つは無関係とはいえないと思うけど?」
「……フン、その程度はこちらも把握している。ミミ、調査した結果を報告しろ」
「はいっ」
元気よく答えたミミは、懐から一枚の紙を取り出す。どうやら結果はその紙に書き記してあるようだ。
「例の勇者はおよそ二月ほど前に現れたようです。なんでも国王肝入りの青年だそうで、国王から直々に下達されたと聞いています。ただ、素性はどうにもはっきりせず、そこらの平民という話もあれば国王の非嫡出子という噂も流れているようです。少なくとも、どの話にも明確な出典はありませんでしたが」
国王直々という割にはどこぞの流れ者ともつかないような素性。高貴であれ下賤であれ、それが勇者ともなれば市井の噂には登る筈だが、それがはっきりとしないというのは少しばかり異常と言える。
「それに、彼の前任である元総司令官、そしてそれまでに要職に就いていた幾人かの貴族が、国家転覆の罪で捕縛されているそうです。処刑こそまだ行われていない様ですが……いずれにせよ、偶然で片付けるには難しいかと」
「報告ご苦労。貴様は下がって良いぞ」
「はい」
報告を終え、再び元気よく返事をするミミ。だが、言われた通りすぐには退かず、チラチラと何かを期待する様にヴィルヘルムの方を見る。
見られていることに気付いた彼だが、それが何を意味しているのかまでには頭が回らない。よく分からないまま、ヴィルヘルムミミに対して頷き返した。
だが、それだけでもミミには十分だったらしい。彼女は満面の笑顔になると、そのまま軽くスキップなどしながら斬鬼の背後へと戻っていった。
「……いずれにしても、あの男を徹底的にマークする必要があるわね。どうにか様子を伺う方法があれば良いんだけど……」
「だが、王宮の警備は厳重だ。警備を蹴散らすのは容易いが、奴の住まう場所も分からない以上簡単には手を出さない。一つ機会があるとすれば……我々の歓迎会とやらより他にあるまい」
公式な場に顔を出す機会は数あれど、探ることが出来る機会はそうそう無い。そんな中の千載一遇のチャンスが、明日に開かれるという歓迎会だった。
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