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第二章
第四十二話
しおりを挟む『スナッチャー』のスキルによってスキルを奪われ、圧倒的窮地に立たされた斬鬼達。本来在るものが無くなった影響か、彼女達の身体にはまともに力も入らない。
カーペットに沈む二人を睥睨しながら、サカグチは勝利を確信した高笑いを上げる。
「ハハハハハ!!! やっぱり最強だ、俺が最強なんだ! ステータスがなんだ、魔王がなんだ! スキル一つ奪ってやれば、誰も俺には逆らえないじゃないか! クハハハハハハ!!」
狂ったように叫ぶ彼に、以前のような理性はない。ただただ仄暗い歓喜に支配され、人目にも関わらず感情を爆発させる。
だが、幸いにしてこの様子なら、目の前でよっぽど大きなアクションを取らない限り気づかれそうにない。斬鬼達は静かに会話を交わす。
「チッ……力を手にしただけの素人が。玩具を手にした童となんら変わらん。力を振るうのでは無く、振るわれている様は見るに耐えんな」
「ですが、ミミ達にはもう抵抗するだけの力が……。斬鬼様のスキルも奪われてしまいましたし、これではどうしようも」
「分かっている……。私も現状を見誤る程愚かではない。これ以上失態を重ねて、ヴィルヘルム様を失望させるような事だけは避けねばならぬ」
斬鬼は懐に隠し持っていた数本のナイフを取り出し、袖口に構える。
「毒を盛られた際の気付け用にと持っていたが、無いよりはマシだろう。血の力を使えん以上、これより方法は無い」
「た、ただのナイフではあの勇者に通用しないのでは……?」
「だから『気付け用』と言っただろう。このナイフには強い刺激を与える薬が刃先に塗られている。期を伺ってアンリの馬鹿に突き刺せば、せめて洗脳は解除出来る可能性があるだろう」
洗脳というのは思われているほど万能の力では無く、ほんのちょっとした衝撃で解ける事もある。勿論それは術者の能力によって左右はされるが、問答無用で相手を術中に収めるなどそれこそ魔王程の力が無ければ無理だ。
勿論サカグチが魔王程度の力を持っているという可能性もあるが、仮にもアンリはステータスSSの元勇者。これを操るには心の隙間を作り、尚且つ油断させて意識を奪わなければほぼ不可能である。洗脳するくらいならば殺した方が早い、とは斬鬼の談である。
強力な気付け薬であれば、対象を洗脳状態から解くのも難しくない。そう判断した斬鬼は、静かにナイフをスローイングする体勢に入る。
「……おっと、そうはさせねぇよ」
「チッ!!」
だが、それよりも早くサカグチが反応する。手に持っていた剣を、一切の躊躇なく斬鬼へと投擲したのだ。
剣は空気を切り、恐ろしい速度で回転しながら斬鬼へと接近。辛うじて致命傷は避けるも、その肩に傷跡を作ることは避けられない。
斬鬼の肩に裂傷を作るも、目標から逸れた剣はそのまま壁へと着弾。次の瞬間、激しい衝撃が王城全体を揺らした。
「ひ、きゃあっ!?」
「……スキルを奪って使うことに関しては一級か」
爆音と共に、壁に開けられた巨大な風穴。投げられたものが何の変哲も無い剣だった以上、それが単純な膂力によってもたらされた物であろう事は想像に難くない。
崩壊した外壁から、月の光が差し込んでくる。夜とは吸血鬼の時間。だが、今その力は全てサカグチに奪い去られており、斬鬼に残されたのはその残滓の様なもの。それでもそこらの人間よりは力があるが、ステータスに換算すれば恐らくAランクも無い。
あれだけ見下していた弱者と同じ立場に貶められた斬鬼。だが、今彼女の胸にあるのは屈辱では無く、ただ己の役目を果たせなかったという後悔と失望だけだった。
「ハハ、吸血鬼ってのは随分と強いんだな。身体の奥からどんどん力が溢れてくる。これなら奴らにも……」
一方サカグチは何かに酔いしれている様に、恍惚とした表情を浮かべている。だが、その佇まいに隙は無く、また隙を付ける程の力も無い。ついに斬鬼達は、万事打つ手が無くなったのである。
「(……私はここまでか。最早ろくに力も入らん。恐らく戦力としては望むべくも無いだろう)」
魔族として生を受け、この世に生まれ落ちてから、ほぼ初めて遭遇したであろう窮地。彼女は唇を噛み締め、静かに項垂れる。
「(……いや、まだだ!)」
「へ? 斬鬼さ、きゃあっ!?」
ミミの襟口をむんずと掴み上げると、そのまま開いた穴へとスローイング。最後の最後に振り絞った力は、子供一人を投げ飛ばすには十分だった。
遠ざかるミミの顔が驚愕に歪む。恐らく斬鬼の意図がよく分かっていない為だろう。あのヴィルヘルム至上主義の斬鬼が、遂に博愛と自己犠牲に目覚めたのかと。
いや、そんな筈が無い。スキル一つ取られたところで、幼い頃から根付いていた性根まで変わるわけがない。
事はもっと単純だ。ただ、ミミをヴィルヘルムへの伝聞役に使おうとした、それだけの事である。
自分よりも隠密に優れ、また脱出出来る機会に恵まれている。その上で優先順位を付け、それがたまたま斬鬼よりも上に来ただけである。彼女はあくまで、自身が取り得る選択肢の中で、最も合理的な物を選んだだけなのだ。
ヴィルヘルムに関わるならば、どこまでも冷酷な選択肢を取れる女。その対象は、当然自分だろうと向けられる。無駄死にをする気は毛頭無いが、死地に追いやる程度には今の自身の能力を低く見積もっていた。
「(そんな、ミミは……)」
遠ざかる景色に手を伸ばし、しかしそれでも体は止まらず。夜空に放られた小さな肢体は、ただもがくだけで何の意味も為さない。
──ならばせめて、役目を果たそう。死地に残った斬鬼の為に。意思を奪われたアンリの為に。唯一残された希望、ヴィルヘルムの元へと。
やがて訪れるであろう衝撃に備え、ぎゅっと目を瞑る。腹の奥から感じる妙な浮遊感に耐え、ミミは壁の外へと投げ出される。
──が、その直後。想像よりもずっと柔らかな衝撃がミミを襲った。
「……え?」
恐る恐ると目を見開く。夜の闇に紛れるような黒い影が、ミミの体を優しく抱きとめていた。
らしくもなく背のマントを棚引かせながら、彼は静かにその場に佇んでいる。彼のそんな姿を見て、思わず斬鬼は言葉を漏らした。
「……ヴィルヘルム、様?」
静まり返ったホールには小さい音でも良く響く。ゆっくりと歩き出したヴィルヘルムの靴音が、コツンと甲高く反響した。
抱き止めたミミを、ゆっくりと斬鬼のそばに降ろす。華美だった服装もボロボロになり、見窄らしい風貌になってしまった彼女達だが、その瞳にはまだ光が宿っている。ヴィルヘルムはそれを見て、眩しそうに目を細めた。
「……よく頑張った」
「っ!!」
滅多に掛けられることのない労いの言葉。それがどれだけの価値を誇っているのか、真に理解しているのは斬鬼を除き存在し得ないだろう。たったそれだけのありきたりな単語で、斬鬼は全ての行為が報われた様に感じた。
「……有難き、御言葉です……!!」
ヴィルヘルムに言葉を貰った途端、斬鬼の全身から力が抜けていく。幾度も降りかかった魔法の数々は、確かにその体にダメージを与えていたのだ。
彼女を支えるのはミミに任せ、ヴィルヘルムは本命に振り返る。
「それで? 感動の再会は終わったかよ?」
傲然と立つ勇者、サカグチ。その隣に立つ元勇者、アンリ。挑戦する者と挑戦される者が入れ替わった構図に、しかしヴィルヘルムは一切気にかけない。
右手を握り締め、静かに腰を落とす。武術の「ぶ」の字も理解していない彼に出来る事は余りにも少ない。拳を握る。突っ込む。殴る。偶に蹴る。小細工を弄した所で意味が無いのであれば、単純な動作を愚直に繰り返すまで。少なくとも彼には、それで十分である。
ダッ、と。ヴィルヘルムにしては珍しく、彼から敵へと駆け出した。
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