ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?~クソザコステータスの人間が魔王軍に加入させられたら~

シュリ

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第二章

第四十三話

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  網膜に残像が映る程の速度。その脚は大地を踏みしめる衝撃で、一瞬にして彼我の距離を縮める。


「なっ!?」


  サカグチの表情から一気に余裕が消える。驚きの中でも咄嗟に魔力障壁を展開出来たのは、不幸中の幸いと言うべきだろうか。

  障壁に叩きつけられる拳。何の変哲も無いその一撃は、しかし大きく罅を作る。


(ウソだろ!?  今俺が作れる中で最大の硬度があるんだぞ!!)


  二撃目は、無い。油断していた所に放たれた背筋の凍るような一撃を見て、彼の焦りは更に深まる。


「っ、『パワー・ウィップ』!!」


  自身の所持しているスキルの中から、咄嗟に出の早いものを選択する。空気を圧縮して鞭のようなものを生み出す、汎用性の高いスキルだ。

  不可視の衝撃はヴィルヘルムの半身に激しく衝突し、空気を割る轟音を立てながら彼を吹き飛ばさんとする。

  ヒュゴッ、という背筋の凍るような音。常人ならば骨が砕け散ってもおかしく無い一撃だが、ヴィルヘルムは僅かによろめくだけ。たたらを踏みその場に留まると、続いてサカグチの事を睨み付ける。


「ヒッ……!?」


  思わず肺から漏れ出た空気が、甲高い音を立てて悲鳴となる。後方にステップして大きく距離を取ると、ヒビの入った魔力障壁を修復した。

  その頰に刺す赤みはヴィルヘルムへの怒りか、あるいは情けない自分への不甲斐なさか。苛立ちを込めて彼の事を見据えるが、どうにも子供の癇癪という印象が拭えない。

 ……ちなみにヴィルヘルム自身は、特に睨んだつもりは無い。ただ舞い散る砂埃から目を守ろうとしただけだ。結果として、目つきの悪さが誤解を生んだだけである。


「(……あり得ない。ヴィルヘルム様の一撃を防げるほど、奴は強くは無かったはずだ)」


 今の一瞬の攻防を見て、斬鬼は歯噛みする。これまで幾度も彼の戦いを目の当たりにしていた彼女は、彼の力がこの程度の物ではないと確信していた為だ。あの程度の魔力障壁であれば、拳の一撃で粉々に砕け散っていてもおかしくは無い筈。むしろその方が自然ですらある。

 それが為されないというのであれば、導き出される答えは一つ。全員が油断していたあの瞬間、強制転移の魔法陣に何らかの細工を仕掛けられていた。斬鬼らもまんまとトラップに引っかかってしまったのだ。これしか考えられない。

 つまりは自身の油断が招いてしまった窮地。増長するのが吸血女王としての性とはいえ、それを仕方ないと許容できるほどヴィルヘルムへの敬愛は浅くなかった。

 だが、行動不能になった今の彼女に戦力としての価値は無い。下手に目立って人質となってしまえばヴィルヘルムの戦いにも影響が出るだろう。今にも何かに当たり散らしたくなる衝動をグッと堪え、自らの主を静かに見守る。


「(……お、このぐらいなら力加減が効くな)」


 と、周囲の人物が必死に思考を巡らせている中、当のヴィルヘルムは相も変わらず呑気な事を考えていた。

  そもそも、ヴィルヘルムは弱体化した訳ではない。いや、普段の戦い方から見て、現在はある意味弱体化していると言ってもおかしくは無いが、それは彼による意図的な物であった。

  彼が『ジャイアント・キリング』を使った対象は、誰であろうあのイシュタムである。目の前にいるサカグチでは無く、正真正銘普通の少女であるアンリの妹。

  いくら相手と比較して能力を上昇させようと、その元となった能力が低ければ爆発的な力は出ない。故に、ヴィルヘルムのステータスは『国の中でも有数の強さ』程度に収まっているのである。

  別にスキルの使用に制限がある訳でも無し、であれば再度サカグチに対して使えばすぐ様有利に持ち込めるというのが道理だろう。

  だが、ヴィルヘルムにとってはそうでは無かった。寧ろこの状況──加減が効くというこれまでに無い経験が、積極的にこの状態で戦わせようとしていたのだ。


「(これならワンパンで終わらせる事もない……ひいては斬鬼に勘違いされる事もない!!  一石二鳥じゃひゃっほー!!)」


  実は普段から密かに、相手をワンパンで瀕死に追いやってしまう事を気に病んでいたヴィルヘルム。

  どれだけ強い力を振るおうと、それを扱う精神性が追いついてくるとは限らない。力に溺れる者がいれば、力に怯える者もまた存在する。どちらかと言えば彼は後者の方であり、故に『誤って殺してしまう』という事が起こり得ないこの状況は、彼には喜びを持って迎え入れられる事実であった。

  グイ、と口角が僅かに上がる。気兼ねなく力を出せる喜びが、鉄面皮から僅かに漏れ出ていた。だが、そんな彼の内情などいざ知らず。その表情の受け取り方は人により様々だ。

  例えば、それを向けられたサカグチ。戦闘中にも関わらず、笑顔は元々威嚇の為の表情だったという無駄な知識が頭を過る。いや、意図的に思い出したとでも言うべきか。背筋を走る悪寒を無駄な思考で誤魔化そうとするも、本能的な恐怖を殺しきる事は出来ない。

  圧倒的優位に立っていた場面から、ヴィルヘルムが出てきただけでこうまで引きずり降ろされるとは、彼自身も夢にも思っていなかっただろう。

  故に、彼は安易にこう考えてしまった。『ならば、切り札を切ってしまおう』と。

  確かに、強敵に対して出し惜しみをするのは愚か者のやる事だろう。切り札の応酬など所詮はフィクションの産物に過ぎず、それが有効に働く場面などそう有りはしない。

  だが、僅かに窮地に追いやられた場面で使おうと判断するその考え。そしてすぐに揺らぐその精神。こうなった時点で、彼の器は知れるというもの。強大な力を持つには、余りに過ぎた人間であった。


「……『フルメタル・シールド』!」


  更にスキルを発動し、障壁を多重展開するサカグチ。守りに入る理由が分からないヴィルヘルムはそれに疑問を覚えつつも、取り敢えずとばかりに一歩踏み込む。

  しかし、その位はサカグチ側も予測済み。彼のニヤリとした笑顔は、間に入ってきたアンリによって遮られた。


「っ!?」


  魔力障壁どころか、ガードの一切も無し。両腕を広げた無防備な状態で割りこんだ彼女に、さしものヴィルヘルムもたたらを踏む。

  なぜ彼女が。そんな思考が頭によぎるが、それを深く考える暇はない。いくら彼女が実力者とはいえ、今のヴィルヘルムの拳に耐えられる程強固ではないのだ。咄嗟に振り上げた拳を慌てて留め、彼女をグイと押し退ける。

  だが、それでは遅い。押し退けた先にいたサカグチは既に手の平をヴィルヘルムに向け、スキル発動前の燐光を迸らせている。

  障壁は万全。体勢は不完全。あと一歩が──届かない。


「……っ」

「俺の勝ちだ!!  『スナッチャー』!!」


  美しくも禍々しい、白色の閃光。それはやがて広間を埋め尽くし──そして、確かにその使命を果たした。
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