ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?~クソザコステータスの人間が魔王軍に加入させられたら~

シュリ

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インターミッション

閑話《ヴィルヘルムのとある一日》その二

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  相も変わらず鬱蒼と茂る森の中。足に絡みつくかのように生える雑草をガサガサと踏み荒らしながら、ヴィルヘルムはひたすら歩を進める。

  いくらこの地が禁域として指定されていようと、彼にとっては勝手知ったる庭のようなもの。森の歩き方は手馴れたものであり、迷う様子もなく突き進む。

  ちなみにこの森、住んでいる魔物の中には自然に擬態する類のものも存在する為、目印など付けようものなら即座に敵対したと見られて襲われる事がある。故にヴィルヘルムやこの森にある程度慣れた者は一切そういったことはしない。それが森歩きのプロというものである。

  『ドラゴンさん』の住まう巣へは大して時間をかけることなく辿り着く。辺りを掻き分け、どんどん奥へと入っていけば意外とすぐに到着する事が出来るのだ。

  いつでも変わらず彼の事を見降ろしている森の木々。それがここ最近ささくれ立ったヴィルヘルムの心に安心感を与えてくれている。森林浴は精神面に良いと聞くが、それもあながち間違いではないのだろう。因みに、彼の『ささくれ立った心』とは『他人に気を遣い過ぎて疲れた』の意である。割とくだらない。

  草木を掻き分けると、より開けた土地に出る。揺り籠のように変形した大樹の上に、一体の白き竜がゆったりと寝そべっていた。

  この竜こそ、メイドが気にかけていた『守護竜』。かつて存在した古の竜の生き残りにして、森へ不用意に足を踏み入れる不届き者を誅し、魔物達の楽園を築き上げた禁域の主である。

  サイズは巨大も巨大、顔の高さ一つでヴィルヘルムの身長とほぼ同じくらいである。側から見れば捕食者と被捕食者の関係性であり、今にもヴィルヘルムが喰われようとしているようにしか見えないだろう。


『……ああ、貴殿か。本日もこのような体勢で申し訳ないな。折角の訪問だというのに……』

「……気にするな」


  だが、その実態は逆も逆。ヴィルヘルムは露知らぬ事だが、白き竜は彼の実力をよくよく理解しており、その牙がこちらへと向かないよう必死に気を回していたのである。日々のお届け物、と彼が認識していたのは貢ぎ物であり、端的に言ってしまえばご機嫌取りの為。その力を振るう対象にならない為の根回しだ。

  本来ならば急な来客であれば失礼だと一蹴し、吐息ブレスの一つでも吹き掛けていた所だが、相手がヴィルヘルムだと分かるとすぐさま態度を変えた。こうして平静を装ってはいるが、裏では自身に従う魔物に貢物を見繕わせていたりする。

  勿論そんな事ヴィルヘルムが知る由もなく、彼は呑気に話を続ける。


「……引っ越しの挨拶に来た。長い間世話になった」

『それは……風の噂で貴殿が魔王軍の天魔将軍になったとは聞いたが、もしやその件で?』

「……ああ」


  引っ越しの挨拶。それは言葉通りの意味で捉えれば、今までありがとうという感謝の気持ちを伝えるものだろう。事実ヴィルヘルムにはその意思しかない。だが、今や彼は天魔将軍が一人。そして相手は禁域を治めていると言っても過言ではない竜。この二者の関係を考えると、かの竜による叡智が導き出した答えは全く別物であった。


『(この者……もしや、この森を制圧しようというのか!?)』


  天魔将軍となった事を態々伝えに来るというのは、長年この禁域を狙って来た魔人族という立場から見て明らかな敵対行為。であれば、白竜からしても見逃せる話ではない。知らず知らずのうちに、心臓の鼓動が速くなる。

  この森は白竜がやっとの思いで獲得した憩いの土地。未だか弱い幼竜の時期から望んでいた安住の地だ。両親を早くに亡くし、文字通り泥水をすすって腐肉を漁るような生活をいたあの時期を思い出すと、その思いはより強まってくる。

  だが、しかしだ。相手は自身が死の危険を感じた事もあるヴィルヘルム。おそらく正面から彼と激突すれば、万に一つも勝ち目は無いだろう。実際にかち合った事は無いが、本能が如実に訴えかけている。これまでも幾度となく自身の命を救ってくれたそれを、白竜が見過ごす事はなかった。

  真正面からは勝てない。しかし、この森を魔人族にみすみす明け渡す訳にはいかない。ならばどうすればいいのか──いや、そんなもの初めから答えは決まっている。


『──ああ、理解した』


  ──誇りプライドを捨てれば良いだけだ。そうすれば、譲れないものだけは守る事ができる。


『我が森から資源をいくばか送る事にしよう。後に正式に書面を交わす事になるだろうが、魔人族への公式な同盟を結んでも良い。同時に、侵入する人間族からの防衛を行う事も約束する』


  それは、実質的な不可侵状態の破棄を意味するものでもあった。『禁域』は遂に開かれ、魔人族への協力を確約。そして人間へ敵対するという、中立地域としての役割を完全に放棄。実質的に禁域の魔物は、魔人族側についたと言っても過言では無い。

  だが、同盟であっても隷属ではなく、協力であっても強制では無い。自分が手にした自由だけは奪わせはしない。白竜からしてもこれが最大限の譲歩であり、それを超えられたとすれば命を賭しても対抗してみせる。そんな悲壮な覚悟を固め、ヴィルヘルムへと条件を提示してみせる。

  鬼が出るか蛇が出るか。彼の出す答えは──


「……ああ。良いだろう」


  どっ、と無意識に体の強張りが抜けた。


『そうか……良かった……』


  ヴィルヘルムからの何でもないような許可の言葉。これを得るためだけに、これまでの自身の努力があった。ようやく危機を脱する事が出来たと認識した途端、へなへなと力が抜けていった。思わず鼻先から焔が軽く噴出するくらいには。

  これで自由は確約された。敵であると夜も眠れない相手が、今日を持って今度は味方となるのだ。逆に考えれば、彼の庇護下にいるという事以上に安泰な事は無い。少々の自由を犠牲に、より大きな盾を手に入れたのだと考えれば、この契約も惜しくは無いだろう。


『(本当に、本当に良かった……彼が天魔将軍となった事も、ある意味私には幸運だったのかもしれない)』


  因みに繰り返すが、ヴィルヘルムには一切そういう意図は無い。ただひたすら純粋に、引っ越しの挨拶に来ただけだ。


「(???  え、何?  なんかよく分かんないけど協力するみたいな事言われてる?  でも何に協力するんだろうか……ま、許可しとけばいいでしょ。多分)」


  故に、急に頭を下げ出した白竜に対して、気持ちの整理が追いついていなかった。彼にしてみれば唐突に同盟の条件を持ち出されたようなものであり、おまけにそれは自分の管轄外(と思っている)の事。未だ天魔将軍としての自覚が不足している彼にはある種仕方のない事だった。

  かつてここまで安易な気持ちで結ばれた同盟があっただろうか。それもこれも、全ては彼の意識不足が招いた事。とはいえヴィルヘルムとて好きでなった訳ではなく、半ば強制的に天魔将軍となった彼に自覚を求めるのは少々酷かもしれない。


『……そうだな。では同盟の印として、一つ軽い手土産でも贈ろうか』


  そう言うと白竜は軽く尻尾を振るう。その先には何も無いが、何も虚空を薙ぎ払う為では無い。

  先に生えていた棘が、白竜の意思によって飛び散る。音速に迫る速度で飛ばされた棘は、木々の間を縫ってある一点へと突き刺さる。


「っ、ぐあっ!?」

『知らぬと思ったか人間。生憎とこの森は全て私の支配下。森で起きている事は全て把握している。故に、貴様が先日から私の周りを詮索していたのは確認済みだ』

「な、ふざけ……」


  不可視の先で響いていた声は、しかし何かが倒れる音とともに聞こえなくなる。死んではいない。強力な麻痺毒で動けなくしただけだ。勿論、出血も含めると放っておけばその内死に至るだろうが。

  只人の生など、古の竜にとってみれば塵も同然。気分一つで吹けば飛ぶものに興味は無い。普段ならば気にも留めない事だが、今回ばかりは別だ。


『どこの者かは知らぬが、恐らく間諜だ。ものの足しにはなるだろう?』

「……ああ」

『勿論輸送もこちらが行おう。後は引取先だが……む?』

「ヴィルヘルム様、こちらに居られましたか!」


  と、ここで都合良く現れたのが斬鬼である。メイドからヴィルヘルムが禁域の主を倒しにいったと聞き、職務中ではあったがいても立ってもいられずにやって来たのだ。

  展開についていけないヴィルヘルムは、丁度良かったとばかりに彼女の肩を叩き、全ての事情を押し付ける。


「……後は頼んだ」

「!  はい、了解致しました!」


  普通なら理不尽を押し付けられたと怒って良いところだが、生憎彼女はヴィルヘルム信奉者の一人。彼の言うことに抵抗するなどある筈が無く、そもそも彼に何かを頼まれる事自体が彼女の幸せである。故に二つ返事で答えてしまったのは当然の帰結と言えよう。

  後を部下に任せて去っていく後ろ姿は実に情けないが、そこに天魔将軍フィルターが掛かればそこそこ格好良くなる。そんな彼の姿を見送る白竜と斬鬼。


「……さて、早速同盟について正式な書類を作る事にしようか、禁域の主よ」

『なんだ、話を聞いていたのか?  聞き耳とは感心しないぞ』

「隠者の真似事など誰がするか。ただ、ヴィルヘルム様ならばこの荒れ狂う地を確実に平定なさると知っていただけの事。それ以上でもそれ以下でも無い」

『信ずるではなく、、か。随分大きく出たものだ』


  思わず苦笑を漏らす白竜。一方の斬鬼はクスリともしないが、その纏う雰囲気は穏やかだった。


「別に貴方を貶したわけではない。ただ純粋に、ヴィルヘルム様の方が強いと。それだけの話だ」

『まあ、確かにな。あの者に牙を剥かれれば、私とて平常ではいられまい。常々恐ろしくは思っていたが。まさかよりによって魔王軍へと入ってしまうとはな……これならば、早々に私の婿としておくのが正解だったな』


  婿、と言う言葉に斬鬼の動きが止まる。


「……は?  今、なんと?」

『む?  いや、あやつを婿としておけばもう少し楽になったな、と。森での生活は女っ気が無かっただろうから、私が女体となれば割と容易く落ちたのでは無いかとな。何、私も生き残りとはいえ竜の端くれ。人の姿になる事は難しくない』

「……そもそも、貴方は女だったのか?」

『ふむ、性の感覚は薄いが、どちらかといえば雌寄りの思考だと言えるだろう。両性具有であるから生殖機能は付いているし、それに彼ほど強い雄であれば強力な竜の後継者が現れるかも知れんだろう?』


  しばしの沈黙。何も言わずに、斬鬼は腰の刀を引き抜いた。


「貴様許しておけん!  今すぐ叩き斬ってやる!!」

『ぬぉう!?  な、何を急に怒り出しているのだ貴様!!  同盟を結びに来たのだろうに!!』


  その後しばらくの間、森からは剣戟の音が鳴り止まなかったという。
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