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第三章
第四十八話
しおりを挟む『……以上がマギルス皇国においての顛末です。諸侯には未だ反乱の兆しがありますが、ひとまずは制圧出来たと言ってもよいでしょう』
「うむうむ、上出来だ。我は確か会談に行かせたはずなのだが、その想像を上回る戦果を持ってくるとはのう。くく、流石はヴィルヘルムの手腕。見込んだだけはある」
魔王城、その玉座。悪趣味なまでにゴテゴテとした装飾が施された豪奢な椅子に、一人の幼女……もとい魔王はふんぞり返っていた。
側仕えのメイドを脇に控えさせ、ひじ掛けの水晶に映し出された斬鬼に向かって尊大に話しかけるその様はまさに魔王。風貌こそ幼女だが、その体から垂れ流されている覇気は本物だ。ニヤニヤとした笑いを浮かべ、斬鬼の報告を聞いている。
「とりあえず、此度の件ではよくやった。すぐさま制圧用の部隊を送る故、それまでは暫しの休息だと思っておけ。帰還した暁には相応の褒美を遣わそう」
『了解いたしました。それでは私は執務がいくつか控えておりますので、報告はこの辺りで……』
言うが早いか、斬鬼からの通信が途絶える。本来ならば不敬だと言われ処罰の対象になってもおかしくは無い行為。だが、この魔王ハーグルスはその程度の些事を気に掛けない。むしろ斬鬼の人となりを知っているが故に、彼女にしては珍しい苦笑を浮かべた。
そもそも、斬鬼は魔王の部下という立ち位置ではない。彼女はヴィルヘルムを魔王軍に勧誘した際、彼に部下として付いてきたのである。つまりあくまで部下の部下という微妙な立場であり、その彼女がそこまで魔王軍に帰属精神を持っていないというのもおかしくは無い。
というか、彼女の種族である吸血女王が誰かの下に就くという事自体、最早奇跡のような物である。最初ヴィルヘルムの背後へとアヒルの子のようについて回る様を見た時、一瞬何かの勘違いかと思って二度見をしたくらいだ。従っているというよりは、寧ろ闇討ちを狙っていると言われた方がまだハーグルスには理解できる。
基本的に種族に王だの女王だのと付いている類の魔人は総じてプライドが高く、誰かに命令される事すら嫌う。そして、何故かそれに比例するかのように実力も高い。やはり種族を統べるものとしての素質を備えなければならないからだろうが、それにしても生まれてからすぐにこの性格が形成されるというのだから厄介だ。
例を挙げると暇がないが、先々々代あたりの魔王は戦鬼王という種族であった。その頃の治世は荒れに荒れ、子供達の間でも喧嘩が絶えなかったというが、特に酷かったのはその王自身。なんと身近な親族でさえも自身に敬語を使わなかった瞬間その場で手打ちにしていたというのだから凄まじい。最早プライドという域を超えている。
これは極端な例だが、それでも穏健な王や女王というのは聞いた事がないのも事実。斬鬼も見知らぬ相手に対しては他の種族と同様、極北の如く冷たいが、これがヴィルヘルムとなると態度が一変。借りて来た猫どころか十年は連れ添った愛犬さながらのなつき具合を憚ることなく見せつける。初めて見た時、まだ夢の中にいるのかと考えて自分の頭に闇魔法を打ち込んだことは今やハーグルスにとって懐かしい思い出だ。
「……バーンパレス様。軍の配備はよろしいので?」
「おっと、思い出に浸っている場合では無かったな。セリーヌよ、適当に準備しておいてくれ」
「一国の軍事を一介のメイドに任せるというのは、あまり好ましくないのでは」
「相変わらず堅物よのぉ……我は些事に気を掛けん。どうしてもというのならそうだな……四割くらい持っていけ」
玉座の傍から苦言を呈するメイドのセリーヌ。額に張り付いた札を若干鬱陶しそうに気を掛けながらも、玉座横のサイドテーブルにティーセットを置く。
「ですから、それがいけないと言っているのです。制圧済みの一国に割く戦力としては余りに過剰でしょう」
「ほう、本当にそう思うかセリーヌ?」
にやり、と不敵な笑みを浮かべながら皿に盛られたスコーンを一つ掴み取る。小さい口を開け、その端をむしゃりと噛み千切った。
ただ菓子を口に運ぶだけの何気ない動作。姿はただの幼子であり、そこに何の変哲も無い筈。だというのに──なぜ、言い知れない悪寒を感じるのか。既に死体となっている彼女の身に、そのような機能など廃されているはずなのに。
「この我がいるのだ。都市の守りなど、既に十分であろう?」
「……え、ええ。そう、ですね。差し出がましいことを申しました」
「クク、そう畏まるな。貴様には日ごろから世話になっているからな。ある程度の諫言は聞き入れてやるくらいの度量は持ち合わせているというものだ。うむ、今日もスコーンが旨い!」
フッと威圧を消すと、すぐさま年相応の雰囲気を浮かべ、相好を崩しながら手の内のスコーンにかぶりつく。礼儀などあって無いようなものだが、彼女のマナーを咎める者などここにはいない。そもそも身に着けたところで、それを披露する相手などいないのだが。
「(……魔王としての威厳ならば随一。これでもう少し執務に真面目に取り組んでいただければいう事は無いのですが……)」
と、のどかな空気が流れかけた城内の昼下がり。しかしその安寧と静寂を破るように、一つの地鳴りが城を揺らした。
「なんだ一体。我のてぃーたいむを邪魔する奴は誰だ? 場合によっては手打ちでも済まさぬぞ」
「……街の一角から煙が上がっている様です。ただいまメイド隊を捜索に遣わせているところです」
「フン、どうせまた暴漢だか旧魔王の信奉者辺りがやらかしたのだろう。本当に凝りぬ奴らだ……」
爆発事件が起こったというのに、ただ不満を口にするだけで憤った様子もないハーグルス。それもその筈、この程度の事も彼女にとってはすぐに解決する些事に過ぎない。
窓から覗く、もくもくと立ち昇る灰煙。真っ青な空に昇るそれは、まるで狼煙のようにも見える。
「……ふむ」
玉座に肘を付き、お代わりのスコーンを口にしながらその様を漫然と眺める。だが、その表情には苛立ちとも喜色ともとれぬ、色のない顔が浮かんでいた。
これが後に繋がる一大事件の兆しだと、気付いた者はこの時点で殆ど存在しなかった。
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