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侍女は見た ~こじらせ王子と婚約破棄したい聖女のお話~
4.恋に落ちた者の目
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マルロッテ様の騒動は解決いたしましたが、ウィリアム殿下とシェリルローズお嬢様の恋はいまだに平行線でございました。
お嬢様は王宮への出仕を再開なさったものの、相かわらずウィリアム殿下の前では目が死んでしまわれます。
人目のないときを見計らってウィリアム殿下に特製ドリアンジュースを差し入れたりしていましたが、味自体はとてもおいしいので匂いは二人の痛み分けといったところでした。
「お嬢様はいったいどうしてそこまでウィリアム殿下を厭うのでしょうか」
先の一件から、わたくしはお嬢様によくお尋ねをするようになっていました。
これまでわたくしは、家臣というものは主人の後を黙ってついていくものだと考えておりました。けれどもそれは違うような……主人のためならば自ら動かねばならぬような、そんな気がいたし始めました。
お嬢様は視線を宙に彷徨わせ、それからわたくしをじっと見据えられました。
……力強い、目でした。
「ウィリアム様はね、嘘をついていらっしゃるのよ。あの方は私に一目惚れなどしていないわ。だって最初にお会いしたときから、ウィリアム様の私を見る目は何も変わらないのよ」
お嬢様がわたくしの名を呼びます。わたくしはお嬢様の瞳をのぞきこみました。僭越なことでしたが、そうするように求められたのです。言葉にしなくともわたくしにはお嬢様の気持ちがはっきりとわかりました。
お嬢様の目は、少しうるんでいて、訴えかけるような、それでいて不安そうな……熱を帯びた、深い深い色をしておりました。
「わかって? これが……恋に落ちる者の目よ」
「お嬢様……!!」
わたくしは思わず口元を覆って叫びました。
そうです。
お嬢様はすでに、ウィリアム殿下に対する愛を育まれていたのです。けれどもそれを悟られぬよう巧妙に、慎重にふるまっておられたのでした。
眉を寄せうつむいたお嬢様は、わたくしの目には歳相応の頼りなげな少女に映りました。
理由のわからぬ愛にとまどい、疑念と不安を抱えた、清廉なシェリルローズお嬢様。
わたくしは雇われの身であることを忘れ、お嬢様の肩を抱きました。
「嘘をつかれて生きていくくらいなら、別れたほうがましよ」
「いいえ。いいえお嬢様。ウィリアム殿下はお嬢様を愛しておられます。だって、ウィリアム殿下は――」
けれどもわたくしは、言葉を続けることができませんでした。
御者の叫びと同時に馬のいななきが響きます。
馬車が大きく揺れました。
立ちあがっていたわたくしの重心は大きく崩れ、咄嗟にのばした手はお嬢様に届かず。
倒れこんだお嬢様は、傾いた天井にしたたかに頭を打ちつけました。
「きゃ……!!」
「お嬢様!!」
「だ、大丈夫よ……」
「申し訳ありません、わたくしがついていながら……!!」
わたくしは気合を込めてドレスの裾を破りとるとクッションがわりにお嬢様の頭をもたせかけました。幸い血は出ていないようです。
聖女の力でお嬢様の傷はすぐに治ります。それでも油断は禁物、帰宅したら医者に見せなければ。
そのためにはまず外の騒動を収めなければなりません。
「お嬢様はここでお待ちください!」
扉を押し開け表におどり出ます。
人気のない郊外の道に、星明りに照らされて……髪を振り乱し目を血走らせたエヴァー男爵が浮かびあがりました。
手には血痕のあるナイフ。傷ついた馬を必死になだめる御者の横を走り、凶相の男はわたくしへ――いいえ、お嬢様のいらっしゃる車両(ボックス)へと突進してきます。
「あいつが……!! あいつさえいなければ、マルロッテが王妃だったのに!!!!」
赤紫に変色した顔で叫ぶ顔にあるのは、身勝手な怒りのみ。
しかし怒りではこっちも負けておりません。
握りしめ突きだすだけのナイフは、薙ぎ払うこともしない稚拙な動き。
わたくしはスカートをひるがえしそれを避けると、ナイフを握る手首をつかみました。
回転の力を加えつつ、肘から肩を、関節とは真逆に引き寄せます。
ごきん、と鈍い音がして、ナイフが地面に落ちました。
抜けた肩の痛みにうめくエヴァー男爵は泥まみれになりながら砂利道を転がっています。しばらく構えておりましたが、立ち上がる力もないようです。
たったこれだけで戦闘不能とはふぬけたお方。
「貴様ごときにシェリルローズお嬢様を傷つけられたなど、腹を切っても主人への詫びが追いつかぬ」
……あら、いけませんわ。素が出てしまいました。
御者をちらりと見ますが聞こえていなかったようです。
まずはお嬢様に馬の手当てをしていただいて――エヴァー男爵の肩はわたくしが入れてさしあげましょう。
そんなことを考えながら扉を開けたわたくしが見たのは、頭を抱えてうずくまるお嬢様の姿でした。
「お嬢様!?」
顔は青ざめ、目はかたく閉じられています。
何があったのかと尋ねる前に、お嬢様の唇はおののきながらもゆっくりと開きました。
「私……思い出したわ。ウィリアム殿下とはじめてお会いした日のことを……」
縋るような瞳がわたくしに向けられました。
お嬢様は王宮への出仕を再開なさったものの、相かわらずウィリアム殿下の前では目が死んでしまわれます。
人目のないときを見計らってウィリアム殿下に特製ドリアンジュースを差し入れたりしていましたが、味自体はとてもおいしいので匂いは二人の痛み分けといったところでした。
「お嬢様はいったいどうしてそこまでウィリアム殿下を厭うのでしょうか」
先の一件から、わたくしはお嬢様によくお尋ねをするようになっていました。
これまでわたくしは、家臣というものは主人の後を黙ってついていくものだと考えておりました。けれどもそれは違うような……主人のためならば自ら動かねばならぬような、そんな気がいたし始めました。
お嬢様は視線を宙に彷徨わせ、それからわたくしをじっと見据えられました。
……力強い、目でした。
「ウィリアム様はね、嘘をついていらっしゃるのよ。あの方は私に一目惚れなどしていないわ。だって最初にお会いしたときから、ウィリアム様の私を見る目は何も変わらないのよ」
お嬢様がわたくしの名を呼びます。わたくしはお嬢様の瞳をのぞきこみました。僭越なことでしたが、そうするように求められたのです。言葉にしなくともわたくしにはお嬢様の気持ちがはっきりとわかりました。
お嬢様の目は、少しうるんでいて、訴えかけるような、それでいて不安そうな……熱を帯びた、深い深い色をしておりました。
「わかって? これが……恋に落ちる者の目よ」
「お嬢様……!!」
わたくしは思わず口元を覆って叫びました。
そうです。
お嬢様はすでに、ウィリアム殿下に対する愛を育まれていたのです。けれどもそれを悟られぬよう巧妙に、慎重にふるまっておられたのでした。
眉を寄せうつむいたお嬢様は、わたくしの目には歳相応の頼りなげな少女に映りました。
理由のわからぬ愛にとまどい、疑念と不安を抱えた、清廉なシェリルローズお嬢様。
わたくしは雇われの身であることを忘れ、お嬢様の肩を抱きました。
「嘘をつかれて生きていくくらいなら、別れたほうがましよ」
「いいえ。いいえお嬢様。ウィリアム殿下はお嬢様を愛しておられます。だって、ウィリアム殿下は――」
けれどもわたくしは、言葉を続けることができませんでした。
御者の叫びと同時に馬のいななきが響きます。
馬車が大きく揺れました。
立ちあがっていたわたくしの重心は大きく崩れ、咄嗟にのばした手はお嬢様に届かず。
倒れこんだお嬢様は、傾いた天井にしたたかに頭を打ちつけました。
「きゃ……!!」
「お嬢様!!」
「だ、大丈夫よ……」
「申し訳ありません、わたくしがついていながら……!!」
わたくしは気合を込めてドレスの裾を破りとるとクッションがわりにお嬢様の頭をもたせかけました。幸い血は出ていないようです。
聖女の力でお嬢様の傷はすぐに治ります。それでも油断は禁物、帰宅したら医者に見せなければ。
そのためにはまず外の騒動を収めなければなりません。
「お嬢様はここでお待ちください!」
扉を押し開け表におどり出ます。
人気のない郊外の道に、星明りに照らされて……髪を振り乱し目を血走らせたエヴァー男爵が浮かびあがりました。
手には血痕のあるナイフ。傷ついた馬を必死になだめる御者の横を走り、凶相の男はわたくしへ――いいえ、お嬢様のいらっしゃる車両(ボックス)へと突進してきます。
「あいつが……!! あいつさえいなければ、マルロッテが王妃だったのに!!!!」
赤紫に変色した顔で叫ぶ顔にあるのは、身勝手な怒りのみ。
しかし怒りではこっちも負けておりません。
握りしめ突きだすだけのナイフは、薙ぎ払うこともしない稚拙な動き。
わたくしはスカートをひるがえしそれを避けると、ナイフを握る手首をつかみました。
回転の力を加えつつ、肘から肩を、関節とは真逆に引き寄せます。
ごきん、と鈍い音がして、ナイフが地面に落ちました。
抜けた肩の痛みにうめくエヴァー男爵は泥まみれになりながら砂利道を転がっています。しばらく構えておりましたが、立ち上がる力もないようです。
たったこれだけで戦闘不能とはふぬけたお方。
「貴様ごときにシェリルローズお嬢様を傷つけられたなど、腹を切っても主人への詫びが追いつかぬ」
……あら、いけませんわ。素が出てしまいました。
御者をちらりと見ますが聞こえていなかったようです。
まずはお嬢様に馬の手当てをしていただいて――エヴァー男爵の肩はわたくしが入れてさしあげましょう。
そんなことを考えながら扉を開けたわたくしが見たのは、頭を抱えてうずくまるお嬢様の姿でした。
「お嬢様!?」
顔は青ざめ、目はかたく閉じられています。
何があったのかと尋ねる前に、お嬢様の唇はおののきながらもゆっくりと開きました。
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