世界観制約で罵倒しかできない悪役令嬢なのに、なぜか婚約者が溺愛してくる

杓子ねこ

文字の大きさ
14 / 22

14.ロアンの三年間 後編

 学園で出会った、美しい銀髪の少女。
 あとから特徴に合致する令嬢を調べ、ロアンは彼女がフランゼスカ公爵家のヴェスカという令嬢だと知った。
 
 ヴェスカの言うとおり、ロアンは変わった。
 
 まずは弱腰な自分を鍛え直し、立ち向かう力をつけねばならぬと思い定めたロアンは、騎士を目指すことにした。
 騎士団は入団試験も厳しく、一員となってからも騎士見習いとして修行に励む日々と聞く。
 
 反対するかと思えた父親は、意外にもすんなりと剣の教師を手配してくれた。
 家のことには無関心だとばかり思っていたのだが、父も父で、ぎくしゃくし続ける家庭内の空気にどうしていいのかわからなくなっていたらしい。
 
 運動量が増えれば食事量も増える。ちょうど成長期に入ったこともありロアンの身長はひと月ごとにのび、一時期は体重のほうが追いつかなくなっていたくらいだった。
 
 最大の収穫は、己の剣の腕に気づいたことだ。
 剣の軌道を読み、相手の攻撃を見切ること、隙をついて懐に入り込むことなど、素手ではできなかったことが剣を持てばできるようになった。
 教師いわく、そうした感性を発揮する者が稀にいるらしい。
 
 不思議なもので、剣の腕が磨かれると、とっくみあいの喧嘩でも負けることはなくなり、グライツに対しても兄らしく堂々と相対することができるようになった。
 
「俺はお前が怖かった。いつかお前が父上に気に入られて、俺をガーネン家から追いだすんじゃないかと思っていたんだ。自分に自信がなかったんだな……だが今はもう怖くない」
 
 殴りかかってきたグライツのこぶしを受けとめ、真正面からまなざしを向ける。
 
「グライツ。お前が当主の座を望むなら、どちらがふさわしいかを父に尋ねてみてもいいと思っている」
 
 ただしそれは、正々堂々と貴族らしく勝負をするなら、の話だ。
 そうロアンが告げると、グライツは虚を衝かれた表情になった。それからくしゃりと顔をゆがめ、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。
 
 思いがけない反応にロアンも驚く。
 
「俺も……俺も、怖くて。ガーネン家は文官の家系です。腕っぷしが強くても意味がない。兄上が当主になれば、きっと母上と俺を追いだすのだろうと思っておりました」
 
 それだけ言って、グライツはわんわんと泣きだした。
 こまっしゃくれた性格だと思っていた異母弟の、初めて見る歳相応の感情だった。
 
「……そうか」
 
 言葉にされればロアンにも理解できた。
 無関心に見えた父親の態度は、グライツにも脅威だったのだ。次男で、しかも庶子であるグライツには貴族としての地位の保証がない。だから義母は躍起になってグライツの権利を主張し、グライツもそれにのってロアンに冷たくあたった。
 しかしどうあがいても、現侯爵である父親が頷かないかぎり、次期当主はロアンだ。
 
 まだ涙を流すグライツに向き合い、ロアンはほほえんだ。
 
「俺は騎士をめざす。当主としてもふさわしい人間になる。目標ができたからだ。お前も、当主にふさわしいやり方で俺と戦え」
「……はい!」
 
 涙を拭い、グライツも笑顔を見せた――それが、先月の出来事。
 
 
 すっかりロアンになついたグライツは、いっしょに騎士を目指すと言って稽古を望むようになった。
 ふたりで並んで歩きながら、グライツはふと思いだした顔になる。
 
「そういえば、兄上は目標ができたとおっしゃっていましたね。目標とはなんですか」
「ああ……想う人がいるんだ。入団試験に受かったら、彼女に結婚を申し込みたいと思っている。応えてくれるかはわからないが」
「兄上ならどんな令嬢でも頷いてくれるはずです」
「さあ、どうかな」
 
 照れくさそうに笑うロアンの表情は朗らかで、グライツの目には眩しく映った。
 あれほど嫌っていた義兄が、いつのまにか背中を追いかけたい存在になっている――グライツもまた、自分の心境の変化に驚いていた。
 その理由が、ようやくわかった。
 
「だから、兄上は変わったのですね。いいな……きっととても素敵な方なのでしょう。ぼくもその方にお会いしたいです」
「うん、それはもちろんだが……美しくて、可憐で、やさしくて、すばらしい令嬢なんだ。お前まで惚れたら困るぞ」
 
 本当に困った顔をしているロアンに、グライツは思わず笑ってしまった。
 

 
 その後、ロアンは入団試験に合格し、目標を達成するのだが。
 
 初対面で名を告げなかったせいで、ヴェスカは当時の少年を入学前の年下だと勘違いしたまま、自分に求婚してきた成長期真っ盛りの令息とは結びつけなかった。
 騎士としてたくましく成長するロアンが泣き虫だったことなど、想像できるはずもない。
 
 ロアンもロアンで、照れくさい初対面の思い出を語りたくはなかったから、聞かれることのない限り黙っていようと思った。
 ヴェスカが闇魔法をかけられ、尋ねたくとも尋ねられないとは知らずに。

 久しぶりに再会したヴェスカは口が悪くなっているような気がしたが、すでに騎士団でしごかれていたロアンは気にならなかった。
 美しさを隠すように控えめに裏庭でお弁当を食べ、ロアンの同席を許し、あまりうまくも話せていないだろう話題を聞いてくれる。
 
 それだけでロアンは幸せだった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます

なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。 過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。 魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。 そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。 これはシナリオなのかバグなのか? その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。 【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

悪役令嬢のはずですが、年上王子が幼い頃から私を甘やかす気でいました

ria_alphapolis
恋愛
私は、悪役令嬢なのかもしれない。 王子の婚約者としては少し我儘で、周囲からは気が強いと思われている―― そんな自分に気づいた日から、私は“断罪される未来”を恐れるようになった。 婚約者である年上の王子は、今日も変わらず優しい。 けれどその優しさが、義務なのか、同情なのか、私にはわからない。 距離を取ろうとする私と、何も言わずに見守る王子。 両思いなのに、想いはすれ違っていく。 けれど彼は知っている。 五歳下の婚約者が「我儘だ」と言われていた幼い頃から、 そのすべてが可愛くて仕方なかったことを。 ――我儘でいい。 そう決めたのは、ずっと昔のことだった。 悪役令嬢だと勘違いしている少女と、 溺愛を隠し続ける年上王子の、すれ違い恋愛ファンタジー。 ※溺愛保証/王子視点あり/幼少期エピソードあり

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

悪役令嬢ベアトリスの仁義なき恩返し~悪女の役目は終えましたのであとは好きにやらせていただきます~

糸烏 四季乃
恋愛
「ベアトリス・ガルブレイス公爵令嬢との婚約を破棄する!」 「殿下、その言葉、七年お待ちしておりました」 第二皇子の婚約者であるベアトリスは、皇子の本気の恋を邪魔する悪女として日々蔑ろにされている。しかし皇子の護衛であるナイジェルだけは、いつもベアトリスの味方をしてくれていた。 皇子との婚約が解消され自由を手に入れたベアトリスは、いつも救いの手を差し伸べてくれたナイジェルに恩返しを始める! ただ、長年悪女を演じてきたベアトリスの物事の判断基準は、一般の令嬢のそれとかなりズレている為になかなかナイジェルに恩返しを受け入れてもらえない。それでもどうしてもナイジェルに恩返しがしたい。このドッキンコドッキンコと高鳴る胸の鼓動を必死に抑え、ベアトリスは今日もナイジェルへの恩返しの為奮闘する! 規格外で少々常識外れの令嬢と、一途な騎士との溺愛ラブコメディ(!?)

やり直し令嬢の備忘録

西藤島 みや
ファンタジー
レイノルズの悪魔、アイリス・マリアンナ・レイノルズは、皇太子クロードの婚約者レミを拐かし、暴漢に襲わせた罪で塔に幽閉され、呪詛を吐いて死んだ……しかし、その呪詛が余りに強かったのか、10年前へと再び蘇ってしまう。 これを好機に、今度こそレミを追い落とそうと誓うアイリスだが、前とはずいぶん違ってしまい…… 王道悪役令嬢もの、どこかで見たようなテンプレ展開です。ちょこちょこ過去アイリスの残酷描写があります。 また、外伝は、ざまあされたレミ嬢視点となりますので、お好みにならないかたは、ご注意のほど、お願いします。

【完結】モブの王太子殿下に愛されてる転生悪役令嬢は、国外追放される運命のはずでした

Rohdea
恋愛
公爵令嬢であるスフィアは、8歳の時に王子兄弟と会った事で前世を思い出した。 同時に、今、生きているこの世界は前世で読んだ小説の世界なのだと気付く。 さらに自分はヒーロー(第二王子)とヒロインが結ばれる為に、 婚約破棄されて国外追放となる運命の悪役令嬢だった…… とりあえず、王家と距離を置きヒーロー(第二王子)との婚約から逃げる事にしたスフィア。 それから数年後、そろそろ逃げるのに限界を迎えつつあったスフィアの前に現れたのは、 婚約者となるはずのヒーロー(第二王子)ではなく…… ※ 『記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました』 に出てくる主人公の友人の話です。 そちらを読んでいなくても問題ありません。