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おまけ
魔術研究所所長は頑張っている
しおりを挟むご立派な末端王族の一人であり、望んでもおらぬのに国立魔術研究所の所長職に担ぎ上げられている私(一代伯爵、二十四歳、独身、婚約者なし、恋人なし)に、面倒この上ない王命が下された。
『我が国に降臨せし樹精が、この地に永住するように懐柔せよ』とな?
思わず暗号化された真意が隠されているのであるか?、と政務官に問い合わせてしまったのだが、祖父殿は本気であった。
嘘でも、冗談でも、その場の勢いでもなく、本当に本気らしい。
お前ならできるであろう?、と素面で告げられ、なんと言えようか。
死地へ追いやられるような事を仕出かした覚えは無いのに無体すぎる!?、と泣くことしかできぬ。
我が国の上層部には愚か者しかおらんのか?
国の運営に関わらぬ末端の身でも、無理難題であると理解できるのに。
我が国に生まれて保護者持つ者なら誰であっても語り聞かせられて育つ話を、祖父殿は知らぬのであろうか?
知っていての下命であるなら、尚更に狂気の沙汰であるとしか考えられぬ。
我が国の東から川を迂回しつつ北側には、人の入ってはならぬ森がある。
大陸中央部の大半を飲み込む広大な森。
百年あまり昔、ここには肥沃な国土を持った大国があった。
この森があった地は、高祖父が王であった時代には森ではなかったのである。
現在の森はかつての大国の国土以上の広さ。
周辺国の全てが手を出せぬとはいえ、広がる速度が尋常では無い。
今は失われしその国の終わりを他人事だと思っていたが、この度、国を滅ぼす当事者になれと命じられたわけだ。
私は、国を滅ぼした王族として歴史に名を残したくなど無い。
断じてお断りだ!!
祖父殿はなにを考えているのだ?
とうとう老いが頭に到達したのであろうか?
嘆かわしいことである。
伯父上(王太子歴三十余年、五十一歳、妻子あり)殿に尻の下の玉座を譲れば良いものを、しがみつき固執した結果が国の滅亡では民に詫びもできぬ。
私は玉座に興味がないと示すために魔術師になった。
祖父殿が孫たちを見る疑心暗鬼の目が恐ろしくてな、兄弟姉妹のみならず従兄弟姉妹まで巻き込んで、城に行きたく無いと訴えたものである。
帝王学を学ぶくらいなら魔術学を学びたいと訴え叶えられるまでの気苦労を思い返すと、今でも目から汗が吹き出してしまう。
魔術師と名乗るのも烏滸がましい十代前半を経て、専門分野と言えるものがようやく出来上がり、功績を上げて、国のために働いていますよと訴え続けた。
いらぬ苦労までしてようやく、祖父殿の目に怯えぬ生活を手に入れたのに。
二年前。
研究所への所属暦が十年近くなった事がいけなかったのであろう。
どこかの誰かが勝手に便宜をはかり、部下の功績を奪い取って私に与えた。
結果、望んでもいない所長になることになった。
十年間も研究所にいて、出自が王族なら、所長になるのが当然?
なんだその理論は、聞いたことも見たこともないぞ?
もちろん当事者の部下には謝罪したが、私の責任では無いと言われればそれ以上の言葉を口に出せぬ。
今後は国に関わりたくない、研究さえできればどこでも良いと訴えられたので、僻地への転勤をすすめた。
僻地とは言え、部下が研究していた魔鉱石の産出する鉱山の足元である。
気の利く良い部下を、気の効かぬどこかの誰か共のせいで手放す羽目になった。
王族の名前が一人歩きしていて、私自身は一般所員に毛が生えたような実力しかないというのに。
名前だけ所長の私だが、任命された以上は部下に迷惑をかけまいと邁進してきたつもりである。
部下の功績は部下の名前で報告する。
これだけは所長の椅子に座っていれば間違いなくできることなので、過ちを繰り返させぬように気を付けて来た。
大体、研究職に邁進するものは、研究資金は求めるくせに、自分で功績を訴えて金を集めようと活動しないのだ。
金策下手すぎか!?
とはいえ私も研究者の端くれ。
金集めよりも研究がしたい。
人前での講演よりも同僚と魔術の術式を紐解いていたい。
所長になって得たのは、名前だけ王族として夜会や茶会に参加して、見知らぬ人々に詰め寄られる事のない快適な日々。
血を残す必要もない末端の王族であるからして、研究所にて部下と研鑽する日常の素晴らしさのみで良い。
私は今以上など望んでおらんというのに。
国はさらなる繁栄を望み、欲をかいた。
『恐れを知らぬ愚か者よ、其は人なり』とはうまいことを言ったものだ。
人ならざるものが人の思い通りになるわけがない。
そう思いつつも王命が下されている現状で、なにもしなかったでは終われない。
精霊を怒り狂わせず、かつ人への好意を失ってもらう。
これが一番良い解決方法に思えた。
精霊側が申し出を拒否すれば、国は動けない。
動かないはずである。
使者に、魔術師であり王族末端の肩書きを持っている私以上の適任はいない。
誰彼構わず生贄のように精霊に差し出すとつもりはない、という前提条件は存在するが。
優れた魔術師は他にいても、国の利益のために動く者は少なかろう。
やりたくもない仕事をこなしているのは、働いておるぞと見せておかねば、研究資金を減らされてしまうから。
これは共通認識である。
変わり者の巣窟で所長をしている魔術師として、部下たちの性質は理解している。
決行までに古今東西の書物を漁った。
精霊を怒らせる行いは何か、精霊はなにを好むか、精霊は、精霊は……。
これまで人と接触した精霊は少ない。
片手の指の数よりも。
数少ない幸運な遭遇は偶発的なものであり、人が望んでの遭遇の後に起こるは破滅のみ。
破滅の典型が、隣国の精霊事変である。
おそらくだが、隣国が怒らせた相手は樹精であると考えられる。
植物全般に直接的な影響をもたらす精霊が、他に思い浮かべられぬ。
つまり、今回は我が国が枯れ果ててから森に埋もれるわけだ。
冗談ではないぞ!!
なんとしても、祖父殿から不干渉の言葉を引き出す策を練り上げねばならぬ!
ため息をついて、研究室の机に額を押し当てるとひんやりと心地よい。
「所長、邪魔ですよー」
「ふぁいはーい」
こんなに苦しんでいるのに、誰にも相談できぬのだ。
悩みすぎて知恵熱が出ておるのだから、少しくらいだらけても良かろう。
どうしたら樹精を少し不愉快な気持ちにさせつつ、国を森に飲ませるほどは怒らせず、人に関わりたくないと思ってもらいながら、現在の場所に残ってもらえるだろうか。
最善は現状維持。
無謀な試みすぎるであろう?
一度の失敗で祖父殿が諦めてくれるかも分からぬ。
なぜ、末端王族の私が国の行く末を背負わさせられているのか。
現実逃避に席を立ち、窓辺のバニャンの木に霧を噴いて葉を拭いた。
半年ほどで随分と大きくなった。
それもこれも部下の魔術があったからと言える。
日頃は研究所から出ないからこそ、室内で気晴らしに植物を育てられる。
このバニャンの木は部下の娘さん(お世話したがりの四歳だそうな)が水をやりすぎて枯らしそうになった、と持ち込まれたものだ。
植物の促成栽培魔術を研究している部下の実験で無事に生き返っ……これだ!
植物の成長を促進する魔術なら、樹精に向けて発動しても怒らないのでは?
無駄な足掻きかもしれないが、人向けの魅了魔術を使うよりも私の生還率も上がると考えたい。
となれば、口先で都合の良いことを言いながら、成長促進の魔術をかけてみるのはどうだろうか。
樹精が口車に乗るかは知らぬが、下手に王城になぞ来られたらなにが起きるか想像もつかん。
どうか、樹精の不興を買わずかつ気に入られることも無いように、と服の下の護符を握りしめながら、これまでで一番真面目に神に祈った。
「無事に生きて帰ってこられると良いのじゃが……」
「所長、寝ぼけてんすかー??」
「寝ぼけてなどおるわけがなかろう!」
「所長、また口調が爺くさくなってますよ、若くて顔も良いのですから黙っていてください」
「だまらっしゃい!」
ついに決行であるぞ!!
その前に、部下に無詠唱式の発動術式を教えてもらわねばならんな。
護身用に魔獣召喚魔術具もいくつか持っていくこととして、後は除虫香を服に燻して、ううむ、生き残るためとは言え忙しすぎる。
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