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過去:花に想いを

クマは翻弄される 3/3

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 合歓に物騒な名前のツルの話を聞くため、おっさんを建物内に案内した。
 茶を出して、菓子はおっさんが持ってきたものを並べた。

「その蔓を人の手でほどくことはできるかな?」

 茶で口と喉を湿らせてから、おっさんはゆっくりと言った。

 まるで、ほどけなくて困ってる、みたいに聞こえたんだが、まさかだよな?
 合歓の怒りを買った結果、魔術師の所長がしめころしとかいう蔓に巻かれたのなら、解放が難しいと考えたのだろう。

 怒りで国一つが滅ぶ。
 授精にとっては人一人の命なんぞ、木の葉一枚よりも軽いのか。

 交渉する手段もあやふやだ。
 価値基準も違えば、物品や金で解決できるかも不明。

 おれと付き合いが長いから、おっさんが今回の交渉を押し付けられたのではないか、と気づいた。
 そもそもおれが人付き合いの幅を広げないのが良くないんだろう。

「モやせばモえるよ」
「あー、なるほどね、切るのは無理かな?」
「カタくしたからムズカしいとオモうよ」

 なるほど、蔓をなんともできなくておっさんが駆り出されたのか。

 人は燃やされたら死ぬと合歓は知らないんだろうか。
 おれは魔術を使えないから知らんが、魔術師だって体は人と同じだろ?

 いや待て、合歓が所長を追い返して、今日で三日目だぞ。
 三日間、巻き付いたままなのか?
 蔓で巻いたとは聞いたが、実際に見ていないおれには対処できる気がしない。

「なんとか、ほどいてもらうわけにはいかないかね?」

 もちろんお詫びもするよ、と顔色の悪くなったおっさんが言うと、合歓はなぜかおれを見た。

「ほどいてホしいの?」

 なんでそこでおれを見るんだ。
 まさか、おれに決めさせようとしてんのか?
 なんだか視線に期待を込めているように見えるんだが、なにを望まれてんのか分からん。

 合歓は樹精なんだな、と思い知る。

「合歓、ほどいてくれないか」
「ふーん、ワかった」

 決定権がおれに渡されたのなら、おれがすべきことは国に睨まれないようにと配慮するだけだ。

 ふーん、ってなんだよ。
 なんか言いたそうな合歓の様子を伺いつつ、安堵の息をついているおっさんに声をかけた。

「それで、この後はどうするつもりですか?」
「ここまで所長さんを連れてくるか、ねむちゃんを連れてい」
「はい、おしまい」
「え?」
「くことになるけど、と、なにが終わったんだい?」

 おれを見ながら合歓が答える。

「ツルほどいたよ」

 おっさんとおれは顔を見合わせて言葉を失った。
 全身を貫くように寒気がして、足元が抜け落ちる錯覚をした。

 おれは、初めて自分の選択を疑った。
 合歓を側にと願ったことは後悔していないが、早まったのでは無いか?、と。


 この国で自然の恵みを受け取る仕事を生業とするには、商工会の承認が必要だ。
 初心者講習という名目で、徹底的に人ではない存在に頼って楽をしようとするなと教えられる。

 全ては近隣国の二の舞を防ぐため。

 今は亡き近隣国は精霊を怒らせたと記録に残っているが、なにをして精霊を怒らせたのかは不明。
 怒りを買った当事者が誰なのかも不明。
 国民を一人として逃さなかったのだから、国民全員が怒りを買った可能性はある。

 精霊の怒りが真実か創作か確かめる術がないのに、人智を超えた結果から人ではない存在の関与を疑いようがない。

 共倒れを防ぐために民の侵入を防いでいたため、近隣国の朽ち果てていく姿の詳細が商工会には残されていた。

 なぜか、人の決めた国境線をしっかりと守って近隣国の作物が枯れたから。
 なぜか、近隣国の民が入国した瞬間に周辺の作物が枯れ始めたという話なので、特定は容易かったはずだ。

 近隣国の滅びは一頁なのに、全てが終わるまでが記された冊子は分厚かった。
 死にたく無いと足掻いた結果が綴られていた。

 精霊の怒りを受けて国中の作物が枯れ果てた後、食物を得ようと抗う人々の姿を嘲笑うように、亡骸を肥料としてどこからともなく森が姿を現したという。
 喉が枯れて血を吐いて嘆願し呻き嘆く声が聞こえなくなった頃、近隣国の跡地は森になった。

 今も続く森の浸食。

 誰もそれを止められなかった。
 怒っているという精霊がどこにいるのか、誰も知らないから。

 精霊は声に応えなかったのではなく、声を聞いていなかったのかもしれない。
 今の合歓のように、遠く離れた場所から植物を操作できる精霊を、どうやって探せと言うのか。

 精霊に声を届けられる誰か、がいなかったのかもしれない。
 合歓にとってのおれのような。

「どうしたの?」

 おれもおっさんも言葉を失ってしまったので、合歓は不思議そうな顔をする。

「……ありがとう、合歓」
「どういたしまして」

 お礼の言葉が嬉しかったのか、にっこりと笑顔になる姿を見て己の馬鹿さ加減に吐き気がした。

 所長は合歓を懐柔できなかった。
 一度の失敗で国が諦めるとは思えん。
 合歓はおれの側にいる。
 それなら、おれごと取り込めば合歓を思い通りに動かせる?

 そう、考える者がいたら?

 手足から熱が奪われていく気がする。
 おれはただの養蜂業を営む男で、国の明暗を分ける重い責任を背負うのは無理だ。
 合歓を、守らないと。
 でも、どうやって?



   ◆



 おっさんが来た翌日。
 いつも通りの静かな生活の中で、合歓が思い出したように呟いた。

 「オンシツがホしいな」と。

 おんしつ、を知らないおれは、とうとう最後の時が来たのか、と腹を括った。

 おれには見せなかったが、合歓は怒っていたのだ。
 嵐の前の静けさだった。

 ついに、この国が滅ぶ日が来たのか。
 合歓を望んだのはおれなんだから、この命ひとつで済ませてもらえないだろうか。

「おんしつってのは、おれが用意できるものか?」
「どうかな、ダイクさんがイるかも?」

 大工?
 大工を使って国を滅ぼすということか?
 どうやって?

「おれじゃ駄目なのか?」
「オンシツをタてたことあるの?」
「立てる?」

 おんしつ、とは一体なにか?
 立つもので、大工?
 ……建てる、ものか?

「合歓、おんしつってなんだ?」

 話を聞いてみれば、暖かさを保つために壁や天井を硝子で作った建物のことらしい。
 外気温より気温を上げられることで、寒さに弱い植物を育てられる施設のことだった。

 樹精の合歓がどうしておれより建築物に詳しいのかは疑問だが、精霊だからな。

「なんで、おんしつが欲しいんだ?」
「アタタかければ、いつでもジュセイせっくすしたいキできるブンになれるかなとオモって」
「……」

 なるほど、植物には花が咲くに適した季節がある。
 一年中温かい建物に住んでいれば、いつでも、って……。

 もしかして、怒ってない?
 いつもどおりの合歓に見えるんだが。
 おれが勝手に勘違いしてただけだったのか?

 張り詰めていた気が緩んで腰が抜けた。

「どうしたの?」

 へなへなと座り込んだおれを見下ろす合歓の瞳は、いつものように光り輝いていて、美しかった。
 以前よりも表情が豊かになったのに、作り物めいた美貌は変わらない。

 顔立ちや体格が多少変わっても、雰囲気は変わらない。
 おれに抱かれて甘い声で鳴く姿を見た後だと言うのに。
 合歓はいつでも、汚れなくきれいで美しいままだ。

「合歓は本当にきれいだ」
「このミは、ヨロコびにサきホコっているからね」

 よく分からん返事もいつも通り。
 合歓はこの国を滅ぼすつもりはない、と信じられる。
 だが、それを国が信じるかは別問題だ。

 おれがいくら合歓に危険性はないと訴えたところで、合歓が樹精であることは変えられない。
 信用を得るのは難しいが、打算の末なら納得させることはできるはずだ、

 珍しい合歓のお願いを使えないだろうか、と思った。
 合歓が人が欲しがるものを望まないから、国は樹精を操ろうと策を弄するのだ。

 よし、おんしつ、を国に作ってもらおう!





   了

 
   ◆

この後は『今』の時間につながるので、おわりになります
が、えっちぃが足りないので、おまけの形でもう少し書きます、むしろ書きたい、まだ書いてない
次回投稿は未定です
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