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過去:一花繚乱
花は咲き誇る 2/4
しおりを挟む彼の手が大好きだ。
力強いのに、優しく触れてくれるから。
この身を傷つけないように、いつも彼は心がけてくれている。
傷つけることを恐れるのは、この身を大切に思ってくれているから、だよね?
「触ってほしいの」
彼の指を引き寄せて、唇に運ぶ。
一番長い指の太い指先をぱくりと咥えると同時に、彼が驚いたように肩を跳ねさせた。
「いっぱい、たくさん、この身に触れて、たっぷり中に精を注いでほしいの」
舌で包み込むように彼の指を舐めて、熱を味わう。
分厚くなった指先と硬く厚くなった爪の間をつつくと、ごくり、と彼の喉が動いた。
咥えている指に力が入る。
視線に熱がこもったことを感じる。
もっと見て欲しくて、身に纏っていた葉をひらひらりと少しずつ落とした。
彼の特別でありたい。
ずっと、ずっとこの先も。
そう願いながら彼を見つめると、情欲にけぶった瞳が柔らかく細められた。
大地色の瞳は熱を湛えて、彼の思いが視線として注がれた気がする。
「ネム」
「うん」
ぼそりとくそかわいいなと呟いたのが聞こえて、もう一度聞こえるように言い直して欲しいと言葉にする前に、太い腕の中に捕えられた。
力強い指先を失った捕生殖器官袋に寂しさを覚えてしまう。
熱くて力強い腕の中に囚われる喜びに浸っていると、彼が小さく囁く。
恥ずかしさを我慢しているように。
「元気になるやつ、くれるか?」
「うん」
たくさん精を注いでくれると言ってくれた彼が愛おしくて、顔が歪む。
彼の胸板にほほを押し当てると、この身には存在しない音が、彼の生きる強さがどくどくと叩きつけられた。
動物である彼に、もっと近づきたい。
植物であるこの身を、もっともっと、変えていかなくちゃ。
「くそかわいすぎる」
「なあに?」
震えるような声で呟かれて、そこに込められた熱に気持ちを引きずられてしまって、言葉の意味がうまく理解できなかった。
もう一度言ってほしいのに、気がついた時には彼の両腕で抱え上げられていた。
「いっぱい、たくさん、だな?」
「いっぱい、たくさん、だよ」
これからを期待して、彼の顔を見つめる。
いつもと同じように顔を隠すもじゃもじゃの毛の隙間から、大地色の瞳が光る。
獲物にされたみたいだ。
突然の豪雨にさらされた時のように全身がぞくぞくして、けれど恐怖はなくて期待だけが身を震わせる。
ころりと転がされたベッドは軋む音もしなかった。
空からゆったりと翼を広げた鳥が降りてくるように、彼の体に包み込まれる。
ふわり、と彼の体毛に隠された額がこの身の額に当てられた。
「口吸いして良いか?」
「くちすい?」
くちすいってなんだろう?
分からないけれど、彼の懇願の表情を見ながら嫌とは言えなかった。
これ以上ないほど近づいている彼の顔は、外で働く時間が長いからこんがりと日焼けしていて、色の濃いまつ毛に縁取られた大地色の瞳が可愛い。
くりくりつやつやと光る種子のようで、森の獣の子供もこんな目をしてたことを思い出す。
「目を閉じてくれるか」
長く伸ばした彼の毛が、額にざらついた感触を残して離れた。
絡んだ毛束は本物の獣みたいに見えるのに、毎日水浴びをしているから臭くはない。
ゆっくりと伝わってくる熱が嬉しくて、もっと触れてほしくなる。
彼の優しい心の匂いがする。
穏やかなのに力強くて、太陽が昇ったばかりの森の奥に立ち込めるもやのように深い情愛を感じる。
冬を終わらせようと降り注ぐ陽光のように慈悲深くて温かい。
こくりと頷いてからまぶたを閉じると同時に唇に触れた彼の熱に、心が震えた。
ちゅ、ちゅく、ぽた、ぽたんと不規則な水音が聞こえる。
暑さにのぼせているせいで音が遠い。
しばらく唇を重ねていたと思えば、彼は舌を伸ばして捕生殖器官袋の中をなめだした。
袋の中に分泌されている消化液に熱い唾液が混ざり、頭部から全身に熱が回って茹で上がりそうだ。
捕生殖器官袋からあふれた消化液と唾液がベッドにしたたり落ちる。
彼に与えられる熱が、この身を暖めてしまう。
ひどく熱い。
焼けてしまう。
でもやめてほしくない。
「甘いな」
彼は口を離してから喉を鳴らし、荒くなった呼吸の中でぼそりと呟いた。
のぼせたようにふわふわと揺れる世界の中で、彼の言葉だけが確かなものとして届く。
「あまいのはだめ?」
「いいや、美味いよ」
この身の消化液を、彼は甘く感じるらしい。
思わず喜ぶと、彼が喉の奥で低く唸り声を上げた。
人が食物を摂取する場所である口を押し付けられた時は、これまでのように花蜜を舐めるのではなく、まるごとかじられてしまうかもと驚いた。
食べられても良い。
焼け落ちてしまいそうな意識の端でそう感じた後で、出どころ不明の知識が、これは『接吻』と呼ばれる人の生殖行為の一部だと教えてくる。
愛おしい相手にしたくなる行為が口吸いで接吻だと。
ぎゅう、とお尻の捕生殖器官袋がうねった。
今すぐ彼の精が欲しい。
授精したいと体と心に訴えられて、頭もそれに引き摺られてしまいそうになるのを抑え込む。
彼の舌も唇もこの身とは違う。
柔らかくて丸く、熱く濡れていて、器用に動くのに分厚くて、とても力強い筋肉の塊である舌になめられると、しおれてしまいそうな錯覚が起きる。
熱でしおれてしまったら、彼の精をもらえない。
乾いた唇に、唇を覆うように塞がれて、怖くなった。
「ネム、ほんとにきれいだ」
怖くなったのに、彼が至近距離で夢を見るようにうめくから。
捕生殖器官袋に舌を受け入れてしまった。
熱くて、力強い動きは幸せを享受した授精行為を思い出させて、体が勝手に消化液の分泌を始めてしまう。
捕生殖器官袋からあふれた消化液を、彼がごくりと喉を鳴らして飲み込んだ時は驚いたけれど、蜜とは違うけれど甘いなと言われて安堵したのだ。
消化液までお気に召してくれたなら、この身は本当に彼のために咲けているのだ。
これからもずっと、彼のために咲き続けたい。
彼の精を受けて授精したい。
くちゅ、ちゅ、と音を立てながら、彼の舌を受け入れていると、なにもかも受け入れられた気分になる。
本当なら高温障害を恐れるべきなのに、幸せで恐怖が麻痺してしまっている。
枯れたらまた作り直せば良い。
彼に見られないように、心配させないように。
だから、もっとたくさん熱をちょうだい。
「もっとぉ」
「ん」
彼が口を離してしまいそうで不安になる。
じりじりと焼かれている感覚は、痛みではなくて快感にすり替わっていた。
ドライアドなのに、人の精を望んでいる時点でおかしくなっているのかもしれない。
でもそれを幸福だと感じているなら、これは間違いではない、きっと。
たっぷりと彼の舌に翻弄されて、全身が熱くなってぼんやりと考えがまとまらなくなっていく。
かわいいな、ネム。
なんてきれいなんだ。
あまくてうまい。
こわくないか?
もっとふれたい。
彼から注がれる飾り気がないのに優しくて特別な言葉が、もっと欲しい。
彼が欲しくて、彼の全てが欲しくて、捕生殖器官袋が悲鳴をあげているようだ。
終わらない口吸いを受けながら、今が終わらなければ良いのにと願う。
ずっとずっと彼とこの身、一人と……一本?、で生きていきたい。
人の社会では許されなくても。
もう、彼から離れることなんてできない。
人になりたがるおかしなドライアドは、人になれないまま。
おとぎ話の野獣は王子に戻れるけれど、生まれつき人ではないものは人にはなれない。
悲しいのに、嬉しい。
人ではないから彼に蜜を与えられる。
蜜を与えることができるから、彼に求められる。
彼に会えたこと。
それがきっと今世において、一番の良いことであり、生まれてきた理由になればいい。
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