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1 おれ
02
しおりを挟む黒いナニカが、どろんと消えた。
……もしかしたらこの世界、ゲームなのか?
そう考えてステータス画面出ろ、と願っても望んでも口にしてもなにも出てこなかった。
転移とかそんな話は漫画で読んだけど、ゲームは詳しくない。
こんな事になるならアニメや読書にも時間を使ったのに。
自転車が楽しすぎて、友人とやった格ゲーかサンボしか分からん。
ゲームの世界に送るやつはゲーマーにしてくれよ。
そう思いながら。
昼になると襲ってくる黒いのは、石や木の棒を投げても撃退できない。
倒せたのは初めだけで、それ以降は食われっぱなしだ。
夜は襲われない。
肉食の動物って昼も夜もいたよな、というのは元の世界の常識だ。
少なくともこの原野には、夜行性の肉食獣はいないみたいなので睡眠はしっかりとれた。
野宿だけど。
昼に襲われるせいで、あっという間に着替える服がなくなった。
たまに空腹を、レトルトやカンパンや飴やプロテイン直舐めでごまかしながら歩いて。
村を見つけた。
いーやー、殺された。
なんなんだよ。
第一村人が声をかけてきて「ようこそ、この村は~」とか言ってる姿に言葉が分かる、助かったぁ、と感激して感謝していたらさ。
背中に衝撃、腹からにょきっと飛び出す赤くて鋭い先端。
なにこれ、なんなのこれ。
どうしてこんなに現実感ないの?
怖くもないし、痛くもないし、なんかすごい変だ。
うつ伏せに倒された後も何度も衝撃があるのに、痛くない。
体が揺れるし、触れてるのは感じるのに、ぜんぜん痛くない。
なにこれ、本当にゲーム?
そう思いながら、目の前が真っ暗になって。
次に気がついたら、ゴミ捨て場らしい巨大な穴の中。
全裸。
なんでだよ。
大切な生活用品で財産だったパニアバッグも、ウエストポーチも無くなってた。
マットも見当たらない。
まーたまた死んだか。
服とキャンプ用品を取り戻さないと困るな、と腐ったゴミをかき分けながら穴から這い出て、村はどっちだろうと見回してびっくり。
なんかめらめらぼーぼーと燃えてる。
村っぽい場所が。
なにこれ。
黒いナニカどろんに引き続き、謎展開だ。
この世界の過ごし方の説明もないし、友人に誘われた時くらいしかゲームしないライトユーザーにちょっと厳し過ぎないか。
やれやれ、と火が消えるのを待って二日。
熱々の村がちょうどよく冷めただろう頃に、炭化している場所へ向かった。
現実感がないから、棒が刺さって転がってる焼死体みたいなものを見ても、なんかぴんとこなかった。
普通なら作りものだと分かっていても、苦手とか怖いとか感じるだろうに。
グロ映像が苦手なはずのに、なにもかも全てのものにモザイクがかかってるような感覚がある。
作り物みたいに感じる。
この世界、本物じゃない。
そう感じてしまう。
村の中に、生存者はいなかった。
全滅か逃げたか。
そして火災の原因だけど、パクられたおれの荷物が原因っぽい。
村人の死因は不明。
家の柱だった炭、コンロとガスボンベの残骸らしいもの以外、ほとんどなにも残ってない場所が火元だとしか思えなかった。
ガスボンベが破裂したのかも。
せっかく節約しながら使ってたのに。
おれの荷物が全滅してしまった。
これからは裸一貫でサバイバルキャンプかぁ。
文字通り全裸ってなんの冗談だよ。
いくら現実感なくても、きっついなぁ。
これが夢ならいつ目覚めるんだろう。
おれはただ自転車旅がしたかっただけなのに。
◆
◆
とまあ、そっから延々と体一つでさまよって、なんでか死なないままおそらく数百年が経っている。
一日に日の出と日没が何十回もあって、寒い時期が年に何十回も来るなら、数日かもしれないけど。
なぜかおれは死なない。
そしていまだに現実を生きてる実感もない。
死なないし見た目が変わらないから定住できない、という理由以前の問題で、おれに親切にしてくれる人に出会ったことがない。
初対面の上なにもしてないのに、なんで嫌われるんだ?
どこにいってもよく分からないもの扱いされる。
ひどい扱いをされても、現実感がないから傷つくこともないけどな。
ほらあれだ。
動物園に行ったからって、動物の仲間入りなんてしないだろ?
檻の向こうから威嚇されて吠えられてびっくりした、くらいにしか感じない。
何度も殺されてるっていうのに。
幸運なことに、これまで人に殺されることはあっても、殺したことはない。
それをしたらいけない、と何故か分かる。
思い込んでるだけかもしれないけど、どうせ死なないから、まあいいかーと流してる、流せちゃう。
なんだかおれからもあっちからも、お互いに人間だと認識してないみたいだ。
殺してもいい変なのが来たぞ、と見られるのが当たり前。
おれからもゲームのNPCの方が、まだ返事のバリエーションが多いだろなーと思ってしまう。
日時の間隔すら曖昧で、この世界に迷い込んだのが昨日だと判明しても驚かないだろう。
そんな人扱いされないおれの前に、おれをおれと認識して、幸せそうに嬉しそうに頬を染める紅顔の美少年、すごく強い等級冒険者のスペリアトが現れた。
初対面時はツン発言をされたけれど、今思えば子猫が警戒するような感じだった気がする。
餌付けした覚えもないのに、二日目からはデレッデレな対応しかされてない。
なんで懐いたのか聞いてないから、知らない。
どんな返事をされるか想像もつかないから怖くて聞けないし。
この世界で初めて名前を呼ばれて、のんべんだらりと過ぎた数百年の孤独が溶けていった。
あっという間に、スペリアトのいない生活を考えられなくなった。
スペリアトに出会って、初めて一日を認識できた。
屋根の下で寝て、朝起きて飯食って、昼は働いて、夜は飯食って寝る。
そんな普通の生活を、おれはこっちに来てからすっかり忘れてた。
どこにいっても誰に話しかけても会話が成立しないから、本当に夢かゲームの中なんじゃないかーって、思い込んでた。
これが現実なら。
おれは、なんでこんなところに?
スペリアトに聞いたら、離れていってしまう気がして。
おれは何百年もこの世界にいるかもしんない、と言えなかった。
兄と妹はいたけど、弟はいなかったから。
懐かれて嬉しかった。
弟みたいな美少年は、あれよあれよとスパダリイケメンになってしまったけど。
おれへの懐きっぷりは変わらなかった。
嬉しかった。
嬉しいって、思った。
だから。
「ニげ、て、ゼン、さマッ」
おれの目の前で体を丸めて、苦しんでいるスペリアトを見捨てることなんてできそうにない。
やっぱりこの世界は変だ。
黒の混ざった銀髪と瞳の美青年だったスペリアトの体が溶け崩れるように変形して、黒灰色のクラゲのようなものになっていく。
明らかに人ではないものになっていく過程を見ても、恐怖感はない。
スペリアトと出会ってからも、相変わらず現実味の無さに変わりはない。
ラメみたいな黒銀のきらめきが、丸くなって透明度を増していく傘の中で動いて、スノードームみたいに見える。
本当にきれいだな。
きれいなスペリアトは、クラゲになってもきれいだった。
口が崩れていくと言葉も発しにくくなっていくのか、ぶるぶると震える体を縮こめているのに、同時におれに向かって助けてと縋る様に揺れ動く口腕。
すらりと伸びた手足と美しい容姿のスペリアトは、きれいなクラゲになった。
この世界の人は、おれとは違う。
おれが人として認識されないのは、クラゲになれないからかも。
スペリアトと過ごした日々は、この世界に来てから初めて、おれは生きてたんだなーと感じるものだった。
自転車が好きで、旅が好きで、知らない景色が好きで、長期休みの度にうろうろしてた元の世界での日々が平凡に感じるサバイバル生活。
殺されギスギス生活なんて、望んでないのにな。
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