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番外 〝弘〟視点
2/2 半年後
しおりを挟む男性同士の性交では、男女間と違い、色々と専門用語があるらしく、一から覚えるのは難しい。
本から学ぶのはハードルが高い。
スキャナーとパソコンがあれば、紙媒体の本を読み込んでソフトで音読させられると、聞いたこともあったけれど、わたしはそこまで本を読みたいと思う方ではない。
賑やかしのテレビで十分だ。
仕方ないので、教えてもらおうと思ったら、晋矢さんから「無理です」と言われてしまった。
恥ずかしすぎます、と言われて……確かに!?と、気がつくなんて、本当にどうしようもない。
知識を得るのは諦めて、とりあえず、形から入ることにした。
晋矢さんの匂いを手本にすれば、なんとかなる。
わたしの能力は、抑制措置を受けているにもかかわらず、晋矢さんから香る匂いにだけ、ひどく敏感だ。
未だによく分からないEX等級の恩恵だろう。
新しい職場は、研究職の人々が集う場だけあり、知識を得る機会が多い。
ただし、紙媒体の情報も多い。
話を聞いていても、知らない単語があると、そこから理解できなくなってしまうわたしには、あまり良い環境ではなかった。
簡単に諦めようと思わなかったのは、晋矢さんがいるから。
そして。
「ありがとうございました」
「いいえ、お大事になさってください」
医療従事者でもないのに、患者さんと関わり、人を助ける機会を得られたから。
知識だけでなく、資格も経験もないので、治療や看護には関わっていない。
一般人が、専門職が必要な上に人の命に関わるような重大な仕事に、関わることなどできない。
院内ボランティアの方が知識があるだろう。
それなのにどうして、患者さんと会話をする羽目になったか。
わたしの能力の特異性として、感知する能力が特化していることは判明している。
そして、初めての職場で、わたしは同僚になる若者から臭う異臭で、初期病巣に気がついてしまった。
検査で引っかかるかどうか、という初期段階でも、晋矢さんと一緒にいれば、異臭に気がつける。
それを確認することになり。
研究員兼任研究対象という仕事内容に加えて、医療従事者ではなく施設職員としての肩書をもらい、大学生ではなく研修医だった晋矢さんと一緒に、付属病院中を歩き回ることになった。
そしてなぜか、今はコンシェルジュデスクに見習いとして座っている。
年齢だけは重ねているので、ベテラン職員だと勘違いされているのか、本職の男性を差し置いて声をかけられる。
名札に『研修中』の札が付いているのに。
この仕事が嫌だということではない。
嫌だというほど、この仕事に精通もできていない。
とりあえず病院の出入り口近くにいてね、という意向でここに置かれたので、本物のコンシェルジュさんに申し訳ないとすら思っている。
コンシェルジュさんが良い人でよかった。
そして、ここに置かれている理由は……わたしが役立たずだから、だ。
研修医である晋矢さんが医者として働いている間、わたしだけが研究所にいてもやることがない。
わたし単体では、能力の制御が不安定すぎて、能力関係の測定などはできない。
それなら事務員もどきに、と言われても、わたしには書類の整理ができなかった。
細かい文字が読めない。
満足にメモ書きすらできないので、電話口の応対もできない。
パニックになると短期記憶障害が出るので、直前の会話内容を丸ごと忘れることも多い。
キーボードを素早く打つのも無理だ。
色々とできることを探して、研究棟以外をさまよった結果、コンシェルジュさんと一緒に出入り口付近に待機して、患者や付き添い、職員の異臭に気がつけたら伝えるという事をしている。
これは仕事なのだろうか?
……晋矢さんがいないと、能力が安定しないのに?と上司に聞いたら、それを確認するためにそこにいろ、とかなんとか。
そして、人がコンシェルジュカウンターに近づくたびに鼻を鳴らしながら、晋矢さんの帰りを待つこと数時間。
数日。
何十日も付属病院内をうろついた結果が出た。
わたしは金魚のふんだ。
でも、晋矢さんと一緒にいる時限定で、有益なふんである。
とりあえず、そういうことになった。
研修医としての仕事と共に、能力使用の専門職を目指して学生として学び続けている晋矢さんは忙しい。
わたし単体でできることがないなら、わたしの存在が邪魔になるのではないか、と勇気を振り絞って新しい上司に直談判をした。
「逆ですよ!」と言われた。
いなくなると困る、と生まれて初めて言われた。
わたしがいると、晋矢さんの仕事効率が倍速になるらしい。
……倍速?
それは、大丈夫なのかな?
わたしに晋矢さんが必要なように、晋矢さんにもわたしが必要らしい。
上司とはいえ専門が医療系の研究者なので、専門用語満載で説明されてしまい、ふんわりとした概要しかつかめなかった。
「とにかく、あなた方は可能な限り二人で行動して下さい」
と、直属の上司に言われて、文句を言えるほどわたしは強くなかった。
最後のあがきで、晋矢さんに嫌ではないのかと伺えば、ゆるゆると頬を緩めた笑顔で「頑張りましょうね」と言われてしまう。
ときめいた。
おじさんは不整脈を起こしてしまいますよ、晋矢さん。
わたし自身は、晋矢さんと一緒にいたい。
迷惑をかけたくない、依存したくないという気持ちが未だにあるから、どうしても不安に思ってしまうけれど。
わたしの不安など知っている、と言わんばかりに。
晋矢さんはわたしを甘やかす。
仕事に張り合いが出る。
資格取得の訓練も辛くない。
勉強の時に夜食を差し入れて欲しい。
とか色々。
わたしはわたしを必要とされるのが嬉しい。
晋矢さんに必要とされるのが嬉しい。
わたし自身には全く興味がなさそうな職場の上司ですら、晋矢さんと一緒にいる時のわたしには気を使っている気がする。
見守ってくれているというよりも監視しているような気はするけれど、晋矢さんが完璧に機能しているEX等級の能力者だから、だろう。
どんな理由があっても、わたしは嬉しい。
わたしが、晋矢さんの役に立てていると言われることが。
晋矢さんが、わたしに向かって「弘さんと一緒に帰りたいので、頑張って終わらせました」なんて言うから。
研修で一緒に昼食を食べられない日など、わたしが作った、どこにでもありそうなお弁当を、嬉しそうに受け取ってくれるから。
いつか、わたしは真っ当に生きられるようになる、と信じたかった。
普通になりたい、とどれだけ望んだか。
わたしは、真っ当にも普通にもなれなかった。
これからもなれない。
生まれつきの特性を理由にしても、しなくても。
今の幸福は〝普通〟ではないから得られたものだ。
わたしの中に無秩序があるからこそ、晋矢さんといられる。
何かで、神は乗り越えられない試練を与えない、とか聞いた。
生まれつき他人より劣っていることが試練だなんて、思ったこともなかったけれど、助けられて初めて乗り越えられる試練もあるのかもしれない。
一人で苦しんでいた。
助けを求めることが怖くて。
拒絶が怖くて。
助けてもらえるだけの価値が、わたしにあると思えなくて。
世界は、広い。
人は性善であり性悪である。
結局、何もかも、本人次第なのかもしれない。
苦しい時に、プライドも何もかもを捨てて「助けてくれ」と叫べる人間が強いとは思わない。
苦しいのに助けを求めることができずに、手遅れになる人がいる。
自分の心に蓋をして助けを求めても、助けを得られない人がいる。
もしかしたら、助けてくれる人がいる、と心の底で思えることが、救いなのかもしれない。
わたしの救いは、わたしの中にあった。
初めからあった。
それを知れただけで、生きにくさは減った。
わたしの役立たずっぷりは変わらないのに、周囲の目に怯えなくて良くなった。
祖母が信じていたように、御仏の救いがあるのなら。
わたしは望む。
祈る。
どうか、多くの人が、自分の苦しみを受け入れられるようになることを。
努力ではどうにもできない悲しみを、苦しみを、諦めるのではなく、抗うのではなく、ただあるがままに受け入れられる日が来ることを。
足掻いた日々が無駄ではない、と思える日がくることを。
了
◆
以降はSSになります♪(´ε` )
弘は〝ガン探知機犬(人)〟になれ……ないです
晋矢は精神科(心療内科含む)系の能力医見習い+一緒にいないと能力の出力が安定しない……
ガン疑いで紹介状を持って大病院に来た患者が、精神科にかからないと思うので
というわけで、これからは二人三脚でのんびり研究やお医者さんを頑張っていく予定です
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