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01 院家さんの憂鬱
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初めまして、お久しぶりです
アルファポリスさんは前書き、後書き機能がないので、本文以外の書き込みがしにくいのですが、こちらは短編の〝マグロとヘビ〟と登場人物が重複している、独立作です
◆
クリスマスなんて、この世から無くなってしまえ!と始めて思った日から、二十年近くたつ。
おれの誕生日は十二月二十六日だ。
クリスマス前後が誕生日のやつの悲哀なんて、よく聞くあるある話だろうが、おれのこれまでの人生には、誕生日どころかクリスマスさえ存在しなかった。
おれの生家は地元で何代も続く寺で、年末はいつも初詣の準備で大忙しだ。
クリスマスを祝う暇なんかない!と猛り狂う獅子舞の顔になっている母親の指導のもと、新年の客を迎えるために神経と睡眠時間をすり減らすのが、年末のいつもだった。
それでも二十五日には「メリークリスマス」と言われ、その後に思い出したように付け加えられる「誕生日おめでとう」に対して、誕生日は翌日だと言うと「一日早いくらい気にするな」と言われるのだ。
世間はクリスマスなのに、ケーキもプレゼントもない。
メリークリスマスなんて言ってる時点で、うちが敬虔ではないことは理解してる。
ただ単に多忙が理由で、ケーキやプレゼントなんて用意している暇があるなら、新年の準備を手伝え!!というのが我が家の正義だった。
父親が入り婿で、常に尻に敷かれていたから、ってだけじゃないはずだ。
とはいえ、他の祝祭日と誕生日がかぶる人だって、大概同じ思いをしたことがあるはずだ。
弟や妹は誕生日を祝われていたから、余計につらかった。
家族総出で大量のおみくじを用意しながら、お守りを並べながら、護摩を焚く下準備をしながら、クリスマスなんてなくなってしまえ!と、初めて思ったのは、小学校に入った年だった、と思う。
学生の間は家の手伝いばかり、寺を継ぐ予定の今では、自分が中心になって動かないといけなくなった。
もう誕生日を祝って欲しい歳でもないけれど、毎年、この時期が嫌で仕方がない。
◆
外壁にイルミネーションが飾られている事には気がついていたけれど、気がつかないふりで入った家の中にあったのは、葬式後の陰鬱な空気じゃなかった。
そもそも故人にとって近しい家族が絶縁状態で、とりあえず葬儀と永代供養の手続きだけ……とこの人たちが手を挙げてくれたことに感謝すべきなのだろう。
「それではお願い致します」
「はい、確かに」
本音では寺まで来て欲しいのだけれど、本来それをする血縁者が拒否したことで、もう少しで無縁仏の扱いになるところだったのだ。
遺産も借金もいらないから関わりたくない!とは、なんとも悲しい話だ。
故人の家族関係について詮索する気は無いので、詳しいことは知りたくも無い。
そんなわけで永代供養の金は故人の遺産でも、手続きを進めてくれるだけで有難かった。
母の名代として、学生に毛が生えたようなおれの訪問でも構わないと言ってくれた、その懐の深さに感謝こそすれ、これ以上を望むのは贅沢すぎる。
「お世話になります」
「いいえ、こちらこそ、忙しい時期にお手間を取らせました」
今夜はクリスマスだ。
おれの人生で、一年で一番の灰色の時期。
十二月二十六日生まれの坊主なんて因業を背負っているのは、前世で相当悪どいことをしてきたから、かもしれない。
「……ロックをツーフィンガー……お願いします」
「はい」
「マスター」
「はい」
「この店はクリスマスの飾り付けしないんですか?」
「……ありますよ」
バーのマスターがそう言いながら指差した先を見上げてみれば、おれの座っているスツールのほぼ真上の間接照明に、細い木の枝を何本も束ねたようなものが吊り下げられていた。
……これが、クリスマスの飾り?
もじゃっとした木の枝が?
ツリーとかリースじゃなくて、木の枝?
なんの意味があるんだ?と思いつつマスターを見てみると、いつも涼やかな表情を崩さないマスターが、この時は機嫌良さそうに薄く微笑んでいることに気がついた。
何かいいことでもあったのか?
「ミスルトーです」
「なるほど」
ミスルトーってなんだ?、と思いつつ、これ以上楽しい会話ができる気分では無かったので、口を閉じた。
一度帰って着替えたけれど、全身に抹香の匂いが染み付いている気がして落ち着かない。
「ロックです」
「ありがとうございます」
口を開かないおれに気を使ってくれているのか、マスターも口を閉じているけれど、やはりどこか機嫌の良さそうな様子で、グラスを磨き、カウンターを拭きとせわしなくしている。
実際、今日はクリスマスだから、夜が更けるにつれてバーは忙しくなるんだろう。
クリスマスとはいえ平日で、世間一般の人々が働くか、帰り支度をしている時間に、開店したばかりのバーで飲んでいるおれの方がおかしいのだ。
まだ学生だった二年前の帰省中に、趣味のクロスサイクルの途中で見かけたのが、このバー〝スンガイ〟に通うようになったきっかけだ。
二十歳もそこそこでバー通いは、ちょっと背伸びが過ぎるかとも思ったけれど、おれはこの店が気に入っている。
好奇心で寄った一度で、お気に入りになった。
この店に通う一番の理由は、どこからどう見ても普通のバーなのに、奇妙なほどに居心地が良いことだ。
客が少ない時間帯なら、ここが自分の部屋のような気すらするほどに。
家にいれば、母親に寺の仕事を次々に押し付けられ、自分の時間がなくなる。
自分の部屋すらないのだから、肩身が狭いどころじゃない。
何年後の話になるか不明だけれど、家業を継ぐ予定の長男が、どうして未だに弟と同室なのか。
敷地も部屋も余っているのに、一度だって自分だけの部屋を持ったことがない。
おれの弟は俗にいうところのヒキニートというやつで、どうやってかは知らないが、部屋からほとんど出ないのに金を稼ぎ、生活費を家に入れている。
もともと、弟に甘かった母親が懐柔されるには、それで十分だったらしい。
家の中に居場所がなくて、男手なら父親と弟がいるからと、在学中に家を出ようとしたけれど許されない。
成人を過ぎているにも関わらず、家長である母親の命令に逆らうことを許されない。
家を出るのなら、大学を決める前に、継ぐ意思表示をする前に出るべきだったと、遅すぎる後悔の日々だ。
やけになって一人暮らしのための貯金を突っ込んだのが、趣味のクロスサイクルの始まりで、体を動かすことでストレス発散になり、健康も促進されている気がするし、一人で走っている間は無心でいられて、精神的な救いにもなっている。
そんな形で、マメな常連というほどではないけれど、月に二度程度はこの店に通っている。
電車の時は酒をたしなみ、クロスバイクの時はノンアルコールで。
勘の良いマスターは、飲めない日は何も言わなくてもノンアルコールのドリンクを出してくれるので、それもあって通いやすい。
一度も自転車で来ていると言ったことはないので、多分、服装で判断しているんだろう。
並んでいる酒の種類は多いし、マスターの人柄も穏やか。
店の静かな雰囲気もとても落ち着く。
家から距離があるので知り合いに会うことはないだろうし、客が多そうな時間を避けているので他の客との遭遇も少ない。
本当に、ここがおれの部屋ならいいのに、と思うことがある。
座る場所を決めているわけじゃないけれど、カウンターの奥から二番目がやけに落ち着くから、空いている限り同じ場所に座ってしまう。
この店で過ごしている時が、おれにとって一番楽な気持ちで落ち着いて過ごせる時間だと、この時まで信じていた。
アルファポリスさんは前書き、後書き機能がないので、本文以外の書き込みがしにくいのですが、こちらは短編の〝マグロとヘビ〟と登場人物が重複している、独立作です
◆
クリスマスなんて、この世から無くなってしまえ!と始めて思った日から、二十年近くたつ。
おれの誕生日は十二月二十六日だ。
クリスマス前後が誕生日のやつの悲哀なんて、よく聞くあるある話だろうが、おれのこれまでの人生には、誕生日どころかクリスマスさえ存在しなかった。
おれの生家は地元で何代も続く寺で、年末はいつも初詣の準備で大忙しだ。
クリスマスを祝う暇なんかない!と猛り狂う獅子舞の顔になっている母親の指導のもと、新年の客を迎えるために神経と睡眠時間をすり減らすのが、年末のいつもだった。
それでも二十五日には「メリークリスマス」と言われ、その後に思い出したように付け加えられる「誕生日おめでとう」に対して、誕生日は翌日だと言うと「一日早いくらい気にするな」と言われるのだ。
世間はクリスマスなのに、ケーキもプレゼントもない。
メリークリスマスなんて言ってる時点で、うちが敬虔ではないことは理解してる。
ただ単に多忙が理由で、ケーキやプレゼントなんて用意している暇があるなら、新年の準備を手伝え!!というのが我が家の正義だった。
父親が入り婿で、常に尻に敷かれていたから、ってだけじゃないはずだ。
とはいえ、他の祝祭日と誕生日がかぶる人だって、大概同じ思いをしたことがあるはずだ。
弟や妹は誕生日を祝われていたから、余計につらかった。
家族総出で大量のおみくじを用意しながら、お守りを並べながら、護摩を焚く下準備をしながら、クリスマスなんてなくなってしまえ!と、初めて思ったのは、小学校に入った年だった、と思う。
学生の間は家の手伝いばかり、寺を継ぐ予定の今では、自分が中心になって動かないといけなくなった。
もう誕生日を祝って欲しい歳でもないけれど、毎年、この時期が嫌で仕方がない。
◆
外壁にイルミネーションが飾られている事には気がついていたけれど、気がつかないふりで入った家の中にあったのは、葬式後の陰鬱な空気じゃなかった。
そもそも故人にとって近しい家族が絶縁状態で、とりあえず葬儀と永代供養の手続きだけ……とこの人たちが手を挙げてくれたことに感謝すべきなのだろう。
「それではお願い致します」
「はい、確かに」
本音では寺まで来て欲しいのだけれど、本来それをする血縁者が拒否したことで、もう少しで無縁仏の扱いになるところだったのだ。
遺産も借金もいらないから関わりたくない!とは、なんとも悲しい話だ。
故人の家族関係について詮索する気は無いので、詳しいことは知りたくも無い。
そんなわけで永代供養の金は故人の遺産でも、手続きを進めてくれるだけで有難かった。
母の名代として、学生に毛が生えたようなおれの訪問でも構わないと言ってくれた、その懐の深さに感謝こそすれ、これ以上を望むのは贅沢すぎる。
「お世話になります」
「いいえ、こちらこそ、忙しい時期にお手間を取らせました」
今夜はクリスマスだ。
おれの人生で、一年で一番の灰色の時期。
十二月二十六日生まれの坊主なんて因業を背負っているのは、前世で相当悪どいことをしてきたから、かもしれない。
「……ロックをツーフィンガー……お願いします」
「はい」
「マスター」
「はい」
「この店はクリスマスの飾り付けしないんですか?」
「……ありますよ」
バーのマスターがそう言いながら指差した先を見上げてみれば、おれの座っているスツールのほぼ真上の間接照明に、細い木の枝を何本も束ねたようなものが吊り下げられていた。
……これが、クリスマスの飾り?
もじゃっとした木の枝が?
ツリーとかリースじゃなくて、木の枝?
なんの意味があるんだ?と思いつつマスターを見てみると、いつも涼やかな表情を崩さないマスターが、この時は機嫌良さそうに薄く微笑んでいることに気がついた。
何かいいことでもあったのか?
「ミスルトーです」
「なるほど」
ミスルトーってなんだ?、と思いつつ、これ以上楽しい会話ができる気分では無かったので、口を閉じた。
一度帰って着替えたけれど、全身に抹香の匂いが染み付いている気がして落ち着かない。
「ロックです」
「ありがとうございます」
口を開かないおれに気を使ってくれているのか、マスターも口を閉じているけれど、やはりどこか機嫌の良さそうな様子で、グラスを磨き、カウンターを拭きとせわしなくしている。
実際、今日はクリスマスだから、夜が更けるにつれてバーは忙しくなるんだろう。
クリスマスとはいえ平日で、世間一般の人々が働くか、帰り支度をしている時間に、開店したばかりのバーで飲んでいるおれの方がおかしいのだ。
まだ学生だった二年前の帰省中に、趣味のクロスサイクルの途中で見かけたのが、このバー〝スンガイ〟に通うようになったきっかけだ。
二十歳もそこそこでバー通いは、ちょっと背伸びが過ぎるかとも思ったけれど、おれはこの店が気に入っている。
好奇心で寄った一度で、お気に入りになった。
この店に通う一番の理由は、どこからどう見ても普通のバーなのに、奇妙なほどに居心地が良いことだ。
客が少ない時間帯なら、ここが自分の部屋のような気すらするほどに。
家にいれば、母親に寺の仕事を次々に押し付けられ、自分の時間がなくなる。
自分の部屋すらないのだから、肩身が狭いどころじゃない。
何年後の話になるか不明だけれど、家業を継ぐ予定の長男が、どうして未だに弟と同室なのか。
敷地も部屋も余っているのに、一度だって自分だけの部屋を持ったことがない。
おれの弟は俗にいうところのヒキニートというやつで、どうやってかは知らないが、部屋からほとんど出ないのに金を稼ぎ、生活費を家に入れている。
もともと、弟に甘かった母親が懐柔されるには、それで十分だったらしい。
家の中に居場所がなくて、男手なら父親と弟がいるからと、在学中に家を出ようとしたけれど許されない。
成人を過ぎているにも関わらず、家長である母親の命令に逆らうことを許されない。
家を出るのなら、大学を決める前に、継ぐ意思表示をする前に出るべきだったと、遅すぎる後悔の日々だ。
やけになって一人暮らしのための貯金を突っ込んだのが、趣味のクロスサイクルの始まりで、体を動かすことでストレス発散になり、健康も促進されている気がするし、一人で走っている間は無心でいられて、精神的な救いにもなっている。
そんな形で、マメな常連というほどではないけれど、月に二度程度はこの店に通っている。
電車の時は酒をたしなみ、クロスバイクの時はノンアルコールで。
勘の良いマスターは、飲めない日は何も言わなくてもノンアルコールのドリンクを出してくれるので、それもあって通いやすい。
一度も自転車で来ていると言ったことはないので、多分、服装で判断しているんだろう。
並んでいる酒の種類は多いし、マスターの人柄も穏やか。
店の静かな雰囲気もとても落ち着く。
家から距離があるので知り合いに会うことはないだろうし、客が多そうな時間を避けているので他の客との遭遇も少ない。
本当に、ここがおれの部屋ならいいのに、と思うことがある。
座る場所を決めているわけじゃないけれど、カウンターの奥から二番目がやけに落ち着くから、空いている限り同じ場所に座ってしまう。
この店で過ごしている時が、おれにとって一番楽な気持ちで落ち着いて過ごせる時間だと、この時まで信じていた。
応援ありがとうございます!
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