【R18】ミスルトーの下で

Cleyera

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01 院家さんの憂鬱

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 初めまして、お久しぶりです
 アルファポリスさんは前書き、後書き機能がないので、本文以外の書き込みがしにくいのですが、こちらは短編の〝マグロとヘビ〟と登場人物が重複している、独立作です




  ◆





 クリスマスなんて、この世から無くなってしまえ!と始めて思った日から、二十年近くたつ。

 おれの誕生日は十二月二十六日だ。
 クリスマス前後が誕生日のやつの悲哀なんて、よく聞くあるある話だろうが、おれのこれまでの人生には、誕生日どころかクリスマスさえ存在しなかった。

 おれの生家は地元で何代も続く寺で、年末はいつも初詣の準備で大忙しだ。
 クリスマスを祝う暇なんかない!と猛り狂う獅子舞の顔になっている母親の指導のもと、新年の客を迎えるために神経と睡眠時間をすり減らすのが、年末のいつもだった。

 それでも二十五日には「メリークリスマス」と言われ、その後に思い出したように付け加えられる「誕生日おめでとう」に対して、誕生日は翌日だと言うと「一日早いくらい気にするな」と言われるのだ。

 世間はクリスマスなのに、ケーキもプレゼントもない。
 メリークリスマスなんて言ってる時点で、うちが敬虔ではないことは理解してる。

 ただ単に多忙が理由で、ケーキやプレゼントなんて用意している暇があるなら、新年の準備を手伝え!!というのが我が家の正義だった。
 父親が入り婿で、常に尻に敷かれていたから、ってだけじゃないはずだ。
 とはいえ、他の祝祭日と誕生日がかぶる人だって、大概同じ思いをしたことがあるはずだ。
 弟や妹は誕生日を祝われていたから、余計につらかった。

 家族総出で大量のおみくじを用意しながら、お守りを並べながら、護摩を焚く下準備をしながら、クリスマスなんてなくなってしまえ!と、初めて思ったのは、小学校に入った年だった、と思う。

 学生の間は家の手伝いばかり、寺を継ぐ予定の今では、自分が中心になって動かないといけなくなった。
 もう誕生日を祝って欲しい歳でもないけれど、毎年、この時期が嫌で仕方がない。


  ◆


 外壁にイルミネーションが飾られている事には気がついていたけれど、気がつかないふりで入った家の中にあったのは、葬式後の陰鬱な空気じゃなかった。
 そもそも故人にとって近しい家族が絶縁状態で、とりあえず葬儀と永代供養の手続きだけ……とこの人たちが手を挙げてくれたことに感謝すべきなのだろう。

「それではお願い致します」
「はい、確かに」

 本音では寺まで来て欲しいのだけれど、本来それをする血縁者が拒否したことで、もう少しで無縁仏の扱いになるところだったのだ。
 遺産も借金もいらないから関わりたくない!とは、なんとも悲しい話だ。

 故人の家族関係について詮索する気は無いので、詳しいことは知りたくも無い。
 そんなわけで永代供養の金は故人の遺産でも、手続きを進めてくれるだけで有難かった。
 母の名代として、学生に毛が生えたようなおれの訪問でも構わないと言ってくれた、その懐の深さに感謝こそすれ、これ以上を望むのは贅沢すぎる。

「お世話になります」
「いいえ、こちらこそ、忙しい時期にお手間を取らせました」

 今夜はクリスマスだ。
 おれの人生で、一年で一番の灰色の時期。
 十二月二十六日生まれの坊主なんて因業を背負っているのは、前世で相当悪どいことをしてきたから、かもしれない。





「……ロックをツーフィンガー……お願いします」
「はい」
「マスター」
「はい」
「この店はクリスマスの飾り付けしないんですか?」
「……ありますよ」

 バーのマスターがそう言いながら指差した先を見上げてみれば、おれの座っているスツールのほぼ真上の間接照明に、細い木の枝を何本も束ねたようなものが吊り下げられていた。

 ……これが、クリスマスの飾り?
 もじゃっとした木の枝が?
 ツリーとかリースじゃなくて、木の枝?

 なんの意味があるんだ?と思いつつマスターを見てみると、いつも涼やかな表情を崩さないマスターが、この時は機嫌良さそうに薄く微笑んでいることに気がついた。
 何かいいことでもあったのか?

「ミスルトーです」
「なるほど」

 ミスルトーってなんだ?、と思いつつ、これ以上楽しい会話ができる気分では無かったので、口を閉じた。
 一度帰って着替えたけれど、全身に抹香マッコウの匂いが染み付いている気がして落ち着かない。

「ロックです」
「ありがとうございます」

 口を開かないおれに気を使ってくれているのか、マスターも口を閉じているけれど、やはりどこか機嫌の良さそうな様子で、グラスを磨き、カウンターを拭きとせわしなくしている。
 実際、今日はクリスマスだから、夜が更けるにつれてバーは忙しくなるんだろう。
 クリスマスとはいえ平日で、世間一般の人々が働くか、帰り支度をしている時間に、開店したばかりのバーで飲んでいるおれの方がおかしいのだ。

 まだ学生だった二年前の帰省中に、趣味のクロスサイクルの途中で見かけたのが、このバー〝スンガイ〟に通うようになったきっかけだ。
 二十歳もそこそこでバー通いは、ちょっと背伸びが過ぎるかとも思ったけれど、おれはこの店が気に入っている。

 好奇心で寄った一度で、お気に入りになった。
 この店に通う一番の理由は、どこからどう見ても普通のバーなのに、奇妙なほどに居心地が良いことだ。
 客が少ない時間帯なら、ここが自分の部屋のような気すらするほどに。

 家にいれば、母親に寺の仕事を次々に押し付けられ、自分の時間がなくなる。
 自分の部屋すらないのだから、肩身が狭いどころじゃない。
 何年後の話になるか不明だけれど、家業を継ぐ予定の長男が、どうして未だに弟と同室なのか。
 敷地も部屋も余っているのに、一度だって自分だけの部屋を持ったことがない。

 おれの弟は俗にいうところのヒキニートというやつで、どうやってかは知らないが、部屋からほとんど出ないのに金を稼ぎ、生活費を家に入れている。
 もともと、弟に甘かった母親が懐柔されるには、それで十分だったらしい。

 家の中に居場所がなくて、男手なら父親と弟がいるからと、在学中に家を出ようとしたけれど許されない。
 成人を過ぎているにも関わらず、家長である母親の命令に逆らうことを許されない。
 家を出るのなら、大学を決める前に、継ぐ意思表示をする前に出るべきだったと、遅すぎる後悔の日々だ。

 やけになって一人暮らしのための貯金を突っ込んだのが、趣味のクロスサイクルの始まりで、体を動かすことでストレス発散になり、健康も促進されている気がするし、一人で走っている間は無心でいられて、精神的な救いにもなっている。

 そんな形で、マメな常連というほどではないけれど、月に二度程度はこの店に通っている。
 電車の時は酒をたしなみ、クロスバイクの時はノンアルコールで。
 勘の良いマスターは、飲めない日は何も言わなくてもノンアルコールのドリンクを出してくれるので、それもあって通いやすい。
 一度も自転車で来ていると言ったことはないので、多分、服装で判断しているんだろう。

 並んでいる酒の種類は多いし、マスターの人柄も穏やか。
 店の静かな雰囲気もとても落ち着く。
 家から距離があるので知り合いに会うことはないだろうし、客が多そうな時間を避けているので他の客との遭遇も少ない。

 本当に、ここがおれの部屋ならいいのに、と思うことがある。
 座る場所を決めているわけじゃないけれど、カウンターの奥から二番目がやけに落ち着くから、空いている限り同じ場所に座ってしまう。

 この店で過ごしている時が、おれにとって一番楽な気持ちで落ち着いて過ごせる時間だと、この時まで信じていた。
 
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