【R18】Fall into the sky

Cleyera

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 クルクルクルと鳥が鳴くような、甘える動物が喉を転がすような鳴き声がした。
 それすらも地が震えそうに低い音だけれど。

 黒々とした鱗の表面に、ぽ、と火が浮かぶ。
 青い燐光だ。
 見ている目の前で、ぽ、ぽ、ぽ、と火が増えていく。

 小さな青い火の玉を、飾りのように全身にまとって、黒々とした竜にしか見えない存在が俺を見つめて、こてん、と首を傾げた。
 瞳孔がふわりと広がって、俺を見つめる。

 どうなってんだよ、すっごく可愛い。
 とんでもなくでかい犬かよ。

 それから、もったいぶったようにゆっくりと体を起こしたが、竜らしきこいつは、立ち上がっても巨大だった。

 地竜は大きい。
 鎧を着込んだ騎士を乗せて、走れるのだから。

 けれど目の前の竜っぽいものは、地竜が赤ん坊に見える大きさだった。

 真上を見上げても、視界には竜の体しか見えない。
 目の前に見えるのは、竜の足の膝関節と、黒い腹。

 背中だけでなく、腹まで黒いのか。
 鱗の大きさは、腹の方が小さく見えるな。

 後脚だけでなく前脚も太いぞ。
 つまり、四肢で地を蹴って走るのか?

 羽根と長い尾が、ゆらゆらと動く。
 いやいや、もしも、万が一にでも背中でたたまれている羽根が飾りではなくて、本当に空を飛べるとしたら、この立派な前脚は飾りか?

 地竜は四脚を持つが、移動方法は強靭な後脚のみで地を駆ける形になる。
 短い前脚は餌を摂る時の補助に使ったり、走る時に体の均衡を保つために使っている。

 鱗が全身を包む姿は似ているけれど、地竜とは違いすぎる。
 違うんだ。
 こいつの方が、すごい。
 言葉にできないけれど、すごいんだ。

 それなら、こいつはなんだ。
 竜ではない、竜によく似た、なにか。

 伝説に残る、本物の竜、だろうか。

 幻とは思えない。
 思えないけど。
 こんな素晴らしくて、恐ろしくて、美しくて、俺の夢想を軽々と超えてしまう生き物が見られるなら、幻でもなんでも良い。

「オグラスっ、…い、…の…ケモ………んと…しろっ」

 遠くからひょろひょろと震える声が俺に向かって届いた。
 聞き取れないほど遠くから声をかけられたのか?

 うっとりと見上げていた、竜としか思えない完璧な生き物から、竜舎へ意識を向けると、元仲間が中にいて、鼻をつまんでこちらへ向かって叫んでいた。

 どうして鼻をつまんでいるんだ?
 道理でおかしな声だと思った。
 もっと大声を出せば良いのに。

「そんな所でなにしてるんだ?」

 鼻をつまみながら掃除や餌やりをしている、と考えるのは無理がある。

 それにしても、地竜はどこだ?
 半分隠れているようにも見える騎士見習いたちがいるのに、地竜が見えない。
 鳴き声がしない。
 足踏みする音も。

 全ての地竜を一度に外に出すことはないから、竜舎はいつでも騒がしい。
 それが今は、しん、と静まりかえっている。

 そもそも、騎士の多くは、乗る竜の世話を自分でするものだ。
 一部の、金で竜丁を雇える奴らは、乗るだけだが。
 もしくは見習いに頼んでやってもらう。

 もちろん竜舎の管理をする者はいるが、騎士団にいる全ての竜に万全の環境と世話ができているか、と言えば、無理な話だ。

 世話してないなら、どうしてあいつらは竜舎の中にいるんだ?


 竜舎に向かって踏み出そうとした俺の胸元に、するりとすべりこむように巨大な頭が降りてきた。

「うわっ」

 あまりにも滑らかな動きは、地竜より蛇や蜥蜴を思わせる。
 地竜は大きくなるほど動きがぎこちなくなるからな。

 クルルゥ

 長い首を震わせているのか、甘えるような声も低すぎて、正直びっくりしたが顔に出さないようにした。

 だって嬉しいじゃないか。
 この、竜みたいな生き物、俺に甘えてくれてるんだぞ!

 地竜に選ばれずにもやもやと燻っていた気持ちが、歓喜に変わる。

 こいつ、可愛いかもしれない。
 すっごいでかいけど。

 なんなんだろうな、こいつ。
 小さい子犬みたいなもんならともかく、こんなにでっかいのに可愛いとか。

「なんだ、どうした?」

 地竜たちが世話をさせてくれていた頃を思い出す。
 思わず声をかけて手を伸ばしたけれど、するり、と避けられた。

 俺の手を避けておきながら、不透明な黄色の瞳は俺をじっと見つめている。
 期待のこもった様子で。

 これは知ってるぞ。
 遊んで欲しい、ってやつだろ。
 お、なんだ、捕まえて欲しいのか?

「リサンデ様ぁっ!」

 俺が素早く手を伸ばそうとした瞬間。
 背後から悲鳴じみた男の濁声が聞こえた。

 俺の手が黒い頭に触れるより前に、ばさり、と音がした。
 巨体がなんの抵抗もないように、宙に浮かぶ。

 グルラァアアアアアアアアッッッッ

 街中に響き渡りそうな咆哮を上げると、もう竜で良いよなこいつ、は飛び去ってしまった。

「だあああっ、また逃げられたっっっ!!
 追え、すぐに追い手を用意せよぉっっ!!」

 背後の濁声の男は絶叫をあげながら、ばたばたと足音も荒く走っていった。
 振り返った俺に見えたのは、黒い服を着ている背中、ってことくらいだった。

 見上げた空には雲一つなくて、あの真っ黒い姿は影も形もなかった。



   ◆



 あの、なにがなんだか分からない騒動から日が経ち、月末。
 最後の慈悲という名目で、終業時刻ぎりぎりに広場に呼ばれた。

 時刻は夕方。

 地竜のほとんどは極端な昼行性で、夕方くらいから動きが悪くなる。
 餌でつって呼びかけても頭を向けてくれるくらいで、まったく動かなくなる竜もいるほどだ。

 ただでさえ地竜が反応しない時間に〝竜の試し〟をさせようなんて、本当に性格が悪い。
 誰の発案にしろ、俺はもう仲間扱いされていないと、否応なく思い知らされる。

 最後にしっかりと晒し者にしておいて、今後も俺をこき使うための序列確認。
 騎士も見習いも含めて、大勢が賛同して加担している、ってことなんだよな?

 通告を受けてから十日程度なのに、よくもここまで馬鹿に出来るな、と呆れる。
 騎竜騎士の中には、同期の奴だっているのに。

 八年もいて、疎まれていたかもと気づかない俺が悪かったのか。

 それはそうと、俺は明日からの異動先を決めていないし、聞かれてもない。
 その理由もわかった。
 優しさなんかじゃない。
 所属のない雑用係になれと言いたかったんだ。

「スターク・オグラスくん」
「はい、副長」

 あの、竜だったら嬉しい黒いやつ、が現れた日から、直接的な暴力を振るわれることは無くなった。
 俺に構ってる暇がなくなった、というべきか。

 あの黒いやつが残した匂いだか存在感だか、まあ、人には感知できないなにかに地竜たちが怯えているようで、竜舎から出なくなってしまったのだ。

 緊張状態で食が細くなって、排泄ができずに体調不良になった地竜を隔離しようにも、外に出ることを嫌がる。
 運動量が足りていないからなのか、ひどく機嫌が悪くなり、地竜同士で傷つけあうことが増えた。
 人が近づけば足踏みをしてしまうので、竜舎の掃除もままならず、不衛生な環境になりつつある。

 漏れきいた話からは、こんな感じか。

 以前から粗暴な行動が多かった騎士が、無理やり引き摺り出そうとした結果、怯える地竜に振り回された後に踏まれて、全治半年の大怪我をしている。
 腰の骨を折っても復帰できるのは、周囲で金が唸っているんだろうな、と感心しきりだ。

 
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