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3 つがいと過ごす日々

04 一緒にキスを

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 裕壬ユウジンは、ゴーシュに抱きしめられ、首筋を嗅がれ、舐められながら思った。

 温かく濡れた舌が、長いような気がする、と。

 ちろり、とくすぐるように舌先でなでられて、べろり、と舌全体で味わうようにねぶられて。
 ぞわぞわ、ぞくぞく、むずむず、どれも当てはまってしまうような、どれも違うような気がする。

 ただ、嫌じゃない。
 むしろこれすっごい好き、と。


 ゴーシュの切ない鳴き声を、直近で聞かされて腰が砕けてしまい、膝にも力が入らない。

 言葉ではなく、鳴き声だと感じた。
 オスがメスに求愛する、全てを曝け出した懇願。

 素晴らしい美術作品を見た時のように、裕壬の背中を電流が走り抜け続けている。

 今はゴーシュに支えられながら、しがみついているような状態だ。
 手を離されたら間違いなく崩れ落ちるだろう。

「ん……っっん」

 ゴーシュの舌が首筋を舐めていくたびに、腰から背中に駆けのぼってくるのは快感だった。
 舌の表面が、ざらりとしているからかもしれない。

 はっ、はっ、と興奮した呼吸が聞こえる。
 どっどっどっ、と全力疾走した直後のような心臓の鼓動も。

 腹に押し当てられている硬いものがなにか、間違えることもできない。
 見えないけれど、裕壬も硬くなっている。

「ユージン、すきだ、だいすきだよ」

 耳元で呟くように落とされる声は、延々と甘い。

 きつく抱きしめられているのに、呼吸は苦しくない。
 はふ、と息をついて、裕壬は目の前に盛り上がる肩に額を押し付けた。

「私も好き」

 言葉にしたら、それがとても自然なことに思えて、裕壬はゴーシュに見えないように微笑んだ。

 この年齢不詳の人狼が、心から好きだ。
 人狼だからなのか、ゴーシュだからなのか。
 それはこれからゆっくり考えてみよう。

「ユージン、いれないからふれたい」
「私もゴーシュさんに触りたい」

 切羽詰まったように求められて、嬉しくないはずがない。
 好きの気持ちを全て余すことなく見せられて、照れこそすれ、困ることなんてない。

 ゴーシュの手が、裕壬が室内着にしているスウェット(最後の一枚)の生地をなでるように下りていく。

 しかし、なんだかおかしい。
 目的地がウエストゴムではない?、と感じて、先手を打った。

「ユ」
「破らないで」

 一昨日はデニムと下着一枚が行方不明、昨夜もスウェットと下着一枚を布切れにされているので、裕壬は今度こそしっかりと告げた。

 着替えがなくなるのは困る。
 裕壬の今の収入では、今月は服飾に割ける予算はない。

 キャンプ用にバックパックを購入したのが、全予算だった。
 昨日と今日で、土日のバイトも休んでいるから、来月は収入が減る。

 今度、人狼の爪をじっくりと見せてもらって、手のひらも手の甲も何枚も描かせてもらわないと、割りに合わない。
 ゴーシュへ払うモデル代だと思えば、デニムとスウェット、あと、くたくたの下着二枚は……なんとか許せる。

 そんなことを思いながら。


「……ごめんなさい、あとでかいにいこう、べんしょうする」
「弁償までは、必要ないから」

 男らしい低い声に似合わない子供のような口調で言われて、裕壬はやっぱりと納得した。
 以前にも感じたように、この幼い口調こそが、本来のゴーシュなのだ。

 弁償という言葉には、かなり誘惑された。
 とても魅力的に響いたけれど、ゴーシュに金を出させたら、際限なく出すと言いそうな気がしてしまった裕壬の直感は正しい。

 オスの人狼は、狼と同じように、メスに獲物を捧げたがるものだ。



 ついさっき起き出したばかりの布団に、二人で戻った。

 服を脱ごうとしたゴーシュを止めたのは裕壬だ。
 モデルの時は、全裸は嫌だ、とあんなに言っていたのにと思い出して苦笑する。

 美しすぎる彫刻のような全裸を見てしまえば、途中で止められなくなるのは裕壬の方だ。

 ゴーシュの、唇を裕壬に押し当てるだけ、すりすりと唇で肌をなでるようなキスは、くすぐったい。
 その先を知らないのだろうゴーシュは、口を開かない、舌を伸ばさない。

 首は舐めてきたのに、ディープキスを知らないのか。
 知らないなら、こっちからしてやれ、きっと驚くから。

 不慣れとすぐに分かるゴーシュのキスが続いたことで、いたずら心を起こした裕壬が、ぺろりとゴーシュの唇を舐めると、びくり、と震えられた。

 目を瞬かせているゴーシュの表情は、驚き一色に染まっている。
 今にも、なんで舐めた?、と言いだしそうに。

 人の社会で暮らして人に混ざって働いているのに、こういうことは知らないのか、と不思議に思いながら、裕壬はゴーシュとのセックスを思い出す。

 人同士のものとしては、あまりにも淡白すぎた。
 突っ込んで射精するだけ。
 二回とも前戯がなかった。

 本当に動物的な行為だった。
 もしも裕壬がゴーシュをアパートに引き止めていなければ、きっと後から勘違いしていただろう。
 突っ込みたかっただけなのかな、と。

 いいや、突っ込みたかったのは間違いないとしても、ゴーシュは、人のセックスを知らないのだ。

 そこまで思い至ってしまって、裕壬はゴーシュのこれまでの人生がどうだったのかと考える。
 胸がきゅう、と苦しい。

 以前に感じたことは正しかったのかもしれない。
 ゴーシュが童貞だった可能性だ。

 こんなに格好良いのに、モテないわけがない。

 経験があってあれなら、あまりにも相手が可哀想すぎる。
 もしくは局部接触のみの、昆虫みたいなセックスが好きな相手だったとか。
 そんな奴いるのか。

 ゴーシュの性的な経験について聞こうとは思わないけれど、裕壬の意見を述べるなら、突っ込まれたら終わり、は無い。
 絶対に嫌だ。

 二回もセックスしたのに、二回とも一度もイけてない。
 ゴーシュにはときめいたのに、体が気持ちに追いついてない。

 衝撃が強すぎたので、二回ともその時は流してしまったけれど、これからも機会があるならきちんと気持ち良くなりたい。
 好きな人と一緒に。

 突っ込む側のゴーシュだって、本当に気持ち良いのか疑問に思ってしまう。

 好きな人と触れ合うのは、特別な時間だ。
 乙女かよ、と自分に突っ込んでから、困惑しているゴーシュを見上げた裕壬は、ぺろりと自分の唇を舐めた。

「キス、したいんでしょ?」
「……」

 無言のゴーシュの視線が、裕壬の舌先をしっかりと追うのを確認しながら。

 裕壬だって経験豊富とは言えないけれど、ゴーシュよりは詳しい。
 これから二人で、気持ち良くなる方法を探していけるはずだ。

 高校生の時のように、自暴自棄から始まった性欲の解消相手ではなく、恋人以上のつがい……伴侶?、として。

「人のキスを教えてあげるから、いっしょに、どこが気持ち良いか、探そう?」
「うん、うんっ」

 ゆっくりと言葉を区切りながら伝えると、琥珀色の瞳が動いたのが見えた。

 どうして瞳孔が開いたのだろう?
 部屋の中が暗い……ってことはない。
 まだ昼前だから。

 人狼が大好きでも、生態を知ることのなかった裕壬は気がつかなかった。
 番が誘惑してくる姿、エロチックな裕壬の態度に、ゴーシュが極度に興奮した可能性に。

 ぶんぶんと首を上下に振るゴーシュの姿は、とても三十歳の成人男性に見えなかった。



 ゴーシュを布団に座らせて、裕壬は膝立ちになる。
 それでようやく同じ視線の高さだ。

「動いたら危ないから」
「うんっ」

 いつのまにか、子供に言い聞かせている気分になりながら、裕壬はうっとりと目を細めているゴーシュを見た。

 なんでキスするって言っただけで、こんな表情をしてるんだろう。
 精神年齢的には、姉さん女房になっていると気が付かないまま、裕壬はゴーシュの額にそっと唇を寄せた。

「額は祝福、ゴーシュさんに幸せが訪れますように」
「もうしあわせだよ」

 ニヨニヨと笑み崩れている表情が、飼い主に尻尾を振る犬のようだ。
 無表情だとあれだけ強面に見えたのに、表情が豊かな今のゴーシュは、懐く子犬のようだと裕壬は感じた。

 
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