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婚約破棄されましたわⅡ
しおりを挟む「だ、大丈夫ですか、オリビアさま!?」
「え、ええ。なんとか……」
よろめいたわたくしはリリアナさんに支えられて事なきを得ました。
が、しかし! わたくしが目を向けた先には、なんとも仲睦まじい様子で寄り添いあう二人の姿があったのです。
「わたし、そろそろ限界です! あの泥棒猫にガツンと分からせてやろうと思います!!」
リリアナさんが頼もしいですわ……。
しかし、彼女にそのようなことをさせる訳にもいきません。
確か昔読んだお母さまの蔵書にこのような状況を描いた作品があったような気がします。
あれはそう。『寝取られ王子様の悲惨な末路』という恋愛小説ですわ。
とにかくポジティブな主人公が婚約者の王子様を寝取られるものの、持ち前のポジティブ思考で苦難を次々に撃破していき、最後は不貞を働いた王子様を地獄に叩き落すという胸が熱くなる作品でした。
すこし状況と目的が違うものの、賢きものは歴史に学ぶといいますし、ここはひとつわたくしも主人公の彼女を見習ってみることにしましょう。
そう、ポジティブに考えるのです。
「まあまあ、リリアナさん。落ち着いてくださいまし。ここはひとつ冷静に考えてみましょう。確かに彼女は殿方に色目をつかっているかもしれませんが、それはあくまで彼女なりのコミュニケーションの一環でありまして、決して悪いことでは……な……ない……ない訳がありません! どう考えてもおかしいですわ!」
こんな状況でポジティブは流石にハードルが高すぎです!
あの主人公、ちょっとおかしいのではありませんか!?
「わたくし、ちょっとガツンと言ってこようかしら!」
「お供します!!」
こうしてわたくしは勇ましいリリアナさんをお供にレオンハルト殿下の元へと向かいました。
ふんす!ふんす!と人垣を掻き分けて進めば、目の前に現れたわたくしたちに、殿下とその取り巻きたちが驚いたような表情を浮かべます。
「おや、オリビアとリリアナ嬢ではないか、どうしたんだ?」
「ご機嫌麗しゅう、殿下。少し、お話がございますの」
「私にか? いったいどうしたんだ、聞こうじゃないか」
一切の後ろめたさを感じさせない殿下は鷹揚にうなずくと、わたくしの話を聞く体勢に入りました。
「殿下、どうしたもこうしたもございません。単刀直入に申し上げさせていただきますわ」
わたくしはそう言い放つと、ビシッ!とマリー嬢の方を指差しました。
するとそこには頬を赤らめて殿下にひっついている彼女がおります。
「―――殿下!! あなたは婚約者がいる身でありながら別の女性に手を出すなんてどういう了見をしてらっしゃいますの!?」
わたくしはそう叫ぶように言うと、そのままの勢いで殿下へと詰め寄ったのでした。
「ど、どうされたんですか、オリビアさま!?」
すると、マリーさんが怯えた表情でさらに殿下に密着するではありませんか!?
あざとい! 実にあざといですわ!!
「マリーさん、あなたも婚約者のいる殿方にくっついて! 非常識だと思いませんの!?」
「そうよ、非常識甚だしいわ! この泥棒猫!」
リリアナさんの援護射撃が非常に心強いです。
「あなた、わたくしと殿下が婚約しているというは勿論ご存じでしょう? 知らないとは言わせませんわ! 国民全員が知っていることです! それなのに今のあなたの恰好はどういうことなの!? 婚約者のいる男性にくっついて! どう考えてもおかしいでしょ!?」
「そ、そんな……わたし……」
わたくしの言葉を聞いて、俯いて震えだすマリーさん。
そんな彼女の瞳には涙が滲んでおりました。
その姿はとても庇護欲を刺激するものですが、恋愛マスターであるわたくしには通用いたしません。
彼女を見てわたくしは確信いたしました。
彼女は男を落とす庇護欲の極意を習得していると!
秘伝「雨の日、捨てられた子犬」ですわ。
敵ながらあっぱれでありますが、感心している場合ではありません。
まんまと術中にハマった殿下がマリーさんを抱きしめたではありませんか!
「ああ、可哀想に。安心してくれ、俺が君を守ってあげるからな。だからどうか泣かないでくれ」
「殿下……」
「オリビア、君はなにを考えているんだ!? マリーをいじめて楽しいのか!?」
「ええっ!? なぜそうなるのですか!?」
わたくし、思わず素で返してしまいました。
しかし、殿下はわたくしを睨みつけると更に言葉を続けます。
「だってそうだろ? こんなにマリーを怯えさせて! 君は罪悪感が湧かないのか!?」
「そ、それは……そうかもしれませんけれど……いや、話をごまかさないでくださいまし!」
一瞬、殿下の迫力に肯定しそうになりましたが、なんとか踏みとどまりました。
「今回のことは婚約者がいるにもかかわらず他の女性との不貞に走った殿下と、婚約者がいると知りつつ仲を深めようとしたマリーさんに問題があると思いますわ!」
「そうです! わたしもおかしいと思います! これは不純です!」
おぉ! リリアナさん、ナイスアシストです!
「殿下とマリーさんは極めて不純です! 皆さんもそう思いませんか!? はい! ふ・じゅ・ん! ふ・じゅ・ん!」
するとリリアナさんが周りに同意を求め、手拍子を始めたではありませんか。
一部始終を見ていた生徒の何人かが、リリアナさんの手拍子になんとなく合わせ始めます。
「もっともっとだぁ! もっと来いやぁ! ふ・じゅ・ん! ふ・じゅ・ん!」
「「「おおぉ!! ふ・じゅ・ん! ふ・じゅ・ん!」」」
さらにリリアナさんは、周囲を囲んでいた生徒たちを煽り始めました。
小さな火種は瞬く間に燃え上がり、周囲に「不純」コールが巻き起こります。
それを見てわたくしは確信しました。
リリアナさんはまぎれもない天才であると!
鮮やかに周囲を味方に付けたその手腕はまさしく天才軍師のそれ!
ここに天才軍師リリアナさんが爆誕したのです。
「えぇい! 静まれ!!」
すると、殿下が周囲の喧騒をかき消すほどの大声を上げました。
瞬時にして先程までの盛り上がりが嘘のように消え去ってしまいます。
不利な場の空気を一瞬で覆すとは流石王族といったところでしょうか。
「私はただマリーと仲良くしていただけだ! それの何が悪いと言うのだ!?」
殿下はそう言い切ると、マリーさんをさらに強く抱きしめます。
「殿下! わたくしたちは婚約者ですのよ!? それをわかってらっしゃいますの!?」
「ふん、オリビア。お前の言い分は分かった。私に落ち度があったのだな、それは認めよう!」
「殿下、やっと分かってくださいましたのね!」
「ああ——」
ようやく分かってくださったと思い、一息付きかけたのもつかの間でした。
殿下は周りを睨みつけながら、衝撃的な言葉を続けたのです。
「ああ、思い知った。おれはひとつ間違いを犯していたようだ。それはお前との関係を清算せずにマリーとの愛を育んだことだ。それではハッキリさせよう、俺はマリーを選ぶ! オリビア、お前との婚約は今日限りだ! 今、この時をもって婚約を破棄させてもらう!」
「なぁッ!! なんですってぇー!!!」
あまりの衝撃にそこでわたくしの意識は途絶えたのでした。
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