【完結】白い電話 ~もし天国につながる電話があるなら、何を話しますか~

榛玻璃

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白い電話1

 公園を眺める目が、ふと隅に置かれた電話ボックスで留まった。
 それは何の変哲もない普通の電話ボックスだった。少なくとも外観は違和感がない。しかし中にある電話の色は白。長く生きたが、公衆電話の歴史上にそんな特異な色は見たことがなかった。
 老婦は好奇心に身を任せて、電話ボックスの前に立つ。中には小さな少女の先客がいた。リュックを背負い、大きな瞳に大粒の涙を溜めて懸命に何か話しかけている。さすがに会話を聞き取ることは、年老いて鈍くなった耳では不可能だったが。
「あ……」
 老婦の視線に気づいた少女が、慌てて目尻に浮かんだ涙を拭って、電話ボックスを飛び出した。
「待ちなさい」
 まるで逃げるように駆けだそうとした少女をとっさに引き留める。思わず少女の腕を掴み、少女と同じ目線になるように身をかがめる。
「どうしたの? お母さんは?」
「お母さん? いないよ」
「……え?」
「死んじゃったから」
「そう……」
「でも寂しくないよ。お母さんはいつもあたしの話、聞いていてくれるからね」
 幼い子供が親と死別して、寂しくないはずがないだろうに。そう同情の籠った眼差しを向けると、気丈なほど無邪気に笑いかける少女の瞳と目があった。
「この電話はね、天国に繋がっているの」
「天国?」
「うん。受話器を取ってお金を入れて、ゼロを十回。目を閉じて、死んじゃった人の姿を思い浮かべるの。そのまま話しかけたら、電話の向こうでその人が聞いていてくれるんだって。そう魔法使いのお兄さんが言っていたよ」
 魔法使いとは、世の中奇特な人がいたものだ。
 少女の話に相槌を打ちつつ、老婦は柔らかく微笑んだ。
「魔法使いだなんて、面白い人がいるものね」
「悲しいことがあれば泣けばいいんだって。けれどその倍、楽しいことがあったら笑わなきゃいけないんだって。そうしたらね、気がつけば世界は楽しいことで溢れてくるんだ。おばあちゃんにも、楽しいこととか悲しいことってあった?」
「ええ、そうね。だって八十年も生きているのだもの。辛いことも哀しいことも、もちろん嬉しいことだって、数えきれないほどあったわ」
 自分の人生を振り返ると、楽しいことも苦しいことも思い出せる。生きていることさえ嫌になるほど辛い出来事も、たくさんあった。しかしそれでも、ただ笑っている瞬間の記憶のほうが多い気がするのは、自分の人生が幸せに満ちていたという証か。
「おばあちゃんは今、幸せ?」
 確かめるような少女の問いに、老婦は一瞬返事に詰まった。辛いことはたくさんあった。泣きたいほどに苦しい夜も、幾度となく過ごした。そんな自分は幸せだったのだろうか。
 自分の歩いてきた道を振り返るように頭上に広がる晴天を見上げる。
 長い人生の中で、確かに笑っていた記憶のほうが、色が濃い。それでもただひとつ、まだやり残していることがあるとすれば、夫ともっと言葉を交わしていたかったことくらいだろうか。
「――ええもちろん。
 もはや叶うはずのない夢に想いを馳せる老婦は、過去を探すように、空を見上げる瞳を揺らした。
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