神龍の愛し子と呼ばれた少年の最後の神聖魔法

榛玻璃

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第二部 雪華の祈り

37.散策2

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「何か……声が聞こえませんか?」

「え?」

 ふとアルバートが足を止め、辺りを見渡す。ロゼッタもつられて耳を澄ませた。しかし、ロゼッタには聞こえないのか、不思議そうな顔をしている。

「アルには聞こえるの?」

「……はい。なんだか呼ばれている気がする……」

 ロゼッタは不思議そうに首を傾げるが、アルバートの耳には確かに声が届いている。低い声だったが男女の区別はできず、聞き覚えもなかった。

「こっちです」

 そう言ってアルバートは声のする方へと歩き出した。その足取りには迷いがない。

「あ、ちょっと!」

 慌ててロゼッタもその後を追い、二人は森の奥深くへと入っていった。

 雪はなく、木々の枝葉が生い茂り、辺りは薄暗い。しかしアルバートは迷うことなく進んでいく。やがて視界が開けると、小さな祠が姿を現した。

「祠?」

 祠には苔が生え、一部は風雨に晒されて崩れかけていた。周辺の様子からしても随分前から放置されていることがわかる。まるで誰も訪れなくなったようなその様子に二人は顔を見合わせた。

 声は確かにその中から聞こえていて、アルバートの名前を呼んでいた。開けてと、そう叫んでいるようにも聞こえる。
 導かれるように扉に触れると、触れたところから何かが身体の中に入り込んでくるような、そんな気持ちの悪い感触が駆け巡った。思わず開こうとした扉から手を離し、その場から飛び退く。

「だめだ」

 この扉を開いてはいけない。そう直感した。
 アルバートは後退り、咄嗟に神聖魔法を展開する。手のひらから光の粒子を放出させ、扉の奥で放出したマナを収束する。

「神聖魔法『浄化』発動」

 呪文を口ずさむと、収束したマナが一際眩い光を放って祠の中を照らし出す。
 光に照らされて、祠の中で何かが蠢き、消え去るのが見えた。
 これで脅威は去ったはずだった。
 しかしなぜだろう、すぐにでもこの場を離れたいような、そんな強い衝動に駆られた。

「ロゼッタ様、今すぐこの場を離れましょう」

 ロゼッタの手を掴むと逃げるように祠に背を向ける。冷や汗が噴き出し、身体が震えた。一刻も早くこの場所から離れたくて、自然と進む歩みも早くなる。

 鼓動が早くなり、うまく頭が回らない。

 嫌だ。逃げたい。逃げろ逃げろ逃げろ逃げロニゲロニゲロニゲロ――……。

「アル!!」

 ロゼッタの鋭い声に、アルバートははっと我に返った。
 振り返ると、すぐ目の前に宝石のような緑の瞳が飛び込んでくる。強い意志を感じさせるその目は、じっとアルバートを見据え、気遣うように揺れていた。

「大丈夫?」

 心配そうな眼差しで見上げてくる少女に、アルバートは呆然とした表情で頷く。しかしその顔色は真っ青だ。

「すみません……俺……」

「いいのよ」

 申し訳なさそうに俯くアルバートをロゼッタが優しく抱きしめると彼の肩が震えた。

「……少し休みましょう」

 そう言って彼女はアルバートの手を引くと近くの木陰へと誘導する。木漏れ日の差す木々の根元に腰を下ろすと、アルバートは大人しくその隣に腰を下ろした。

 しばらく沈黙が続いたが、やがてロゼッタが口を開いた。

「教えて、アル。一体何を見たの?」

 その問いにアルバートはしばし逡巡するように視線を彷徨わせていたが、やがてゆっくりと口を開く。

「祠の中から声が聞こえて……俺を呼んだんです。気づいたら扉に触れてて、何かが俺の中に入りこもうとしてきて、それで浄化を使ったんです。浄化の光で、中にいた何かは消え去ったみたいなんですが……俺、何だか恐ろしくて」

「そう……」

 ロゼッタはアルバートの手を握る。そして安心させるように微笑むと、彼の手を優しくなでた。まるで何かに怯えるように身体を縮こませながらそう言う彼にロゼッタは優しく微笑むとそっと肩を抱いた。温かい体温を感じれば自然と彼の心も落ち着いていくようだった。

「まだ聞こえている?」

「いえ、今は聞こえていないです」

「そう。……無理をしないでね。今日はもう帰りましょ」

「はい」

 ロゼッタはアルバートの手を引いて立ち上がる。そして二人は手をつないだまま森を後にしたのだった。
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