異世界帰りのハーレム王

ぬんまる兄貴

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第24話 飯田貴音

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 事件が終わり、俺たちはようやく家に帰ってきた。

 
 テロリストを全員ぶっ飛ばし、妹を救出した俺の伝説級の活躍は、きっと未来永劫語り継がれるだろう。

 ……そのぶん、疲労も伝説だったが。

 

「ふぅ……疲れた……」



 ソファに沈み込み、全身の力が抜けていく。
 お茶でも飲みながらまったりしたい気分だ。

 

「でも、貴音が無事で本当に良かったぜ……」



 しみじみつぶやいた、その時だった。

 

「……お兄ちゃん」

 

 リビングの入口。
 そこには、しおらしい顔をした貴音が立っていた。

 ふだん見せないような、どこか決意めいた表情。
 思わず俺は姿勢を正す。

 

「今日は……助けてくれて、ありがとう」

 

 まっすぐ目を見つめながら、貴音はそう言った。
 今にも消え入りそうな声なのに、妙にはっきり届く。



 ……おいおい、そんな顔されたら照れるだろ。

 

「ま、当然だろ?」



 俺はわざと胸を張り、ニッと笑ってやる。

 

「俺はお前の兄貴なんだからな」

 

 胸を張ってドヤ顔で答える俺。
 この場面、完全に兄貴の威厳ってやつが炸裂してるだろう。


 
 だが、貴音はまだしょんぼりした顔をしている。


 ……おい、まさかまだ何か問題あるのか?
 テロリストより厄介な“妹イベント”が続くのか?


 貴音は指をもじもじさせながら、小さな声で切り出した。


 
「実は……言わなきゃいけないことがあって……」



 妙に言いづらそうだ。
 俺は眉をひそめ、貴音をじっと見る。

 そして、貴音は覚悟を決めたように――


 
「あのさ……あたし、彼氏ができたって言ったけど――」



 ……来た。
 “彼氏”という単語だけで、俺の心臓が跳ねる。


 
「あ、ああ。あの件な。どうしたんだよ」



 俺が必死に平静を装いながら聞くと、
 貴音は顔を真っ赤にして俯いた。


 
「……あれ、嘘なの。」

「…………え?」

「彼氏なんていない。あたし、あの時……嘘ついたの。」



 俺は数秒ほど沈黙した。

 脳内で、あの日の俺が蘇る。



 ――“貴音に彼氏”
 その衝撃だけで、頭の血管が破裂するかと思ったあの瞬間。

 そして、今。


 
「おい、ふざけんなよ!!
俺、あの時マジで狂うかと思ったんだぞ!?
“貴音に彼氏”ってワードだけで、死ぬほど動揺したんだよ!!」



 俺が叫ぶと、貴音は肩をびくっ!と揺らし、唇を噛んだ。

 

「……ご、ごめんね。でも……」



 貴音は視線を揺らし、ぽつりと続けた。


 

「お兄ちゃんが、あの時“サッカーなんてもういい”って言ったから……
なんか……悔しくて……」

「……え、えぇ?」



 俺は完全に意表を突かれ、情けない声が漏れた。

 貴音の声は、震えていた。


 
「私……お兄ちゃんが楽しそうにサッカーしてる姿、すごく好きだったの。
あの頃のお兄ちゃんって、キラキラしてて……誰よりかっこよくて……」



 絞るような小さな声。
 胸の奥から必死にすくい上げているのが分かる。


 
「……なのに、急に辞めちゃって……理由も言ってくれなくて……
お兄ちゃんがどんどん暗くなっていくのを見るのが……すごく、怖かった。」



 貴音は胸元をそっと押さえ、唇をぎゅっと噛みしめる。


 
「だから……“彼氏ができた”なんて言ったら……
お兄ちゃん、ちょっとでも……やる気になってくれるかなって……」



 苦笑とも、泣き顔ともつかない表情で顔を伏せる。


 
「バカだよね……そんな嘘ついたって、お兄ちゃんを困らせるだけなのに……
分かってたのに……やめられなくて……」


 
 声は震え続けている。


 
「……あの時のお兄ちゃん……
苦しいのに無理して笑ってるのが、分かってた。
それなのに私、あんなこと言っちゃって……
自分でも……もう……訳わかんなくて……」



 沈黙が落ちる。

 貴音は拳をぎゅっと握りしめ、
 そして涙を湛えた目で、まっすぐ俺を見た。



 
「だから……あの嘘、本当にごめんなさい。
全部、私の弱さと……わがままと……
どうしようもない気持ちのせいなの……」



 涙で震える声なのに、不思議なくらい真っ直ぐだった。

 
 ずっと胸に押し込めていた本音が、
 ようやくこぼれ落ちた瞬間だった。
 
 


 その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かがズキンと来た。

 
 俺の情けない姿を見て、お前はそんな気持ちを抱えてたのかよ……。



「……そっか…………」


 
 なんか胸がジンジンしてきた。
 俺、妹にこんな思いさせてたのかよ――ちょっと不甲斐ねぇ兄貴だったな。


 俺は貴音の頭に手を伸ばして、そっと撫でた。


 
「もう、大丈夫だからさ。」



 貴音が驚いた顔でこっちを見上げてくる。
 その瞳に浮かぶ涙を見て、俺はニヤリと笑って、堂々と言い放つ。



「戻ってきたよ。前のカッコいい兄ちゃんに。」



 その言葉に、貴音の目がまん丸になる。



「……本当に……?」
 


 おいおい、疑うなよ。
 兄貴が言ったことは絶対だろ!


 
「ああ、もちろんだ! 見ろ、この筋肉!」
 

 
 俺は片腕をぐいっと見せつけ、これでもかというほどのドヤ顔を決めた。これが兄貴の貫禄ってやつだ。貴音もきっと感動してるに違いない――なんて思いながら、さらに調子に乗る。


 
「それだけじゃねぇぞ! さらにモテ属性も引っ提げて戻ってきた!ハーレムメンバーも二人もゲットしたんだぜ!? モテモテな兄ちゃんで誇らしいだろ!?」



 そう言った瞬間だった。貴音の表情がみるみる変わっていく。さっきまでのほんのり笑顔が消え、目には大粒の涙が浮かび始める。


 
「えっ、ちょっと待て、なんで泣きそうなんだよ!?」



 焦る俺をよそに、貴音の顔がぐしゃっと歪む。


 
「それは……嫌……だ……」



 ぽつりと呟いたその言葉は、あまりに弱々しくて、でもどこか強い決意がこもっているようにも聞こえた。


 
「お、おい、嫌ってどういう意味だよ!? ハーレムとかモテモテな俺が嫌なのか? いや、それは確かに少し理解できるけど!」



 慌てて弁明しようとする俺に、貴音は涙を堪えるように唇を震わせながら、震える声で続ける。


 
「お兄ちゃんが……他の女の人と仲良くなるの、嫌なの……」



 その一言に、俺は完全に固まった。何だよ、その言葉。そんなこと言われるなんて思ってもみなかった。いや、予想の範囲外どころか、宇宙の果てくらいの衝撃だ。



「……置いていかないで。
 お兄ちゃんまでいなくなったら……もう耐えられない……」

 

 胸に刺さる。
 必死に縋るみたいな、小さな声だった。

 
 
「ちょ、待て待て、何でそうなる!? 俺は別に貴音のことを置いてけぼりにするつもりなんか――」

「でも……結婚したら……お兄ちゃん、どこか行っちゃうんでしょ……!」



 貴音はぽろぽろと涙をこぼしながら、言葉を続ける。


 
「そ、それは……仕方ないだろ! いずれお前だって彼氏作って結婚して、家庭を築くんだからさ! それが普通ってもんだろ!」


 
 言った瞬間、貴音の表情にすっと影が落ちた。
 まるで、心のどこかが崩れたように。

 

「……私、お兄ちゃん以外の男の人と家庭築きたくない……」

 

 その言葉に、胸がズキンと跳ねる。
 冗談でも拗ねた言葉でもない――そんな目をしていた。

 

 貴音は涙でにじんだ瞳のまま、顔を上げる。
 その視線は真っ直ぐで、逃げ場なんてどこにもない。

 

「あたしは………………お兄ちゃんが好きなの。」

 

 時間が止まったようだった。
 頭の中が真っ白になり、何も考えられない。

 

「おい、待て……何言ってんだよ……?」

 

 やっとの思いで声を絞り出す。
 けれど貴音は首を振り、涙を零しながら続けた。

 

「だって……お兄ちゃんがいない世界なんて考えられない……。
ずっと……ずっと一緒にいたいの……。」

 

 胸がズキズキと痛む。
 そんな言葉を妹から聞く日が来るなんて、想像すらしていなかった。

 

「貴音……お前……」

 

 言葉が喉でつっかえ、先に進まない。
 ただ、震える肩と涙を流す妹を見つめることしかできない。

 

「どこにも……行かないでよ……お兄ちゃん……。
あたしのそばに、ずっといてよ……!」




 貴音は絞り出すように訴え、そのまま堰を切ったように泣き崩れる。

 

 胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。

 

(なんだよ俺……!
 妹にここまで言わせて、黙り込んでどうするんだよ!)

 

 動揺して言葉を失っている場合じゃない。
 この瞬間に何も返せなかったら――

 

 兄としても、そして何より――
 “ハーレム王”としても名折れだ。

 

 俺は大きく息を吸い込み、泣きじゃくる貴音を真正面から見つめる。

 

 そして、静かに口を開いた。
 

 
 
「俺は……どこにも行かないよ、貴音。」



 静かにそう告げながら、俺はそっと貴音の肩に手を置いた。

 安心させるつもりだった――けれど。

 

「嘘だ……!」

 

 貴音は首を激しく横に振った。涙で滲んだ瞳が、必死に俺を拒むように揺れている。

 

「どうせ……どこか行っちゃうんでしょ……!」

 

 震える声。掠れた息。

 そして、絞り出すように続けた。

 

「……お父さんや、お母さんみたいに……!」

 

 その言葉が落ちた瞬間、胸の奥が強く締めつけられた。

 貴音の声は怒りでもわがままでもない。

 ただ――怖いだけなんだ。

 

 一度大切な人がいなくなる痛みを知っているから。

 二度と、その喪失を味わいたくないだけなんだ。

 

 貴音の言葉に、俺の心がギュッと締め付けられるような感覚に襲われる。俺の口から、自然と言葉が溢れ出した。

 

「貴音……俺さ、異世界で世界を救ってきたんだ。」

 

 涙に濡れた目が、ふっと大きく開く。
 驚きと困惑が混じった視線が、まっすぐ俺に向けられた。

 

「足の怪我が治ったのも、そのおかげだ。
 向こうの世界にいた魔法使い――マーリンって奴に治してもらったんだ。」

 

 貴音の呼吸が小さく止まる。
 信じられない、でも否定できない……そんな表情。

 

「異世界ではな、俺は英雄だった。
 悪い魔王を倒して、みんなを救って……」

 

 少し笑ってみせる。

 

「女の子にもモテモテでさ。
 ハーレムだって作ってた。」

 

 その瞬間、貴音の眉がぎゅっと寄る。
 貴音の胸の奥がチクリと痛むのがわかった。

 だけど――ここからが一番大事だ。

 

「――でもな。」

 

 静かに言葉を区切り、俺は真正面から貴音の瞳を見つめた。

 

「それでも俺は、この世界に戻るって決めた。なんでだと思う、貴音?」




 貴音は戸惑うように唇を震わせ、小さく首を横に振る。
 理由なんて分かるはずがない、というように。

 
 答えられないまま、涙だけが頬を伝う。
 その姿に、俺は柔らかく微笑んで告げた。

 

「――貴音。
 お前が心配だったからだよ。」




 俺はゆっくりと言葉を続けた。

 

「お前がひとりで寂しい思いをしてないか、それだけがずっと気になってた。だから俺は、異世界から戻ってきたんだ。」



 そっと貴音の頭に手を置き、優しく撫でる。

 
 

「これからも、ずっとお前のそばにいる。安心しろ。俺は絶対に、お前をひとりになんてしない。」

 

 ハーレムも大事だ。
 夢も、仲間も、全部守っていきたい。

 だけど――

 それと同じくらい、いや、それ以上に守らなきゃいけない存在がいる。

 

 俺の大切な家族。
 そして、俺の大事な妹――貴音だ。

 


 言葉を尽くしたつもりだったが
 しかし、貴音の不安はまだ消えていなかった。

 

「……じゃあ、証明して。」

 

 その小さな声が落ちた瞬間、空気がピンと張り詰めた。

 

「――え?」

 

「証明してよ……お兄ちゃんが、私を置いて
 どこにも行かないって……ちゃんと証明して。」

 

 潤んだ瞳がまっすぐに俺を射抜く。
 逃げ場なんて、どこにもない。

 

「あたしね、考えちゃうの。
 お父さんが急にいなくなったみたいに……」
 
「お兄ちゃんも、いつか突然いなくなっちゃうんじゃないかって……」

 

 貴音は唇を強く噛みしめた。
 肩が小さく震えている。

 

「だから……証明して。」

 

 証明。

 俺がどこにも行かない、という証拠。

 どうすれば、そんなものを示せる?

 一瞬、言葉を失う。

 

 胸の奥に浮かんでくるのは――
 親父が蒸発したあの日のこと。
 母さんが病室で消えていった時のこと。
 
 あの時の貴音の泣き顔。
 必死に明るく振る舞おうとして、全然できていなかった小さな背中。

 

 ――そうだよ。

 だから俺は、ここにいる。

 

 けれど、言葉だけじゃ届かない。
 “もう大丈夫”なんて口で言われても、
 貴音には何の保証にもならない。

 

 彼女が求めているのは――
 不安を押し流すほどの、確かな形なんだ。
 

 
「じゃあ……」



 俺は少し考えた後、冗談っぽく笑ってみせた。


 
「俺のハーレムに入らない?」



 その一言に、貴音が目を見開いた。涙をこぼしながらも、完全にフリーズしたような顔をしている。

 

「……は?」

「いや、だってそうだろ?」



 自分でも意味不明なことを言っているのは分かっている。だけど、これが俺のやり方だ。


 
「お前がハーレムの一員になれば、俺はずっとそばにいる。そうすりゃ、もうどこにも行かないって証明になるだろ?」



 貴音はまだ呆然としたまま、何かを言おうとして口を開いたが、結局閉じてしまう。


 
「……冗談でしょ?」



 ようやく出たその声は震えていて、
 信じたいのか信じたくないのか、自分でも分かっていないようだった。

 

 だが――俺は堂々と胸を張り、宣言した。

 

「冗談じゃない。本気だ。」


 
 その一言で、リビングの空気が一気に凍りついた。

 貴音の肩がビクリと震え、涙で潤んだ瞳が大きく見開かれる。

 

「い、いやいやいや!!ちょっと待って!?
 妹をハーレムに誘うとか、人としてアウトすぎるでしょ!!」

 

 至極まっとうな意見だ。だが今の俺には効かない。

 

「聞け貴音!俺はな――
 お前を二度とひとりにしないためなら、
 道徳も社会ルールも全部ぶっ壊す覚悟がある!!」

 

「覚悟の使い道間違ってるよね!?!?」

 

 貴音のツッコミが響くが、俺は止まらない。

 

「いいか!?ハーレムってのは――
 “好きな女を全力で守るための究極システム”なんだよ!!」

 

「そんなシステム聞いたことないんだけど!!」

 

 貴音は真っ赤になって後ずさりする。
 それでも逃がすまいと、俺は一歩踏み込む。

 

「お前が俺のそばにいたいって言ったんだろ?
 だったら――俺のハーレムに入れ。
 そうすりゃ、一生離れねぇ!」

 

「なんでそうなるの!?理論が崩壊してるよ!!」

 

 頭を抱える貴音。
 それでも、涙がまだ頬に残ったまま――小さく呟いた。

 

「でも……」

 

 か細い声。震える唇。

 

「もし本当に……お兄ちゃんがずっとそばにいてくれるなら……
 あたし、それで……いい……」

 

 貴音のか細い声が空気に溶けるように消えた瞬間、
 俺はゆっくりと胸を張り――まるで世界を救う勇者の宣誓みたいに、堂々と言い放った。

 

「任せとけよ――“ハーレム王・飯田雷丸”にな。」

 

 その声は、いつものふざけた調子じゃない。
 冗談半分に聞こえるのに、不思議と揺るがない確信が滲んでいた。

 

「お前の兄貴はな、一度守るって決めた女は絶ッ対に離さねぇ。
 期限なし、途中解約なし――生涯保証サポート付きだぜ。」

 

 ドヤ顔ではある。
 だがその言葉の奥にあるものは、間違いなく本物だった。

 

 貴音はぽかんと目を瞬かせ、
 そして――ゆっくりと、震える睫毛を伏せた。

 

「……そんな保証聞いたことないよ……」

 

 そう呟きながらも、
 その声はもう泣き出しそうな弱さじゃなくて――
 安心して崩れ落ちるみたいに、柔らかくほどけていた。

 

 次の瞬間。

 貴音はそっと俺の服の裾を掴んだ。

 

「……でも……ありがと。
 お兄ちゃんが言うなら……信じてみてもいい、かな。」

 

 その言葉に、俺の胸がじんわり熱くなる。

 

「当たり前だろ。お前を置いてどこにも行かない。それが兄貴ってもんだ。」
 
 


 ――俺は彼女の兄貴だ。そして、この先もずっと彼女を守る。それだけは絶対に変わらない。




「話は落ち着きましたか?」

「うわぁっ!!?」

 

 突然、廊下からひょこっと影がのぞいた。
 雪華と焔華――俺のハーレムメンバーだ。

 心臓が跳ね上がり、思わずソファから飛び上がる。

 

「い、いたなら言えよ!! マジでビビったんだけど!?」

 

 二人はまるで当たり前のように廊下で並んで立っている。
 どうやら、ずっと様子を伺っていたらしい。

 

 雪華は落ち着いた口調で言う。


 
「雷丸様が大事そうなお話をされていたので、邪魔にならないように待機していました。」

 

 焔華は腕を組み、尻尾をぱたぱた揺らしながら頷く。


 

「わしら、冷蔵庫の羊羹を取りに一階へ降りたんじゃ。そしたら、いつの間にか貴音と雷丸が帰ってきとってな。」

 

 そこで焔華は一度、意味深に言葉を切り――

 

「もし遠慮せず部屋に入ってた場合じゃぞ?」

 

 にやりと口角を上げて続けた。

 

「お主らがシリアスな話をしておる横で、わしと雪華がテーブルに座って――
 無言で羊羹をむしゃむしゃ食べておる絵面になっておったが。
 それでもよかったのかの?」

 

 その想像が一瞬で脳内再生される。

 

 ――妹の涙の告白。
 ――兄貴の覚悟の返答。
 そのすぐ横で、

 

 もぐもぐ(羊羹)

 

 ぱくぱく(羊羹)

 

 しーん。

 

 アウトだ。雰囲気、粉々である。

 

「いや絶対ダメだろ!!!」 

 

 俺は全力でツッコむ。
 貴音も真っ赤になって慌てて手を振る。

 

「む、むりむりむり!!あの状況で突然羊羹食べられてたら、私が笑うの耐えられないよ!!」

 

 雪華は小さく頷き、さらりと言った。

 

「なので、空気を読んで廊下で待機していました。」

 

 焔華も胸を張る。

 

「わしら、空気が読める女じゃからな。」

 

「……いや、羊羹取りに来た時点で読めてはないだろ。」
 



 俺が全力でツッコんでいると、焔華がズイッと一歩前へ出てきた。

 

「それよりもじゃ、雷丸!」

 

 ニヤリと口角を上げ、尻尾をぶんっと振る。

 

「聞いとったぞ。貴音が――
 お主のハーレムに入る話じゃ!」

 

 勝手に頷きながら腕を組む焔華。

 

「これでハーレムメンバー三人か。
 当面の目標は達成じゃな!」


「誰がそんな目標立てた!!?」

 


 すると今度は雪華が、まさかの小さな拍手。

 

「おめでとうございます、雷丸様。
 家族会議をハーレム会議へとすり替えるその口八丁、
 そして揺るがぬハーレムへの執念……ここまで来ると、むしろ尊敬します。」

 

「それ褒めてるよな!?
 嫌味じゃないよな!?!?」

 

 すると、貴音が急に恥ずかしそうにしながらも、意を決した表情で深々と頭を下げた。



「こ、これからよろしくお願いします! 二人の足を引っ張らないように……精一杯頑張ります!」
 

 
 ――いや、なんだその堅すぎる挨拶!?
 まるで入社式の新人社員じゃねぇか!
 思わず吹き出しそうになる。

 そんな貴音に、雪華がふわりと柔らかい笑顔を向ける。

 

「貴音さん、こちらこそよろしくお願いします。そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。」
 

 
 続いて焔華がニヤニヤしながら近づき、バンバンと肩を叩いてくる。
 完全に“新入社員歓迎会の先輩”ポジションだ。

 

「そうじゃな!これからは共に雷丸を盛り上げていく仲間じゃ!仲良くやっていこうぞ!」


 
 狐耳をピコッと動かしながらの“盛り上げ宣言”に、貴音は一瞬戸惑ったような顔を見せる。
 それでも、ぎゅっと拳を握りしめて頷いた。

 

「う、うん!あたしも……お兄ちゃんを支えるために、ちゃんと頑張るから!」
 

 
「よし!」と焔華が勢いよく腕を組む。狐耳がぴんと立ち、尻尾までご機嫌に揺れている。

 

「新メンバーが加わったことじゃし――
 ここはひとつ、盛大に祝い事でもしようではないか!」

 

 いきなり宴会宣言。
 相変わらず発想が原始的だ。

 

 一方で雪華は、いつもの落ち着いた表情のまま静かに頷く。

 

「確かに、特別なイベントがあっても良いかもしれませんね。
 雷丸様、貴音さんの“歓迎の宴”を開きましょうか?」

 

 さらっと言うけど、言葉の重みがすごい。
 歓迎の宴ってなんだよ。戦国時代か。

 

 そんな中、貴音がぱっと顔を明るくし、少し照れたように笑った。

 

「え……いいの?
 なんか……こうしてみんなに迎えられて、すごく嬉しい……」



 それを見た俺は、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じ――勢いよく腕を突き上げた。

 

「よし! 決まりだな!!
 ハーレム歓迎会、開催だーー!!」

 

 リビングに響き渡る俺の宣言。
 その瞬間、焔華の目がキランッと怪しく光った。

 

「ふふん! 新メンバー加入となれば……
 わしが祝いの酒を用意してやろう!
 さらに豪華な料理も――盛大にいくぞ!!」

 

 尻尾ぶんぶん、完全に宴モード。
 だが俺は全力で手を振り、即座に制止する。

 

「いや待て!!
 未成年に酒はアウトだろ!!
 貴音は中学生だし!俺と雪華も未成年だし!!
 全員まとめて逮捕コースだわ!!」



 すると焔華は、まったく悪びれず肩をすくめた。

 

「こまかいのぅ。祝いの席に水を差すでないわ、雷丸。」


 
 いや、法律は水じゃなくてガチの刃物なんだよ。

 さらに焔華は、尻尾をぶんっと跳ね上げて宣言する。

 

「では何かを焼かせろ!!
 宴会といえば――火じゃ!!」

「発想が完全に原始時代なんだよ!!」


 
 俺が全力でツッコむ横で、雪華が静かに手を挙げた。

 

「では……庭でバーベキューなどはいかがでしょうか?
 未成年でも安全ですし、貴音さんの歓迎にも最適かと。」


 
 その提案に、焔華の耳がピンと立つ。

 

「ほう! 炭火で肉を焼き、皆で囲むとな?
 よいではないか! それっぽい宴感が出る!」
 

 すると、貴音がぽつりと呟いた。


 
 
「……なんか……うちの家、にぎやかでいいね」


 

 その呟きは、本当に小さかった。
 だけど、リビングの空気をふわりと温かく変えるには十分すぎる言葉だった。

 

 貴音は少し恥ずかしそうに視線を落とし、指先で制服の裾をつまむ。
 頬はかすかに赤く、泣いたあとの名残がまだ瞳の端に残っていた。

 

 けれど――その表情は、どこか安心しているようにも見える。


 
 焔華はその言葉に満足げに腕を組み、尻尾をぱたりと左右に揺らす。

 

「ふふん! わしが来たからには、この家は毎日が祭りじゃからな!」


 
 次に雪華が静かに一歩前へ。
 いつもの落ち着いた微笑みを浮かべながら、柔らかく言葉を紡いだ。


 
「えぇ――とても賑やかで、楽しい毎日です。
 雷丸様と焔華さんのおかげで、
 私は毎日、一生分の笑いをしている気がします。」


 
 その声音は穏やかで、芯から優しさが滲んでいた。

 

 俺は胸を張ってニヤリと笑う。

 

「俺のハーレムはな――
 愛と笑いと平和がモットーだからな。
 これからももっともっと、楽しくなっていくぜ!」

 

 それから貴音の方へゆっくりと視線を向ける。

 

「改めて言うぞ。
 ハーレムファミリーへようこそ、貴音。」

 

 そう告げたあと、俺は仲間たちを順に見渡しながら言葉を続けた。

 

「楽しいことも、
 大変なことも、
 どんな状況でも――」

 

 拳を軽く握りしめ、まっすぐ前を向く。

 

「力を合わせて乗り越える。
 それが――俺たち“ハーレムファミリー”だ。」

 

 その言葉に応えるように、焔華は満面の笑みで親指を立て、
 雪華は静かに頷き、
 そして貴音は照れくさそうに笑いながら、一歩だけ輪の中へ踏み出した。

 

 次の瞬間――
 リビングには、小さな笑い声がふわりと重なり合う。

 

 ゆっくりと、でも確かに広がっていく。

 

 温かい家族の音――。

 その音が、この家を優しく満たしていった。
 
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