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第31話 伊集院静香
しおりを挟む【静香視点】
飯田雷丸たちが去り、ようやく家に静寂が戻ってきた。私はため息をつき、姿勢を正しながら、隣に立つ麗華にそっと声をかける。
「私が彼らを晩餐に誘った理由。麗華、分かる?」
麗華は一瞬考え込み、少しだけ顔を上げて答えた。
「……彼らを見極める為よね?」
「そうよ。」
私は小さく頷いた。今回の晩餐会は、彼らの人間性や妖怪としての在り方を測るための場だった。そして、結果は予想以上に興味深いものになった。
「まず、雪女と妖狐の妖怪は問題無さそうね。」
そう言いながら、先ほどの彼女たちの様子を思い返す。
雪華と焔華は確かに強大な力を持っている。しかし、彼女たちからは人間に害を与える兆しは見られなかった。
雪華の控えめな態度と、焔華の人懐っこさ――どちらも純粋で、恐れられる妖怪とは程遠い存在だった。
「そうね……私も善良だと思ったわ。」
麗華がそう答え、少し柔らかな表情を見せる。彼女も同じことを感じ取ったのだろう。
「わざとプレッシャーをかける場面もあったけど、彼女たちは終始理性的だったわね。」
私はそう付け加えながら、再び記憶を辿った。晩餐中、わざと厳しい態度を取ったり、挑発するような言葉を投げかけたりしたが、雪華も焔華も冷静だった。雪華は穏やかに応じ、焔華は少し口数が増えつつも、その場の空気を乱すことはなかった。
「……やはり、彼女たちは脅威にはならない。」
そう結論づけると、麗華は再び小さく頷いた。
一方で、雷丸君は……。
「――――――彼、面白い男ね。」
そう言った私に、麗華は呆れたように目を細めた。
「面白い、ですか……?あの失礼極まりない態度のどこが?」
「失礼極まりないのは否定しないわ。でも、彼の言動には嘘がない。それに、あの場で私たちに歯向かうだけの勇気を持っている人間なんて、滅多にいないでしょう?」
あの瞬間を、私は思い出す。
――――――そこの妖怪二人を差し出していただければ、話は簡単です。
あの言葉は試しだった。彼の本質を知るための試金石。ほとんどの人間なら、この場面で怯え、黙り込むか、条件を呑んでしまうだろう。
でも、彼は違った。
その瞬間――雷丸君が変わったのを、私は確かに見た。
その瞬間、彼の目つきが変わり、まるでスイッチが入ったかのように空気が一変した。目の前に広がったのは、私たちに挑む覚悟を決めた彼の姿だった。
彼は自分の仲間を守るためなら、どんな敵にも立ち向かう。それがたとえ、私たち伊集院家のような圧倒的な権力と力を持つ存在であっても。あの時、彼の姿はまるで映画のヒーローのようだった。
――彼は、誰かを守る時にこそ真価を発揮する。
あの時、私は確かに感じた。彼の中にある、不屈の強さを。飯田雷丸は、自分の仲間を決して見捨てない。それが彼の本当の強さだ。
「確かに……お母さんの言う通り、彼には妙な自信と覚悟があるわね。」
麗華は静かに溜息をつきながら続けた。
「……でも、まだ信用はできない。」
「ええ、それは私も同感よ。」
雷丸君が見せた異質な力。その青白い光を纏った姿――さながら雷神のごとき威容。私たち呪術師が扱う呪力でもなく、妖怪たちの妖力とも異なる未知の力。その特性や技術体系のいずれにも当てはまらない力だ。
「あれは、何?」
そう問いかける自分の中で、一つの答えが浮かんでいる。彼が言っていた言葉が、それを説明している。
――――――俺、魔王を倒して異世界を救ったんだぜ!
どう考えても非現実的な話。異世界から帰還し、魔王を討伐したという物語は、まるでファンタジー小説の中の主人公のようだ。だが、あの奇妙な力が、彼の言葉を裏付けているようにも思える。
「異世界帰りの男が、魔王を倒した……そんな話、信じるべきなのかしら?」
私は静かに問いかけた。隣にいる麗華は腕を組み、考え込むような表情を見せている。
「異世界から帰ってきたとか、魔王を倒したとか、全部本人がそう言ってるだけ。実際のところ、何を考えているか分からないし、信じるには至らない話ばかり。」
麗華の冷静な分析に、私は小さく頷いた。しかし、次の彼女の言葉が、私の思考に新たな波を起こす。
「でも、その力は本物なのよね…………。」
その一言に、私は思わずため息をついた。
「そうね……。」
あの奇妙な力――青白い光を纏い、まるで雷神のような姿を見せた彼の力。
呪力でもなく、妖力でもない未知のエネルギー。
私たちの常識では到底理解できないが、彼が見せた力は間違いなく本物だった。
思い返せば、彼が雪女と妖狐の騒動で、たった一人で呪術師たちを完膚なきまでに制圧したことがあったわ。
あの時も何かおかしいと思っていたけれど、今考えればあれが彼の力――あの異質な力の片鱗だったのだ。
そして、今。
避けて通れないあの話題が頭に浮かぶ。
「プロサッカーの入団式での空中飛行、そしてテロリスト騒動での恐ろしいほどの体術……」
私は無意識に呟いていた。麗華は驚いたように顔を上げる。
あれはまるでマンガかアクション映画のような出来事だった。
だが、あの二つの動画は紛れもなく現実の出来事として世界中に広まり、今や彼の名前を知らない者はいないほどだ。
入団式での空中飛行――人間が飛ぶなんて、ありえない。その姿は観客を驚かせ、世界中のSNSを席巻した。
さらに、テロリスト騒動。
数人のテロリストを相手に、次々と倒していく彼の姿は、まるで映画のクライマックスそのもの。
超人的な反射神経と力強い動きで敵を制圧していく様子は、多くの人々を魅了し、同時に恐れさせた。
世間が騒ぐのも無理はない。
ネット上では「あれはCGだ」「合成映像だ」「ステマに違いない」などと、さまざまな憶測が飛び交っている。
それが普通の反応よね。現実にそんなことができる人間なんて、いるはずがないのだから。
だが、私たちは知っている。
彼が見せたあの力は、現実のものだと。
「根拠は……確かに十分ね。」
麗華が呟く。
「問題は、それをどう受け入れるか、だけ……。」
そう、すべては私たちが彼をどう扱うべきかにかかっている。彼の力と覚悟が真実であるなら、雷丸君は私たちの想像を遥かに超える存在だ。
「……引き続き、見守りましょう。」
私は静かにそう結論づける。
「彼が、私たちにとって希望となるか、脅威となるかは、これから見極めるしかない。」
麗華が小さく頷き、その視線はどこか遠くを見つめているようだった。
雷丸君の力は本物だ。それだけは間違いない。
ただ、それをどう解釈し、どう利用するか……それが、私たち伊集院家に課せられた新たな課題だ。
彼は面倒な存在だけど……放っておくには惜しい。
あの力、あの胆力――どちらもただ者ではない。
彼を敵に回すことになれば、それはそれで厄介だ。
しかし、もし彼を伊集院家に取り込むことができれば――彼は間違いなく大きな力になる。
それは、家を守るためだけでなく、私たちの立場を強固にするための大きな武器になる。
彼の持つ異世界の知識と力は、未だ未知数だが、そこには計り知れない可能性が秘められている。
再び部屋に静寂が訪れる。
麗華は、わずかに表情を曇らせながらも私の言葉に同意するように頷いた。
「……ええ、彼は確かに興味深い存在よ。でも、油断は禁物。彼がどんな目的でここにいるのか、何を考えているのか、まだ分からないことばかりだもの。」
その通りだ。雷丸君の言動は型破りで、掴みどころがない。
彼自身も、自分が何者なのかを正確に理解しているのかどうか、疑問が残る。
「でも……」
私は小さく微笑んだ。
「少なくとも、彼は信念を持っているわ。それが本物かどうかは、これから確かめればいい。」
麗華はその言葉に応えるように深く頷き、再び部屋には静寂が広がった。
彼、飯田雷丸――その謎と可能性を前に、私たちは動き出す準備を整えなければならない。
彼の存在が、私たち伊集院家に何をもたらすのか。
それを見極めるための第一歩は、すでに始まっているのだから――。
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