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第111話 ワールドカップ6
しおりを挟む飛行機に乗って数時間。
俺が密かに楽しみにしていたのは――そう、無料のドリンクサービスだ。
機内の独特の雰囲気に浸りながら、サービスカートが近づいてくるのを待つ時間。これがなんとも言えない特別感を生み出すんだよな。
そんな俺の期待に応えるように、キャビンアテンダントの綾乃が優雅な笑顔を浮かべながら、俺の前に立った。
「ドリンクはいかがなさいますか?」
「おお、ついに来たか!」
ここでの選択が俺の機内ライフを左右すると言っても過言ではない。
――さて、俺の選択肢を整理してみよう。
1. コーラ(定番だけど、炭酸が胃に響くかもしれない)
2. オレンジジュース(フレッシュでいいが、少し無難すぎるか?)
3. コーヒー(大人っぽく決めたいが、眠れなくなる可能性大)
4. 水(シンプルすぎて、せっかくの機内って感じがしない)
5. トマトジュース(健康志向っぽくてカッコいいけど、今の俺に合うか?)
俺は真剣に考え込んだ。この選択、軽く見てはいけない。なぜなら、これが旅のクライマックスを決める可能性だってあるからだ。
「うーん、トマトジュースか……いや、やっぱプロっぽくビシッと決めたいよな。けど……」
キャビンアテンダントの綾乃が、俺が悩むのを優しく見守っている。
まるで、人生の岐路に立つ俺を応援してくれているかのようだ。
「どうなさいますか?飯田選手?」
彼女の柔らかな声が俺の思考を後押しする。
「決めた!コーラで頼む!」
俺は最終的に定番のコーラに決めた。理由?プロ選手らしく、炭酸で喉をスカッとさせたいってだけだ!
「かしこまりました、コーラですね。」
綾乃は笑顔を崩さず、手際よくカップにコーラを注いでくれる。その透明な液体が黒く染まり、炭酸が弾ける音が心地よく響く。
俺は受け取ったカップを軽く持ち上げ、一口飲む。
――ゴクリ。
「ぷはぁぁぁ!最高だぜ!やっぱり機内で飲むコーラは格別だな!」
炭酸の刺激が喉を駆け抜け、身体中に爽快感が広がる。俺の選択は間違っていなかった。
そんな俺の姿を見て、綾乃はクスッと微笑む。
「おかわりもございますので、お申し付けください。」
――なんてサービス精神だ!
これはもう、言わずにはいられねぇ!
俺はカップを片手にニヤリと笑い、綾乃に軽くウィンクを送った。
「ねぇ、そっちはどうだい?このサービス精神、俺のハーレムの一員になってもいいんだぜ?」
俺の口説き文句が機内に響いた瞬間――
「ちょ、お前マジでやめろ!!」
「雷丸、お前また調子乗ってんじゃねぇよ!」
隣にいた村岡と長谷川が、俺の腕をガシッと掴み、強制ストップ。
「い、いってぇ!!お前ら、何すんだよ!」
村岡と長谷川のガッチリホールドに、俺は思わず暴れた。
「お、お前ら、俺の自由を奪う気か!?ハーレム王の道は、俺が決めるんだぁぁ!!」
必死に抵抗する俺だったが、完全に押さえつけられ、身動きが取れない。
その様子を見ていた綾乃は、一瞬驚いたような表情を浮かべたが、次の瞬間、クスッと苦笑しながら小さく息をついた。
「……皆さん、仲がよろしいんですね。」
微笑みながら、軽くお辞儀をして去っていく綾乃。その背中が機内の奥へ消えていくのを、俺は悔しそうに見つめるしかなかった。
「くそぉぉ……!あともう一押しだったのに!!」
「あと一押しとか言ってんじゃねぇよ!!」
村岡が即座にツッコミを入れる。
「あのキャビンアテンダントさんは、お前と同じ次元で生きてねぇから!ハーレムとか、無理だから!」
「いやいや、まだわかんねぇだろ?世の中、何が起こるかなんて誰にも予測できねぇんだぜ?」
俺は不敵な笑みを浮かべながら、軽く指を立ててみせる。
「……それに、大丈夫だ。彼女はまだ俺のハーレム入りを完全には否定してねぇからな。」
「お前、ポジティブすぎんだろ……」
村岡が呆れながらため息をつくと、隣で聞いていた長谷川も頭を抱えた。
「この男、マジでブレねぇな……」
機内に笑いが広がる中、俺は次なるチャンスを狙いながら、コーラを一気に飲み干した。
――――――――――
日本からブラジルまでは長旅だ。飛行機に乗ってすでに数時間経ったが、まだまだ先は長い。
そんな中、俺の腹が限界を迎えつつあった。
「……腹減ったな」
俺はバックをゴソゴソと探り、非常食として常備しているカロリーメイトを取り出した。
「よし、これでとりあえずしのぐか」
パッケージを開けようとした瞬間――
「おい、雷丸」
隣の村岡が俺の動きを止めるように声をかけた。
「ん?」
「これから機内食の時間だぞ?」
「……機内食?」
思わず手を止める。
「機内食ってなんだ?」
「簡単に言えば、飛行機の中で出てくるメシだよ」
「なにぃ!?飛行機の中で飯が出るだと!?」
俺は思わず身を乗り出した。
「そうだ。国際線の長距離フライトでは、ちゃんとした食事が提供されるんだよ。ほら、もうすぐカートが来るぞ」
村岡が指差す先を見ると、キャビンアテンダントたちが食事のカートを押しながら通路を進んでいた。
「マジかよ……!」
俺は目を輝かせる。飛行機で飯が出るなんて、そんな贅沢な話があるのか!?
「なぁ、何が出るんだ!?寿司か!?ステーキか!?」
「落ち着けっての。メニューは限られてるけど、それなりに美味いぞ」
「っしゃああ!!俺、初機内食、いっきまーす!!」
興奮する俺を見て、村岡が苦笑しながら肩をすくめた。
「こいつ……なんで機内食ひとつでこんなテンション上がってんだ……」
そんな中キャプテン・長谷川が腕を組み、ゆっくりと頷きながら言った。
「……いや、俺は分かるぞ、雷丸」
その一言に、俺はピクリと反応した。
「おっ?キャプテン、わかってくれるのか!?」
「機内食ってのはな、飛行機での醍醐味のひとつだろ?」
キャプテンは語り始めた。
「いつもと違う特別感……狭い座席で食う飯なのに、なぜかやけにワクワクする。そして、決して最高級の料理ってわけじゃねぇのに、なぜか妙に美味く感じる。それが機内食だ。」
「おぉぉ!!」
俺は思わず両手を握りしめた。
「そうだよな!?俺、なんかすげぇイベントが始まる気がしてワクワクしてんだよ!」
キャプテンが俺の肩をポンと叩き、真剣な顔で頷いた。
「機内食は、旅のスタートを感じさせる特別な儀式だ。これを楽しめない奴は、飛行機の醍醐味を半分損してると言ってもいい。」
「キャプテン……!」
俺は感動した。
その言葉に、周囲のチームメイトたちも微妙に影響を受け始める。
「……言われてみれば、機内食ってなんか特別感あるよな」
「確かに、普段なら大したことないメニューでも、飛行機の中だとやたら美味しく感じる……」
選手たちの間で、機内食談義が始まる。
「おいおい、雷丸のテンションに流されてんじゃねぇよ……」
村岡が苦笑しながら呟くが、もはや俺たちの機内食への期待は止まらない。
その時――
「お待たせしました、機内食のサービスです」
キャビンアテンダントの綾乃がカートを押して近づいてきた。
俺は拳を握りしめ、食い入るようにワゴンを見つめる。
「ついに……ついにこの時が来た!!」
俺の初機内食が、今、目の前に――!!
俺はワクワクしながらトレーを受け取り、勢いよくフタを開けた。
「おおおおお……!!」
目の前に広がるのは、黄金色に焼かれたチキンのソテーに、クリーミーなマッシュポテト。鮮やかな温野菜が彩りを添え、横にはフレッシュなサラダ、温かいパン、そしてデザートのチョコムースまで揃っている。
「すっげぇ!! これが……これが機内食か!!」
俺は感動のあまり、しばし呆然と見つめた。
すると、目の前でキャビンアテンダントの綾乃がクスッと笑う。
「そんなに喜んでいただけるなんて、光栄です」
「これ、綾乃が作ったのか!?」
俺が思わず訊くと、周囲の選手たちが一斉にズッコケた。
「バカかお前!?機内食はさすがに作らねぇだろ!!」
村岡がツッコミを入れ、キャプテンの長谷川も頭を抱えている。
一方の綾乃は、微笑を浮かべながら「いえ、私は運ぶだけです」と冷静に答えた。
だが、そんなの関係ねぇ!
「でも、綾乃が運んできてくれたってことは、実質、綾乃が作ったのと同じだよな!? つまり、これは綾乃特製の機内食!!」
「お前、どんだけポジティブなんだよ!!」
村岡が再びツッコミを入れるが、俺は気にせずフォークを手に取る。
「よし、いただきまーす!」
勢いよくチキンを口に運ぶと、ジュワッと広がる旨みと香ばしさが最高だった。
「うまぁぁぁぁぁい!!!」
俺の感動の声が機内に響き渡る。
「そんなに騒ぐな! ていうか、これくらいの料理、普段から食ってんだろ!?」
「いやいや、これは違う! これは機内食!! そして、綾乃が運んできた特別な料理だ!! これはもう愛情入りの究極メニューだろ!!」
「ねぇよ!!」
キャプテンや村岡が次々とツッコミを入れる中、俺は幸せそうに機内食を頬張る。
綾乃は微笑みながら、「ごゆっくりどうぞ」と言ってカートを押して去っていった。
俺はその背中を見送りながら、手を大きく振る。
「綾乃、ありがとうな!!」
彼女は振り返って、少しだけ微笑むと、そのまま他の乗客のサービスへと向かっていった。
さて――まだ楽しみは終わっていない。
次に、マッシュポテトに突撃。フォークですくい、一口頬張ると――
「……おぉ、これは……!!」
口の中でふんわりと広がるクリーミーな食感。そして、絶妙な塩加減。
「うん、これも良い感じだな……やっぱり世界に出る俺には、こういう国際的な味が似合うってもんだ!」
「お前、一口ごとにうるせえよ!どこまで楽しんでんだよ!」
前の席のベテランセンターバック・柴田が笑いながらツッコんできた。
「楽しむのが俺の信条ですから!!」
意気揚々と胸を張り、次なるターゲットへ。
デザートのチョコケーキにフォークを伸ばす。
濃厚なチョコの風味が広がり、舌の上でなめらかにとろける。
「……最高だ!!!」
俺は感動しながらフォークを置き、腕を組む。
「ふぅ……完璧だ。さすが俺、ワールドカップアジア予選を制覇しただけじゃなく、機内食も完全攻略したな!」
堂々と宣言すると、周りの選手たちは呆れながらも笑いを堪えきれず、機内には和やかな空気が広がった。
――――――――――
飛行機の照明が徐々に落ち、機内は静かな就寝モードへと移行していく。
座席の背もたれを倒し、ブランケットを掛けながら、俺は初めての機内での就寝に胸を高鳴らせていた。
「ふぅ……飛行機で寝るってのも、なんか特別な感じがするな……」
普段とは違う環境、微妙に揺れる機体、そして低いエンジン音。どことなくロマンを感じるこの状況に、俺はドキドキしながら目を閉じた。
――その時。
「お前、これから面白いもん見られるぜ?」
隣からニヤニヤした声が聞こえてきた。
俺が目を開けて横を見ると、村岡が意味深な笑みを浮かべながらこっちを見ている。
「……なんだよ、面白いもんって?」
俺が聞き返すと、村岡はさらに笑みを深め、指を立てながら小声でささやいた。
「長谷川さんの寝言がな、やばいんだよ……」
「……は?」
思わず聞き返すが、村岡は「まぁ見てろって」と余裕の態度。
俺は眉をひそめながら、斜め前の席に座っている長谷川キャプテンをチラリと見る。
彼はすでにブランケットをかぶり、すやすやと眠っているようだった。
(寝言がやばいって、そんなことあるのか……?)
俺が半信半疑で村岡の言葉を聞いていると、周りの日本代表の選手たちもニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「長谷川さんの寝言、海外遠征の時の名物なんだぜ。」
そう言って、山崎が肩を揺らしながら笑う。
「え、マジかよ!?そんなに有名なのか?」
俺が驚くと、大久保も頷きながら口を挟んできた。
「俺なんかさ、前の遠征の時、あの人の寝言で目が覚めたからな。あの人……寝ながらサッカーの指示飛ばしてたんだぜ?」
「えぇ……試合中かよ!」
俺が思わず突っ込むと、藤井もニヤリと笑いながら付け加える。
「いや、それだけじゃねぇ。長谷川さん、たまに夢の中で解説まで始めるからな。」
「実況と解説!?どんな寝言だよ、それ!」
俺は呆れながらも、すっかり興味を惹かれてしまった。
そんな俺の様子を見た村岡が、楽しそうに肩をすくめる。
「まぁ、見てろって。そろそろ始まるぞ……」
そう言って村岡が時計をチラリと見ると、ちょうどその時だった――
「……んん……はぁ……そこだ……!」
突然、長谷川が微かに寝言を漏らした。
「おお……来たぞ!」
村岡が小声で興奮気味に言う。俺も思わず息を飲み、耳を澄ませる。
「……くっ……ここで……サイドを……上げる……!」
まるで試合の指示を出すかのような寝言。
「え!?本当にサッカーの寝言言ってるのかよ!?」
俺が信じられないという顔をすると、周りの選手たちは「ほらな?」と言わんばかりの表情でニヤニヤしている。
「……いや、ダメだ……!そこはパスじゃなくて……シュートだろ……!」
長谷川の寝言は、どんどん試合の展開が進んでいるかのように続いていく。
「すげぇな、これもう脳内ワールドカップじゃねぇか!」
俺が腹を抱えて笑っていると、藤井がさらに言葉を重ねる。
「前回の遠征の時はPK戦まで突入してたからな。」
「そんなに!?キャプテン、夢の中で何試合こなしてんだよ!」
俺たちは機内の静けさを壊さないように、必死で笑いをこらえた。
すると、突然――
「――よし!!決めたぁぁぁ!!!」
長谷川が急に寝言で叫び、機内のあちこちからクスクスと笑いが漏れる。
「ちょ、これは……マジでやばい……!」
村岡が顔を覆って笑いをこらえる中、俺は確信した。
――長谷川キャプテン、寝てる間もワールドカップ戦ってるわ。
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