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第121話 ワールドカップ16
しおりを挟む点が決まったことで、ボールは再びセンターサークルへと戻される。
ピッチ中央に立つ俺とルイ・バルテルミーが、再び向き合う形になる。
「流石だよ、モンアミ。」
キラリと歯を光らせながら、バルテルミーが俺に声をかけてくる。
その笑顔は相変わらず爽やかで、まるで雑誌の表紙みたいにキマってやがる。
「パーティーの時、ガブリエーレ・ヴォルカーノとのPKを見て、ある程度はわかっていたつもりだけど……」
軽く髪をかき上げながら、バルテルミーは優雅に言葉を続ける。
「まさかここまでとはね。フランス流の美しさとはまた違う――だけど、間違いなく“トップクラス”の輝きだ。」
ファサッと揺れる髪。
その目に警戒と本気の色が混ざっているのがわかる。
「……当たり前だろ?だって俺は異世界帰りのハーレム王だぜ?」
俺がいつもの調子で胸を張ってみせると――
バルテルミーの目が、ほんの少しだけ輝きを増した。
「――王、か。」
バルテルミーは、何かを思い出すように小さく呟き、口元に微かな笑みを浮かべる。
その笑みは、先ほどまでの優雅な社交的スマイルとは違った。
どこか、誇り高く、それでいて挑戦的なもの。
「なるほど、確かに、君は王だ。」
バルテルミーの声は柔らかく、それでいて芯の通った響きを持っていた。
それはただの賛辞ではなく、世界の舞台を共に戦う者としての、純粋な“認定”。
「先程のプレー――あれこそ、王のプレーだった。」
バルテルミーの瞳は、まっすぐに俺を捉えたまま、静かに称える。
「力任せの強引な突破ではない。意志を宿したボールタッチ、一瞬で道を切り開く鋭い読み、そして、見惚れるほど美しいフィニッシュ。」
言葉に乗せる一つ一つの所作までが、洗練されたフランスの美学を感じさせる。
「強さだけではない。そこには、確かに君自身の“美学”が宿っていた。」
バルテルミーはそう言って、口元に上品な微笑を浮かべる。
「ハーレム王に、最大限の敬意を。」
スッ――
彼は右手を胸に当て、まるで中世の騎士のように、流れるような一礼を見せる。
その仕草一つすら絵画のように美しく、フランス代表の誇りと格式を体現していた。
だが――
そのままの姿勢で、彼は静かに続ける。
「だけど――真の王とは、美しさと誇りを兼ね備え、 その全てを戦いの中で証明する者のことだ。」
〈ファサッ。〉
バルテルミーの髪が風を受けて優雅に舞う。
「ただ強いだけの王に、フランスはひざまずかない。」
バルテルミーの歯が太陽を反射してキラリと光る。
その爽やかな笑顔の奥で、確かに感じる――本物の“闘志”。
だが、俺だって負けてねぇ。
オールバックを指でグッと撫で上げ、あえて余裕の笑みを浮かべる。
「へぇ……じゃあ抗って見せろよ。この“ハーレム王政”に、よ。」
風が吹き抜ける。
額に浮いた汗がピッチの光を浴びて煌めき、
撫で上げた髪が風になびく。
「フフッ、なかなかのセンスだね、モンアミ。」
バルテルミーは口角を上げると、
右手をスッと顔の前に掲げ、人差し指をクイッと立ててみせる。
それは「ここからが本番だ」という合図。
「フランスの誇りにかけて、ここから先は好きにはさせない。」
優雅で上品な言葉とは裏腹に、そこに宿るのは“勝利への執念”。
フランスのプライド――いや、美学そのものが宿った宣戦布告だった。
俺もニヤッと笑う。
この空気――たまんねぇな。
これが世界最高の舞台、ワールドカップってやつか。
――――――――――
〈ピィィィッ!!〉
再開のホイッスルが鳴ると同時に、
ルイ・バルテルミーがスッと俺の前に立った。
柔らかな笑みを浮かべ、涼しい顔のまま、俺にそっと囁く。
「君を自由にさせたら、僕たちは負ける。だから――この僕が“貴公子の舞踏”で、君を封じ込める。」
「舞踏……?」
何を言ってるのか理解する間もなく、
ルイはつま先を軽やかに蹴り上げるようなステップを刻み始めた。
「アン・ドゥ・トロワ♪」
まるでバレエの舞台でも始まったのかと思うほど、
優雅で華麗なリズムが、ピッチの上に生まれる。
「うわっ、なんだそれ!?」
俺が思わず声を上げる横で、
ルイ・バルテルミーは何の迷いもなく、俺の周りを舞い始める。
「アン・ドゥ・トロワ♪」
彼がリズムを口ずさむたび、ステップが変わる。
まるで舞踏会の貴公子が、ドレスの姫君をエスコートするかのように、
俺の動きを先回りし、優雅な足運びで進路を塞いでくる。
右に動けば、ファサッと髪をなびかせながら先回り。
左に逃げようとすれば、まるで風に乗るように流れ込む。
俺を中心に踊るルイのステップは、まるでピッチに描く“美しい罠”。
「アン・ドゥ・トロワ♪ アン・ドゥ・トロワ♪」
心地よいフレンチアクセントのリズムが、俺の耳に絡みつく。
「行け!!雷丸!!」
長谷川キャプテンの声が響く。
その声に反応して一歩前へ出ようとした瞬間、俺の進路にヒラリと現れる影。
「させないよ、モンアミ。」
ルイ・バルテルミー。
その白いユニフォームが、まるでバレエの衣装のように翻る。
俺とボールを結ぶラインは、その一瞬で優雅に遮られていた。
「なっ……!」
俺が動くより、ルイのステップが速い。
まるで俺が次に何をするかすべて見透かされているかのように。
「二人でいくぞ!雷丸!!」
柴田がサポートに走り込んでくる。
ならばワンツーで突破だ!
だが――
「アン・ドゥ・トロワ♪」
ルイのステップが、まるで舞踏のラインそのものを描くように、
柴田へのパスコースすら見事に切り取っていく。
ボールは届かず、俺と柴田、二人とも足を止めざるを得ない。
「クソッ、なんだこの感じ……!」
俺の周りを舞うルイ。
そのステップがまるで俺の動きの“リード役”になっている。
どこへ行こうとしても、その足音とリズムが先回りして、俺の足を止める。
これはもうディフェンスじゃない――
これは、ダンスだ。
ルイの奏でるリズムに、俺が踊らされている。
主導権を完全に奪われ、俺は“リードされる側”に追いやられた。
「お、おい、何なんだよあれ……!」
村岡が思わず呟く。
ピッチの上で繰り広げられる、華麗すぎるダンスの守備。普通のディフェンスなら、ボールだけを狙って潰しに来る。
でも、ルイは違う。
相手の呼吸、動き、リズムを“支配”して、自由を奪う。
まるでステップを合わせることで、“このリズム以外は許さない”とでも言わんばかりだ。
「クルトゥル・フランセーズ。フランス文化の粋を詰め込んだディフェンスだよ、モンアミ。」
優雅に笑いながら、さらに一歩近づいてくるルイ。
その一歩ですら、俺の選択肢を狭めていく。
華麗な足捌き、揺れる髪、光る歯。
そのすべてがピッチを舞台へと変え、俺を“ダンスの相手役”に仕立てあげる。
実況席もその異様な光景に驚きを隠せない。
「これがフランス代表、ルイ・バルテルミーの個人マーク!ただのマンツーマンじゃない!相手のリズムそのものを支配する、まるで優雅な舞踏のようなディフェンス!!
飯田雷丸、完全に踊らされている!!」
ルイのステップは、まるで華麗な鎖。
日本の司令塔である俺が縛られたせいで、チーム全体のリズムも狂わされていく。
「アン・ドゥ・トロワ♪ アン・ドゥ・トロワ♪」
耳元で響く、ルイの甘く透き通った声。
その美しさが、逆に恐ろしいほどピッチを支配していく。
「くそ……このままじゃ……!」
日本代表は、まさかの“舞踏トラップ”に完全に絡め取られていた。
――――――――――
前半は1-1で終了した。
悪くはない。
けど、“善戦”なんて言葉で満足してる場合じゃねぇ。
俺たちが目指すのは、勝利――それも世界を驚かせる勝ち方だ。
ミーティングルームに戻ると、監督はホワイトボードの前で腕を組み、無言でピッチの映像を見つめていた。
ピンと張り詰めた空気。
誰もが息を整えながら、次の指示を待っている。
「今のところ、あのフランス相手によくやっている。だが――あとひと押し欲しい。」
静かに、けれど重く響く監督の声。
その一言に、チーム全員が無言で頷いた。
確かに手応えはある。だけど、ここから先は”あと一歩”を踏み出せるかどうかで天と地ほど差がつく。
そして、その”あと一歩”が誰の肩にかかっているのか――それは誰の目にも明らかだった。
監督の視線は、真っ直ぐ俺に向けられていた。
「……飯田、分かってるな?」
強い眼差し。
これは信頼とか期待とか、そんな甘いもんじゃない。
絶対に結果を出せ、という”命令”だ。
俺は背筋を正して、その視線を正面から受け止める。
「……俺に、ルイ・バルテルミーを上回れってことですよね?」
俺が言葉にすると、監督は静かに頷いた。
誰も笑わない。誰も茶化さない。
全員が、“それができなきゃ勝てない”と理解している。
ミーティングルームに重く沈む沈黙。
その空気を破ったのは、村岡のぶっきらぼうな声だった。
「それにしてもよ……最初のゴール、あんな派手に決めといて、その後随分おとなしいじゃねぇか、雷丸!」
「うるせぇ!」と即座に返しつつも、俺は心のどこかで図星を突かれた気がして、軽く口元を歪める。
確かに、開始早々にぶちかましたスーパーゴールで勢いを掴んだはずだった。
けど、そこからルイ・バルテルミーの“踊るディフェンス”にハメられっぱなし。
派手に決めたのは最初だけ――今のところ、完全に“封じ込められたエース”だ。
村岡はニヤッとしながら続ける。
「どうしたハーレム王?いつもの調子はどこ行った?“この俺に止められるわけがねぇ”って豪語してた雷丸様は?」
「くそっ……いちいち煽りやがって。」
でも、チームメイトのその軽口に、少しだけ救われる自分もいる。
村岡なりに“お前ならやれる”って伝えてるんだろう。
なら――答えるしかねぇ。
俺は椅子から立ち上がり、村岡の肩をバシッと叩いた。
「安心しろって。後半は俺のターンだ。」
胸をドンと叩き、ニヤリと笑う。
「貴族の舞踏会?いやいや、ここからは雷丸劇場の時間だぜ。」
ミーティングルームに軽い笑いが起こる。
でも、その笑いの奥には、俺への“信頼”が確かに感じられた。
さあ、後半戦。
踊る貴公子を、俺のリズムに引きずり込んでやる。
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