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第122話 ワールドカップ17
しおりを挟む俺はピッチに立ち、向かい側にいるルイを真っ直ぐに見据える。
相変わらず、完璧なセンターパートを“ファサファサ”させながら、優雅な微笑みを浮かべるフランスの貴公子。
「さぁ、やるか……!」
気合を入れ直し、ホイッスルと共に後半戦が始まる。
案の定、ルイはすぐに俺の前に立ちはだかり――
「アン・ドゥ・トロワ♪ アン・ドゥ・トロワ♪」
口ずさみながら、バレエのように舞う。
まるで俺の動きを誘導するかのように、リズムとステップを押し付け、自由を奪ってくる。
前半で味わった、あの“踊らされる感覚”だ。
だったら――乗るしかねぇだろ、そのダンスに!!
「シャルウィダンス?俺と一緒に踊ろうぜ、ルイ!」
俺は突然、ふざけたように片手をスッと差し出す。
ボールそっちのけで踊りを仕掛ける俺に、さすがのルイも一瞬目を見開いたが、次の瞬間、口角をスッと上げる。
「フフ、いいだろう、モンアミ。踊ろうじゃないか。」
優雅に差し出されたルイの手と、俺の手がピシッと重なる。
その瞬間、観客席から「えぇぇぇ!?」と困惑と爆笑が入り混じった悲鳴が響く。
「さぁ、ステップを踏むぞ!」
俺とルイはピッチ中央でくるくると回りながら、軽やかにステップを刻み始める。
右へ、左へ、足元を交差させるようにして、まるで宮廷舞踏会のペアダンス。
周りの選手たちは必死にボールを追いかけ、真剣に試合をしているってのに、
その真横で、日本のエースとフランスのキャプテンが仲良く手を取り合い、くるくる回るという謎すぎる光景。
「ちょっ……なにやってんのあいつら!!?」
村岡が頭を抱え、柴田は腹を押さえて笑い転げる。
長谷川キャプテンに至っては「もう知らん」とばかりに天を仰いでる。
そして実況席も大混乱。
「な、なにが起きているんでしょうか!?日本の10番とフランスの10番が……まさかの、ダンス!?
これは一体どういう……いや、ワールドカップですよね!?これは公式戦ですよね!?私、何を実況しているんでしょう!?」
カメラもピッチを映すどころか、俺たち二人の“華麗なるワルツ”に釘付け。
本来なら熱い攻防を伝えるはずが、
「雷丸選手、ターンからのリード!ルイ選手、優雅にステップを合わせた!!」
みたいな、もはやダンス大会の実況状態。
「もはや芸術!?」
「いや、これサッカーです!!」
実況席すらパニックに陥るなか、
フランスベンチからは「Magnifique!(見事だ!)」と拍手が起こる。
まさかの自国ファン大喝采。
シュールすぎる空気に、敵味方関係なくスタジアム全体がザワついている。
でも俺は確信していた。
「このリズム、俺が乗っ取る……!」
バカやってるように見えて、俺の中では確信があった。
この”リズム”――ルイ・バルテルミーが支配する独特のテンポと空気を、俺がぶん取る。それが勝負の鍵だと。
「よし、ウォーミングアップは終わりだ!村岡、俺にパスを出せ!!」
踊りながら、突然真剣な顔で指示を飛ばす俺。
村岡は「はぁ!?」と完全に面食らった表情で固まる。
そりゃそうだ。ダンスしながらパス要求してくる奴なんて、世界中探しても俺ぐらいだろう。
「いいから!信じろ、村岡!」
俺がウインクを飛ばすと、村岡は「マジかよ……」と頭を抱えながらも、渾身のグラウンダーパスを送ってくる。
「さぁ、勝負だ。ルイ・バルテルミー。」
俺は片手でルイの手を取りながら、もう片方の足でパスをトラップ。
ボールを挟んで、俺とルイの“貴族のダンス”がそのまま“ボールを挟んだ攻防戦”へと変わっていく。
アン・ドゥ・トロワ――
ルイは相変わらず優雅なリズムを刻みながら、俺の足元へと絡みつく。
俺も負けじと、そのリズムに逆らわず、むしろ合わせて踊るようにボールをキープ。
互いの足が交差し、トゥシューズならぴったりの音が鳴りそうな優雅なフットワーク。
カツン、カツン――
ボールを挟んで、俺とルイの靴音がピッチに響く。
右へ、左へ。まるで社交ダンスのフロアで踊るパートナー同士のように、互いの間合いを測りながら、ボールを優雅に舞わせる。
だけど、これはダンスじゃねぇ。
俺とルイ、どっちが“リードする側”かを決める、最も原始的で本能的な雄の戦い――まさに“オス同士のぶつかり合い”だ。
リードするのは男役。
フォロワーに回るのは女役。
サッカーでもダンスでも、主導権を握る“雄”が上に立つ。
これはフランスの貴公子と、日本のハーレム王――どっちが“上”か決めるための、雄のプライドを賭けたダンスバトル。
まず、ルイが先手を仕掛ける。
そのステップはエレガントそのもの。
フランス貴族の血筋そのままに、洗練された動きで俺の足元を誘うように揺さぶってくる。
貴族流のスマートで優雅な“雄”。
そして、俺のことを“お姫様”扱いしてきやがる。
「さぁ、僕に身を預けて。あなたは今夜のシンデレラです。」
――上等だ。
俺はそれに真っ向からカウンターをぶち込む。
俺のステップは真逆。
王様流、圧倒的に強引で、荒々しく、相手を押さえつける“支配者のダンス”。
「従え。俺のリードからは逃がさねぇぞ。」
汗に濡れた髪をオールバックにかき上げ、目をギラつかせる俺。
対するルイは貴公子の笑顔を浮かべたままだが、その瞳にはかすかな動揺が見えた。
「俺の前じゃ、貴公子だろうが貴族だろうが、みんな雌だ。」
囁きながら、俺はわざとルイの耳元ギリギリに口を寄せる。
その声は、ピッチに響く実況や歓声とはまるで別次元の、低く響く“支配者の声”。
肌に直接、染み込んでくるような、逃れようのない圧。
カツン――
ルイのステップが、ほんの一瞬、止まる。
貴公子の足元が揺らぐ。
「あ……っ」
掠れた息が、ルイの喉から漏れる。
その表情は、驚きと戸惑い、そしてほんのりと上気した頬。
貴族の優雅さも、貴公子の誇りも、その瞬間だけは消え去って――
「わかってんだろ?もうお前のリードじゃねぇ。」
さらに低く、喉の奥から響くような声で、俺はダメ押しを喰らわせる。
それは言葉ではなく、雄そのものの“声”――
理屈もプライドも関係ねぇ。
身体の奥に直接叩き込まれる、本能への命令だ。
ビクン――
ルイの指先が震え、完璧だったセンターパートがわずかに乱れる。
その瞬間、俺は確信した。
獲った――そう確信した瞬間、俺の心の中には勝利のファンファーレが鳴り響く。
俺の雄力(オスちから)で押し潰されて、ルイは一瞬で雌になっちまった。
「くやしい……でも……でも……身体が反応しちゃう……」
ルイの声が震える。
これまで優雅に舞ってきたフランスの誇り高き貴公子が、初めて見せる“乱れ”。
唇がわずかに開き、息が漏れる。
視線は泳ぎ、俺から目を逸らせなくなってる。
「いやぁぁぁぁ!僕の中の知らない“雌”がっ……刺激されちゃうぅぅぅ!!」
その恍惚とも悲鳴ともつかない声が、ルイの喉から漏れた。
ファサァ……と乱れる完璧なセンターパート。
貴公子ルイ・バルテルミー、陥落。
俺はボールを自分の足元に完全に収めながら、鼻で笑う。
「ははっ!そうだろう?俺には逆らえねぇんだよ。」
ルイ・バルテルミーの“貴公子の誇り”そのものを、俺がぶっ潰した瞬間だった。
――――――そして。
「オラよっ!」
俺はボールを自分のものにした勢いのまま、ルイを手荒く“ポイッ”と押しのける。
まるでダンスの相手をやり捨てるみたいにな。
「アハンッ!」
ルイの色気たっぷりの声がピッチに響く。
一瞬、スタジアム全体が「えっ?」ってなるくらい、思わず振り向きたくなる悲鳴だった。
〈ドサッ。〉
ルイは芝生に倒れ込み、胸に手を当てて荒い息をついてる。
いつもの優雅な笑みは消えて、頬はほんのり赤く染まってる。
おいおい……、そんな顔すんなよ…………。
「じゃあな、ルイ。楽しかったぜ、お前とのダンス!」
俺はウインクを飛ばしながら、その場を後にしようとする。
けど――背後から、今度は泣きそうな声が響いてきた。
「待ってくれ!モンアミ!!僕はまだ踊り終わっていないんだ!戻ってきてくれ!」
まるで舞踏会で置き去りにされた悲劇の姫君。
俺はルイを振り返りもせず、片手を上げてひらひらと手を振る。
「またな、お姫様!」
その瞬間、観客席からは悲鳴と歓声が入り混じった奇妙などよめきが起こり、実況は絶句。
ワールドカップ史上、もっともカオスな“ダンスバトル”が幕を下ろした。
だが、俺にとってはここからが本番だ。
すぐに顔を上げ、前線の仲間たちに視線を送る。
ところが――
「……あ、あれ?」
村岡も、柴田も、長谷川キャプテンまで、全員が目を丸くして硬直している。
ボールが転がってるのに、誰も動かねぇ。
「おいおい!何フリーズしてんだよ!試合は続いてんだぞ!」
俺が必死に叫ぶと、ようやく全員がハッと我に返る。
「お、おう!!」
「さぁ、繋いでいくぞ!パスだ!」
右サイドを村岡が駆け上がる。
迷わず俺はボールを村岡に預ける。
フランスのDF陣は、ルイの崩れっぷりに目を奪われ、まだ混乱から立ち直れていない。
今がチャンスだ――!
ワンタッチ、ツータッチ。
村岡と柴田が細かいパス交換を繰り返し、フランスDFのズレた間合いをどんどん突いていく。
まるで電光石火の手数。
「雷丸、ラストいけ!」
村岡の声が響く。
その声に応えるように放たれたラストパスが、一直線に俺の足元へ。
迷う理由なんて、何もねぇ。
俺は右足を振り抜く。
地を這う弾丸シュート。
狙いはゴール右隅。
フランスのGKが反応するも、その目がボールを捉えた時には、すでにネットが大きく揺れていた。
「ゴォォォォォォォォォォォォォル!!!!」
スタジアムに響き渡る絶叫。
実況ブースのマイクが音割れするほど、アナウンサーが叫ぶ。
「決まったぁぁぁぁぁ!!
飯田雷丸!!ダンスバトルを制した直後の、衝撃ゴール!!
世界が見ています!異世界帰りのハーレム王、日本の10番が魅せたぁぁぁ!!!」
日本サポーターの歓声がスタジアムを揺らし、一方のフランス応援席は、信じられないものを見た顔で完全沈黙。
そんな中、実況アナが息を切らしながら続ける。
「そして、ここでもうひとつ……これは私の目の錯覚でしょうか!?
先ほどまであれほど優雅に舞っていたフランスの貴公子、ルイ・バルテルミー選手が……」
カメラがルイを映し出す。
そこには、座り込んだまま膝を抱え、震える貴公子の姿。いつもの華やかな笑顔はどこへやら――
目元は潤み、頬はほんのり赤く染まり、口元はわずかに開いたまま。
「まるで……まるで“ダンスに乱暴に振り回され、最後に捨てられた”お姫様のようです!!!」
実況席がざわつく。
日本サポーターたちの歓声の中に、思わず吹き出す笑いも混じる。
ルイは乱れた髪を指先で直そうとするが、指が震えてうまくいかない。
その仕草すら、なぜか妙に艶っぽくなってしまっている。
「私、一瞬言葉を失いましたが……これは“雌堕ち”と言っても過言ではありません!!
飯田雷丸選手、ピッチで“フランスの貴公子”を“フランスの姫君”に変えてしまいました!!!」
あまりにもカオスな実況。
選手紹介に“ポジション:RW(右ウィング)→Princess(姫)”と字幕がついてもおかしくないほど、ルイは完全に“乙女モード”に落ちていた。
膝を抱え、涙目になりながら小声で震える。
「モンアミ……こんな乱暴なダンス、初めてだ……」
あまりの変貌ぶりに、フランスベンチのスタッフも目を丸くしている。
「ちょ、ルイ!?しっかりしろ!!」
チームメイトに肩を叩かれても、ルイの顔は真っ赤なまま。
口からこぼれたのは、震える一言。
「……もっと優しくリードしてくれても……よかったのに……」
フランスのエースが、まさかの完全陥落。
その光景を、俺はニヤリと笑いながら振り返る。
「おいおい、貴公子さんよ……
舞踏会はまだ終わってねぇぜ?」
ルイは目元を擦りながら、ふるふると首を振る。
「次は……もっと丁寧に……踊ってくれる?」
スタジアムのどよめきは最高潮。
実況も笑いを堪えながら叫ぶ。
「な、何という展開!!
サッカーの試合で、まさかここまで心を乱される選手が現れるとは!!!
これは“サッカーバトル”ではなく、“恋愛ホモバトル”なのか!?」
俺はオールバックを撫で上げ、カメラに向かってウィンクしてやった。
「フランス貴族を虜にする男、ハーレム王・飯田雷丸。
これが“世界の舞踏会”での、俺流の踊り方だ――!!!」
試合はまだ続く。
けれど、この瞬間だけは確実に――
このピッチは、俺のステージになっていた。
――――――――――――
試合終了のホイッスルが、スタジアム全体に響き渡る。
3-1。
電光掲示板には、信じがたいスコアが堂々と刻まれていた。
「Winner:JAPAN」
その瞬間、スタジアムはまるで爆発したかのように揺れた。
日本サポーターたちの歓声は割れんばかりの大音量となり、国旗が次々と振られる。
「ニッポン!ニッポン!」のコールが、異国の地ブラジルに響き渡る。
一方で、フランス応援席は呆然。
まさかの敗北に、誰もが口を開いたまま言葉を失っている。
「フランス代表が、日本に負けた……?」
「え?嘘だろ?あのルイ・バルテルミーが……?」
信じられない現実を、まだ受け入れきれていない表情がそこにあった。
ピッチ上では、日本代表の選手たちが歓喜の輪を作る。
村岡と柴田が抱き合い、長谷川キャプテンは涙を堪えながら空を見上げる。
藤井はガッツポーズを突き上げ、大久保はゴール前で天を仰いでいる。
そして、その輪の中心にいるのは――
飯田雷丸。
オールバックをかき上げ、口角をグッと上げたその表情は、まさに“勝者の顔”だった。
「やったぞ……!」
自らの胸を拳で叩きながら、仲間たちと力強く手を重ねる。
汗だくの顔には、最高の笑顔が浮かんでいた。
実況席は完全にヒートアップ。
「日本代表、歴史的勝利!!ワールドカップ初戦で、フランスを撃破!!
異世界帰りのハーレム王・飯田雷丸、伝説の幕開けです!!」
その言葉に合わせるように、再び日本サポーターたちの歓声が爆発する。
選手たちはサポーターのもとへ駆け寄り、スタンドに向かって手を振る。
だが――
ふと雷丸は振り返る。
センターサークルには、ひとり立ち尽くす男がいた。
フランス代表の誇り高き貴公子、ルイ・バルテルミー。
乱れたセンターパートを指先で梳きながら、彼は真正面から俺――飯田雷丸を見つめる。
そこにあるのは、悔しさと無念、そしてほんの少しの――清々しさ。
そして、ルイは静かに口を開いた。
「……美しかったよ、モンアミ。」
敗北を認める、その笑顔はどこまでも気高く、まるで一枚の絵画のように美しい。
だが、ルイはそのままでは終わらない。
手を軽く振ると、フランスベンチからスタッフが何かを持って駆け寄ってきた。
――ワックスの缶。
それは、ルイ愛用の高級ヘアワックスだった。
「覚えているかい?雷丸。僕と君は、センターパートとオールバック――
どちらが真の美しきスタイルか、試合で決めようと言ったね。」
ルイはくるりと缶を回し、カチッと蓋を開ける。
ブラジルの夜風に、上品なシトラス系の香りがふわりと広がる。
「完敗だ。」
そう言いながら、ルイ・バルテルミーは自らの髪にワックスを馴染ませる。
丁寧に、優雅に、センターパートを崩しながら、両サイドを撫で上げていく。
〈ファサッ――〉
整えられたその髪は、完璧なオールバック。
それは、王への敬意を示す“降参の証”。
「君に、貴公子の誇りごと捧げるよ。」
スタジアム中が息を飲む中、ルイは胸に手を当て、騎士の礼を捧げる。
それはまるで、舞踏会の終わりに王へと捧げる美しいフィナーレ。
俺はそれを見て、ニヤリと笑う。
「ようやく似合う髪型になったな。」
ルイは吹き出しそうになりながらも、目を伏せて微笑む。
「フフ……美しさに国境はない。それを教えてくれたのは、君だよ。」
こうして、“センターパートvsオールバック対決”は、飯田雷丸の勝利で幕を閉じた。
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