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第124話 ワールドカップ19
しおりを挟むピッチ中央、試合前の握手タイム。
本来なら、ここは互いの健闘を誓う清々しい儀式――のはずだった。
だが、今日のベルギー代表は違った。
向かい合った瞬間、異様な空気が俺の肌を刺す。
ベルギーの選手たちはニタニタと不気味に笑いながら、カチカチと歯を鳴らしている。
手を差し出す俺たちを待っている。
けれど、その目はどう見ても「握手」じゃなく「噛みつくタイミング」を見計らっている獣の目だった。
視線は俺の指先にロックオンされ、口元がヨダレで光ってる。
「うわぁ……」
思わず一歩引きかけたが、ここで引いたら負けだ。
気合を入れ直し、俺はベルギーのキャプテン、ジャック・ドゥルヴァーニュと対峙する。
乱れた髪、血走った目、そして黄ばんだ牙。
明らかに人間の枠を超えた狂犬。
「よ、よろしくな……!い、いい試合にしようぜ!?」
声がちょっと裏返る。
けど、それでも俺は右手をグッと前に出した。
その瞬間――
ドゥルヴァーニュは口角をグイッと吊り上げ、「ニチャァ……」と音がしそうなほど濃厚な笑みを浮かべる。
俺の差し出した手に、自分の鼻を押し付けるようにクンクンと嗅ぎ始めた。
「お、おい!?何してんだよ!?」
思わず引っ込めようとしたが、ガシッと手首を掴まれる。
ドゥルヴァーニュの指はゴツゴツしていて、爪はまるで獣の爪みたいにギザギザだ。
「フフ……お前、いい匂いしてるな……柔らかそうだ……」
「握手のセリフじゃねぇだろそれ!!!」
周りにいた日本代表も思わず総ツッコミ。
でもベルギー側は誰も笑わない。
むしろ全員が次はどこを噛むか考えてるような目で、俺たちをジロジロ舐め回している。
完全に肉食獣の群れに放り込まれた草食動物。
試合前の握手だけで、すでに冷や汗でユニフォームが張り付くほどだった。
――――――――――――
〈ピィィィィィィ!!〉
試合開始のホイッスルが響き渡る。
「さぁ、日本対ベルギー!今始まります!」
実況がそう叫ぶや否や――
ベルギーの選手たちが走り出す。
いや、走るというより突進。
まるで檻から解き放たれた獣たちが、一斉に獲物に襲いかかるような光景だった。
「うわぁぁぁ!!来た!!」
横にいた村岡が素で叫ぶ。
俺も冷や汗が噴き出した。
ボールを狙ってるのか?それとも俺たちの肉を狙ってるのか?
その目つきは完全にプレイヤーじゃねぇ。
ピッチの上に並ぶ11匹の猛獣たち。
目を血走らせ、歯をカチカチ鳴らしながら、全速力で迫ってくる。
「ボールだろ!?狙うのはボールだよな!?」」
俺は叫びながら、必死にパスを受ける。
慌てて村岡へパス。村岡から柴田へ。柴田から長谷川キャプテンへ。
日本代表はなんとかワンタッチで繋ぐことで距離を取りつつ、猛獣たちをかわしていく。
でも――
「ガルルル……!!」
パスコースに入ってきたベルギーの選手が、本気で唸ってやがる!!
「ちょ、おい、唸ってる!?」
思わず俺がツッコむ。
村岡なんて、ドリブルしながら涙目だ。
「こいつら本当にサッカー選手かよ!!?」
叫んでる場合じゃねぇ。
この狂気の波に飲まれる前に、俺たちが流れを掴まなきゃならねぇ。
その時だった。
ビリビリッと背筋に走る殺気――
何かが背後から迫ってくる。
いや、誰かが。
振り向く暇なんてねぇ。
パスを出そうとしたその瞬間――
「ガルルルル!!!!」
「うわぁっ!?」
背後から襲いかかる影。
ジャック・ドゥルヴァーニュ。
ベルギーのキャプテンにして、狂犬軍団の首魁。
目をギラつかせ、唾を飛ばしながら俺の腕に噛みつこうと飛びかかってきた。
咄嗟に体をひねって、ギリギリ回避。
〈ガチンッ!!〉
アイツの牙は俺の腕を逃し、そのまま空を噛んだ。
金属音みたいな音が響く。
おいおい……あれ、本気で噛み砕くつもりの強度だろ……!?
だが、その一瞬の隙をつかれた。
ドゥルヴァーニュはニヤリと口元を歪め、俺の足元からボールをかっさらう。
噛みつきフェイントかよ!!どんだけ野生に染まってんだ、アイツ!!
「ちくしょう……!」
ボールを奪われた悔しさよりも、
ガチで腕持ってかれる寸前だった恐怖で、全身に冷や汗が吹き出す。
実況席が悲鳴に近い声を上げる。
「これは衝撃!!試合開始早々、日本のエース・飯田雷丸がベルギーの狂犬キャプテンに襲撃されました!!」
「しかし信じられません!!あれはファウルじゃないんですか!?」
「いや、レフェリーはノーファウルの判定!!」
「これぞ狂犬サッカー!!これはもう、サッカーの概念を超えています!!」
場内大混乱。
だが、そんなのお構いなしにドゥルヴァーニュはボールを咥えんばかりの勢いでドリブルを開始していた。
その背後から、次々とベルギーの選手たちが這い出すように前線へ上がってくる。
全員、目は血走り、歯をむき出し、カチカチ鳴らしながら迫ってくる。
「ガァァァァ!!!」
まるで群れで獲物を追い詰める肉食獣。
連動した動きも戦術的なラインコントロールも関係ない。本能のままに、ボールと相手選手を喰らうために前へ出る。
「な、なんだよこれ……!!どっからどう見てもプレデターの集団じゃねぇか!」
キャプテン長谷川が顔を引きつらせる。
猛獣軍団を、日本のディフェンス陣が必死に食い止める。
いや、“食い止める”って表現も間違いじゃねぇな。向こうは本気で俺たちを食うつもりなんだからよ!
「うわっ!近い近い近い!!息くせぇぇ!!」
泣きそうな顔で必死に応戦するセンターバック陣。
「噛まれるかもしれない恐怖」と「ゴールを守らなきゃいけない使命感」がせめぎ合い、ディフェンダーたちの顔はみんな限界ギリギリ。
膝は震え、目は潤み、喉がカラカラに乾いていく。
それでも――
「くそっ!日本のゴールは、絶対食わせねぇからな!!」
長谷川キャプテンが、魂を振り絞るように吠える。
その声が、ディフェンス陣に最後の勇気を与えた。
「牙がチラつこうが、唾が飛んでこようが、俺たちはサッカーをしに来たんだ!!」
震える足を踏み締め、目の前の猛獣たちに真正面から立ち向かう。
襲いかかるベルギーの狂犬軍団に、全員で壁を作るように並び、ゴール前を死守する。
「日本のディフェンス陣、魂のブロックだ!!」
実況が絶叫する。
「くるぞ!!噛まれるなよ!!」
「ボールだけ!ボールだけ見ろ!!」
悲鳴にも似た指示が飛び交う中、牙剥き出しのドゥルヴァーニュが強引に突破を仕掛けてくる。
「ガルルルル!!」
その咆哮と同時に飛び込んでくる体――いや、牙。
「うおおおおおおおおっ!!」
村岡が必死に身体をぶつけ、横から柴田がカバー。
全員で渾身のタックルをぶちかまし、なんとかボールをコート外へ。
「クリアァァァァァァ!!!」
まるで悪霊払いのような必死のクリアに、日本応援席から安堵と歓声が沸き起こる。
その声が俺たちにとって何よりのエネルギーになる。
「守った……!日本守りきったぁぁぁ!!」
実況も感極まったように叫ぶ。
「ふぅ……」
ディフェンス陣全員、膝に手をついてゼェゼェ息を切らしてる。
汗だくだし、涙目だし、もうボロボロだけど――
その姿に、俺は胸が熱くなった。
――――お前ら、最高だよ。
恐怖を超えた、その“勝ちたい”って気持ちが、俺の心にも火をつけた。
このチームのエースとして、俺は。
その気持ちに、必ず応えなきゃならない。
「――――よし、やるぞ」
俺は息を整え、ピッチに響くスローインの笛を聞いた。
再開されたボールは、当然のようにあの狂犬――ジャック・ドゥルヴァーニュの足元へ。
目を血走らせ、剥き出しの歯をギラつかせ、ピッチ上の獲物――俺を睨みつける。
唇の端をベロリと舐めながら、ヨダレが糸を引いてる。
だけど、そんな奴を怖がってる暇なんてない。
俺は真正面から、ドゥルヴァーニュに向かって突っ込んでいった。
「行くぞ、狂犬!!」
チームメイトの誰もが「雷丸、無理するな!!」と悲鳴みたいに叫ぶ。
でも――このタイミングで下がるようなエースなら、最初から10番なんて背負わない。
「ガルル……いい度胸だな、日本人……!」
獣の唸り声。
鼻息は荒く、まるで喉を鳴らす狼のように、野生の殺気が突き刺さってくる。
だけどな――
俺には、秘策がある。
「……こっちも“動物の習性”くらい、勉強してんだよ。」
俺はドゥルヴァーニュと目を合わせ、ニヤリと笑って、スッと片手を奴の顔の前に突き出した。
「……?」
ドゥルヴァーニュが一瞬、戸惑う。
だが次の瞬間――
「ガウッ!!!」
反射的に、その牙を俺の手めがけて突き出してきた。
牙が光り、まるで襲いかかる野犬。
――――来た!!
俺はその瞬間、ギリギリで手を引っ込める。
「カチンッ!!」
ドゥルヴァーニュの歯が、空を噛んだ。
「なっ……!?」
奴の目が驚きに見開く。
その一瞬の隙を、逃す俺じゃない。
スッと足を差し込み、ボールをかっさらう。
一瞬で形勢逆転――まさに“人間VS犬”の読み勝ちだ!
「犬ってのはな――目の前で動くものがあれば、条件反射で噛みついちまうもんなんだよ!!」
俺はドリブルを開始しながら、振り返ってドゥルヴァーニュに言い放った。
「うおおおおおおおおおっ!!!」
日本サポーターの歓声が爆発する!
「飯田選手!!なんと狂犬の本能を逆手に取った!!これは見事な心理戦!!」
「恐怖を乗り越え、堂々と正面から読み勝った!!この男、ただのストライカーじゃない!!」
実況席も興奮で絶叫している。
「さぁ……ここからが俺のターンだ!!」
相手ゴールへ一直線。
ベルギーのディフェンダーたちがすかさず俺を囲みにかかるが、俺は彼らの隙間を突き、するりとかわして前進する。
だが――次の瞬間。
ゾワッ……!!
背筋が一瞬にして凍りついた。
嫌な音がする。
俺は無意識に振り向いた――そして見た。
「……なっ!?」
そこにいたのは、まるで狂犬病の野犬と化したドゥルヴァーニュ。
目は完全に血走り、口を大きく開きながら舌をダラリと垂らし、獲物を狙う獣のような形相で俺に向かって猛然と迫ってきていた。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃ!?」
俺は思わず叫んだ。
だが、ここで立ち止まったら終わりだ。
俺は本能に従って、さらにスピードを上げた。
ボールを前に運びながら、とにかく前へ、前へ!
だけど背後から、荒い息が近づいてくる。
背中がゾワゾワする。
息遣いがすぐそこまで――
「うおおおおおおっ!!く、来るな!来るなってぇぇぇ!!」
全力で叫ぶが、背後の獣は止まらない。
むしろ加速している!?
「なんでこんなことになってんだよぉぉぉ!!」
俺はもう必死だった。
逃げるしかない。
絶対に捕まっちゃいけない!!
前方には、ベルギーのゴールキーパー。
視界の端で、巨体が大きく飛び出してくるのが見えた。
でも――
もう迷う余裕なんてない。
これが“俺の生存本能”だ!!
俺は 全力で右足を振り抜いた!!
〈ドンッ!!!〉
雷鳴のような衝撃とともに、ボールが一直線に飛ぶ。
目の前でゴールキーパーが必死に手を伸ばす――が、間に合わない。
ボールはキーパーの指先をかすめ、ゴールネットに突き刺さった。
「ゴオオオオオオル!!!!!!」
その瞬間、スタジアムが爆発したような歓声に包まれる。
俺は駆け抜けながら両手を突き上げた。
日本サポーターが総立ちで叫び、実況席の声が絶叫に変わる。
「決まったぁぁぁ!! 飯田雷丸!! これはまさに“生存本能”から生まれたゴール!!」
「ベルギーの狂犬を振り切り、見事なフィニッシュ!! 日本、貴重な先制点を奪いましたぁぁ!!!」
俺は息を整えながら、ようやく振り向いた。
そこには――
悔しそうに舌打ちをするドゥルヴァーニュの姿があった。
顔は怒りに染まり、ギリギリと歯を鳴らしている。
「チッ……上手く逃げたな、日本人……!」
その目には、狩りを失敗した獣の苛立ちが滲んでいた。
俺の脳裏には、さっきの光景がフラッシュバックする。
血走った目、剥き出しの牙、ヨダレを垂らしながら猛然と追いかけてきた異様な姿――。
思わず胸を押さえて深呼吸する。
「……しばらくあの顔、夢に出てくるぞ……。」
心臓はまだバクバク言ってるが、それでも俺はゴールを決めた。
この一点は、日本にとって、俺にとって、大きな意味を持つはずだ。
そして、その瞬間――
「おおおお!! 雷丸、お前すげぇよ!!」
チームメイトが一斉に駆け寄ってきた。
村岡は肩をガシガシ叩いてくるし、副キャプテンの藤井はガッツポーズを決めながら興奮気味に叫ぶ。
「アイツの牙の前でよく冷静にやったな! マジで神経どうなってんだよ、お前!!」
みんなの顔が笑顔に溢れている。
そんな中、俺は得意げにニヤリと笑った。
「どうよ? 完全に“狂犬調教”だったろ?」
まだドゥルヴァーニュの顔が頭にチラついてるが、仲間たちの歓声を聞いてると、少しずつ実感が湧いてくる。
俺たちは、この試合を自分たちのものにできる。
そう確信しかけた、その時だった――。
「喜ぶのはまだ早い!! ここからは全員でこの一点を死守するぞ!!」
長谷川キャプテンの冷静な声が、俺たちの気を引き締める。
そうだ、試合はまだ終わっちゃいねぇ。
この一点は奪ったものじゃなく、守り切って初めて“勝ち点”になる。
柴田が拳を握りしめ、力強く叫ぶ。
「よし! ここからはディフェンスに全力を注ぐぞ!!」
俺たちは再びピッチへと散り、守備態勢を整えた。
スタジアムの歓声が、次なる戦いの幕開けを告げる――!!
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