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第127話 ワールドカップ22
しおりを挟む朝の光がカーテンの隙間から差し込み、ホテルの部屋を優しく照らしていた。
「……よし、やるか!」
目を覚ました俺は、まるで試合前のように気合いを込めて立ち上がる。
今日は試合じゃない――でも、ある意味ではそれ以上に大事な“勝負”だ。
綾乃とのデート。
キャビンアテンダントとして世界を飛び回る彼女とのデートだ。
バスルームの鏡に映る自分を、じっと見つめる。
試合の時と同じ――いや、それ以上の気合を込めて、髪に手を伸ばした。
「決めるぞ、オールバック。」
ワックスを手に取り、力強く髪を撫で上げる。
両手でグッと後ろに流し、いつものようにビシッと仕上げていく。
額にピタリと張り付くようなライン、どこから見てもブレない男の姿。
「ふっ、完璧だ。」
自分の姿をじっと見つめ、鏡越しにニヤリと笑う。
綾乃はキャビンアテンダント――誰にでも丁寧に接し、常に余裕を持っている。
そんな彼女をリードするには、自分自身が誰よりも自信に溢れてなきゃならない。
「俺が、今日のフライトキャプテンだろ?」
鏡の前でポーズを決めながら、軽く肩をすくめてウインク。自分の冗談に満足げに頷いた瞬間――
「ぶははっ!!」
思わず腹を抱えて爆笑してしまった。
冗談で言ったはずなのに、あまりにも自分でツボに入ってしまい、背中を丸めながら声を上げて笑う。
「いや、何それ! 面白すぎるだろ、俺!」
オールバックに撫で上げた髪も、笑いすぎてグシャグシャに崩れかける。
それに気づいて、またさらに笑いが止まらない。
「フライトキャプテンって……俺が彼女の旅をエスコートするってか!? 今日のフライト、乱気流は俺が抑えるってか!?だっははは!」
無理やり真顔を作ろうとしても、すぐに口角が引きつって、堪えきれずにまた吹き出す。
「はー……ダメだ、笑いすぎて腹痛ぇ……!」
しばらく笑いが止まらなかったが、最後には深く息を吐き、ふっと鏡を見つめ直す。
「でも……そのくらいの余裕、持ってた方がいいかもな。」
笑いながらも、どこかで自信が芽生えていた。
笑って、力を抜いて、それでもしっかりとカッコつける。
「よし、俺が綾乃のフライトキャプテンだ。安全運転でいってやろうじゃねぇか。」
玄関に立つと、深呼吸をひとつ。
ジャケットの襟を軽く直し、靴を鳴らして歩き出す。
「フライト、行ってきます!」
今日のデートは、試合と同じ。いや、それ以上の真剣勝負だ。
綾乃の目に、最高にカッコいい“俺”を刻みつけてやる。
そんな気合いとともに、俺は待ち合わせ場所――マウア広場へと向かっていく。
――――――――――――
リオの朝陽が眩しいマウア広場。
噴水の音が静かに響き、観光客のざわめきがほどよいBGMになっている。
そんな中、俺は広場の片隅で彼女の姿を探していた。
――今日で二回目のデート。
いや、そんな他人行儀な言い方は違う。
俺の中では、今日はもう“勝負の日”だ。
昨日のベルギー戦だって命懸けだったが、今日も別の意味で命懸けだ。
そんな想いを胸に抱いていた時――
「……おっ。」
広場の向こう、朝陽の中にふわりと浮かび上がったのは――綾乃だった。
彼女は俺を見つけると、ぱっと花が咲くような笑顔を浮かべて、小さく手を振った。
「おはようございます、飯田さん。」
「おう。おはよう。」
言葉を交わすだけで、心のどこかがじんわりと温かくなる。
「今日はありがとうございます。せっかくのオフなのに、私に付き合ってもらっちゃって。」
「いや、こっちこそ……綾乃に会いたくて仕方なかったよ。」
言った瞬間、少しだけ後悔した。
――さすがに、言い過ぎだったか?
だが――
「そうだったんですか?それは良かった。」
綾乃は、微笑んだだけだった。
その自然な笑顔に、ドキリと胸が鳴る。
やっぱり、可愛いな……。
そんな気持ちを押し隠しながら、俺は軽く息を整えて言った。
「じゃ、まずは幻想図書館に行くか。」
「いいですね!あそこは私も好きなんです。飯田さんも、きっと気に入ると思います。」
その言葉と共に、綾乃は優しく微笑む。
その瞬間、俺は胸の奥で確信した。
――今日のデート、絶対に楽しませる。
俺は綾乃の隣に自然と立ち、肩を並べるように歩き出した。
リオの朝陽に包まれながら、二人だけの時間がゆっくりと始まっていく。
――――――――――――
マウア広場を抜け、幻想図書館へと向かう石畳の道。
リオの朝陽に照らされながら、肩を並べて歩くその時間は、なんとも言えない穏やかさに包まれていた。
そんな時、ふいに綾乃が口を開いた。
「……あ、そうだ。ワールドカップ、見ましたよ。」
その一言に、俺は思わず歩みを止めかける。
鼓動が一瞬、跳ねた。
「マジか、見てくれたんだな!!」
思わず声に力が入る。
だが綾乃は、ふわりと微笑みながら静かに言った。
「だって……飯田さんが出てるんですもん。」
その言葉に、まるで不意打ちを食らったみたいに心が跳ねた。
太陽よりも眩しい微笑みと、そのさりげない言葉が――妙に刺さる。
「フランス戦、すごかったですね。あのゴール……本当に鳥肌が立ちました。」
綾乃が少しだけ頬を染めながら、目を細めて俺を見つめてくる。
俺は思わず、胸を張ってニヤリと笑った。
「おう、どうよ? カッコよかっただろ?」
その言葉に、綾乃はくすっと笑った。
「はい、サッカーをあまり知らない私でも……飯田さんの凄さ、すごくよく分かりました。」
「……ほぉ?」
俺は得意げに顎を上げる。
だが、綾乃は真剣な表情で続けた。
「飯田さんがボールを持った瞬間、空気が変わるっていうか……。見ていて思ったんです。ああ、この人は、何かを“決める”人だなって。」
その言葉に、思わず口元が緩む。
「ははっ、そりゃ嬉しいな。」
綾乃は優しく微笑み、俺の隣で静かに歩みを進める。
「はい。でも、あの後のダンス……まさかあんな展開になるなんて思いませんでした。」
「あぁ……まさかピッチでワルツを踊るとはな。」
思い出して、俺も思わず苦笑い。
あの場面は、俺にとっても衝撃だった。
「でも、見ていてすごく面白かったです。飯田さんらしいというか……。あの余裕、素敵でした。」
「余裕、か……。まぁ、半分は開き直りだったけどな。」
綾乃はそんな俺の言葉にまたクスリと笑った。
その横顔は、穏やかで、優しくて、でもどこか可愛らしい。
「でも、ベルギー戦は……すごく怖かったです。」
ふと綾乃の表情が曇った。
「あれは……もう試合というより、生きるか死ぬかみたいな……。私、途中から目を背けたくなってしまいました。」
「そりゃそうだよな……。俺も途中で、これマジでサッカーか?って思ったよ。」
苦笑いしながらそう言うと、綾乃は胸に手を当てて、静かに言葉を紡いだ。
「でも……飯田さん、最後まで諦めませんでしたよね。あんな状況でも、みんなを守って、最後まで……。」
一瞬、足が止まりそうになった。
「……いや、怖かったよ。マジで“喰われる”かと思ったし。でも……チームを守りたかった。それだけ。」
俺は自然と空を仰ぐ。
「みんなが点を取れるようにって、必死だったんだ。」
「……それが、すごいです。」
綾乃の声は、とても静かで優しかった。
その瞳に、まっすぐに俺が映っているのが分かる。
「飯田さん、かっこよかったですよ。」
一瞬、言葉が詰まる。
「そ、そっか……ありがとな。」
自然と、口元に微笑みが浮かぶ。
その言葉が、何よりも嬉しかったから。
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