異世界帰りのハーレム王

ぬんまる兄貴

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第131話 ワールドカップ26

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 ビデオ通話を終えた後、俺たちはリオの街を静かに歩いていた。石畳の道を踏みしめるたび、さっきまでのにぎやかなやり取りが、どこか遠くのことのように感じられる。


 夕暮れの空がオレンジ色に染まり、街並みに柔らかな光を落としていた。どこからか漂ってくるコーヒーの香りと、穏やかな潮風が混じり合って、心地よい空気が流れる。


 そんな中、綾乃が静かに口を開いた。


 
「……先程は、ありがとうございました。」



 歩きながら、彼女は控えめに微笑む。


 
「飯田さんの大事なハーレムメンバーに合わせていただいて……ちょっと緊張しましたけど、皆さん優しい方々ですね。」


 その言葉に、俺はふっと笑った。


 
「どうだ?もし自分がハーレムに入ったら、って想像沸いたか?」



 そう言いながら、少しだけ意地悪に聞いてみる。綾乃が、どんな気持ちで今この街を歩いているのか――少しだけ知りたかった。


 彼女は立ち止まり、わずかに考え込むようにして目を伏せた。そして、静かに言葉を紡いだ。

 
 
「……正直、思ってたのと違いました。もっと……ギスギスしてるのかなって。でも、皆さん本当に仲が良さそうで、楽しそうで……。」



 綾乃は、ふわりと柔らかく微笑んだ。


 
「ちょっと……羨ましいなって、思っちゃいました。」


 
 その表情はどこか切なく、けれど温かさも滲んでいた。

 俺はその言葉に、胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。


 
「……だったら、さ。」

「え?」



 綾乃が小さく首を傾げる。その仕草が、妙に愛おしい。

 俺は、目を細めて言った。


 
「お前も、来ればいいじゃねぇか。あの中にさ。」



 その一言に、綾乃の動きがぴたりと止まった。驚いたように、俺の顔を見上げる。


 
「……私が?」

「ああ。」


 
 俺はまっすぐに彼女を見つめた。


 
「無理にとは言わねぇ。でも、もしちょっとでも……羨ましいって思ったなら、来てくれていい。お前の居場所は、ちゃんと用意するからさ。」


 
 綾乃はしばらく黙っていた。彼女の横顔は、夕陽に照らされて淡いオレンジ色に染まり、どこか儚げで、揺れるようだった。

 そして、ぽつりと呟いた。


 
「……いいんでしょうか?」



 俺は静かに綾乃の方へ目を向ける。


 
「私も……飯田さんみたいに、自分の気持ちに正直な生き方をして……。人生、楽しんだもん勝ちって、そう考えてもいいのかなって……」



 その言葉には、彼女の迷いと揺れ動く想いがにじんでいた。

 俺はゆっくりと頷いた。


 
「いいに決まってるだろ。綾乃の人生は、綾乃のものだ。誰かに決められるものじゃねぇ。」



 そう言いかけたその時だった。



 ――ピリ、とした空気の変化。



 俺はふと、首筋にざらつくような違和感を覚えた。



 ……視線。



 誰かの、鋭く刺さるような視線を感じる。

 俺は無意識に足を止め、周囲を見渡した。


 
「……どうしたんですか?」



 綾乃が不思議そうに首を傾げるが、俺は答えず、じっと街の片隅を睨みつける。



 その時――



 石畳の向こう、カフェの軒下。誰かの影が、じっとこちらを見つめていた。


 その姿に、全身の血が一気に冷えた。



 黒いフードに、無機質なゴーグル。そして、ベルトにぶら下がる無骨なナイフ。


 ――あの格好、見覚えがある。


 
「あいつら……」



 声が漏れそうになった瞬間、俺の脳裏に過去の記憶がフラッシュバックする。



 貴音の学校を襲撃した、あの時の連中。

 俺の実家を焼いた、あのテロリストども。


 
「……マジかよ……!」



 声が震えそうになるのを必死で抑える。

 なぜ、今、リオに――?


 
「飯田さん……?」


 
 隣で綾乃が小さく呟く。

 俺はそっと彼女の肩に手を置いた。


 
「……綾乃、悪い。今すぐこの場から離れるぞ。」

「え……?」



 彼女は困惑したように瞬きを繰り返すが、俺の真剣な表情に、すぐに事態の異常さを察したようだった。


 
「何が……?」

「今はいいから、行くぞ。」



 低く、抑えた声で告げる。

 そして、俺は彼女の手を取った。


 この状況――ただの偶然であるはずがない。


 奴らは、俺を狙っている。もしかすると、綾乃まで。


 
「……クソッ!」



 視線を鋭く走らせながら、俺は人通りの多い大通りへと歩みを早める。


 とにかく、綾乃だけは絶対に守る。


 逃げ切る――いや、それで済むならいい。


 だが、もし追ってくるようなら――


 
「……やるしかねぇな。」



 俺は静かに決意を固めた。



 俺は綾乃の手をしっかりと握りしめながら、リオの街を早足で歩いていた。

 人混みの中に紛れながらも、決して気は抜かない。背後からじりじりと迫る気配が、確実に俺たちを追っているのがわかる。

 

「……綾乃、悪い。巻き込んじまってごめんな。」



 歩きながら、小さく呟く。

 綾乃は驚いたように俺を見た。


 
「……どうして謝るんですか?」



 俺は小さく息を吐く。


 

「今、俺たちをつけてる連中――テロリストだ。」



 綾乃の瞳が驚きで揺れる。


 
「……え?」

「俺が日本で起きた中学校のテロ事件を防いだこと知ってるだろ?」



 彼女は静かに頷いた。


 
「……あれ以来、俺はずっと奴らに狙われてる。」



 俺は小さく苦笑した。


 
「あの時、俺が壊滅させたテロリストたち……正確には、あれはただの一派に過ぎなかったんだ。背後には、どこかの国がいる。日本を失墜させたいと考えてる、どこかの国。」



 重い言葉が、静かに落ちる。


 
「それ以来、俺は命を狙われ続けてた。だから、伊集院家に匿ってもらってたんだ。あそこなら、絶対に安全だった。」



 綾乃は黙って、ただ俺の話を聞いていた。表情は静かで、けれど確実に戸惑いと驚きが混じっていた。


 
「でも、今は国外だ。ブラジル。俺にとっての“安全地帯”から外れた場所だ。」



 俺は視線を周囲に走らせる。奴らは、確実に距離を詰めている。


 
「……だから、奴らにとっては“今”が絶好の機会なんだろうな。」


 
 本来なら、こんなことに巻き込むつもりなんてなかった。だけど、あの時――飛行機で出会った瞬間から、俺たちの運命は交わってしまったのかもしれない。


 
「大丈夫です、飯田さん。」



 綾乃はぎゅっと俺の手を握り返す。


 
「あなたが守ってくれるって、信じてますから。」



 その言葉に、一瞬だけ胸が温かくなる。だが――すぐに気を引き締めた。

 俺は、絶対に綾乃を守らなきゃならない。

 そんな時だった。

 ふと、通りの角を曲がると、人通りが一気に少なくなった。



 ……しまった。

 気づけば、俺たちは薄暗い路地に入り込んでいた。


 
「あれ……? 飯田さん、ここは……?」



 綾乃が不安げに辺りを見渡す。

 そこは人通りもなく、静まり返った空間。昼間のリオとは思えないほど、ひんやりとした空気が流れていた。



 ――そして、すぐに気づいた。



 周囲に、複数の気配。


 気づかれないように、密かに俺たちを囲むようにして、テロリストたちが近づいてきている。


 路地の奥、建物の陰、廃材の裏。黒いフードにゴーグルをつけた奴らが、じわじわと距離を詰めてきていた。


 
「……クソッ」



 舌打ちが漏れる。

 誘導された。気づかぬうちに、奴らの思うままに。

 綾乃の手を握りしめながら、俺は周囲を睨む。

 どの道も塞がれている――逃げ場は、もうない。


 
「飯田さん……?」



 綾乃が不安そうに、俺の顔を覗き込む。

 俺は彼女の手を強く握り、囁くように言った。


 
「綾乃、絶対に俺の後ろにいろ。」



 彼女は小さく頷きながらも、唇を噛みしめる。怖さを必死に堪えているのが分かった。

 だが、俺も同じだった。



 逃げられないなら――やるしかない。


 
「……来いよ、テロリスト共。」



 低く、抑えた声で呟く。

 もう逃げる選択肢はない。

 ここで、決着をつける――!



 背後にいる綾乃を守るように立ちはだかり、俺は僅かに膝を曲げ、いつでも動けるように身構えた。


 テロリストたちは無言のまま、じりじりと距離を詰めてくる。油断すれば一瞬で喰われる、そんな気配が張り詰めた空気の中に漂っていた。


 その時だった。


 暗い路地の奥、静かにコツコツと靴音が響いた。


 俺は思わず眉をひそめ、その音の主を探す。


 薄暗い路地の奥から、スーツ姿の男がゆっくりと姿を現した。


 端正な顔立ちに冷たい瞳、まるで戦場に立つ兵士のような無駄のない動き。だが、その整った顔に浮かぶのは、どこか余裕めいた薄ら笑いだった。


 
「……こんにちは、Mr.雷丸。」



 流暢な日本語で、男は静かに挨拶してきた。

 その場の空気が、一瞬で張り詰める。


 
「……誰だ、てめぇ。」



 警戒を隠さずに視線を尖らせる。だが、男は余裕の笑みを浮かべながら、丁寧に胸元で手を重ねて一礼した。その動作はどこまでも優雅で、余計に不気味だった。


 
「これは失礼した。自己紹介がまだだったね。」



 彼はゆっくりと顔を上げ、淡々と名を告げる。

 

「私は、アレクサンドル・ヴァルター。」



 その名を口にする声は低く静かだったが、確かな威圧感を持って響いた。

 

「君に以前、計画を邪魔された、テロリスト集団“ヴェール・ノクターン”のリーダーさ。」



 ――“ヴェール・ノクターン”。


 
 それが日本で貴音の学校を襲撃し、俺の実家を焼いた、テロリスト集団の名称か。


 
「……やっぱり、お前らだったか。」



 俺は低く呟き、視線を鋭く向ける。

 アレクサンドルは微笑んだまま、綾乃に一瞥をくれる。だがその目には一切の感情がない。ただ、冷酷な計算だけが見えていた。

 

「君の行動は我々の計画に大きな狂いを生じさせた。……その代償は、少し大きいかもしれない。」

「……代償?そんな事よりお前ら空気読めないのかよ?お前のせいで、せっかくのデートが台無しだよ。」



 アレクサンドルの薄ら笑いが、ほんの僅かに深まる。


 
「デートか……それは失礼した。だが、君も私たちの計画を邪魔したんだ。おあいこだろう。」

「ふざけんな。」



 雷丸は吐き捨てるように言い放ち、険しい目でアレクサンドルを睨みつけた。


 
「……ていうか、お前らの目的って一体なんなんだよ?」



 その言葉には、怒りと疑念が混ざっていた。


 
「中学校をテロするなんて……まるで厨二病の妄想みたいなことしやがって。」



 皮肉混じりにそう言い放つと、アレクサンドルは口元を僅かに歪め、冷たい笑みを浮かべた。


 
「妄想……?そう見えたか?」



 彼の目がわずかに細くなる。


 
「だが、我々は常に現実を見ている。効果的に、確実に、君たちの国を壊すために――最も効果の高い手段を選んだまでだ。」

 

 その声は穏やかだったが、冷酷さが滲んでいた。


 
「君は知らないのだろう? 国家というものが、どれほど脆いものか。――たった一つの事件で、たった一つの恐怖で、どれほど国民の心が揺らぎ、どれほど社会が崩壊するか。」



 アレクサンドルは一歩、雷丸へと踏み出した。


 
「我々は、最も効果的に日本を揺るがす方法を選んだ。無垢な子どもたち、未来を担う存在を狙うことによって、社会に最も深い傷を与えることができるとね。」



 その言葉に、俺は歯を食いしばりながら言い返す。


 
「……最低だな。お前ら、本当に人間か?」



 アレクサンドルはそれに対して、まるで哲学者のように冷静に言い放った。

 

「人間は皆、利益を求めて動くものだよ、Mr.雷丸。Z国にとって、日本の存在は邪魔だった。経済的にも、政治的にも、国際社会においても、存在感がありすぎる。だからこそ……君たちの国力を落とす必要があった。」



 彼はさらに声を低くし、静かに続ける。


 
「学校を襲撃し、子どもたちを人質に取る。日本政府に屈辱的な要求を突きつける。それに屈すれば、国際社会の信用を失い、屈しなければ国内で命が失われる。」

「どちらに転んでも、日本は国としての立場を失う。経済は低迷し、外交的にも孤立するだろう。――それが、我々の狙いだった。」



 その冷酷な理屈に、俺の拳が震えた。


 
「……ふざけんな。」



 喉の奥から絞り出した声には、怒りと憎しみが混ざっていた。

 

「どんな理由があったって、子どもを巻き込む理由にはならねぇ……! お前らの“都合”で、人の命を奪うな!!」



 アレクサンドルは、わずかに笑みを深めた。


 
「感情論だね、Mr.雷丸。だが――私たちは“結果”を求めている。戦争とは、どれだけ相手を効率的に壊すかが全てだ。」

「戦争じゃねぇ。ただのテロだ。お前らみたいな連中に、俺の国は絶対に負けねぇ!!」



 その言葉に、アレクサンドルの目が冷たく細まる。


 
「……だからこそ、君は排除されなければならない。」



 彼は静かに手を上げると、背後のテロリストたちがじりじりと前に出てきた。


 

「君の存在は、我々の計画にとって障害でしかない。そして、今日――その障害を、取り除かせてもらう。」




 ――――――その時。



 沈黙と緊張が張り詰める路地に、軽やかだがどこか挑発的な声が響いた。

 

「――――――人の国で何やってるんだい?」



 その声に、全員が一斉に振り返る。


 そこに立っていたのは、まばゆいオレンジ色の髪を夕陽に照らされながらなびかせる男――ブラジル代表のエース、アントニオ・ソルダードだった。


 真っ白なシャツの袖をラフにまくり上げ、眩しい笑顔を浮かべながら、彼は、まるで散歩でもしていたかのような軽やかな足取りで、こちらに歩み寄ってくる。


 だが、その空気は軽くはない。むしろ、圧倒的な威圧感があった。


 
「ブラジルで勝手に暴れるなんて……礼儀ってもんがないのかな?」



 アントニオは柔らかい口調のまま、だがその奥には確かな怒りを滲ませていた。

 アレクサンドルは目を細め、静かに彼を見据える。


 
「……君は、誰だ?」



 その問いに、アントニオはサラリと答えた。


 
「僕かい?ただのサッカー選手さ。でも、ブラジルを愛してる一人の男でもある。」



 言葉は穏やかだったが、その瞳の奥に宿るのは静かな闘志。

 

「……観光客や市民の安全を脅かす連中は、ブラジルじゃ歓迎されない。ましてや――僕が楽しみにしている対戦相手を傷つけようとするなんて、ちょっとばかり気に入らないね。」



 アントニオの口調はあくまで軽い。だが、その背中から放たれる気迫は凄まじいものだった。

 まるで彼自身がブラジルという国の“守護者”であるかのように、堂々と立ち塞がっていた。


 
「……なら、君も消えてもらおうか。」



 アレクサンドルは冷たく告げると、背後のテロリストたちに小さく頷いた。

 数人のテロリストがアントニオに向かって前に出る。


 だが――


 
「……やれやれ、そう来るか。」



 アントニオは首を軽く回し、準備運動でもするように肩をぐるりと回した。


 
「だったら――ちょっとだけ、お仕置きが必要かな。」



 アントニオは穏やかに微笑みながら、首を軽く回した。ラフにまくり上げたシャツの袖からは、しなやかに鍛え上げられた筋肉が覗いている。まるで試合前の軽いストレッチのような仕草だったが、その背に宿る圧倒的な気迫に、場の空気がわずかに揺れた。


 しかし、アレクサンドルはそれに動じることなく、むしろ薄ら笑いを深める。冷酷で計算高いその瞳が、アントニオを静かに見据える。


 
「お仕置きだって?……ククッ。」



 笑いを噛み殺すようにして、アレクサンドルはわざとらしく肩をすくめた。

 

「君のこと、思い出したよ。」



 彼はその名をゆっくりと噛みしめるように呟いた。その声音には、侮蔑と嘲笑、そしてどこかで“愉悦”すら混じっていた。


 
「サッカーで世界一と名高い男。アントニオ・ソルダード。ブラジルの英雄……だったか?」



 アントニオはその言葉に何も返さず、ただ静かに微笑み続けていた。その姿に、アレクサンドルの目がさらに鋭く細まる。


 
「でも……」


 
 アレクサンドルは冷ややかな声で続ける。


 
「サッカーでいくら強くても――戦いとは別だ。」



 その一言が、路地に冷たい空気をもたらす。アレクサンドルの瞳には、まるで“確信”のようなものが宿っていた。


 
「スポーツは所詮、娯楽だ。君がいくら足を早く動かそうが、いくらボールを華麗に操ろうが――銃弾の速さには勝てない。力のない人間は、ただの標的になるだけさ。」



 言葉の端々には、まるで“殺す”ことに対しての躊躇いは一切なかった。アレクサンドルは自身の優位を確信している。その傲慢さが、むしろ恐ろしいほどだった。



「――――――そうかな?」


 
 その言葉と同時に、アントニオの身体がまるで音速を超えたかのように、一瞬で消えた。


 
「ッ!」



 テロリストの一人が驚愕に目を見開く暇もなく、次の瞬間、アントニオの鋭い蹴りが彼の腹部を的確に捉える。


 
「グッ……!」



 男は呻き声を上げる暇もなく、地面に叩きつけられ、そのまま意識を失った。


 
「な……!」



 仲間たちが狼狽する間もなく、アントニオは次の標的へと無駄なく動く。まるでピッチでボールを操るかのような流麗な動き。ターン、ステップ、そして鋭く振り抜かれる蹴り――それはまるで芸術のように美しく、そして破壊的だった。


 一撃、二撃――。



 アントニオはまるで華麗なダンスでも踊るように、テロリストたちを次々に蹴り倒していく。


 
「っ、な、何者だこいつは――!」

「動きが見えねぇ……!!」



 テロリストたちは怯え、動揺し、武器を持つことすらできないまま地面に沈められていく。


 すべてが一瞬の出来事だった。


 アントニオは最後の一人を蹴り倒し、無造作に倒れた男たちを一瞥した後、ふうっと軽く息を吐いた。そして、乱れることのない動きでスーツの襟を軽く正す。


 
「サッカー選手だからって、ただボールを蹴ってるわけじゃないんだ。」



 その声は穏やかで、余裕に満ちていた。


 
「こっちは人生かけて、サッカーやってるから。」



 まるで冗談のような口調。しかし、その背には、圧倒的な覚悟と誇りが宿っていた。

 それを見ていたアレクサンドルは、静かに眉をひそめ、そして呟いた。


 
「……これは想定外だ。」



 一瞬の間が空いた後、アレクサンドルは軽く顎を引き、テロリストたちに退却の合図を送る。


 
「……一旦引かせてもらおう。」



 彼は敗北を潔しとしない。だが、ここで無駄に消耗することも望まない。冷静で計算高い彼の目には、次の機会を見据える冷徹な光が宿っていた。


 そしてアレクサンドルは、黒服の部下たちと共に静かに路地裏から消えていった。


 緊張の糸が切れたように、静寂が戻る。


 その中で、アントニオはゆっくりと俺の方へと歩いてくる。その笑顔はまるで太陽のように明るく、温かい。


 
「雷丸君?無事?」

「あ、あぁ……ありがとうな、アントニオ。」



 思わず息を飲んだまま答える。あまりの出来事に、未だ鼓動が速い。


 アントニオはふっと優しく笑った。


 
「君は、僕が楽しみにしてる選手なんだから、こんなところで怪我したら駄目だよ?」



 まるで友人に軽く冗談を言うような、優しいトーン。


 
「……あぁ、気をつけるよ。」



 彼の笑顔は、まるで闇を払い、太陽のように明るく輝いていた。


 アントニオは軽く手を振り、振り返ることなく、夕暮れの路地を歩き去っていく。

 その後ろ姿は堂々としていて、まるでこの街の守護者のようだった。

 そして、静寂だけがそこに残った。


 
「……大丈夫か、綾乃?」



 俺はふと隣を見る。だが、返事がない。


 
「……綾乃?」



 不安になってもう一度呼びかけると、彼女はようやくハッと我に返ったように顔を上げた。


 
「あ、は……はい!」



 けれど、その表情には明らかな疲れが滲んでいた。顔色もどこか青ざめ、彼女の肩は微かに震えている。


 
 ――無理もない。



 いきなり命を狙われ、銃を突き付けられ、死の恐怖を味わったのだから。平然としていられるはずがない。

 そんな彼女を見て、俺は静かに決めた。


 
「……今日は、ここまでだな。」



 綾乃は驚いたように俺を見たが、俺は彼女の肩にそっと手を置いた。


 
「巻き込んで……ごめんな。」



 その言葉に、彼女は小さく首を横に振った。だが、言葉はなかった。ただ、静かに俺の手を握り返す――その小さな震えが、彼女の恐怖と疲労を物語っていた。


 
「……ホテルまで、送るよ。」



 俺が優しく告げると、彼女は黙って頷いた。

 歩き出すと、綾乃は俺のすぐ隣を静かに歩いた。彼女は何も言わなかった。ただ、俺の歩幅に合わせるように、ゆっくりとついてきた。


 俺はその間、ずっと辺りを警戒していた。もう奴らはいないはずだが、万が一がある。


 綾乃だけは――何があっても守る。


 無言のまま歩き続け、やがて彼女の宿泊するホテルにたどり着いた。

 

「……ここまでで大丈夫です。」



 綾乃が小さく呟く。その声には、少しだけ安心が滲んでいた。


 
「何かあったら、すぐ連絡しろよ。」

「……はい。」



 彼女は小さく頷き、俺を見つめる。


 
「……本当に、ごめんな。」

「……そんなこと、ないです。」



 彼女は小さく微笑み、そして静かにホテルの中へと歩き去っていった。



 
 
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