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第133話 ワールドカップ28
しおりを挟む〈ピィィィィィィ!!〉
試合再開。
今度は俺たち日本代表のボールからスタートする。
「落ち着いて回せ!」
「スペースを作れ!」
長谷川キャプテンの声が響く。
俺たちは慎重にパスを回しながら、前へと進んでいく。
短いパスで繋ぎながら、じわじわと攻め上がる。
俺たちの持ち味は、連携とスピード。
個の力じゃ敵わなくても、全員で戦えば――
「雷丸、行け!!」
柴田からのスルーパス。
俺は動き出し、ボールを受けようと一歩踏み出す。
――その瞬間だった。
〈ドゴォッ!!〉
衝撃。
鈍い音とともに、視界が一瞬、真っ白になる。
何が起こったのか――理解する暇もなかった。
俺の目の前にいたのは、カルロス・トーレス。
「軽いな、雷丸。」
ニヤリと笑いながら、まるで“当然”と言わんばかりに、俺を正面から潰しに来た。
俺のパスコースを完全に読み、俺が動き出す瞬間を狙い、まるで壁のように立ち塞がって――
ただ、“圧”で弾き飛ばしてきた。
「ぐっ……!!!」
俺の身体は、まるで軽いボールのように吹き飛ぶ。
背中から地面に叩きつけられ、芝生を転がる。
〈ズザザァァァッ!!〉
息が、詰まる。
肺の中から空気が押し出されるような感覚。
全身が痺れるような衝撃。
「雷丸!!」
仲間たちの叫びが遠く聞こえる。
……マジかよ。
パスを受けるどころか、接触した瞬間に潰された。
ボールがどうなったのかすら、わからなかった。
俺は苦しげに息を吐きながら、芝生の上で拳を握り締める。
今までの相手とは、全く違う。
トーレスは、ただ“いる”だけで、俺の動きを完全に封じた。
そこに戦術も、駆け引きもない。
ただ、存在するだけで圧倒的な“壁”になっている。
スペインがボールをキープし、怒涛の攻撃を仕掛けてくる。
トーレスだけじゃない。スペインの選手たちが流れるようにパスを繋ぎ、前線へと攻め上がっていく。
「くそっ、詰めろ!!」
日本のディフェンス陣も必死に応戦するが、スペインの選手たちは無駄な動きが一切ない。
一つ一つのパスが正確で、無駄なくゴールへと迫る。
「トーレス、決めろ」
誰かが叫ぶと同時に、ボールがゴール前のトーレスへと送られる。
パスの軌道は、まるで狙いすましたかのように完璧。
「囲め!!」
長谷川キャプテンの指示で、日本のディフェンダー3人が一斉にトーレスを囲い込む。
高さ、パワー、すべてを使って、ここで止める――それしかない。
だが――
〈ドゴォッ!!〉
跳んだ。
トーレスが、日本の3人を蹴散らすように飛び上がった。
その跳躍は、まるで闘牛が檻を飛び越えるかのように力強く、圧倒的だった。
「う、嘘だろ……!?」
完全に上を取られた。
トーレスの身体が日本のディフェンス陣を優に超える高さまで舞い上がる。
〈バチィィィィン!!!〉
強烈なヘディング。
まるで鉄球が叩き込まれるような音が響く。
ボールは一直線にゴールへ向かい――
〈ズドォォォォォンッ!!〉
ボールがネットを揺らした瞬間、スタジアム全体が炸裂した。
「¡Goooooooooool!!!」
スペインのサポーターたちが狂喜乱舞し、赤い旗が一斉に振られる。
太鼓の音が響き渡り、まるでスペイン全土が勝利を祝うかのような熱気が渦巻いていた。
「¡Torres! ¡Torres! ¡Torres!」
その名を呼ぶコールが地鳴りのように響き渡る。
まるで戦士の凱旋を讃えるかのように。
トーレスはゴールの前で拳を突き上げ、堂々とした姿を見せつける。
そして――実況席が沸騰する。
「なんというゴールだぁぁぁぁ!!!これがワールドクラス!!!」
「日本のディフェンス3人を完全に蹴散らし、まるで闘牛のごとく跳び上がった!!」
「ヘディングという概念を超えた、まるで砲撃のような一撃!!」
「これは……ワールドカップ史上でも語り継がれるゴールになるかもしれません!!!」
日本の実況席も、信じられないという声色で叫んでいた。
「いや、これは……ちょっと、もう、言葉が出ません……!!」
「止められなかった……!!止められなかったぞ、日本!!!」
「フランス、ベルギーに勝った日本!勢いに乗っていた日本!!しかし、今、彼らは世界の壁の前で立ち尽くしている!!」
カメラが映し出すのは、呆然と立ち尽くす日本代表の面々。
誰もが信じられないという表情で、トーレスの背中を見つめていた。
その光景は、まるで巨人を前にした小さな兵士たち。
絶対的な力を見せつけられ、戦意すら砕かれかけている。
――このままじゃ、試合はあいつ一人に破壊される。
俺たちの戦術も、作戦も、全部関係ない。
それこそが、“ワールドクラス”――カルロス・トーレス。
圧倒的な体格、異次元のパワー、圧殺するような存在感。
フランスもベルギーも超えてきた俺たちだが、それすらも霞むほどの差があった。
誰もが息を呑み、誰もが理解していた。
トーレスを止めなくちゃ、この試合は成り立たない。
誰かがやらなきゃいけない。
誰かが、あいつを止めなきゃ――
――いや。
――誰かじゃない。俺だ。
唇を噛みしめる。
心臓の鼓動が爆発するように高鳴る。
指先が震えそうになるのを、俺は必死に抑えた。
頭じゃ理解してる。
あいつは、規格外。
でも、だからって、ここで諦めるなんて選択肢はねぇ。
俺がやらなきゃならない。
この試合を、俺たちの勝利にするために。
「みんな、しっかりしろ。」
呆然自失状態のみんなに声をかける。
「大丈夫だ――俺があいつを止めるから。」
静かに、だけど強く言い放つ。
ただの気休めじゃない。
俺は、本気でそう言った。
「雷丸……お前……」
隣で村岡が俺を見つめていた。
その目には、驚きと、そして――頼るような眼差し。
日本代表の仲間たちが、次第に俺の言葉に反応し始める。
みんな、目の前の光景に圧倒されていたけど――
それでも、この試合を諦めるわけにはいかないんだ。
ゆっくりと息を吸い込み、そして、俺はトーレスの背中を追い始めた。
この瞬間、俺にとっての本当の戦いが始まった。
――――――――――――――
〈ピィィィィィィ!!〉
試合再開のホイッスルが鳴り響く。
だが、俺の意識はボールではなく、ただ一つ――カルロス・トーレスに集中していた。
攻める意識は、一度捨てる。
今の俺に必要なのは、攻撃じゃない。
日本代表が勝つために、まずやるべきこと――トーレスを封じ込めること。
点数は負けている。
守っているだけじゃ、いずれ時間切れで負ける。
でも、それ以前にトーレスを止めなきゃ、試合にならない。
「俺にパスは出すな。」
俺は仲間たちに伝えた。
大丈夫。俺抜きでも、日本代表は強い。
俺が今すべきことは攻めることじゃない。
スペインの”闘牛”をピッチに放し飼いにしないこと。
俺たちが攻める。
日本代表は連携を駆使し、ゴール前へと迫る。
しかし、スペインの鉄壁のブロックに阻まれ、ボールは外へ。
――スローイン。
スペインボール。
そして、ボールは――
「トーレス!!」
スペイン代表の選手が、高く鋭いスローを放つ。
まるでピッチに放たれる”戦場の弾丸”。
そのボールの軌道を目で追いながら、俺は体勢を低くし、足を踏み込む。
――ここだ。
トーレスがボールを受ける、その一瞬の隙を狙う。
トーレスが一歩踏み込む。
俺もピタリとマークにつく。
逃がさねぇ。
この巨体を、自由にさせるわけにはいかない。
トーレスが、不敵に笑う。
「雷丸、邪魔だ。」
その言葉と同時に、俺の身体に”圧”が襲いかかる。
〈ゴォッ――!!〉
まるで熱風を正面から浴びたような衝撃。
動かれたら終わる。
置いて行かれたら、俺たちに勝機はない。
――なら、動かせなきゃいい。
俺は体勢を低くし、膝を曲げ、全身の力をトーレスへとぶつける。
この闘牛の”加速”をゼロのうちに封じ込める。
「おおおおおおおおっ!!」
全身が悲鳴を上げる。
筋肉が千切れそうなほどの負荷。
それでも、俺は踏ん張る。
トーレスの爆発的な推進力が”生まれる前”なら、俺でも止められる。
そう、こいつの”勢い”さえ封じ込めれば――
俺は、ボールを一切見ない。
トーレスの足元も追わない。
“こいつの重心”だけを読む。
どこに力を入れ、どの方向へ行こうとしているのか――
それだけを、全身で”感じる”んだ。
実況席が、異常な盛り上がりを見せ始める。
「これはすごい!日本の飯田雷丸、まさかのマンツーマンディフェンスで、あのカルロス・トーレスを止めにかかっている!!」
「いや、止めた!本当に止めたぞ!?スペインの闘牛が、走り出せない!!」
「これが、これが雷丸の執念だ!!」
スタジアムが揺れる。
日本サポーターの歓声が、俺の耳に届く。
トーレスの動きが止まる。
俺が、完全に封じた。
巨体を支配し、加速の起点を潰した。
ルーズボールが転がる。
それを、長谷川キャプテンがすかさず拾い、日本のボールへと変える。
俺は、全身に痺れるような負荷を感じながらも、トーレスを真っ直ぐに見据えた。
「どう……だよ? 反応速度と筋力には自信あるんだよ。」
肩で息をする俺を見て、トーレスが、不敵に笑った。
「……すごいぞ、雷丸。こうして俺を抑えたのは、ワールドクラス以外にいない!!お前、凄いな!!!」
――やれる。
俺は、“ワールドクラス”の男を真正面から止めている。
トーレスが驚き、称賛するほどに。
このまま、止め続ける。
“ワールドクラス”の怪物を、俺の力で。
さぁ、どこまでやれるか試そうぜ――トーレス。
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