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第134話 ワールドカップ29
しおりを挟むボタボタ――
額から汗が滴り落ちる。
頬を伝い、顎の先から地面へと落ちていく。
息が荒い。
肺が燃えるように熱い。
鼓動は爆発しそうなほど速く、全身が悲鳴を上げている。
“異常”なほどの疲労が、俺の身体を支配していた。
トーレスの一挙手一投足に、すべての神経を研ぎ澄ませる。
動きを読み、重心を感じ、次の一歩を予測する。
そして、その瞬間に全身の筋力をフル稼働させ、
この”闘牛”の突進を封じる――
太ももが張りつめ、今にも攣りそうだ。
膝が軋み、足の裏が痺れ、指先まで震えている。
全身の筋肉が、限界ギリギリの負荷に晒されている。
この戦いは、俺の”体力”と”気力”を削る消耗戦だ。
でも、離した瞬間に終わる。
だから、どれだけ地獄でも――“俺は止め続ける”。
視界が揺れる。
呼吸が追いつかない。
喉がカラカラに乾いているのがわかる。
でも――俺はまだ、倒れねぇ。
「雷丸、大丈夫か……!?」
村岡が不安そうに叫ぶ。
でも、俺は――
「……大丈夫だよ。」
苦笑いしながら、肩で息をし、
それでもトーレスをまっすぐに見据えた。
足が重い。
呼吸が浅い。
脳が酸素を求めて悲鳴を上げているのがわかる。
それでも、俺は――“止める”。
“ワールドクラス”の怪物を、
俺の意地で封じ込める。
“試されるのは、魂の強さだ”
これはただのサッカーじゃない。
これは、“俺の魂が折れるかどうか”の戦いだ。
だったら――
まだ倒れるわけにはいかねぇだろ。
――――――――――――
雷丸の姿を、日本代表の仲間たちが見ていた。
誰もが理解していた。
ワールドクラスの怪物・カルロス・トーレスを、雷丸はたった一人で封じ込めている。
その代償はあまりにも大きい。
いつ倒れてもおかしくない――否、“倒れるべき”状態だ。
だが――
雷丸はまだ立っている。
息が荒く、汗が滝のように流れ、脚は悲鳴を上げている。
それでも、トーレスに喰らいつき続ける。
その姿に、村岡が拳を握りしめ、歯を食いしばる。
心の奥底から、熱い何かがこみ上げてきた。
「……すげぇよ、お前は……!!!」
雷丸はいつだってそうだった。
どんな困難にも、どんな絶望にも、
“俺がやる”と言わんばかりに、真っ向からぶつかる男。
誰よりも熱く、誰よりも泥臭く、誰よりもチームのために戦う。
それが――飯田雷丸だ。
藤井が、低く、だが力強く言い放つ。
「雷丸が命を削ってトーレスを抑えてくれてるなら――その分、俺たちが点を取らなきゃ、あいつに顔向けできねぇよ!!」
柴田が目を鋭く光らせる。
彼もまた、全身の血が煮えたぎるのを感じていた。
「――だな。このまま黙ってるようなチームなら、日本代表なんて名乗る資格はねぇ!!!」
日本代表の意識が、一つにまとまる。
それは、誰かが命じたわけでもない。
“雷丸が示した道”に、全員が自然と導かれていた。
燃え滾る魂が、ピッチの中央で一つになる。
日本代表のカウンターが始まる。
長谷川キャプテンが、血管が切れそうなほどの声を張り上げる。
「村岡、行くぞ!!」
「おう!!!」
柴田が、渾身のパスを放つ。
まるで刃のように鋭く、一直線に村岡の足元へ――
トラップ、一発。
ピタリと足元に吸い付いたボールは、村岡の走りを止めることなく、滑るように前方へ流れる。
日本代表が、一気に攻撃へ転じる。
スペインのディフェンダー陣が前に立ちはだかる。
組織的なブロックを素早く形成し、まるで鉄壁のように日本の攻撃を遮断する。
「来いよ、赤い壁!!俺たちがぶち抜く!!」
村岡の叫びとともに、日本の攻撃が加速する。
スペインの守備陣は完璧に見える。
だが――日本代表は、その先の未来を見据えていた。
「藤井!!」
「分かってる!!!」
藤井が、一気に駆け上がる。
村岡は、ボールをキープしながらディフェンスのわずかな隙間を見極める。
――スペインの守備の”穴”は、ほんの一瞬しか生まれない。
その一瞬を、絶対に逃がさない。
「藤井、落とせ!!」
ワンタッチ。
村岡がボールを藤井へ。
藤井も、ためらうことなくダイレクトでボールを戻す。
――ワンツーで突破。
「抜いたァァァァァ!!!」
しかし――すぐにカバーに回るスペインのセンターバック。
日本代表の勢いを、必死に止めにかかる。
「クソッ……!!詰められる!!!」
村岡の視界の端に――長谷川キャプテンの姿。
その眼には、燃え上がる炎が宿っていた。
「キャプテン!!!」
「任せろ!!!ここで決める!!」
村岡が、ラストパスを送る。
そのボールは、中央の長谷川キャプテンの足元へ――!!!
長谷川が、身体を捻りながらトラップ。
そのまま、右足を振り抜く。
「うおおおおおおおっ!!!!」
――ミドルシュート。
強烈なシュートが、ゴールに向かって一直線に突き刺さるように放たれる。
スペインのGKが反応する。
だが――
「届かない!!!」
GKの指先をかすめ、ボールはそのままネットに突き刺さった。
〈ズドォォォォォンッ!!!!〉
――沈黙。
一瞬の静寂の後――
「決まったあああああああ!!!!!」
スタジアムの日本サポーターが一斉に総立ちし、歓喜の雄叫びが響き渡る。
日本代表が、ついにスペインのゴールをこじ開けた。
「これは歴史的瞬間だ!!!」
「日本代表、ワールドクラスのスペイン相手に、魂の一点を奪った!!!」
「これが日本の誇り!!これが“雷丸の魂”に応える日本代表の覚醒だぁぁぁぁぁ!!!」
実況席が叫ぶ。
日本サポーターの歓声が、スペインの大歓声をかき消すほどの勢いで響き渡る。
フィールド中央――
長谷川キャプテンが両手を広げ、叫ぶ。
「よっしゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
村岡、藤井、柴田――仲間たちが駆け寄り、長谷川に飛びつく。
雷丸が封じた道の先で――
仲間たちが、一つになって掴んだ一点。
「雷丸……! これでお前の負担を少しでも減らせる!!」
仲間たちは拳を突き上げる。
歓声が日本代表のサポーターたちから沸き起こる。
そして――
雷丸は、全身汗だくのまま、それを見届けていた。
苦しそうに、それでも確かに”笑っていた”。
「……ナイスゴールだよ、お前ら……!!!」
日本代表、反撃開始だ。
――――――――――
試合は後半戦へ突入した。
スコアは2-1、スペインリード。
だが、ハーフタイム直前に決めた日本代表の一点が、この試合の流れを大きく変えた。
“スペインが勝って当然”という雰囲気は、もうどこにもない。
――“もしかしたら、日本が勝てるかもしれない。”
そんな期待が、確かにスタジアム全体を包み始めていた。
日本サポーターの声援は熱を増し、選手たちの表情には確かな自信が宿る。
俺自身も、ハーフタイムで息を整え、体力を回復。
まだ足は重いが、さっきまでの限界状態と比べれば、格段に余裕がある。
そして――
後半開始の笛が鳴る、その直前だった。
トーレスが、晴れやかな顔でこっちに近づいてきた。
試合中とは思えないほど、穏やかな笑みを浮かべながら。
彼の巨体が目の前に立つ。
まるで壁のような圧倒的な存在感。
しかし、その瞳には敵意も威圧感もない。
むしろ、尊敬と敬意が込められていた。
「日本代表。」
彼は、ゆっくりと俺たちを見渡しながら、はっきりとした声で言った。
「お前たちは、強いな!!」
一瞬、俺たちは驚き、言葉を失った。
あのカルロス・トーレスが日本を称賛した。
俺は思わず、息を呑む。
トーレスは続ける。
「雷丸、お前のディフェンスは、今まで俺が戦ってきた中でも最高レベルのものだった。」
「そして、日本代表の結束――素晴らしい。まさか、ここまで俺たちを追い詰めるとはな!!」
彼の言葉は、決して社交辞令ではなかった。
本気の言葉だった。
俺だけじゃない。
このチーム全員の戦いが、世界最高のストライカーに“認められた”瞬間だった。
村岡が、グッと拳を握りしめる。
藤井や柴田も、誇らしげに胸を張る。
長谷川キャプテンは、トーレスの言葉を噛み締めながら、静かに頷いた。
日本代表は、世界の舞台で“ただの挑戦者”ではなくなった。
堂々と、“強豪”として戦っている。
俺は、トーレスの真っ直ぐな視線を受け止めながら、ゆっくりと口を開いた。
「当然だろ。」
ニヤリと笑う。
俺たちは、勝つためにここにいるんだ。
トーレスも、それを見て楽しそうに笑った。
「ハハッ!!いいな、その態度!!なら――後半戦も、全力でぶつかってこい!!!」
俺たちは、互いに拳を軽くぶつけ合う。
そして――
〈ピィィィィィィ!!〉
運命の後半戦が、ついに始まった。
――――――――――
〈ピィィィィィィ!!〉
試合が再開された。
日本ボールからのキックオフ。
だが――
「……待て。」
フィールドの異様な空気に、俺たちは思わず足を止めた。
目の前に広がるのは、見たことのない布陣。
「な、なんだこれは……?」
「トーレスが……ゴールキーパーに!?」
思わず誰かが叫ぶ。
信じられない光景だった。
スペインの絶対的エースであり、最強のフォワードであるカルロス・トーレスが、ゴールキーパーとして立っていた。
その場にいる全員が、言葉を失う。
ピッチにいる俺たちだけじゃない。
実況席、観客席、スペインの応援席ですら、どよめきが走った。
「これは驚きの布陣!!!」
「なんと、カルロス・トーレスがゴールキーパーに配置されました!!」
「公式戦では一度も見たことがない、スペイン代表の奥の手!!」
まさかのゴールキーパー起用。
今までの試合で一度も見せたことのないフォーメーション。
だが――
「……トーレスをゴールキーパーにするなんて、意味がわからねぇ。」
トーレスはフォワードとしての圧倒的な破壊力が最大の武器。
なぜスペインは彼を後方に下げた?
攻撃力を犠牲にしてまで、この戦術を選んだ理由は何だ?
答えを見つける間もなく、試合は続く。
俺たちはそのまま攻めることにした。
「構うな!攻めるぞ!!」
村岡がペナルティエリア外から、渾身のシュートを放つ。
鋭い弾道のボールが、ゴールに向かって突き進む。
だが――
「甘いぞ!」
その瞬間、トーレスが動いた。
巨大な体躯がしなやかに伸び、ボールの軌道を完全に捉える。
まるでシュートが吸い込まれるかのように、片手で――
“ガシィッ!!”
軽々とキャッチした。
「……な、なんだと!?」
俺たちだけじゃない。
スタジアム全体が、そのプレーに衝撃を受けた。
「なんというセービング!!」
「これは信じられません!! あの弾丸シュートを、まるで何でもない動作のように止めた!!」
「トーレスはフィールドプレイヤーだけでなく、ゴールキーパーとしても一級品なのか!!?」
――違う。
そうじゃねぇ。
これは、ただの“ゴールキーパー起用”じゃない。
スペイン代表は何かを仕掛けている。
トーレスをゴールに据えたのは、ただの戦術変更じゃない。
何か、もっととんでもないことが起きる――
そんな俺たちの疑問を見透かしたように、トーレスが笑った。
「日本代表。」
彼の深く響く声が、フィールドに響く。
「これから俺が見せるのは、他のワールドクラス相手への奥の手として用意した戦術だ。」
言葉の意味を理解する前に、トーレスは続けた。
「本来なら、日本代表相手に使うつもりはなかった。だが――お前たちは、強い。そして熱い!!」
その言葉に、スペインの選手たちが一斉に笑う。
まるで「待ってました」と言わんばかりに。
「それに出し惜しみなんて、フェアじゃない!!だから――俺たちスペイン代表も、全てを持ってお前たちに応える!!!」
トーレスの宣言に、スペイン代表たちは拳を掲げ、興奮したように盛り上がる。
――何かが起こる。
これは、ただのフォーメーション変更じゃない。
スペイン代表は、この戦術に絶対の自信を持っている。
実況席から、興奮した叫び声が響く。
「な、何が起きるんでしょうか!?」
「スペイン代表の“切り札”とは、一体……!?」
俺たち日本代表は、言葉を失ったまま――
ピッチの中心で、これから起こる“何か”を待ち構えていた。
トーレスは、ゆっくりとゴールエリアの奥深くへと足を踏み入れ、俺たちを見据えながら、口元に笑みを浮かべた。
「――行くぞ、日本代表。」
そして――
トーレスがキャッチしたボールを、まるで抱きしめるように包み込んだ。
その瞬間、俺の脳は完全にフリーズした。
「…………は?」
一瞬、自分が何を見ているのか理解できなかった。
いや、普通に考えてありえねぇだろ?
だけど、目の前で起きている現実は、俺の脳みそを完全にブチ抜いてきた。
「お、おいおい、ウソだろ……!?」
俺たちは言葉を失った。
いや、誰でもそうなる。
トーレスの巨大な身体が――丸まっていく。
――いや、マジで「丸くなっていく」。
まるで筋骨隆々の闘牛が、自らボールに変身するかのように。
あの圧倒的な巨体が、収縮し、丸みを帯び、膝を折り、腕を畳み――
みるみるうちに、球体に近づいていく。
「お、おい、ちょっと待て!!何してんだ、トーレス!!」
俺が叫ぶが、トーレスは止まらない。
そのまま完全に縮こまり、巨大な筋肉を丸め込み――
そして――トーレスは回転を始めた。
「なんだこれは!?トーレスが人間ボールになった!?ふざけてるのか!?」
「行くぞ、雷丸……これが俺が編み出した新戦術“転がる闘牛(ロリング・トロ)“だ!!」
トーレスの声が球体の中から響き渡る。
まさかこんな技を隠し持っていたとは……!
こんなの、意味わかんねぇだろ!?
だが、現実は止まらない。
トーレスはゴールエリアから爆発的な回転で転がり出した。
まるで鉄球のような巨体が、フィールドを猛スピードで転がる。
「は、はぁぁぁぁぁ!?」
選手全員が硬直する。
観客席も、実況席も、誰もが信じられない光景を見つめていた。
「なんということだ!カルロス・トーレスが、まさに“人間サッカーボール”になって突進している!これは前代未聞だ!!」
実況が叫ぶ。
そしてトーレスボールはゴールを目指し、
まるで地獄の業火のようにピッチを駆け抜ける――
「お、おい、どうするんだよ!?あれ止められるのか!?」
村岡が焦った声を上げる。
「止めるしかねぇ!!ゴールまで一直線に来てるぞ!!」
長谷川キャプテンが叫ぶ。だが――
〈ドゴォォォォォンッ!!!〉
トーレスはそのまま、止めに向かった選手たちを次々と吹き飛ばしていく。
「うわあああああ!!?」
「ぎゃあああ!!」
日本代表、次々と吹っ飛ぶ。
まるでボウリングのピンのように弾き飛ばされ、芝生に転がる選手たち。
この状態では、“トーレス自身が最強のシュート”になっている。
「こんなのありかよ!?そんな技、サッカーのルールブックに載ってねぇだろ!!」
トーレスボールはゴールへと一直線に突っ込んでいく。
「くそっ……来やがれ!!」
俺は全身を震わせながら迎え撃つ。
このままゴールされるわけにはいかねぇ!!
――――――俺が止める!!
そう決意し、トーレスの軌道上に立ちふさがった――
だが、次の瞬間――
〈ドゴォォォォォンッ!!!!〉
俺の身体が、宙を舞った。
視界が一瞬、真っ白になる。
理解できないほどの衝撃。
鉄球に正面から轢かれたような感覚。
「――――!!!」
俺は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「雷丸ゥゥゥゥ!!!」
村岡の声が遠くに聞こえる。
視界がぼやける。
俺は一瞬意識を失いかけた。
そして――
無情にも、俺の視界の中で
“トーレスボールはゴールネットを突き破った”
「Gooooooooooooooooool!!!!!」
スタジアムが爆発するような歓声に包まれる。
スペインのサポーターは狂ったように飛び跳ね、歓喜の雄叫びを上げる。
「3-1!!!」
「スペイン代表、“転がる闘牛”による衝撃的なゴール!!」
「なんだあれは!!なんだあれは!!」
実況席が絶叫する。
俺は、地面に転がったまま、少しだけ笑ってしまった。
「……トーレス、お前。本当にふざけた奴だな。」
俺は苦笑しながら、荒い息を整える。
「でも――そんな戦術があるなら、俺にも考えがあるぜ……!」
まだ終わっちゃいない。
トーレスがどんな奥の手を繰り出そうと、俺は必ず対抗してみせる。
“ワールドクラス”?
“スペインの闘牛”?
ふざけるな――
俺は”飯田雷丸”だ!!!
ピッチの上に、再び立ち上がる。
“逆転”のために。
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