139 / 185
第139話 ワールドカップ34
しおりを挟むミーティングルームに集まった日本代表の選手たち。
スペイン戦から数日――その興奮と疲労がまだほんのりと残る中、全員の顔には誇りと、そして新たな緊張が混ざっていた。
前方のモニターには、これまでの試合のハイライト映像が流れ、スペインとの激戦が改めて思い起こされる。
その映像がフェードアウトした瞬間――藤堂監督が、静かに前に立った。
「……まずは、スペイン戦。」
その言葉に、部屋の空気がピリリと引き締まる。
「お前たちは、歴史を作った。」
その言葉は静かで、だが確かな熱を帯びていた。
「ワールドクラスの猛者、カルロス・トーレスを相手に、怯まず、逃げず、全力で戦い抜いた。そして、勝った。」
監督の言葉に、誰もが無意識に背筋を伸ばした。
「俺たちはサッカーの常識を破った。組体操で鉄球を受け止めたかと思えば、玉乗りでゴールまで持っていく。……普通は、笑い話だ。」
監督の目が雷丸を一瞬だけ捉える。
「だが、お前たちはそれを“本気”でやりきった。だから、世界が笑わずに驚いた。賞賛した。称賛を込めて、“狂ってる”って言った。」
選手たちの表情に、少しだけ誇らしさが混じる。肩を揺らして笑う者もいた。
「誇っていい。だが――まだ終わりじゃない。」
監督の声が、次第に厳しさを帯びていく。
「スペインを破った。それは事実だ。だが、次は――“南米の王者”、アルゼンチンだ。」
映像が切り替わり、次なる相手、アルゼンチン代表のプレー映像が流れ出す。
スクリーンに映し出されたのは、一人の男の姿だった。
白と水色のユニフォームを身に纏い、滑るようにピッチを舞うその姿。
「――エンリケ・マルティネス。」
藤堂監督の声が低く響く。
「カルロス・トーレスと並び称される、もう一人の“ワールドクラス”。だが、タイプはまるで違う。」
映像では、エンリケがボールをトラップし、まるで手品のように相手ディフェンダーの股を抜いていく。
そのまま空中で半回転しながら、ヒールで味方へノールックパス。
ボールは一直線に、誰も見ていなかったスペースへ吸い込まれるように流れた。
「彼のプレーは予測不能。視線、リズム、タイミング――そのすべてを意図的に“ズラす”。守る側にとって、最も厄介なタイプの天才だ。」
映像には、観客が驚愕し、ディフェンダーが立ち尽くし、味方が顔を見合わせるシーンが続く。
「“常識外の発想”を、“常識外の精度”で実現するプレイヤー。しかも本人はそれを“無意識”に、“自然体”でやっている。」
監督の表情には、警戒だけでなく――ほんの少しの敬意すら浮かんでいた。
「トーレスが“圧倒”する破壊者なら、エンリケは“欺き”、“魅せる”支配者だ。」
室内が静まり返る。
誰もがスクリーンに映るその異質な存在に、釘付けになっていた。
「だが、恐れる必要はない。お前たちは世界を驚かせた。なら、もう一度やってみせろ。」
藤堂監督の声が、チームの芯に火を灯すように響いた。
「お前たちなら、アルゼンチンにだって勝てる。」
その一言に、誰もが無言でうなずいた。
スペインを越えた俺たちが、次に挑むのは――南米最強。
舞台は、さらに深く“世界”へと突入する。
――――――――――
南米の強豪・アルゼンチンと、勢いに乗る日本代表がぶつかる一戦。
試合開始を目前に控えたスタジアムは、すでに異様な熱気に包まれていた。
観客席はまるで巨大な波のように揺れている。
白と水色のアルゼンチンサポーターたちが歌い、叫び、拳を突き上げる。
陽気なリズムのチャントが響き渡り、鳴り続けるラッパの音が空気を震わせていた。
対するは、青く染まった日本の応援席。
「ニッポン!ニッポン!」と、何万もの声が一つになってスタジアム中を突き抜けていく。
拍手が波紋のように広がり、太鼓のリズムが鼓動とシンクロする。
ただの声援ではない――祈り、願い、信念すら込められた、魂の声だった。
スクリーンには選手たちの顔が順番に映し出され、名前が呼ばれるたびにスタンドから地響きのような歓声が上がる。
空には無数のフラッグが揺れ、ピッチの芝生さえも、この熱気に震えているようだった。
そこはもはや“サッカーの聖地”などという言葉では語れない。
神話と現実が交差する、“運命の舞台”。
日本 vs アルゼンチン。
笛が吹かれる、その瞬間を、全世界が息を呑んで待っていた。
――そして、その時が来た。
巨大モニターに映し出される「ARGENTINA」の文字と共に、スタジアムに重低音のBGMが響き始める。
アルゼンチン代表の選手たちが、白と水色の伝統のユニフォームに身を包み、堂々とピッチへと姿を現した。
まるで戦場へと進軍する兵士たちのように、一歩一歩に威圧感が宿る。
先頭に立つのは――10番、エンリケ・マルティネス。
無表情のまま、静かに周囲を見渡すその姿に、スタジアム全体がどよめく。
その一挙手一投足に、まるで空気の密度が変わるような緊張が走る。
〈ワァァァァァァァァァ!!!〉
アルゼンチンサポーターが総立ちになり、青と白のフラッグが一斉に翻る。
太鼓、ラッパ、チャントが鳴り響き、スタジアムはまるで地鳴りのような揺れに包まれた。
「ついに来たぞ!! 南米王者、アルゼンチン代表がピッチに姿を現しました!!」
「カルロス・トーレスを止めた日本代表が、今度は“魔術師”エンリケ・マルティネスに挑みます!!」
「ワールドクラスの天才、登場!!これは歴史的な一戦になるぞ!!!」
実況席の声も熱を帯び、テレビ越しに見る視聴者さえ巻き込む熱狂がスタジアム全体を包み込む。
その中で――静かにエンリケは、ピッチの中心で立ち止まり、日本代表のほうを見据えた。
カルロス・トーレスとは違う“圧”をまとった存在――エンリケ・マルティネス。
ピッチに似合わぬ、どこか優雅で気怠げな歩調。
だが、その一歩一歩に、観客の視線が釘付けになる。
エンリケがこちらを見据える。
俺もまた、視線をそらさずに立つ。
やがて――彼がニヤリと口元を緩めた。
「……ヘイ、雷丸。」
その一言に、背筋がピンと伸びた。
そして、思い出す。
あの時――
ワイングラス片手に現れ、俺の口にいきなりオリーブをねじ込んできた天才マジシャン。
(ま、まさか……今日も……?)
身構える俺を見て、エンリケは肩をすくめ、いたずらっぽく笑う。
「今日はさすがにオリーブは持ってないぜ。……試合中だからな。」
そう言いながら、軽くポケットを裏返して見せる仕草。
……演出がいちいち芝居がかってる。
「……お前、そのポケットからハトとか出てきても俺は驚かねぇからな!」
俺が軽くツッコミを入れると、エンリケはクスッと笑った。
その笑みの奥には、明らかに“仕掛ける側”の余裕と楽しさが滲んでいる。
「お前との再会を、ずっと楽しみにしてた。」
彼の目は冗談を飛ばしながらも、獲物を見つけた狩人のそれだった。
かつてワイン片手に俺を“ご指名”した、あの時と同じ目。
「今日は、ステージにふさわしい舞台が整った。お前となら、最高のマジックが演じられる。」
まるで演者のように語るエンリケ。
けれど――その魔術の対象は、ボールであり、リズムであり、そして“俺”だ。
「お前にだけは、絶対にやらせねぇからな。エンリケ。」
俺の言葉に、エンリケは満足そうに目を細める。
「その言葉、待ってたぜ。」
そして彼は、そっと右手を差し出してきた。
握手――かと思いきや、俺の手に何かをこっそり握らせてきた。
「…………って、またオリーブじゃねぇか!!!」
あのときと同じ、プルンとした感触。
まさかの“前哨戦”オリーブ再び――!
「アルゼンチン流のエールってことで。幸運を、雷丸。」
そう言い残し、エンリケは軽く指を立て、さっと背を向けて去っていった。
白と水色の背中が、すでにピッチの中心を支配している。
「……ふざけた野郎だ。」
口元に笑みを浮かべつつも、俺は心を研ぎ澄ませる。
今日の相手は、“天才マジシャン”エンリケ・マルティネス。
常識のすべてを壊しながら、美しさで世界を欺く男。
だが――
「そいつを超えてこそ、俺は“世界一"になる。」
静かに、手の中のオリーブを口に放る。
独特の塩気と香りが舌に広がる。
……よし。
さぁ、ショータイムだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男:女=1:10000の世界に来た記憶が無いけど生きる俺
マオセン
ファンタジー
突然公園で目覚めた青年「優心」は身辺状況の記憶をすべて忘れていた。分かるのは自分の名前と剣道の経験、常識くらいだった。
その公園を通りすがった「七瀬 椿」に話しかけてからこの物語は幕を開ける。
彼は何も記憶が無い状態で男女比が圧倒的な世界を生き抜けることができるのか。
そして....彼の身体は大丈夫なのか!?
【完結】オレの勇者パーティは全員アホだが強すぎる。
エース皇命
ファンタジー
異世界に来て3年がたった。
オレの所属する勇者パーティ、イレギュラーズは相変わらず王都最強のパーティとして君臨している。
エルフのクリス、魔術師のジャック、猫耳少女ランラン、絶世の美女シエナ。
全員チート級の強さを誇るけど、どこか抜けていて、アホ全開である。
クリスは髪のセットに命をかけて戦いに遅刻するし、ジャックは賢いもののとことん空気を読まない。ランランは3歩あるくだけで迷子になるし、シエナはマイペースで追い詰めた敵を見逃す。
そんなオレたちの周囲の連中もアホばかりだ。
この世界にはアホしかいないのか。そう呆れるオレだったけど、そんな連中に囲まれている時点で、自分も相当なアホであることに気づくのは、結構すぐのことだった。
最強のアホチーム、イレギュラーズは今日も、王都を救う!
※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
第2の人生は、『男』が希少種の世界で
赤金武蔵
ファンタジー
日本の高校生、久我一颯(くがいぶき)は、気が付くと見知らぬ土地で、女山賊たちから貞操を奪われる危機に直面していた。
あと一歩で襲われかけた、その時。白銀の鎧を纏った女騎士・ミューレンに救われる。
ミューレンの話から、この世界は地球ではなく、別の世界だということを知る。
しかも──『男』という存在が、超希少な世界だった。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる
家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。
召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。
多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。
しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。
何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる