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第140話 ワールドカップ35
しおりを挟む〈ピィィィィィィ!〉
ホイッスルが鳴る。
日本 vs アルゼンチン、キックオフ。
アルゼンチンボールからのスタート。
観客のざわめきがスタジアムを包み込む。
白と水色のユニフォームが、まるで波のように広がり、精密なパスワークでボールを回し始めた。
そして自然と――いや、必然のように。
ボールは“彼”の足元へと転がっていく。
エンリケ・マルティネス。
その名前を、観客は、実況は、世界中が知っている。
だが――そのプレーは、想像すら超えてくる。
彼の足に触れた瞬間、ボールは“球体”ではなく、“延長された肉体”になった。
まるで生き物のように吸い寄せられ、ピタリと足元に吸いつく。
対峙するのは俺――飯田雷丸。
誰もが注目するマッチアップが、試合開始30秒にして早くも訪れた。
エンリケが、ふっと微笑んで言う。
「よう、挨拶しにきたぜ。雷丸。」
軽い調子――だが、声には“確信”があった。
それは「抜ける」という前提での、余裕ある口調。
俺は無言で一歩前に出る。
唇を引き結び、集中を高めた。
次の瞬間――エンリケの足元が“揺れ始めた”。
右足のアウトサイド。
すぐに左足のインサイド。
視線を外して、身体をわずかに傾けて――
地面スレスレのシザースが、光の残像のように交錯する。
一回、二回、三回――いや、それ以上。
たった一秒に詰め込まれた“圧倒的密度”。
「――――なっ……!?」
俺の視界が追いつかない。
動いているのに、止まっているように見える。
止まっているのに、動いているようにも見える。
視覚がズレる。
リズムが狂う。
筋肉が反応を拒絶する。
まるで、俺の脳と身体の“間”に、ノイズが走ったようだった。
(わからねぇ……どっちに来る……!?)
頭が、足が、タイミングを見失う。
エンリケの重心が一瞬左へ――
俺も反応して左にステップ。
だが、その時には――すでに右足が抜けていた。
逆だ!!!
理解した時には遅い。
エンリケは、その切り返しにすでに“ワンテンポ先”の動きを繋げていた。
俺の足元を掠め、ボールが音もなく滑り抜ける。
――ズルッ。
身体がつんのめり、そのままバランスを崩して転倒。
「っ……!」
肘をついて素早く立ち上がる。
だがその間に、エンリケは美しく舞うような身のこなしで次の一手を繰り出していた。
観客席がざわめきに包まれる。
「いきなり抜いたァァァ!!エンリケ・マルティネス、雷丸を完全に翻弄ッッ!!」
「ボールがまるで意志を持っているかのような滑らかさ!! 地を這うようなシザースからの切り返しィィ!!」
俺は歯を食いしばりながら、すぐさま追走を始める。
だが、心の奥では確かに震えていた。
今のは、まるで舞台の“幕開け”のような一撃。
異次元の技術に、魂がゾワリと震える。
(……いいじゃねぇか。やっぱ、こうでなきゃな。)
エンリケ・マルティネスは俺を抜き去ったその勢いのまま、ピッチを駆け上がっていく。
だが、彼のプレーは“個人技”だけでは終わらなかった。
俺を抜き去ったエンリケは、まるで風そのものになったようにピッチを駆ける。
視線は前を見ている――いや、見ていない。
見ているようで、何も見ていないような、空っぽのようで全てを捉えている“無”の目。
左に流れながら、足元のボールを軽く転がす。
足元のボールはまるで彼の身体の一部であるかのように、転がることなく吸い付いている。
日本のディフェンダー陣が、一斉に動く。
エンリケを囲い込むように、密度を増していくマーク。
パスコースは完全に読まれていた。
――右は、塞がれている。
――後ろも、仲間はフォローに回れていない。
――――――だったら左しかないよな。
エンリケが取れる選択肢は“一つしかない”。
誰もがそう思っていた。
だが――
“そのすべてが、ブラフだった。”
エンリケの右肩が、わずかに沈む。
視線は、左側のペナルティエリアを見据えたまま。
左足がふわりと上がり、まるでそのまま左へのパスを出すようなモーションを取る。
……が。
次の瞬間――
「……え?」
その場にいた全員が、視覚と脳の処理が追いつかない異常を体感した。
エンリケが、軸足を滑らせるようにずらし、
上半身の回転、膝の角度、そしてボールのスピン――
それら全てを“わずかにズラし”、
まるで空間を滑るように身体ごとスピンさせたのだ。
――360°トリックドリブル。
いや、“ただの”回転じゃない。
残像が生まれるほどの滑らかな軌道。
回転に身を預けながら、ボールは足の裏から足の甲、そして再びインサイドへと転がり、リズムが刻まれる。
囲んでいた3人の日本DFは、全員が一瞬にして“タイミングを外された”。
「は!!??」
彼らの身体が、半歩だけ遅れた。
その“半歩”が――致命的だった。
回転の中から、ボールが“まったく違う方向”へと転がる。
右だ。
誰もが“あり得ない”と思っていた、完全に閉じたはずの右サイドへ。
――そこに、フリーのアルゼンチン選手がいた。
そして――
フリーで受けたアルゼンチンのフォワードが、余裕たっぷりに右足を振り抜く。
〈ドン!!〉
ボールは低く鋭い弾道でゴールネットへ突き刺さった。
〈ピィィィィィィッ!!!〉
ホイッスル。
スタジアムが一気に爆発するような歓声に包まれた。
「決まったァァァァァ!!アルゼンチン、試合開始からわずか数分で先制!!!」
「これがエンリケ・マルティネス!! その一瞬の“魔法”が、ゴールを呼び込んだ!!!」
「全ての動きが“嘘”で構成されたようなパスワーク……世界を欺くマジシャンの所業だァァ!!」
アルゼンチンのサポーターが雄叫びを上げる。
対する日本側――俺たちは、静まり返っていた。
(これが……ワールドクラスの支配……)
たったワンプレーで、すべての認識を“塗り替えた”エンリケ。
試合は始まったばかり。
だがその第一手で、彼はこのピッチの“空気”そのものを、自分色に染めてみせた。
――でもな。
俺は、服の襟で汗を拭いながら、前を向いた。
「……そっちが本気なら――」
ニヤリと笑う。
俺も本気でやってやるよ。
〈ピィィィィィィ!〉
アルゼンチンのゴールが決まり、再び試合が動き出す。
日本ボールからのキックオフ。
――たったワンプレーで空気を支配した男、エンリケ・マルティネス。
その“魔法”に、全世界が酔いしれた直後――
ここからが本番だ。
「……次は――俺の番だ。」
俺がエンリケに向かってドリブルを仕掛ける。
ピッチが一気に張り詰めた空気に包まれる。
「さあ、来いよ。雷丸。トーレスを倒したその実力、早く見せてくれよな?」
エンリケは手を広げ、楽しげに構える。
――なら応えるまでだ。
俺は一気に加速する。
右へ、フェイント。
左へ、鋭い切り返し。
さらに地を抉るような踏み込みで、重心を瞬時にずらす。
エンリケの瞳が、一瞬だけ揺れた。
――“雷速フェイント”。
俺にしかできない、脚力を極限まで使った“暴力的な切り返し”。
見る者すら振り落とす速度と衝撃。
足元が弾け、空気が裂ける。
その軌道は、もはや“技術”ではなく“意志”だった。
――そして、俺はエンリケを抜いた。
「うおおおおおおおおおおおッッ!!!」
実況席が絶叫し、スタジアムがざわつく!
「これが“飯田雷丸”!! 日本の10番が、“天才マジシャン”エンリケ・マルティネスに真っ向から挑み、完璧に抜き去ったァァァァ!!」
抜き去ったその瞬間、俺はすぐさま村岡へボールを送る。
「頼んだ!!」
村岡がボールを足元で受け止め、ニヤリと笑う。
「よし雷丸……お返ししてやれ!!」
次の瞬間――ボールは村岡の足から、まるで“導線”のように空間を滑る。
綺麗な放物線。
……だが、普通なら届かない。
どんなフォワードでも、追いつけない。
――ただし、“相手が俺でなければ”な。
スプリント開始。
風が割れる。
ピッチを踏みしめる音すら置き去りにし、俺は一瞬で加速する。
「……は、速い!!?」
アルゼンチンDFが慌てて動くが――遅い。
最初の一歩から、限界を振り切っていた。
加速ではない。“最初から最速”――それが俺の走りだ。
ボールに追いつく。
振りかぶる――右足。
閃光のように閃くスイング。
そして――
ダイレクトシュート。
〈ズドオォォォォォン!!!〉
鋭い、一直線の弾道。
まるで雷撃のように走ったボールは、ゴールネットへ一直線に突き刺さった。
ネットが膨らみ、ゴールポストがきしむ。
〈ピィィィィィィィィッ!!〉
スタジアムが爆発する!
「やり返したァァァァァァァァ!!!!」
「日本の10番、飯田雷丸!!! 雷のようなシュートで、即座に同点!!!」
「今度は飯田雷丸がスーパープレイを魅せたァァ!!これがワールドカップだ!!」
白と水色のユニフォームをまとった“天才マジシャン”が、歩みを止めてこちらを見ている。
その表情には、焦りも苛立ちもない。
ただ――どこか、嬉しそうな微笑み。
エンリケはゆっくりとピッチ中央に歩み寄りながら、ふっと片手を上げた。
「……最高だ。いいぞ、雷丸。」
その目に宿るのは、対等のライバルへの賛辞。
その声は歓声にかき消されることもなく、なぜか鮮明に届いてきた。
「ちゃんと、俺の“ステージ”に立てる奴だって、証明したな。」
俺も中央へと歩を進める。
そして、エンリケと向き合うように立った。
「勝手に舞台に上げられた覚えはねぇけどな。……でもまぁ、お前がその気なら、何度でも主役を奪い取ってやるよ。」
ニヤリと笑って言い返す。
エンリケは一瞬目を細めると、軽く肩を揺らして笑った。
「フッ……いいねぇ。奪い合い、上等じゃないか。主役も、勝利も、観客の心も――全部な。」
二人の間に火花が散るような緊張が走る。
だが、その熱さは不思議と心地よかった。
“本物”と戦う興奮。
世界の頂点に立つための――正面からの殴り合い。
エンリケがスッと背を向けて自陣へ歩き出す。
「じゃあ次の手は、俺からだ。……見逃すなよ?」
その後ろ姿に、俺は静かに答える。
「全部、正面から受けて立つ。」
そして再びボールがセンターサークルへ戻される。
日本 vs アルゼンチン。
真の“世界の戦い”が、今ここに始まった。
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