異世界帰りのハーレム王

ぬんまる兄貴

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第141話 ワールドカップ36

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 試合は完全なシーソーゲームと化していた。

 俺が決めれば、エンリケが決める。
 エンリケが魅せれば、俺も負けじと突破する。

 ――そして今、再びその瞬間がやってくる。

 

 エンリケ・マルティネス。
 アルゼンチンの司令塔が、ゴール前に立っていた。

 ディフェンダーが二人、警戒しながら詰める。
 ゴールキーパーも前に出て、コースを絞ろうと構える。



 そして――次の瞬間。

 

 彼の片足が、くるりと背中側へ旋回する。
 右足のヒールが、ボールを柔らかくすくい上げた。
 ――それは、蹴るというより“撫でた”ようなタッチだった。

 

 ふわりと浮いたボールが、自身の背後に舞い上がる。
 軌道は絶妙な高さと角度。
 まるで月蝕のように、目の前のディフェンスたちの視界を一瞬奪い去った。

 

 そして、落ちてきたボールに対し――踵で、滑らせるようにもう一度タッチし味方にパスへ。




 彼はそのまま、ディフェンスの背後へと走り込む。

 

「ヘイ、パス!」

 

 エンリケが軽く声を上げる。
 味方のミッドフィルダーが、落ち着いた足元のパスで応じる。

 

 そして、――その瞬間が来た。

 

 振り向かない。

 

 彼はボールに背を向けたまま、踵でピタリとトラップ。

 音もなく吸い付き、ボールはその場で止まる。
 わずかなズレも、ブレも、一切ない。

 

「……は?……な……なんだ今の……?」

 

 スタンドから、誰かが素で漏らした呟き。
 ピッチ上の選手たちすら動きを止める。

 

 走り込んだ勢いそのままに――エンリケは、またしても振り向かない。

 

 ヒールリフト。

 

 ふわり。

 

 今度は、その踵が“魔法の杖”になった。

 

 ボールが浮いた。

 ただ浮かせただけではない。
 角度、回転、スピード、そのすべてが“緻密な計算”を無意識に再現していた。

 

 ボールは、彼の背中をゆっくりと越え――
 観客の視線も、DFの目も、キーパーの視界も、その放物線に釘付けとなった。

 

 〈――――フワッ〉

 

 ボールが描くのは、誰も予測できなかった緩やかで美しい軌道。
 まるで一筆書きの絵画のような孤を描きながら――

 

 ゴール左上へと向かっていく。

 

 ゴールキーパーが遅れて飛び出す。

 伸びる腕。

 手先がギリギリ、届かない。

 

 〈バフッ〉

 

 ゴールネットが静かに、大きく膨らんだ。
 
 


 トラップ、パス、シュート。

 そのすべてを、“背面”だけで完結させた――異次元の魔法。
 
 

 

「決まったああああああ!!!」
「エンリケ・マルティネス!!魔法のようなヒールシュートだ!!」
「これが“エクリプス・ヒール”!! 背面だけで全てを完結させる、まさにサッカー芸術!!!」


 
 実況が絶叫し、サポーターは総立ちで両手を挙げる。

 

 背面だけで完結されたプレー。

 トラップ。パス。シュート。

 その全てが、“視線なし”のヒールのみで構成されていた。

 

 誰が予想できただろうか。
 この世に、“背中”で試合を操る男が存在していることを。

 

 スコアは再び並ぶ――3-3。

 

 誰もが理解していた。

 
 ――これは、“夢”の中でしか見られないプレー。


 

 けれど、それをやってのける男がいる。

 

 天才マジシャン、エンリケ・マルティネス。

 

 彼は、夢想すら超えた領域を――現実としてプレーしている。

 

 

「……驚いたか?」

 

 ゴールを決めた直後、エンリケがこちらを振り返り、ぼそりと呟く。

 

「でもこれが、俺にとっての“日常”。」

 

 静かな声だが、どこまでも深く、確信に満ちた音だった。

 

「これで惚けているようじゃ、俺には勝てないぜ?」

 


 気づけば、俺は言葉を失っていた。

 

「……なんだよそれ……カッコ良すぎるだろ……。」

 

 ポツリと漏れた本音に、悔しさも敵意もなかった。

 ただ――魂ごと震わされていた。
 


 これが、“天才マジシャン”エンリケ・マルティネス。

 

 世界を欺き、世界を魅せる、芸術の使い手。

 

 目の前の相手は敵だ。倒さなきゃならない存在だ。
 でも――それ以上に、尊敬すべき“表現者”だった。

 

 プレッシャーでも、闘争心でもない。
 心の奥底から、湧き上がってきたのは――

 

 「ここに来れて、良かった」という想いだった。

 

 世界最高の舞台。
 世界最高の天才。
 そこで全力でぶつかれる。競い合える。認め合える。

 

 ああ、俺は――
 一人のサッカープレイヤーとして、このワールドカップに来れて、本当に良かった。

 

 胸が熱い。
 目の奥がじんわりする。

 

 でも、それは感傷なんかじゃない。

 ――歓喜だ。

 

 この瞬間に立ち会えたことへの、最高の歓喜。
 そして、まだ終わっていない“勝負”への、魂の覚悟。

 

「……でもな、エンリケ」

 

 俺は、じりじりと前に歩き出す。
 彼と再び正対しながら、力強く言い返した。

 

「お前がその日常を見せてくれるなら――
 俺は、それをぶっ壊す非日常を見せてやる。」

 

 エンリケが、またふっと笑う。

 

「いいね――最高だよ、雷丸。」

 

 二人の間に風が吹く。

 

 芸術と魂。
 魔術と熱情。
 夢と現実――

 

 このピッチの中心に、すべてが揃っていた。

 


 ――――――――――――――――



 

〈ピィィィィィィィィ……〉



 前半終了のホイッスルが鳴り響く。

 

 スコアは――3-3。

 

 息を切らしながらロッカールームへ戻った選手たちの顔には、疲労と熱気、そしてほんのわずかな戸惑いが混ざっていた。
 

 ドアが閉まり、ミーティングルームの空気が一瞬だけ静寂に包まれる。
 その沈黙を切り裂いたのは、藤堂監督の重低音の声だった。

 

「――3-3。よくやっている。」

 

 淡々とした言葉。それでいて、確かな評価のニュアンスが滲んでいた。
 誰も浮かれはしなかった。だが、心のどこかで確かに救われるものがあった。

 

 監督はホワイトボードの前に立ち、静かに告げる。

 

「――エンリケの対策は、ない。」

 

 その一言に、空気が一瞬止まる。
 だが、監督の瞳は揺るがなかった。

 

「誤解するな。これは“諦めろ”って話じゃない。
 いいか――エンリケには“型”がない。パターンもクセも、意味をなさない。
 こっちが対策を立てれば、それをあえて外してくる。“予測”そのものが通用しない。」

 

 静かに、しかし鋭く本質を突く言葉。

 

「なら、どうするか。」

 

 拳をゆっくりと握りしめ、藤堂監督は言った。

 

「――撃ち合え。」

 

 沈黙の中、その一言が響いた。

 

「点を獲られたら、獲り返せ。
 やられたら、同じだけやり返せ。
 このシーソーゲームに、喰らいついて離れるな。」

 

 低く、鋭く――まるで戦場の指揮官のように続ける。

 

「いいか。2点差をつけられたら終わりだ。
 あいつを止める術はない。ならば、つけられた差を取り戻す手段もない。
 一度突き放されたら、絶対に追いつけなくなる。」

 

 張りつめた空気が、さらに強く締まる。

 

「後半は、一瞬の油断で持っていかれる。
 全員で集中しろ。 どんな瞬間も、気を抜くな。」

 

 言葉が終わった瞬間、誰かが静かに立ち上がる。
 それを合図に、全員が立ち上がった。

 

 誰も言葉にしない。だが、その瞳には――確かな“闘志”が灯っていた。

 

 タオルで汗を拭い、スパイクの紐をきつく結び直す。
 俺は深く、長く息を吐いた。

 

 ――さあ、後半戦だ。

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