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第143話 ワールドカップ38
しおりを挟む駆け寄った仲間たちが、大久保のもとへ次々と集まる。
「大久保さん……マジで助かった……!!」
俺は息を切らしながら、膝をついた大久保の肩に手を置き、全力で感謝の言葉を伝える。
大久保は笑う。
汗と泥にまみれた顔で、それでもいつもの落ち着いた笑みを崩さずに。
「ったく……お前ら、もっと点取れよな……」
そう言いながらも、その声にはどこか安堵と誇りが滲んでいた。
「いやでも、あれ止めるとか神だって!」
「普通だったら絶対入ってたぞ!?」
「マジで映画の主人公かよ……!」
村岡、藤井、井上が口々に叫びながら、大久保の背中を叩く。
スタジアムの歓声の中、ほんの一瞬だけ日本代表の輪の中に静かな高揚感が広がる。
――守護神が、繋いだ希望。
その背中は、どこまでも頼もしかった。
俺は再び立ち上がり、ゴールを見据える。
「……よし。今度は、俺が決める番だ。」
拳を握る。
湧き上がるのは焦りじゃない。執念でもない。
それは――“証明”への衝動だった。
――エンリケ・マルティネス。
今、このピッチで“世界”を魅せている男。
あの芸術のようなプレー。
想像の斜め上を行く発想。
パスも、ドリブルも、シュートすらも、まるで舞台の演出のように完璧だ。
こいつと“並ぶ”得点力。
それを、この舞台で示せたら――
俺も、“ワールドクラス”と呼ばれる側に行ける。
トーレスは、倒した。
だけど、あれは奇襲だった。
一瞬の隙を突いて、勢いでぶっ飛ばしただけ。
だから、まだ“ワールドクラス”じゃない。
呼ばれる資格は、ない。
あと少し。
もう、あと少しなんだ。
――"零拍子(ぜろびょうし)"
俺の代名詞ともいえる武器。
俺の脚力から生まれる、異次元の振り抜き。
そのシュートを、エンリケは――見切った。
あの圧倒的なトラップで、軌道を読み、完全に封じられた。
――雷速ステップ。
爆発的な踏み込みと、瞬間加速。
常識外れのステップで、これまで何度もディフェンダーをぶち抜いてきた。
それも――止められた。
エンリケに、正面から見破られ、読まれ、止められた。
わかってる。
このままじゃ、勝てない。
いや――このままじゃ、“届かない”。
エンリケの想像性。
あの「創作」で構築されたプレー。
あいつのプレーが、今の俺を刺激してくる。
「もっと面白いものを見せてみろ」
そう言われている気がする。
だから俺も、“創る”。
自分だけのプレーを。
想像と感情と執念をすべて詰め込んだ、“世界”を。
俺は、ワールドクラスになる。
その時、確かに心の奥で、何かが燃え上がった気がした。
――――――――――――
日本ボールで繋がっている。
ピッチを縫うように、短く、正確なパスが回る。
だが、ゴールまではまだ遠い。
アルゼンチンの守備陣も一歩も引かない。牙を剥いたまま、隙を狙っている。
――だが、この空気が、ちょうどいい。
ボールが俺の足元に転がってきた。
DFはやや距離を取り、構える。
だが、その目には警戒よりも――「警戒しすぎない」という余裕があった。
それもそのはず。
俺の体勢は、完全に“パス”を選択するそれだったからだ。
右足をゆっくりと引く。
フォーム、軸足、肩の開き、膝の角度――すべてが“横パス”を描いている。
誰がどう見ても、「パスだ」と思う構え。
味方の村岡も走り出し、相手のDFもそちらに意識を向ける。
観客席の誰もが、一瞬だけ――“視線を逸らした”。
そう、「どこへパスを出すのか」と。
だが、その瞬間――
〈シュバッ〉
音すら感じさせぬ“切り替え”が起こった。
右足の軌道が、パスではなく――シュートへ。
フォームが一瞬で変質する。
膝が締まり、踏み込みが消え、重心が沈まず、全体の動きが“無音”のまま滑らかに収束する。
踏み込んでいない。助走もない。
だが――
完璧に芯を捉えた。
刹那、全身の筋肉が“しなる”。
右足が、しなやかに、そして鋭く振り抜かれる。
ボールが――“走った”。
――空気を裂くように、一直線。
GKは動かない。いや、“動けない”。
反応すらできない速度。
何かが飛んできたことに気づいた時には――もう終わっていた。
〈バシュウウウウゥン!!!〉
鈍く、けれど重いネットの音がスタジアムに鳴り響く。
右隅。
ポストの内側、ラインギリギリ。
ボールが吸い込まれ、強烈なスピンでネットの内側に食い込むように揺れる。
“完全にノールックの、偽装された必殺弾”。
見抜ける者など誰もいなかった。
見破れないフォームから、誰も止められないシュート。
創った。破った。決めた。
――これが俺の、“創造”。
スタジアムの時間が――止まった。
ゴール右隅に突き刺さったボールを、誰もが一瞬、理解できなかった。
ゴールキーパーは微動だにしていない。
観客は、息を呑んだまま口を開けている。
アルゼンチンのディフェンダーたちは、まだ「パス」に対応しようとしていた。
――全員が“騙された”。
それほどに、完璧だった。
右足を引いたモーションは、まぎれもなく“パス”だった。
リズム、目線、体重のかけ方、全てが「パスのそれ」だった。
だが――
たった0.3秒で切り替えられたフォーム。
無音の踏み込み。
何の前触れもないまま放たれた、“偽装された殺意”。
偽装一閃(フェイントフラッシュ)。
視覚にも、聴覚にも、一切の警戒を与えない。
音もなく、気配もなく――
けれど、どこよりも速く、正確に、鋭く――撃ち抜いた。
その瞬間だった。
「決まったァァァァァァ!!!!」
「雷丸が! 雷丸がやった!!!」
「ありえない!!! こんなロングレンジから――まるで魔法のようなシュート!!!」
実況の絶叫が響くと同時に、味方たちが一斉にベンチを飛び出した。
「うおおおおおおおっっっ!!!!」
「お前、いつそんなの仕込んでたんだよ!!!?」
「ヤバいヤバいヤバい、マジでヤバいってそれぇぇぇぇぇ!!!!」
ピッチ上の仲間たちが俺の元へ殺到する。
肩を抱かれ、背中を叩かれ、頭をグシャグシャに撫でられる。
「見たかよ!? 今の、“撃つ”とこ誰も読めてなかったぞ!!」
「GK、一歩も動いてねぇ! 完全にだまされてた!!」
「お前、本当に化け物になってきてるな……!!」
嬉しさより、誇りより――今はただ、身体が熱い。
“創った”んだ。
俺の中で芽生えた“創作の衝動”が、あの一撃に昇華された。
“あいつ”に、追いつきたい。
――エンリケ・マルティネス。
その背中に、ようやく、指先が触れた気がした。
ピッチの中、俺は静かに息を吐く。
スタンドの向こう、アルゼンチン陣営のベンチの近く。
ちらりと目をやると、エンリケがこちらを見ていた。
彼は、ふっと口元を緩める。
そして――
「今のは、マジで美しかったぜ。」
その声は、どこまでも静かで、穏やかで。
けれど確かに、心の奥を震わせる何かがあった。
エンリケ・マルティネスは、ゴールに吸い込まれていったボールの軌道を――まるで絵画でも見るような眼差しで、じっと眺めていた。
「“パス”という偽装から、“一閃のシュート”への移行……」
ぼそりと、誰に語るでもなく呟く。
「たった0.3秒で“意味”が反転する――あれは、まさに殺意と美の融合だな。」
その言葉には、皮肉も驚きもなかった。
ただ純粋な、“芸術を観た者”の評価。
「雷丸……やっぱり、お前も“創れる側”の人間なんだな。」
そう言って、エンリケは少しだけ、瞳を細めた。
口元には、薄くて深い、芸術家特有の“愉悦”の笑み。
「……いいね。もっとやろうぜ、お前と俺。“創作し合う”この試合を。」
まるで、ピッチを舞台としたふたりだけのセッション。
サッカーという名の芸術をぶつけ合う――そんな戦いの続きを、心から楽しみにしているようだった。
ああ、これが“ワールドクラス”だ。
世界を相手に、“創り合う”戦いなんだ。
さあ、まだ終わってない。
俺たちの“サッカー”は、ここからが本番だ。
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