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第144話 ワールドカップ39
しおりを挟むセンターサークルで、エンリケ・マルティネスがぽつりと呟く。
「俄然お前に興味が湧いてきたよ、雷丸。」
その言葉は、ふいに風に乗って届いた。
熱でも挑発でもない。
ただそこにあった、“本音”の音色。
俺は、肩で息をしながらエンリケを見た。
問い返すことはしなかった。
ただ、その横顔が何を見ているのか――知りたかった。
エンリケは視線を空へと向ける。
まるで雲の形に、何かをなぞるように。
そして、誰にも聞かせるつもりのないような、かすれた声で呟いた。
「……俺はさ、誰にも理解されなくていいと思ってる。」
その声は飾らず、軽さもなく――重くもない。
ただ、“本当のこと”だった。
「仲間にどう思われようが、観客にどう評価されようが、関係ない。
俺がやりたいのは、自分の中にある答えを――ピッチに再現することだけ。」
その言葉に、虚勢も、傲慢もなかった。
あるのはただ、燃え尽きるような創作衝動。
「相手を抜くことも、点を取ることも、勝つことすらも――全部、演出の一部。
俺の中に浮かんだ“正解”を、形にしたいだけ。」
俺は言葉を挟まなかった。
彼の放つ言葉は、どれもが鋭く、だが妙に心地よかった。
刺すようで、抱くような矛盾した響き。
「“普通”とか、“合理性”とか……
そういう誰かの価値観に合わせてサッカーするなんて、冗談じゃない。」
その横顔は、誰にも求めていない顔だった。
誰かに認められたいわけじゃない。
ただ、“誰にも理解されないこと”すら、初めから織り込み済みの覚悟だった。
「俺のドリブルは、“言葉”なんだよ。
でも、“誰かに伝えるため”のものじゃない。
“自分を描くため”の、俺なりの言語。」
彼の姿が、一人の“表現者”として見えてくる。
サッカーを勝敗で語らず、数字でも語らず、
ただ“生き様”としてプレーする、希有な存在。
――勝つためじゃない。
――理解されるためでもない。
ただ、“ここにいた証”を描くため。
それが、天才エンリケ・マルティネスの在り方だった。
そして、ふっと。
彼はもう一度、俺にだけ聞こえる声で言った。
「……でもさ。お前なら、俺を理解できそうだ。」
その一言に、俺の胸が音を立てた。
認められたんじゃない。
“共鳴された”のだ。
芸術家が芸術家に向けて、そっと差し出した手のひらのような――そんな静かな“共犯”の感情が、そこにあった。
ピッチの中央、センターサークルのど真ん中。
世界のど真ん中で、俺はそいつと向き合っていた。
そして――口元に、ごくわずかな笑みを浮かべながら言った。
「――乗ってやるよ。お前の世界に。」
たったそれだけ。
でも、それだけでよかった。
それは、言葉以上の返答だった。
“お前の世界に、俺も乗ってやる”という覚悟。
“お前の創作に、俺も自分をぶつけてみせる”という宣戦布告。
芸術家が差し出した手に、
もう一人の表現者が、拳で答えるような感覚。
ふっと、エンリケの目が細められた。
その視線に、微かに――本気の色が滲む。
創作と創作。
魂と魂。
ただの試合じゃねぇ、これは――“表現”のぶつかり合いだ。
――――――――――
5-5
俺の進化に呼応するように、エンリケのギアが一段、また一段と上がっていく。
日本のディフェンダー陣が前に出る。
3人、いや4人――完璧な網の目を張ったはずだった。
だが――エンリケは、その網の目の中で踊り始めた。
足裏からインサイド、すぐさまアウトサイドへ。
ヒールで押し出し、つま先で跳ね上げ、膝、肩、そして――背中。
何をどう触ってるのか、もはや分からない。
ボールはエンリケの身体のどこに触れても、落ちず、逃げず、吸い付き続ける。
まるで予測を否定するように、リズムが狂い、角度が崩れ、ステップが歪む。
“支離滅裂”。
観客の目には、きっとそう映っているはずだ。
だが――俺には、わかる。
これは“無軌道”なんかじゃない。
“即興”なんかじゃない。
すべては――構築された演出なんだ。
守備の選手たちの位置。
視線の動き。
ピッチの傾斜。
ボールの回転。
風の向き。
芝の摩擦係数に至るまで。
あらゆる要素を、エンリケは“計算”していた。
まるで数学者が方程式を組み上げるように。
まるで音楽家が譜面をなぞるように。
彼は“芸術”を、構築している。
相手の意識を誘導し、空間の密度を読み、次の一手をイメージのまま再現する。
それを“自由”の名のもとにやってのける――
いや、自由ですらない。“完成”だ。
そう。
あれは彼にとって、「当然の完成形」なんだ。
誰もが理解できないそのドリブル。
けれど――あれは、“芸術”であり、同時に“正解”だ。
俺の心が震えた。
(……エンリケ。お前、どこまで描けるんだよ。)
そして――
俺の奥底で、確かに何かが燃え上がった。
この“答え”に、俺も辿り着きたいと。
俺も、自分の“完成形”を――描きたいと。
エンリケは、流れるように味方とパスを繋ぎながら再びゴール前へと進入。
スライディングも、ブロックも、読みも――すべてを翻弄する動きでかわし、
――決めた。
〈バゴォォォンッ!!!〉
スコアは、6-5。
アルゼンチン、リード。
スタジアムに響くアルゼンチンサポーターの歓声。
だが、その歓声が俺の心に冷水を浴びせることはなかった。
むしろ――燃えた。
〈ピィィィィ!〉
日本ボールで試合が再開する。
ボールが、俺の足元に転がってきた。
そして――
目の前に立つのは、またしてもあいつだ。
エンリケ・マルティネス。
「さぁ、どうする? 雷丸。」
その瞳が言っていた。
――“お前の描くサッカーを見せてみろ”と。
(エンリケ。お前の“ライン外ドリブル”……あれが俺の想像力に火をつけたよ。)
なら――俺も描く。
俺なりの、“常識外”を。
トンッ。
足の甲で、ボールを軽く浮かせる。
ふわりと舞い上がるボールは、まるで空中で時を止めたように、静かに回転した。
その瞬間、俺は爆発的な踏み込みで地を蹴った。
跳ぶ――いや、舞う。
ボールと並走するように、空中を斜め上へと舞い上がる。
観客席から、息を呑む声が漏れた。
――「浮いた……!」
空中で俺は、まるでスローモーションのようにボールに追いつく。
足の内側で優しく吸収するように、回転するボールを包み込む。
それはまさに、“空中のドリブル”。
――スカイウォーク。
浮かんだまま、ボールと一体になり、空を歩くように一歩、二歩。
空中で回り込みながら、飛び込んできたDFのタックルを空中で避ける。
まるで風のように、触れさせずにすり抜けた。
〈ザッ〉
軽やかに着地。
地面に戻った俺の身体は、すでにドリブルの体勢に入っていた。
爆発するスタジアム。
実況席の絶叫。
「な、なんだ今のは!?」
「日本の10番!!飯田雷丸、空を……歩いた!?」
「信じられない!!!まさに“スカイウォーク”!!!」
だが――俺は振り向かない。
感じているのは、歓声でも称賛でもない。
ただ一つ。
“導線”。
そこへ――俺は、駆ける。
ゴールまでの導線をまっすぐに捉えながら、ピッチを裂くように突き進む。
――そして目の前には、アルゼンチンの守備陣。
俺の右足が振り上がる。その瞬間――
「来るぞ……また“あれ”だ!!」
アルゼンチンDFたちが、電光石火のように反応した。
「偽装一閃(フェイントフラッシュ)だ!撃たせるな!コースを潰せ!」
4人の守備陣が一斉に飛び出す。
身体を投げ出し、俺の足元へ、コースへ、未来へ――全てを塞ごうとする。
だが。
――“その未来”は、もう無かった。
俺の右足は、彼らが想定していた軌道とは全く別の方向――右サイドへ、まっすぐに振り抜かれていた。
〈シュッ〉
誰もが予測していた“殺意の一閃”は存在しない。
ボールは滑らかなパスとなり、すでに右サイドを駆け上がっていた佐々木の足元へと吸い込まれていた。
「っ……!」
アルゼンチンDFたちが顔を上げる。
自分たちが今、完全に“置かれている側”であることを理解したのは、その一瞬だった。
佐々木がノープレッシャーのまま、右足を引く。
〈シュバッ!!〉
放たれたシュートは、一直線に突き進み――
ゴール左隅へ、吸い込まれるように突き刺さる!!
〈バシュウゥゥゥン!!!〉
――ゴール!
スタジアムが爆発するように沸き上がる!
得点――6-6!
「やったああああああああ!!!!!」
日本ベンチが総立ちになる。
ピッチにいる選手たちが一斉に叫ぶ。
佐々木が右拳を振り上げながら、走り出す。
一方で、アルゼンチンのディフェンダーたちは呆然と立ち尽くしていた。
「……くそ、今度は撃たないのか……」
「シュートだと思った……完全にやられた……」
彼らはまだ、幻影を追っていた。
パスかと思えばシュート。
シュートかと思えばパス。
それも、“最後の最後まで”意図を見せずに切り替える。
直前まで読み切れない――それが、この俺、飯田雷丸の新たな武器。
フィジカルでもテクニックでもない。
“創造性”で切り拓いた、未来への一撃だった。
――――――――――――
後半も終盤。
――アルゼンチンボールで再開された。
観客が息を呑む。誰もがわかっていた。
次にボールを受けるのは、あの男――
エンリケ・マルティネス。
白と水色の背番号10が、静かに動き出す。
ボールは自然と、いや、運命のように彼の足元へ転がっていく。
俺が立ちはだかる。
“最後の1対1”――そう、ピッチ上の全員が直感した。
――始まった。
足裏でストップ。
そのままインサイドで小刻みにボールを揺らす。
目線と体重を使って俺の重心を誘導し、
アウトサイドで逆方向へ切り返す。
来るぞ。
俺が踏み出した一瞬の隙を――
ボールをふわりと浮かせ、
膝に当ててさらに跳ね上げ、空中へ。
「っ……!」
そのまま、空中でヒールバウンド。
まるで重力が無いかのように、エンリケの体が滑らかに回転する。
肩で軽く弾いて方向を変え、
背中でボールを“宙に留めた”まま、くるりと旋回。
目の前で起きているのは“魔法”じゃない。
超構築型の“芸術”だ。
連続トラップ。
部位連携。
視線操作。
空中コントロール。
――それを、即興のように、自然体でやってのける恐ろしさ。
DFは翻弄される。観客はただ呆然とする。
だが――
俺は、理解し始めていた。
(……次は、左肩だ――)
0.2秒先を読む。
動きを“感じ取る”。
右に寄りすぎず、左に引きすぎず――
“エンリケが描く構図”に入り込む。
ギリギリで、反応する。
足を伸ばす。
踏み込む。
視線を切る。
でも、“心”は絶対にそらさない。
そのすべてを、俺は叩き込んできた。
「なんで……!?」
「どうして対応できる……!?」
「さっきまで振り回されてたのに……!!」
実況席が叫ぶ。
観客席がどよめく。
それでも、エンリケは表情を変えず、
わずかに息を吐いた。
そして、俺の目をじっと見据えながら――言った。
「……おめでとう、雷丸。」
「えっ?」
「お前も、今日から“ワールドクラス”だ。」
心臓が、一瞬止まった気がした。
その言葉が胸に届いた、ちょうどその時――
〈ピィィィィィィィィ――――!!〉
試合終了のホイッスル。
6対6。同点。
全てを出し切った、魂のぶつかり合い。
勝者も敗者もなく、ただ“全員が証明した”試合。
世界が、静かに、そして確かに――拍手を送っていた。
俺とエンリケが、互いを見つめ合う。
火花ではない。
友情でもない。
これは――サッカー選手としての、"敬意”だ。
俺は、確かにそこに立っていた。
世界のど真ん中に。
ワールドクラスの、その輪の中に――。
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