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第145話 ワールドカップ40
しおりを挟むミーティングルームには、試合後の疲労と余韻がほんのり残っていた。
だが、その空気を切り裂くように――藤堂監督の声が響く。
「お前たち、今日でAグループの全試合が終わった。」
監督が手元のタブレットをタップすると、前方モニターに順位表が浮かび上がる。
ピリッと空気が引き締まり、選手たちの視線が一点に集中した。
1位:日本 3勝1分0敗 勝点10
――アルゼンチンと引き分け、それ以外の全試合に勝利。
2位:アルゼンチン 2勝2分0敗 勝点8
――日本とスペインと引き分け、他は勝利。
3位:スペイン 2勝1分1敗 勝点7
――アルゼンチンと引き分け、日本に敗北。他2戦は勝利。
4位:ベルギー 1勝3敗 勝点3
――フランスにのみ勝利、他は敗北。
5位:フランス 0勝4敗 勝点0
――全敗。
全員が息を呑む中、藤堂監督はゆっくりと顔を上げ――
ニヤリと、口元をゆがめて笑った。
「Aグループ通過は――日本とアルゼンチンだ。」
一瞬の静寂。
「おめでとう。決勝リーグへの出場が決まったぞ。」
「――うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
部屋中が爆発したかのような歓声が響く!
「やったぁぁぁ!!」
「うおおおおっ!!マジかよ!!」
「これが……世界のトップに行くってことか!!」
選手たちが立ち上がり、次々とハイタッチ、抱擁、喜びを分かち合う。
汗まみれのユニフォーム、火照った頬、それでも誰もが最高の笑顔だった。
俺は小さく拳を握る。
(決勝リーグだなんて……夢みたいだ)
でも――
ここまで来たら、もう夢じゃねぇ。
“現実”だ。
俺たちは、世界の舞台に立ってる。
この手で、確かに世界一を掴みにいってる。
その時だった。
藤堂監督の声が、再びミーティングルームを静かに支配した。
「そして――Bグループからは、イタリアとブラジルが進出だ。」
ピッと音を立てて、モニターに決勝トーナメント表が映し出される。
その瞬間、
誰かが息を呑んだのが、ハッキリと聞こえた。
準決勝 組み合わせ
――日本 vs イタリア
――アルゼンチン vs ブラジル
その名前を見た瞬間。
部屋の空気が一変した。
“イタリア”。
その名の下に浮かぶ、一人の男の顔と、その異名。
「石壁の巨神」――ガブリエーレ・ヴォルカーノ。
「……来たな、ヴォルカーノ。」
俺は、そっと目を細めた。
あのワールドカップ開幕パーティーで、真正面から視線をぶつけ合った男。
監督がモニターを操作する。
そこに映し出されたのは、ヴォルカーノのプレイ映像。
ゴール前に立つ、まさに“巨神”のような男。
身長195cm、体重92kg。
その体格は、まるで要塞。
しかし重さは感じさせない。鋼のごとき反射神経と、冷徹な読みが、あらゆるボールの行く先を制していた。
至近距離からの強烈なボレー――反応。
クロスバー下隅へのミドル――片手で弾く。
ワンフェイントからのループ――跳ばずに、読む。
そのたびに、ボールは“壁”に吸い込まれるように止められていく。
「セーブ率、98%……」
思わず誰かが呟く。
隣でゴールキーパーの大久保が、呆れたように口を開いた。
「……何度聞いても、頭おかしいセーブ率してるよな。」
笑ってるようで、汗がにじんでいる。
GK同士だからこそわかる、“化け物”の正体。
映像が切り替わり、ある海外の実況の声が響く。
「どんなシュートも彼の前では無力。なぜなら――“壁”は動かない。」
それは、賛辞であり、恐怖の言葉。
動かずに止める。動かずに“支配する”。
シュートの先を読むというより――あらかじめ知っているかのように、そこにいる。
それが、“石壁の巨神”ヴォルカーノ。
静かなミーティングルームの空気が、確かに変わった。
誰もが悟っていた。
次の相手は、“止めるために生まれた男”。
その異名が胸に残ったまま、誰もが黙り込む。
軽口も冗談も出ない――それほどに、“次”は重い試合だ。
準決勝。
相手は、鉄壁のイタリア代表。
空気が少し張り詰めたその時、静かに立ち上がった男がいた。
長谷川キャプテン。
堂々と前に出ると、全員を見回して――口を開いた。
「……でも、俺たちは、ここまで来た。」
その声は、決して大きくはなかった。
けれど、言葉の一つ一つが心に染み渡る。
「スペインを超えた。アルゼンチンと撃ち合った。それも、このメンバーでだ。」
誰かが、息をのんだ。
「だからこそ言える。次も、俺たちで勝てる。勝とう。堂々と、ぶつかって――決勝に行こうぜ。」
その瞬間、どこか重たかった空気が、少しだけ柔らかくなった。
「……っし!!やってやろうぜ!」
「次も勝つ!俺たちの力で!」
「ヴォルカーノだかヴォルケーノだか知らねぇけど、ぶち抜いてやるよ!」
仲間たちの声が次々と重なり、ミーティングルームに熱が戻る。
その様子を、藤堂監督が静かに見つめていた。
そして一言、低く言い放つ。
「試合は明日だ。今日は、身体を休めろ。」
全員がうなずいた。
世界の舞台は、もう目の前。
だが怖くはない。仲間がいるから。ここまで共に戦ってきた、この“日本代表”がいるから。
勝つために――まず、しっかりと“明日”に備えるだけだ。
そして俺たちは、それぞれの時間へと散っていった。
思い思いの覚悟を胸に――準決勝、“イタリア戦”へ。
――――――――――
その夜。
試合後の疲労を引きずったまま、俺はホテルのベッドに身を沈めた。
ようやく、一息つける――そう思った、その瞬間。
〈ピピピピ――。〉
スマホが震えた。
画面に表示された名前は――「綾乃」。
心臓が、一気に跳ね上がる。
(……綾乃!?)
あのテロ事件以来、気まずさと後悔が心に残っていた。
話したい。会いたい。伝えたい言葉が、山ほどあった。
迷わず、震える指で通話をタップ。
画面が暗転し、すぐに接続音。
「綾乃……!」
名前を呼んだ、その刹那――
カチリ。
背筋に氷を這わせるような、冷たい“スイッチの音”が聞こえた。
そして――スマホのスピーカーから流れたのは、綾乃の優しい声でも、戸惑いの挨拶でもなかった。
「こんばんは、Mr.雷丸」
その声が届いた瞬間、全身の血が凍りついた。
低く、重く、冷徹な――あの声。
「……アレクサンドル・ヴァルター」
画面に映ったのは、月光を思わせる銀髪と、無機質な笑みを浮かべた男。
闇の組織《ヴェールノクターン》。
かつて、俺たちを襲ったテロのリーダー。
「夜分にすまないね。だが、これから君に“重大な選択”をしてもらう。」
その後ろ――仄暗い室内の奥に、人影が揺れていた。
(……まさか)
目を凝らした瞬間、心臓が止まりかけた。
綾乃――!!
「おい、何をしてやがる……綾乃に……!!」
怒鳴りたい衝動を、喉の奥で押し殺す。
相手は冷酷な策略家。言葉ひとつで命すら弄ぶ男だ。挑発に乗ってはいけない。
ヴァルターは芝居がかった笑みを浮かべながら、ゆっくりと言った。
「彼女は無事だよ――“今のところは”ね。
だが、これから先の運命は――君の選択に委ねられる。」
ヴァルターの声音は氷のように冷たく、容赦がなかった。
画面の奥、綾乃の姿が一瞬揺れる。薄暗がりの中でも、その表情が強張っているのが分かる。
選択だと――?
怒りが喉の奥で唸りを上げる。だが、拳を握るだけで堪える。
挑発に乗っても、綾乃は取り戻せない。
「これから――コルコバードの丘に来て貰おう。」
ヴァルターが告げる。
リオを見下ろす巨大なキリスト像のある丘。深夜の時間帯、人の気配もなく、闇に包まれた聖地。
「来ないのなら――今ここで、Ms.綾乃には死んでもらう。」
何の感情も込めずにそう言い切るその口調に、背筋がゾクリと冷える。
まるで命を天秤にかけることなど、日常茶飯事かのような態度だった。
「それと――このことは誰にも言わないように。
一言でも漏らせば、その時点でゲームオーバーだ。」
“分かっているだろう?”と言わんばかりの嘲るような眼差し。
胸の奥が、怒りと不安と焦燥で煮え立つ。
だが――俺は、静かに返した。
「……分かった。行くよ。」
スマホの画面を睨みながら、唇を噛み締める。
綾乃を取り戻すためなら、どんな地獄だって踏み込んでやる。
「そっちのルールでやってやるよ。」
そう言い放った瞬間、ヴァルターは満足そうに笑みを深め、
「それでこそ、Mr.雷丸」とだけ言い残して通話を切った。
静寂が落ちる。
スマホの画面は真っ暗になり、部屋の中にわずかな月明かりだけが差し込んでいた。
俺はベッドからゆっくりと立ち上がる。
視線は、窓の外――コルコバードの丘の方角へ。
その先に、綾乃がいる。
そして――ヴァルターが待っている。
逃げねぇ。絶対に、救い出す。
そう心に誓い、俺は静かにバッグを手に取った。
準備もなし、仲間も呼べない。だが、覚悟はできている。
――――――――――――
深夜――静まり返ったリオの街を、タクシーがゆっくりと登っていく。
窓の外には、闇に沈んだコルコバードの丘が聳えていた。
山頂に浮かぶキリスト像だけが、ぼんやりと月光を受けて輝いている。
「ここまででいいです。」
短く告げ、運転手に札を渡して車を降りる。
辺りは人気もなく、風の音だけが耳を撫でていた。
眼前には、丘の麓にあるケーブルカーの乗り場。
本来なら観光客で賑わうはずの施設も、今は完全に閉じられ、明かりも消えていた。
(……さて、どうやって登るか――)
階段を探すか、裏道でもあるか……
そう考えながら足を進めたその瞬間だった。
――カチッ。
突如、施設内の照明が点いた。
暗闇の中、無人だったはずの駅舎が、まるで誰かが待ち構えていたかのように目を覚ます。
同時に、ケーブルカーのエンジン音が低く響き始めた。
金属の振動音。ガタン、ゴトンとレールの上を滑るように、動き出す車両の音。
(……乗れってことか。)
口元を引き締め、深く息を吐く。
まるで導かれるように用意された、“舞台への道”。
誰かが待っている。あの男が――ヴァルターが。
俺はゆっくりと歩を進める。
静かに開いたドアに、何の迷いもなく足を踏み入れた。
ケーブルカーの車内は誰もいない。
ただ、前方に向けて真っ直ぐ伸びる軌道と、暗闇に浮かぶキリスト像が見えるだけ。
自動的に閉じる扉。
そして、車両が動き出す――
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