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第152話 ワールドカップ47
しおりを挟む「――やるじゃねぇか」
ヴォルカーノが、笑った。
大地を揺るがすような、低く、重たいその笑いに、ピッチ上の空気が一変する。
だがその笑みの奥、鋼鉄のごとき意志が、瞳に閃いた。
「……だが、2回目はない」
その一言は、完全なる“宣戦布告”だった。
〈ピィィィィッ!〉
後半の空気を断ち割るように、笛が鳴る。
イタリアボールからの再開。
すぐさまボールは中盤を越え、日本ゴール前に迫ってくる。
だが、日本守備陣が奮闘し、キャプテン長谷川の鋭い読みでパスカット!
「いくぞ!キャプテン、村岡!!」
俺が叫ぶ。
魂ごと燃やすように、声を張り上げたその瞬間――
「トマジーニ、絞れ!サイドは切るな!村岡を自由にさせるな!雷丸には二重チェック!!」
轟くような声がピッチ全体に響いた。
最終ライン――ゴール前から、ヴォルカーノが指示を飛ばしていた。
その声には、迷いがない。冷静でいて、力強い。
まるで後方から戦場を統べる将軍のような存在感。
するとどうだ――
イタリアの守備陣が、一瞬で布陣を変えた。
まるで最初から“この展開”を予測していたかのように、流れるような守備で「村岡→俺」のツインラインを遮断してきた。
「っ……!」
村岡が鋭くドリブルを仕掛けるが、すぐさまDFが前方を塞ぎ、もう一人が背後から挟み込むように詰める。
「すぐに……対策してきやがったか……!」
パスラインがすべて閉ざされている。
ツインショットの導線が――完璧に潰されていた。
村岡は歯噛みしながらボールをキープし、慎重に後方へ戻す。
その目は、悔しさと警戒に揺れていた。
そして、ゴール前で構えるヴォルカーノ。
堂々と、そして静かに、言葉を落とす。
「何度も同じ手が通じると思うなよ」
その声は挑発ではない。
そこにあったのは、“守護神”としての矜持と誓い。
どんな奇跡も、二度は起こさせない――
そんな絶対的な覚悟が、全身から滲んでいた。
けれど。
――それでも、俺は引かない。
(あぁ、そう来るよな……)
静かに、だが確かに湧き上がるものがある。
悔しさ、驚き、そして――熱。
(でも、ここで止まれるかっての)
俺は前を見た。
その先には、壁のように立ちふさがるヴォルカーノ。
でも今の俺には、もう恐怖はなかった。
「……いいじゃねぇか」
口元に、自然と笑みが浮かぶ。
「また、新しい技を編み出すいい機会ってやつだろ?」
燃えてきたぜ、ヴォルカーノ。
この試合――
ここからが、“本番”だ。
――――――――――
――スコアは1-1。
均衡のまま、時間だけがじわじわと削られていく。
ピッチには、ただ風と、緊張と、汗の匂いだけが漂っていた。
両チームが激しく、そして慎重に攻防を繰り返す。
誰もが、わかっていた。
次の“一点”が――勝負を決める。
観客席からは声援が飛び交っている。
「ゴールしろーっ!!」
「雷丸ーッ!!やっちまえぇぇぇぇ!!!」
「守り抜けヴォルカーノ!こいつだけは止めろおおおお!!」
声が、うねる。
それはもう“応援”という次元ではない。
魂の叫び、祈り、怒号――あらゆる感情がスタジアムに渦巻いていた。
その熱量を、実況が拾い上げる。
「試合時間、残りわずか5分!!」
「決勝トーナメント・準決勝、この一戦で勝者が決まる!!」
「延長に持ち込まれるのか、それとも――最後の1点で世界を変えるのかッ!!」
スタジアムの視線が、ピッチの中心に集中していく。
すべてのカメラが、フォーカスする。
その視線の先――そこに、2人の“象徴”が立っていた。
ガブリエーレ・ヴォルカーノ。
鉄の意志を宿した瞳。
195cmを超える巨体は、まるでゴールと同化するようにそこに存在していた。
不動。無言の圧力。
“壁”ではない。“要塞”だ。
「イタリアのゴールを守り続けるのは――“石壁の巨神”、ガブリエーレ・ヴォルカーノ!!」
実況の声が、叫びと化す。
「セーブ率は驚異の98%!圧倒的な読み、反射、そして“静かなる統率力”!
イタリア代表、最後の砦!!その姿はまさに“絶対防御の化身”!!」
対するは――
飯田雷丸。
走る者。攻める者。破壊する者。
予測不可能なリズム。反則じみた脚力。漫画のような突破劇。
そして、数々の“異常な”ゴール。
誰もが――“止められない”と信じている。
「そして!!対する日本の希望!!
このW杯で突如現れた“超新星”!!」
「通称“ハーレム王”、飯田雷丸!!」
「世界中を騒がせた“零拍子”“雷速ステップ”など――必殺技のオンパレード!!
今や公式に“ワールドクラス”の称号を得た、新たなる“日本の象徴”!!」
フィールドの中心に、今――
世界の“矛”と“盾”が向かい合っている。
そして、時計の針は残り“5分”を刻む。
誰もが、手に汗を握っている。
観客の中には声を忘れ、口を開けたまま動けない者もいる。
子どもが泣き、誰かが祈り、誰かが拳を握って叫ぶ。
――世界は、今この瞬間、彼ら2人を見つめている。
雷丸が、立つ。
ヴォルカーノが、構える。
どちらが先に動くのか。
どちらが勝者として、決勝の舞台へ進むのか。
――すべての運命が、今、収束しようとしていた。
――――――
俺は考え抜いていた。
“石壁の巨神”――ヴォルカーノに勝つための、たったひとつの“解”。
正攻法じゃ無理だ。
どれだけ完璧なシュートでも、あいつには読まれる。
だから――この発想に至った。
「キャプテン、村岡――頼む」
静かに伝えた作戦に、2人は短く、しかし確かな声で応えた。
「――あぁ」
「任せろ」
その言葉に、俺の胸が高鳴った。
信頼。それこそが、奇跡を生む鍵だ。
――そして訪れる、試合最後のワンプレー。
中央のキャプテン・長谷川がボールを受け、視線を――“空”へ向けた。
「どこを見て……!?」
イタリアの選手たちが困惑する。
誰もが地上を見張る中、たった一人だけ、空を見上げる男。
そして、迷いなく蹴り上げた。
ボールは、高く、高く――
まるで天空の神に願いを託すかのように、真上へ舞い上がっていった。
それは「パス」とも「クリア」ともつかない不可解な軌道。
「えっ……何を……?」
スタジアムが、息を飲むような静寂に包まれる。
実況席ですら戸惑いを隠せない。
「これは……! 何を狙っているんだ!? パスか!? 時間稼ぎか!? いや、違う――」
その時、雷鳴のような叫びがピッチに轟いた。
「村岡ォォォォォォォ!!!!」
その声と同時に――
村岡が、ボールの落下地点に駆け込み、構えを取る。
そして、そこに全力で駆け込んでくるのは――俺、飯田雷丸。
村岡の手が、俺の足元を支える。
次の瞬間――
俺は、地面を蹴ったのではない。
仲間の手から、“空へと打ち上げられた”。
重力すら裏切るように、俺の身体は――宙へ。
跳んだというより、“飛んだ”。
爆発的な浮遊感が全身を駆け巡る。
空気が薄くなったように感じるほどの高さ――
観客の誰もが、反射的に空を見上げていた。
「な、なんだあれは!!」
「跳躍じゃない……飛行だ……!」
「まるで、空を飛んでる!!」
スタジアムが総立ちになる。
フラッグが揺れ、悲鳴のような歓声が四方から押し寄せる。
空中で、俺は静かに体をひねった。
そして、落下と同時に――
“真下”へと右足を振り抜く!!
通常のオーバーヘッドとは違う。
蹴り上げではない、叩き落とし。
まるで雷鳴が落ちるような軌道。
それは、“真上”というヴォルカーノにとって唯一の死角を突く弾道――!
「くらえ、ヴォルカーノォォォォォォ!!!!」
全身の筋力と想いを込めて叩き込む、
“防御不能の直撃シュート”――その名も《サンダーフォール》!!
ボールは重力に従うどころか、それを加速させたかのように地面へ落ちる。
真上から突き刺さる弾丸。
反応の猶予は、ゼロ。
ヴォルカーノの目が、初めて――揺れた。
巨神の両腕が上がる前に、ボールはすでに――
バシィィィィィィン!!!!
地を打った。
叩き落とされたボールは、地面で強烈なバウンドを起こし、
――跳ねた。
そしてそのまま、ゴールネットを真上から突き破る勢いで揺らす!!
ネットが弾け飛ぶ。
歓声が、熱気が、スタジアムの屋根を突き抜ける。
〈ピィィィィィィィィィィィィィィッッ!!!!〉
試合終了のホイッスルが響き渡った。
“奇跡”は、その一撃と共に生まれた。
「ゴォォォォォォォォォォォォォォル!!!!」
「ゴールと同時に試合終了ぉぉぉぉ!!」
「日本代表!!逆転!!勝利ィィィィィィィィ!!!!」
「見ましたか皆さん!!これが奇跡です!!これが伝説です!!うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
実況が絶叫し、解説者が言葉を失い、観客が総立ちで咆哮する!!
観客が立ち上がる。
雷丸コールが、四方八方から響き渡る。
「雷丸!雷丸!雷丸!!雷丸!!!!」
スタジアム全体が振動し、地鳴りのような熱狂が空へと昇っていく。
味方がベンチから飛び出してくる。
村岡が拳を突き上げ、キャプテンが叫ぶ。
皆が俺のもとへ駆け寄り――
俺は、誇り高く胸を張った。
「見たか!?世界!!俺は空を飛ぶサッカー選手――飯田雷丸だ!!!!」
――世界よ、これが俺だ。
そしてここから、もっとぶっ飛んでやる。
――――――――
歓声が渦を巻き、スタジアムが熱狂に包まれていたその最中――
ふと、俺の視界の前に、影が差す。
……でかい。
見上げるようにして顔を向けた先にいたのは――
ガブリエーレ・ヴォルカーノ。
イタリアの守護神、石壁の巨神。
スタジアム全体がどよめきから一転、ピタリと静まり返る。
あまりの存在感に、まるで時間まで止まったかのようだった。
ヴォルカーノは腕を組み、俺の目の前で立ち止まると、低く、深い声で言った。
「……まずは、謝罪を」
――その一言に、誰もが息を飲んだ。
「日本代表を侮辱した。特に、お前をな。完全に……舐めてた。すまん、雷丸」
観客席から、驚きと感嘆の混ざったため息がこぼれる。
まさか、ヴォルカーノが頭を下げるなんて。
俺も正直、固まった。
だが次の瞬間。
あの巨体から伸びてきた、ぶ厚い手。
「それと、祝福を。……おめでとう、雷丸。今日の勝者は――お前だ」
差し出された手は、余計な言葉を必要としない、“真の敬意”だった。
俺は一瞬戸惑ったが、すぐにその手をガシッと握り返す。
まるで鉄のように固く、温かくて、重い――戦った者同士の握手だった。
そのまま、ヴォルカーノが微かに笑みを浮かべながら、俺に耳打ちする。
「……だが、次に会ったときも、容赦はしないけどな」
その言葉に、俺の口元も自然と吊り上がる。
「上等だ、ヴォルカーノ。次もこの俺が、ぶち破ってやるぜ!」
がっちりと手を握ったまま、お互い睨み合う。
だがそこには、敵意でも傲慢でもない。
“リスペクト”と“再戦の誓い”が宿っていた。
観客席が再びざわめき始める。
――その様子を見ていた実況が、興奮を抑えきれず叫んだ。
「見てください、この光景を!!」
「戦いを超えて通じ合った、魂と魂の握手!!」
「これが、ワールドカップ――これが、スポーツの“奇跡”だぁぁぁぁ!!!」
握手がゆっくりとほどかれ、俺たちはそれぞれのチームに戻っていく。
だがその背中には――
確かに“次”を見据える、炎が灯っていた。
――――――――――
【ロッカールーム】
試合終了の歓声が遠のき、静かに安堵と疲労が漂い始めた頃――
その空気を断ち切るように、藤堂剛監督が立ち上がった。
「まずは――賞賛を」
低く、だが確かに響く声。
その一言だけで、ロッカールームの空気が一変する。誰もが姿勢を正し、監督の言葉に耳を傾ける。
「よくぞ、イタリアという“世界一の壁”を破ってくれた。今日、お前たちは――日本の誇りだ」
一瞬、全員の胸に温かい火が灯る。
だが次の瞬間、藤堂の目が鋭さを取り戻した。
「……だが」
その一言に、チーム全体の顔が引き締まる。
「いよいよ、最後だ。ワールドカップ決勝戦。世界の頂点を懸けた――本当の戦いが始まる」
その言葉とともに、室内のモニターに映し出される、もう一つの準決勝のスコア。
《アルゼンチン 5 - 6 ブラジル》
「!!???」
声にならない衝撃が、全員の顔を強張らせた。
「あのエンリケが……負けた?」
信じられない、というように誰かが呟く。
あの“魔法の使い手”、エンリケ・マルティネス。彼の技巧を知る者なら、誰しもが想像できなかった結末。
そのエンリケを打ち破ったのは――
アントニオ・ソルダード。
ブラジル代表の10番にして、“太陽の王子”と呼ばれる男。
呆然とする仲間たちとは別に――
俺は、ゆっくりと立ち上がっていた。
拳が、静かに握られる。
(……やりやがったな、アントニオ)
確かに、胸が熱くなるのを感じた。
アントニオ・ソルダード率いる、ブラジル代表。
いよいよ、“世界の頂点”を懸けた――最後の決戦が幕を開ける!!
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