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第169話 富士の樹海7
しおりを挟むそこで貴音がふと顔を上げ、満面の笑みで提案してきた。
「ねぇ!とりあえず、みんなでじゃがりこ食べて様子を見てみようよ!」
そう言いながら、バッグからじゃがりこの筒を取り出し、得意げに掲げる貴音。その笑顔には謎の自信が満ち溢れている。
「いや、意味わかんねぇんだけど!?なんでそうなる!?」
俺が全力でツッコむと、貴音は少し不満そうに口を尖らせながら反論を始めた。
「だって、もしこの天狗さんがお腹を空かせてるなら、じゃがりこの匂いと音で目を覚ますかもしれないでしょ?!」
「いや、それで目覚める天狗なんているのかよ!?」
「わかんないけど、試してみる価値はあると思うよ!ほら、じゃがりこって匂いもいいし、サクサクって音も可愛いじゃない?!」
貴音の熱弁に、俺は思わず言葉を失う。いやいや、そんな理屈で神秘的な天狗が目覚めるわけがないだろ!
「それに、お兄ちゃんも言ってたじゃん!天狗だって現代風に進化してるかもしれないって!もしかしたらじゃがりこに反応する天狗がいてもおかしくないよ!」
「俺が言ってた進化ってそういうことじゃねぇ!!」
しかし、貴音の無邪気な笑顔に押される形で、俺たちは結局じゃがりこ作戦を実行することになった。貴音が筒のフタを勢いよく「パカッ」と開けると、中から漂うスナックの香りが樹海に広がる。そして、全員が一本ずつじゃがりこを手に取り、サクサクと音を立て始めた。
「これで起きたら本当にすごいわね……」
麗華が半ば呆れながらもじゃがりこを口にする。
樹海の中でサクサクと響くじゃがりこの音。倒れている天狗を囲んでじゃがりこを食べながら様子を見る俺たち。この状況、どう見ても異常すぎるだろ……!
「これ、客観的に見たらヤバくねぇか……?」
俺が呟くと、雪華がのんびりとした声で答える。
「でも、じゃがりこ美味しいですよね。」
いや、そこじゃないだろ!俺は心の中で全力でツッコんだ。
焔華もじゃがりこを一本口に運びながら腕を組み、「ふむ、このじゃがりこのパリパリ感、なかなか良いのぉ」と真剣に評価している。おい、今そんな感想いらねぇから!
麗華はため息をつきつつも、気づけば新しいじゃがりこを手にしていた。
「……まぁ、倒れてるのをすぐ動かすわけにもいかないし、まずは様子を見るしかないわね。」
冷静な分析をしているように見えるが、その手は完全にスナックモードだ。
「それにしても、天狗さんって何を食べるのかな?」
貴音が天狗を見ながら首をかしげ、じゃがりこを片手に言う。
「……多分、じゃがりこでは無いだろうな。」
俺がツッコむも、誰も気にせず黙々とじゃがりこを食べている。俺たち全員が天狗を見下ろしながら同じ動作を繰り返すこの状況、どう考えてもシュールすぎる。
「やっぱりこれ、絶対おかしいって!普通、こんな光景見たら天狗側がドン引きするだろ!」
俺が思わず心の中で叫んでいると、突然、目の前の天狗が小さくうめき声を上げた。
「うぅ……私を囲うようにサクサクという音と……それと匂いが……」
全員がピタッと動きを止めて天狗の方に目を向ける。まさか、じゃがりこで目が覚めるなんてことが……いやいや、そんなバカな!俺は信じられない思いで天狗を見下ろした。
彼女はまだ目を閉じたまま、うっすらと眉を寄せている。その口元がかすかに動き、また小さな声が漏れた。
「……美味しそうな音と……この香り……何だ……?」
「まじで!?じゃがりこで反応してるのかよ!?」
俺は思わず声を上げたが、貴音は満面の笑みで両手を叩き、「やっぱりじゃがりこ作戦、大成功だね!」と喜びの声を上げている。
麗華は呆れたように額に手を当てながら、「本当にこれで起きたら、この天狗、伝説級に変わった存在になるわね……」と小さく呟いた。
焔華も腕を組みながら、「ふむ、貴音の直感が当たったのぉ……じゃがりこは天狗の封印を解く鍵だったのかもしれん!」と謎の納得をしている。いや、絶対そんなわけないから!
天狗の少女はさらに小さくうなされながら、目を閉じたままぽつりと呟いた。
「……それを……私にも少し……分けて……くれ……。」
「きたぁぁぁーーー!!」
俺たちは興奮のあまり両手を握りしめた。いや、こんな展開あり得ないだろうと思いつつも、今この瞬間、じゃがりこがまさかの救世主になりつつあることに驚きを隠せなかった。
俺は手元のじゃがりこを見つめ、そして天狗の少女の方を見た。まだ目を閉じているものの、うっすらと動く唇が俺を呼んでいるように思える。
「……よ、よし!」
俺は恐る恐るじゃがりこを一本摘み、彼女の口元にゆっくりと近づけた。その間、全員が息を呑み、見守る。樹海の静寂の中、俺の手からじゃがりこが近づく音だけがやけに大きく聞こえる気がした。
そして、ついに――
「……ぱくっ。」
目を閉じたままの天狗の少女が、俺の差し出したじゃがりこに見事に食いついた。
「食ったーーーーーーー!!!」
天狗の少女はじゃがりこを一本食べ終えると、小さな声で呟いた。
「……サクサクしていて……とても美味しい……。」
その言葉に、俺たちはさらに驚きで声を上げた。まさか、じゃがりこで目覚めた天狗が、さらに味まで褒めるなんて――この状況、一体どこまでシュールに進むんだ!?
そして次の瞬間、天狗の少女がゆっくりと目を開けた。
「ふぅ、助かったぞ。」
彼女の声は、芯の通った落ち着きと力強さを感じさせるものだった。目を覚ました瞬間、彼女の雰囲気が一変する。
鋭い目つきが彼女の強い意志を物語り、相手を見据える視線には一切の隙がなかった。その瞳は深い漆黒に輝きを宿し、まるで全てを見透かしているようだ。さっきまでじゃがりこを嬉しそうに食べていた姿とは別人のような威厳を漂わせている。
「お、おい、さっきまでじゃがりこに食いついてたのに、なんだその威圧感!?まるで別人じゃねぇか!」
俺が動揺していると、彼女はゆっくりと立ち上がり、背中の黒い羽を広げた。その翼が闇夜の空気を切り裂くように動くたび、周囲の空気が張り詰めていく。
彼女は俺の目を真っ直ぐ見据えながら、まるで宣誓するように言葉を口にした。
「私は霧羽(きりは)。天狗の一族の守り手として、この地に立つ者だ。」
――お、おう。なんか急に格が違う感がすごいぞ!俺はただ、「じゃか」あげただけだよな?と自分にツッコミつつも、気がつけば俺の姿勢もぴんと伸びている。
霧羽は重々しい口調で続けた。「まずは、お礼を言わせてほしい。お前の……そのじゃがりこ?のおかげで、いささか力を取り戻せたようだ」
俺は「お、おう、気にすんなよ!」と軽く返しつつ、内心心臓がバクバクしている。何がどうしてこうなったんだ?じゃがりこがまさか天狗にとって「力を取り戻すアイテム」になるとは思わなかったぜ……。
霧羽が再び真顔に戻ると、背中の大きな黒い翼が風を受けてふわりと揺れる。その光景が、なんか妙に神々しいんだよな。俺、ついさっきまで樹海でじゃがりこをあげただけなのに、いつの間にか神聖な場面の立役者みたいになっちまってる。
霧羽は俺たちをじっと見つめ、眉をひそめて首をかしげた。なんだか俺たちをX線の目で見てるみたいだ。
「待て……」
霧羽が低く呟き、鋭い目つきで俺たちを見回した。
「お前たち、人間と妖怪が……共にいるだと?」
その驚きに、俺はちょっと肩をすくめながら軽く笑って返した。
「ああ、まぁな。俺、ハーレム王だし、いろんな奴らと一緒にいるんだよ」
人間である俺、麗華、貴音、そして妖怪である焔華、雪華――確かに妙な組み合わせだよな。
霧羽はさらに困惑した表情で「ハーレム……王……?」と口にし、麗華や貴音を一瞬ちらりと見て、次に焔華と雪華に視線を移した。彼女の表情は、混乱、疑惑、驚きが入り交じってて、まるで頭がオーバーヒートしてるみたいだった。
焔華がニヤリと笑いながら胸を張って、「ふん、雷丸はただの人間ではない。わしら妖怪をも魅了するハーレム王よ」と堂々と宣言する。まるで「ウチのボスがすごいんだぞ!」と誇らしげに言ってるみたいだ。
「本当なんです。霧羽さん」と雪華も微笑みながら、しれっと言い添える。
「雷丸様は、どんな存在も分け隔てなく受け入れる力があるんです」
その言葉に続くように、貴音が勢いよく手を挙げて元気いっぱいに言った。
「そうだよ!雷丸お兄ちゃんはすごいんだよ!」
さらに、貴音は天狗の霧羽に向かって自信満々に宣言する。
「それにね、私たちはファミリーなんだよ!」
「ファミリー……?」
霧羽が一瞬だけ首をかしげながら、困惑気味にその言葉を繰り返す。その瞳には、戸惑いと興味が混ざったような光が宿っていた。
「そう!」
貴音は胸を張って答えた。
「お兄ちゃんが中心になって、みんなで助け合ってるんだ。妖怪も人間も関係なく、みんな大切な家族なの!」
貴音の純粋でまっすぐな言葉に、一瞬だけ霧羽の表情が柔らかくなる。彼女の瞳が、何かを思い出すように少しだけ遠くを見つめるような仕草を見せた。
「……家族、か。」
霧羽は小さく呟き、その声はどこか寂しげで、それでいて温かさを含んでいるように聞こえた。
その一言を聞いた俺は、内心ドキリとする。霧羽にはきっと何か、俺たちにはわからない過去があるんだろう。でも今はそのことを問い詰めるよりも、彼女が少しでも安心できるようにした方がいい。
俺は思わず笑みを浮かべ、親指を立てながら堂々と言い放った。
「そういうことだ!妖怪も妹も同級生そのお母さんも、みーんなまとめて俺のハーレム!妖怪だろうがなんだろうが関係ねぇ!そんなことより美少女であることが大事だろ!?」
そうドヤ顔で締めくくった瞬間、霧羽は一瞬だけ驚いたように目を見開いた。だが、その驚きの表情はすぐに柔らかな笑みに変わる。
「……不思議な人間だな。だが、悪い気はしない。」
彼女の言葉に、俺は内心でガッツポーズを決めた。よし、ここは俺のカリスマでグイッと――!
そう思ったその瞬間、麗華がスッと前に出てきて、深いため息をついた。
「飯田君……どうしてこうも台無しにするのかしら。もう少しまともに締めくくれないの?」
冷ややかな視線を浴びせる麗華に、俺は少しむっとしながらも言い返す。
「いやいや、これが俺らしさだろ!?むしろこの方が心に残るってもんだ!」
「……残るのは頭痛だけよ。」
麗華は呆れたように目を閉じ、再び霧羽に向き直る。
「私たちは“中立派”といって、妖怪と人間が共存できるように動いている者たちよ。変わり者やお騒がせな者もいるけど、目的は本気なの」
「中立派……?」
霧羽はその言葉を噛みしめるように繰り返し、少しずつ状況が理解できたのか、神妙な顔で頷いた。どうやら俺の「ハーレム王」よりも麗華の説明の方が信頼度が高かったようだ。悔しいが、ここは任せるしかないか。
霧羽は戸惑いながらも、どこか温かい目で俺たちのやりとりを見て、静かに口を開いた。
「なるほど……確かに不思議な組み合わせだが、皆の結束が伝わってくる。其方達を……信じよう」
「おぉ、じゃあ早速俺のハーレムにどうだい!!?」
俺が勢いよく誘ってみせたその瞬間――パシッ!と鈍い音が響き、後頭部に衝撃が走った。振り返ると麗華が拳を振り下ろした直後のポーズで俺を冷ややかに睨んでいる。
「……まったく、この場で何を言い出すの、貴方は」
と麗華が冷ややかに呟き、俺は無言で後頭部をさすった。
麗華は霧羽に向き直り、丁寧に尋ねた。
「それで、霧羽さん。どうしてこんな場所で倒れていたの?」
霧羽は麗華の冷静な問いかけに一瞬目を伏せ、やがて小さく息をつきながら答えた。
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