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第170話 富士の樹海8
しおりを挟む夜の闇が深く染まり、星々が凍りついたように輝いている。冷たい風が富士の山頂を吹き抜け、静寂の中に緊張を孕ませていた。
その中心に立つのは、漆黒の翼を広げた天狗の長――夜嵐。
彼は、まるでこの夜の闇そのもののように威厳を放っていた。
漆黒の髪が肩まで流れ、赤く鋭い瞳が静かに辺りを見渡す。その眼差しは、すべてを見通すかのように冷たく、だが確かな意志を秘めている。
彼の背後には、四天狗――銀嶺、煌羽、黒塵、影鷹が並び立つ。
彼らは夜嵐に絶対の忠誠を誓い、緊張に満ちた沈黙の中で彼の言葉を待っていた。
その顔には決意の色が濃く、誰一人として微動だにしない。
夜嵐は、ゆっくりと前へ歩み出る。黒い羽織が風に揺れ、重く静かな足音が広場に響く。
「……もうすぐ、富士の山頂に霊力が満ちる。」
その声は低く、重く、だがはっきりと響き渡った。
「百年に一度、この山頂に集まる霊力。それは、我ら天狗にとっての“神の加護”とも呼べるものだ。」
静かな語り口ではあったが、その言葉は重く、聞く者の心を揺さぶった。
「そして、私は――」
夜嵐はゆっくりと目を閉じ、深く息を吸い込む。
「――その霊力をもって、風神の儀を執り行う。」
一瞬、空気が張り詰める。
その言葉の意味を理解した瞬間、広場に集まる天狗たちの間に緊張が走った。誰もが息を潜め、その言葉の重みを噛みしめていた。
「風神の儀――それは、その霊力をもって風の力を極限まで高め、風神へと至る儀式。」
夜嵐は静かに続ける。
「その力で、私は人間を皆殺しにし、天狗が世界を支配する時代をもたらす。――――かつて我らが人間に受けた裏切りと屈辱、その痛みを、今こそ晴らす時が来た。」
静寂が、再び広場を支配する。
その言葉は、凍てついた刃のように響き渡った。
瞬間、広場に重苦しい静寂が落ちた。
だが――
「……その通りだ!!」
一人の天狗が声を上げる。
「人間どもは、天狗を愚弄し、裏切り、滅ぼそうとしている!!」
「ここで滅ぼさねば、いずれ我らが滅ぼされる!」
続いて、別の天狗が続く。
「夜嵐様の御意のままに!!」
「風神の儀をもって、この世界に真の秩序を築きましょう!!」
それは、狂気の賛同だった。
次第に、集まった天狗たちが次々と声を上げ始める。
「人間は危険だ!!」
「共存など戯言!夜嵐様の導きこそが正しい!」
「人間に憎しみを抱かれ、我らが滅びる未来など、我慢ならん!!」
叫びは怒号へと変わり、広場を揺らすほどの渦となった。
「風神の儀で、すべてを吹き払え!!」
「人間を滅ぼし、我らがこの世の頂に立つのだ!!」
そして、夜嵐は冷たく言い放つ。
「……これは、我ら天狗と人間の戦争だ。」
その言葉を受け、天狗たちは雄叫びを上げた。空を覆い尽くすほどの声の波動が、まるで戦争の始まりを告げているかのように響き渡った。
それは、もはや狂気の響き。
そして――
「父さん、そんなこと、絶対に許さない。」
その瞬間、広場の空気が一変した。
夜嵐はゆっくりと視線を向ける。
そこに立っていたのは――霧羽。
黒髪をなびかせ、鋭い瞳で真っ直ぐに見据えている。
彼女の背には大きな黒い翼。
手には、戦いの構えを取る日本刀。
「……儀式に異を唱えるか、霧羽。」
「人間を滅ぼすだなんて、そんなこと、私は絶対に認めない。」
霧羽は力強く宣言する。
「人間も、妖怪も……ともに生きる道があるはずだ。歩み寄れる道が」
「…………」
夜嵐はゆっくりと手を上げた。
たった、それだけの仕草だった。
しかし、その意味を四天狗たちは即座に理解した。
〈ヒュウッ――!〉
突如として、猛烈な風が吹き荒れる。
そして、疾風のように――四天狗の姿が、霧羽の目の前に現れた。
彼らはまるで、夜風そのものが具現化したかのように、瞬きする暇もなく霧羽を囲んでいた。
銀嶺は薙刀を構え、白銀の翼を広げて、静かに立つ。
彼の周囲には、まるで刃のように鋭い風が渦を巻いていた。彼の銀の瞳は冷たく輝き、その表情は感情の欠片も見せないほどに冷ややかだった。
煌羽は両手に双剣を携え、翼を大きく広げて仁王立ちしていた。
その鋭い瞳は霧羽を射抜くように見据え、荒々しい風がその背後に吹き荒れている。まるで今にも襲い掛かろうとする猛禽のような気配を放っていた。
黒塵は大鎌を静かに構え、その刃に薄く霧がまとわりつく。
彼の灰色の翼は静かに広がり、まるで周囲の空気を呑み込むかのように重く垂れ込めている。彼は無言で霧羽を見据え、その瞳の奥には冷徹な決意が宿っていた。
影鷹は弓を構え、矢を静かに番えていた。
黒翼を大きく広げ、霧の中から獲物を狙うように、冷静に霧羽を見据えている。風の流れすら読み取るかのように、矢の先端がピクリとも揺れない。
彼らは、まるで霧羽の動きを封じるかのように、四方を完全に囲んでいた。
銀嶺が静かに前へ出る。
彼は重々しく、しかし確固たる意志を込めて言い放った。
「霧羽。これは 決定事項 です。」
銀嶺の長い薙刀が静かに構えられる。
その刃が月光を反射し、鋭く光る。
彼の周囲の風がざわめき、まるで その場の空気ごと切り裂こうとしているかのよう だった。
「………………ッ」
「これに異を唱えるなら……貴方といえど、私達は容赦しない。」
銀嶺の言葉は、まるで氷のように冷たく、鋭かった。
「銀嶺っ…………!!」
霧羽の表情が苦しげに歪む。
だが――
銀嶺は 表情ひとつ変えなかった。
彼は静かに霧羽を見据え、さらに 冷たい言葉 を投げかける。
「貴方の理想など、愚か者の戯言でしかない。」
――まるで、目の前にいる霧羽が ただの反逆者 であるかのように。
「もしそれでもその道を進むなら。私達と敵対する意思があると捉えますよ?」
無機質な声だった。
慈悲も、躊躇もない。
それは、まるで 冷徹な判決 を言い渡すかのような、無情な言葉だった。
次に煌羽が翼を広げ、荒々しい声で嘲笑する。
「霧羽お前……もはや天狗としての誇りを失っているな!」
続いて、黒塵がゆっくりと前に進み出る。
彼の暗い灰色の翼が広がり、不気味な風が霧羽を包み込む。
その風は冷たく、まるで死を告げるかのような冷酷さを孕んでいた。
「師として、残念だ。」
低く、冷たく、何の感情もこもっていない声。
「…………お前のような不出来な弟子を持ったこと、後悔している。」
その言葉を聞いた瞬間、霧羽の指が僅かに震えた。
黒塵の教えを最も忠実に学び、尊敬していたのは霧羽だった。
その黒塵に「弟子失格」と言われることは、何よりも重い言葉だった。
最後に、影鷹が前に進み出た。
彼は深く息を吸い込み、詩を紡ぐように言葉を紡ぎ出す。
「霧羽……君の言葉は風に乗り、やがてどこかへ消えゆく。
人間との共存とは、儚き夢に過ぎぬ。
まるで蜃気楼のように、美しくも触れれば砕け散る。」
その理想が、いつか君自身を傷つけるのだ。」
冷たい言葉。
だが、霧羽はじっと影鷹を見つめ、拳を握りしめる。
霧羽は三人の言葉を聞き、沈黙した。
「……本気、なのか?」
銀嶺が無言のまま、冷たく頷く。
黒塵は目を閉じ、ただ静かに沈黙を貫いた。
影鷹は僅かに眉を寄せたが、口を開くことはなかった。
霧羽の心の奥に、 冷たい刃が突き刺さるような痛み が広がる。
彼女は 四天狗の目を、一人ずつ見つめる。
「……本当に、そう思っているのか?」
誰も答えない。
沈黙が、肯定の証となる。
霧羽の瞳が、静かに 絶望に染まっていった。
夜風が吹き抜け、月の光が彼女の孤独を映し出していた。
霧羽の中で、確かに何かが 音を立てて崩れていく。
だが――
(……違う。崩れたんじゃない。)
その感情は 決して絶望ではなかった。
――それなら、それでいい。
そう、霧羽は 決断 した。
「――だったら私の居場所はここにはないな」
霧羽は、ただ静かに夜嵐を見つめながら続ける。
「私一人では、お前たちを止められない。だったら――人間界から仲間を集めてきてやる。」
「……人間界へ行く、だと?」
夜嵐が低く問いかける。
霧羽は 一歩も引かない。
「そうだ。私は、仲間を連れてくる。お前たちに立ち向かえる力を持った者を。」
その言葉は、確かな覚悟に満ちていた。
夜嵐は微かに瞼を閉じ、静かに息を吐く。
「……ならば、好きにするがいい。」
静かな声。
しかし、その中には確固たる決意が滲んでいた。
夜嵐はゆっくりと霧羽を見つめ――
冷たく、鋭く、言い放つ。
「だが、人間と手を組むなら――お前も、もはや我らの敵だ。」
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