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第183話 富士の樹海21
しおりを挟む――頼む、誰かこの状況を分かりやすく説明してくれ!!
心の中でそう叫びながらも、俺は一度深く息を吐き出した。よし、落ち着け、雷丸。こういう時は最優先すべきことを思い出せ。
そうだ……俺が一番にすべきなのは――ハーレムだ。
ハーレムメンバー(研修生)である霧羽の安全、それが最優先だ。敵がどうとか、お義父さん(仮)がどうとか、今は全部置いとけ。まずは霧羽だ。霧羽の安全を確保する――それが俺の使命。
俺は戦況を見渡す。さっき影鷹の狙撃によって斑鳩が一瞬だけ後退し、霧羽から距離が空いた。これだ……今が絶好のチャンスだ。
天狗たちと殲滅派の斑鳩、鋼牙が緊張感たっぷりに睨み合っている間を見計らい、俺は一気に霧羽の元へ駆け出した。
霧羽を拘束している地脈の鎖――その黒い鎖が霧羽の手足を縛りつけ、彼女の動きを完全に封じていた。俺は拳に雷を纏わせ、迷いなくその鎖に向けて叩き込む。
――バチィィン!!
雷の閃光と共に鎖が弾け、金属のような破壊音が周囲に響き渡る。鎖はバラバラに砕け、地面に散らばった。
霧羽は解放されたが、その場に膝をついて、荒い息をついている。その顔には明らかな疲労が見えた。
俺は思わず呟きながら霧羽に手を差し伸べた。彼女はその手を掴み、ふらつきながらも何とか立ち上がろうとする。しかし――
――ガクッ!
そのまま彼女の体が崩れるように倒れ込んできた。俺は慌てて支える。
「霧羽……!!」
肩越しに見える彼女の顔は、血の気が薄れ、呼吸も荒い。この状態じゃ――これ以上戦うなんて無理だ。
俺は意を決して言った。
「霧羽、捕まれ。」
そう言って、背中を差し出す。けれど、霧羽は顔をしかめて口を開く。
「……必要ない。私は――」
「いいから捕まれ!」
俺は強めの口調で言い放つ。正直、これ以上彼女が無茶するのを見ていられない。
霧羽は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに顔を伏せ、しぶしぶと俺の背中に手を伸ばした。
そして――
――むにゅん。
ん?何かが、背中に柔らかく押し当てられて……。
「……え?」
俺の全身が一瞬で硬直する。何だ、この感触は!?いやいや、落ち着け雷丸!こんな時に何考えてんだ!
霧羽は背中にしがみついたまま、顔を見せずに小さく呟いた。
「……重くないか?」
「え?いや、そ、それは全然いいんだけど……。」
答えながらも、俺の心臓はバクバクだ。何とか冷静を装いたいが、この状況で動揺しない方が無理ってもんだろ!
霧羽を背負った俺の背中越しに、斑鳩が舌打ちをしたのが聞こえた。
「……あと少しで確実に殺せましたのに……。」
その悔しそうな声に、俺は背筋がゾッとする思いだった。
そんな斑鳩に対して、紅葉のような赤橙色の翼を広げた天狗、煌羽が楽しそうに声を張り上げた。
「おいおい!よそ見してんじゃねぇよ、人間!こっちはいつでも準備できてんだぜ?」
煌羽は炎を纏った双剣を軽々と振りかざし、火花を散らしながら斑鳩に挑発的な視線を向けた。琥珀色の瞳が鋭く輝き、まるで獲物を見定めるかのようだ。
斑鳩はその言葉にちらりと彼を睨み、冷たく微笑む。
「まぁ、騒がしいこと……ですが、今の私には少し時間が惜しいのです。あなたのような雑魚と戯れている暇はございませんわ。」
「雑魚だとぉ? いいぜ、どれだけ燃やされたいか試してみろよ!」
煌羽が双剣を交差させ、燃え盛る炎を纏わせた刃から熱気が立ち昇る。次の瞬間、彼は一気に斑鳩へと突進した。だが、その動きを見て斑鳩はすかさず足を地面に叩きつけ、呪術を発動させる。
――〈ズガンッ!〉
地面が轟音とともに隆起し、巨大な石柱が煌羽の進路を遮る。しかし、煌羽はその場で立ち止まることなく、双剣を構えて笑みを浮かべた。
「へっ、そんなモンで止まるかよ!」
彼は双剣を振り上げ、一撃で石柱を叩き割る。破片が飛び散り、轟音が響く中でも煌羽の動きには一切の迷いがない。その豪快な一撃に、周囲の空気がさらに熱を帯びていく。
その光景を見つめていた黒塵が、無言のまま鎖鎌を振り上げた。鎖が不気味な音を立てながら空間を切り裂き、斑鳩に向かって一直線に飛んでいく。その動きは冷徹かつ正確で、一瞬の隙も与えない。
「…………沈黙を与える。」
低く響く黒塵の声。それと同時に、斑鳩は足元を軽くトントンと叩き、地脈を操る呪術を発動させた。
「地龍顕現(ちりゅうけんげん)。」
地面がひび割れ、隆起した大地から巨大な地龍が姿を現す。黒塵の鎖が斑鳩を切り裂こうとするたびに、地龍がその軌道を阻み、鎖と地龍の激闘が繰り広げられる。激しい衝突音が鳴り響き、地龍の硬い体と鎖が互いに押し合いながら火花を散らしている。
「黙るべきなのはどちらでしょうね?」
斑鳩は冷笑を浮かべながら、黒塵の攻撃を華麗にいなし続ける。しかし、その瞬間、煌羽が双剣を振るいながら斑鳩に向けて急接近してきた。
「……っ!」
斑鳩はその動きに反応し、足元を再びトントンと叩きながら、警棒を素早く構えた。次の瞬間、煌羽の双剣と斑鳩の警棒が激突し、鋭い衝突音が響く。火花が散る中、二人の間に一瞬の静寂が訪れる。
「……マルチタスクは、公設秘書の仕事だけにして欲しいですわね。」
斑鳩は皮肉めいた声で言い放ち、冷ややかな微笑みを浮かべた。その余裕ある態度に対し、煌羽は挑発的な笑みを返しながら双剣を構え直す。
「へっ、だったら忙しい秘書さんをもっと追い詰めてやるよ。」
熱気と冷気、闇と地脈――戦場は各々の力が激しく交錯し、さらなる混沌へと向かっていく。
一方、その場の反対側では、銀嶺と影鷹が鋼牙と向き合っていた。鋼牙は巨大な斧を肩に担ぎ、赤く光る瞳を二人に向けながら、獰猛な笑みを浮かべていた。
「……妖怪どもは、全員滅殺だ。お前らの首、全部もらうぜ。」
鋼牙の言葉には、妖怪に対する激しい憎悪と残酷な意思が込められていた。その圧倒的な殺意に、空気が重く張り詰める。
影鷹はそんな鋼牙の姿を見据え、再び弓を構えて詩を紡ぎ始めた。彼の目は閉じたままだが、冷ややかな威厳がその場を支配する。
「風は静けさを愛すもの。だが、吠える獣には、嵐をもって応えるべし……いや、今回はその吠える頭を吹き飛ばしてやるか。」
銀嶺は影鷹の言葉に苦笑しながらも、冷静なまま薙刀を構える。その動きには一切の隙がなく、静かに応じた。
「影鷹さん、詩の披露は戦闘後にしていただけますか?まずは目の前の彼を冷やして差し上げましょう。」
銀嶺が薙刀を軽く振ると、周囲の温度が一瞬にして下がり、冷気が漂い始めた。その冷たさが鋼牙の周囲を包み込むが、鋼牙は全く意に介さず、狂気じみた笑みを浮かべると斧を高く掲げた。
「冷やすだと?……笑わせるな!斧一振りで、全部叩き潰してやるよ!」
鋼牙が斧を振り下ろす瞬間、銀嶺の薙刀が冷気を纏いながら鋭く迫る。同時に影鷹の風の矢が空を切り裂き、鋼牙の胸元を狙う。その攻撃に鋼牙も全力で応じ、巨大な斧を振り上げて迎え撃つ。
〈ガキィィン!〉
鋼牙の斧と銀嶺の薙刀が激突し、冷気と風が絡み合い、爆発的な衝撃が辺り一帯を揺るがす。その余波で周囲の地面がひび割れ、空気が震える中、影鷹の矢も鋼牙の鎧をかすめ、さらに鋭い一撃を続けようとしていた。
一方、俺は背中におぶっている霧羽の様子を確認する。彼女の荒い息遣いが背中越しに伝わってきて、手にはまだ刀をしっかりと握りしめていた。その手の力強さから、まだ戦う気でいるのがはっきりとわかる。
「霧羽、ここは逃げるぞ。」
俺がそう告げると、霧羽は眉をひそめ、悔しそうに顔を歪めた。
「……くそ……私は……」
途切れ途切れの声。その目にはまだ戦意が灯っているが、俺は彼女の状態を見て冷静に判断するしかなかった。
「戦える状態じゃないだろ?立つのもままならないじゃねぇか。」
俺の言葉に霧羽は悔しそうに視線をそらしたが、すぐに続けて言葉を投げかける。
「悔しい気持ちはわかる。でも大事なのは生きることだ!生きてこそ、また次の機会が生まれるんだからな!」
俺の言葉に霧羽は一瞬目を見開き、その後、静かに目を伏せて俯いた。そして、やっと小さな声で応えた。
「あぁ……お前の言う通りだな……雷丸……すまない。では私をおぶって逃げてくれるか?」
「もちろんだぜ!遠慮すんなよ?研修生なんだからな。」
霧羽は弱々しくも頷くと、俺の背中にしがみつく。俺は彼女をしっかりと支えると、全力でその場を駆け出した。
「霧羽!今のうちに行くぞ!」
振り返ると、斑鳩も鋼牙も天狗たちと激しくやり合っていて、こちらを気にする余裕はなさそうだ。
――よし、今なら逃げられる!いや、振り返るなよ!頼むから振り返らないでくれ!
そう祈りながら全速力で山道を駆け抜ける俺の背中に、鋭い視線が刺さるような感覚がした。
ちらりと後ろを振り返ると、そこには冷たい目で俺たちを見送る夜嵐の姿があった。そして、静かに、しかし確実に心をえぐる冷徹な声で言い放った。
「霧羽、お前は弱い。でしゃばるからこうなるのだ。」
「……っ」
悔しそうに唇を噛む霧羽。その小さな仕草が、どれほど彼女が無力さを感じているかを物語っていた。その姿に胸が締めつけられる。
「うるせぇ!」
俺は足を止めず、振り返りざまに怒鳴り返した。
「霧羽は頑張ってたんだぞ!お前が認めなくても、俺が認めてるんだよ!」
だが夜嵐は微動だにせず、冷ややかに言葉を重ねる。その声には微塵も感情がこもっていない。
「努力だけでは何も変えられない。こうして分かっただろう。お前は弱い、だから負けた。その共存という理想――戯言に過ぎん。」
その一言が俺の中の怒りを一気に燃え上がらせた。息を切らしながらも、俺は叫ばずにはいられなかった。
「霧羽はまだ負けてねぇ!こうして生きてるんだからな!生きてる限り、何度だってチャンスはあるんだよ!」
山中に俺の声が反響する。その瞬間、夜嵐の瞳がほんの一瞬だけ細まった気がした。それが何を意味するのか、今は分からない。でも気にしている余裕なんてなかった。
俺は霧羽を背負い直し、さらにスピードを上げる。今は逃げることが最優先だ。
「今度会う時は覚悟しとけよ、お義父さん!俺と霧羽があんたの野望、ぶっ壊してやるからな!」
虚勢を張るように叫んだものの、内心は恐怖と焦りでいっぱいだ。それでも歯を食いしばり、前だけを見て走り続ける。逃げるのは、決して負けるためじゃない。生き延びることで未来を切り開くためだ。
虚勢と決意、そして守るべき仲間を抱えながら、俺は霧羽と共に山の奥深くへと突き進んでいった。
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