東方伝奇録

橋本健太

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Ⅱ 1887~1911年 中華帝国滅びゆ

4 義和拳法と救国の士

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 キョンシー使いの劉親子も、義和団の行動に共感する。
「救国の志士になるぞ!!!」
「父上、彼らが北京に来たら我らも力を貸しましょう!!!」
劉親子は日清戦争で命を落とした兵士達を手厚く葬り、満洲服を着せて死化粧を施して、お札を貼る。
「来るべき日は近づいている!!」

 山東省に現れた義和団は1898年に外国人のいる教会を襲撃した。
「駆逐してくれるわ!!!西洋の鬼ども!!!」
1898年、ドイツの租界地となり、教会や外国人居留地の出来た山東省。義和団は外国人排斥運動を行う。
「忌まわしき耶蘇教め!!!」
何建力も先陣切って教会を焼き討ちにし、外国人教祖に殴りかかる。
「HELP!!!!」(助けて!!!!)
「この夷狄が!!!死に晒せ!!!」
教祖を殴り倒し、他の信者達を青龍刀で斬りつける。
「オラオラオラオラオラオラ!!!!!!」
彼の強さに、他の義和団員も驚く。
「強いな。何建力!!」
「青龍の入れ墨は伊達じゃない!!」
強さを見せつける何建力。教会を燃やし、西洋人達の恐怖の象徴となる。西洋の夷狄に苦しめられていた清朝。1840年のアヘン戦争が、中国における「西洋の衝撃」(ウェスタン・インパクト)であり、三角貿易によってアヘンでボロボロにされた上に、夷狄であるイギリスに敗れた。更に南京条約で香港が植民地にされ、関税自主権が無いことや領事裁判権など清にとって不平等な条約を押し付けられた。1851年に太平天国の乱が起き、洪秀全がキリスト教を理想とする国家を創ろうとしたが、土着の価値観や文化には抗えず、理想は雲散霧消して。李鴻章や曽国藩ら、そして欧米列強による軍隊によって鎮圧され、多数の犠牲者を出して無残に失敗した。1860年代のアロー戦争でイギリスとフランスに屈し、朝貢国のビルマはイギリスの、ベトナムはフランスの植民地にされた。残った琉球王国は1879年の琉球処分によって滅ぼされ、沖縄県として日本の一部に加えられ、李氏朝鮮は日清戦争後の下関条約で、独立自治の国として朝貢冊封体制から切り離され、中華世界は崩れ去った。欧米列強による分割・領地の植民地化という屈辱を味わった清王朝。租界地として欧米列強によって分割され、その怒りは当然、欧米列強に向かう。

 義和団は欧米列強に牙を向き、この勢いに西太后も便乗する。
「義和団の勢いは凄まじいわ!!!今にあの欧米列強達を駆逐してくれましょう!!!」
西太后は欧米列強に宣戦布告をした。
(西太后様、大変なことになりますぞ…。)
李鴻章は警戒していた。1900年、義和団は山東省から直隷省(現在の河北省と北京)へと展開し、北京と天津は義和団で溢れかえった。
「義和団が北京にまで来たぞ。」
「お父様、いよいよ決戦ですね。」
劉威儀は義和団を見て、得意げになった。義和団は山東省を中心に、失業者や天災難民が多くおり、それらを吸収して義和団は大きくなっていった。義和団は「扶清滅洋」(清を助け、洋を滅ぼす)という清朝寄りのスローガンを掲げていたため、清朝は義和団を弾圧せず、むしろ義和団に便乗しようとしていた。
「とうとう北京まで来られた。我らこそが救国の志士となるのだ!!!」
何建力は店でマントウを噛りながら、列強との戦いに向けて意気揚々としていた。その様子を見ていた王曹は、直接口に出さずとも、危うく思っていた。
(列強国の兵力どれくらいいると思っているんだ。それにアヘン戦争で撃沈されているんだ。舐めない方が身のためだぞ。)
6月10日、20万人の義和団が北京に入城する。西太后は列強に宣戦布告し、それに対して列強国は義和団鎮圧のために軍隊を派遣した。派遣したのはイギリス・アメリカ・ロシア・フランス・ドイツ・オーストリア・イタリア・日本である。日本の出兵に対して義和団も戦う。7月18日、天津の大沽に上陸した連合軍は21日に天津に達した。天津での戦いは激しさを増したが、連合軍が勝利し、天津を占領した。8月4日、遂に連合軍は北京へと向かった。
「北京に来るのか。」
義和団の何建力と劉親子は、連合軍との戦いに備えていた。
「我らのキョンシーを甘く見るなよ。」
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