東方伝奇録

橋本健太

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Ⅰ 1840〜1886年 インパクト・オブ・チャイナ

6 いざ天朝へ

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 同年、拝上帝会に入信した2人。徐傑は両親に反対された。それでも向かう徐傑に、両親は最後にこう伝えた。
「徐傑よ、死なない覚悟はあるか?」
その言葉に対して、徐傑の眼はまっすぐで一点の曇りも無かった。これに両親も覚悟を認め、餞別として饅頭と包子を2個ずつ計4個、彼に渡して見送った。険しい旅路を往く2人。途中、貰った饅頭と包子を分け合って食べる。
「美味しいわ。」
「あぁ、ウチは代々饅頭屋をしているからね。」
厳しい自然の中を進み、3日かけて、2人は広西省潯州府桂平県金田村に辿り着いた。そこは、連年の災害により、貧しい民達が飢えに苦しんでいた。貧民の惨状を知り、呆然とする徐傑。かつては、中華思想では夷狄と呼ばれた女真族が建てたが、康煕帝・雍正帝・乾隆帝の時代に全盛期を迎え、十全武功で中華世界を拡大させ、清王朝は東アジアの一大帝国となった。しかし、天下泰平が続いたことで、女真族は堕落し、三角貿易によってアヘンが密輸されたことにより、国内では、アヘン中毒者が急増。清朝7代皇帝嘉慶帝は、林則徐を僅差大臣に任命して、広州に派遣。アヘンを取り締まらせたが、これに抗議したイギリスとの間で、1840年にアヘン戦争が勃発。産業革命で近代化したイギリスの兵力の前に、清は敗北を喫し、1842年に南京条約を締結。香港が植民地にされるなど、夷狄のイギリスに屈辱を味わわされた。華やかな中華世界の盟主であった清王朝、今やアヘンに毒され、古い思想に凝り固まった東亜病夫(ドンヤー ビエンフー)に成り下がった。
「あの華々しい「「皇清の中夏」」は一体どこへ行ってしまったんだ?」
自分の故郷の広州では、アヘン中毒者が溢れ返り、アヘン窟が出来て、不健全な世界が広がってしまい、広西では民が飢えで苦しむ。そんな現状に徐傑は嘆き、頭を抱えた。
「何ということだ…。」

 今夜はひとまず旅の疲れを癒す。小さな民家に泊めてもらう2人。貧困に喘いでいるためか、食事は粥だけで、おかずは塩。
「お食べ。」
「謝謝。」(シェイシェイ)
徐傑と毛蘭は、貧しい民が精一杯もてなしてくれた塩味の粗末な粥を、一匙一匙ゆっくりと味わった。夜は布団に入り、蝋燭の火が消えるまで、拝上帝会の教えを読んだ。拝上帝会に本格的に入信し、活動を始める。2人は念願の洪秀全に謁見出来た。
「貴方様が、洪秀全様ですか?私は、広州から来ました徐傑です。」
「広西から来ました毛蘭です。」
帽子を被り、神々しい雰囲気の漂う人物。彼こそが、拝上帝会天王 洪秀全である。
「ようこそ、拝上帝会へ。私は洪秀全である。」
その後、団営と言う軍事組織を結成。大砲屋銃器などを密造し、革命に備えた。同年、金田蜂起が起き、そこで勝利を収め、遂に太平天国が動き出した。
「太平天国、ここに在り!!」
1851年1月11日、拝上帝会は国号を太平天国に改めて、洪秀全は自身を天王と称した。組織としては、こうだ。

天王 洪秀全
中軍主将「東王」楊秀清
前軍主将「西王」蕭朝貴
後軍主将「南王」馮雲山
右軍主将「北王」韋昌輝
左軍主将「翼王」石達開

士気が高まり、一同は清王朝の盟主 女真族の象徴である辮髪を切り、徐傑も辮髪を切って、反乱の意志を示した。彼らは日々、武術の鍛錬に励み、反乱の日に備えた。

 そこから流賊のように各地を移動し、勢力を広げた。アヘン戦争で疲弊した清軍を太平天国軍は何度も打ち破り、快進撃を続ける。
「堕落した八旗軍など、我らの敵では無い!!」
徐傑も清軍兵士との白兵戦で、勇猛果敢に挑んで、勝利を重ねることで自信をつけていった。湖南省・湖北省を目指した。1852年6月に湘江に到着した際、南王馮雲山が、9月に長沙の戦いで、西王蕭朝貴が戦死した。12月下旬に漢陽・漢口を落城させ、1853年1月に武昌を落とした。
「やったわね。」
「あぁ、あともう少しだ!!」
勝利を喜ぶ徐傑と毛蘭。同年3月19日に南京を陥落させ、天京と改名し、太平天国の王朝を建てた。

 徐傑は、アヘン戦争で清が敗れたのを目の当たりにし、アヘン窟も見てきた。衰退していく清王朝は、半封建・半植民地状態になるだろうと予想。南京条約で香港が植民地にされ、関税自主権が認められない、領事裁判権など様々な不平等を被った。そんな清王朝に対抗し、自分達で地上の楽園を創り上げた、そんな達成感に満ちていた。
「夢見た天国だ…。」
だが、そんな幸せも長くは続かなかった…。
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