東方伝奇録

橋本健太

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Ⅰ 1840〜1886年 インパクト・オブ・チャイナ

5 徐傑の恋

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 広西に移住した徐傑と家族。広西は、南嶺山脈が走り、珠江の地域が内陸部を多く占める。亜熱帯気候で1年中暖かい。
「のどかだな。」
徐傑は、広西に好印象を抱く。ここで饅頭屋を開き、生活を始める。広西には、チワン族と呼ばれる原住民が住んでいる。チワン族の歴史は長く、嶺南地区で数万年前から居住し、春秋戦国時代には、百越と呼ばれる一派で、駱越・西甌などの国家を築いた。漢の時代に中華世界の一部になり、清王朝期に改土帰流が行われ、直接支配地域になった。博識で聡明な人柄の徐傑は、チワン族と馴染み、饅頭を通じて、円満なコミュニケーションを築いた。
「徐傑的饅頭好吃!!」(チュー・ジェ ダ マントウ ハオチー!!) (日本語訳:徐傑の饅頭美味い!!)
「謝謝。」(シェイシェイ) (日本語訳:ありがとう。)
チワン族も、来客を好む民族性で、初対面の徐傑にも手厚くもてなしてくれた。民族では、女性がよく働き、農作業も行なう。男性は勇猛でよく戦う。広西と水が合うのか、徐傑は拝上帝会の布教をしていくうちに、信者が増え、彼を慕う人間が増えた。
「洪秀全様に、謁見してみたいな。」
移住して2年経った1850年。徐傑は30歳になり、洗礼を受けて、キリスト教徒になった。
「神の愛で、皆は救われる。」
清王朝の衰退を悟る。旧態依然とした清王朝、アヘン戦争で敗れたことで、威厳は低下。洪秀全の拝上帝会に、可能性を見出す。

 同年、春節が終わり、徐傑は饅頭の他に粽を作り始めた。チワン族の風習として、旧暦3月3日になると、三月三という行事が行われる。それを楽しみにしながら、饅頭作りと販売に勤しんでいると、1人の女性が来た。頭に綾織のタオルを巻き、黒いズボンを履いた褐色肌の細身だが、逞し気な様子。
「歓迎光臨!你好!」(ファンイングゥアンリン!ニーハオ!)(いらっしゃいませ!こんにちは!)
「貴方、キリスト教徒ですって?拝上帝会にいるの?」
「いや、まだ洪秀全様には会えていないんだ。」
「洪秀全様の許へ、行った方がいいわよ。地上の楽園を共に作りましょう!」
意気揚々と話す女性。彼女の後ろに、行商が現れ、饅頭を買いたそうにしている。
「オイオイ、小姐。立ち話するのか、饅頭買うのか、どっちなんだい。」
「対不知(ドゥイブーチー)(すいません)。じゃあ、包子と饅頭を2個ずついただけるかしら?」
「包子と饅頭2個ね、はい、お待ち。」
徐傑は、女性から代金を受け取り、包子と饅頭を2個ずつ計4個渡した。行商の男は、饅頭を2個買っていった。
「しかし、あのお姉さん、中々の美女だな。楊貴妃のようだ。」

 その日から、彼女は徐傑の店に、頻繁に来るようになった。次第に、徐傑も彼女のことが気になった。ある日、三月三を1週間後に控えた頃、徐傑は仕事終わりに思い切って彼女に話しかける。
「ねぇ。」
「何?」
彼女は立ち止まった。雑踏から抜け、店の裏へ移動。
「いつも店に来てくれてありがとう。僕も君のことが気になってね。」
思わぬ告白に、彼女は赤面する。
「私のことが?そう言う貴方だけど、まだ名前を聞いていないわね?」
そう言われて、徐傑は改めて自己紹介。
「我叫徐傑。你叫什么名字?(ウォー ジャオ チュー ジェ。ニー ジャオ シェンマ ミンズー?(私は徐傑。貴女の名前は?)
「我叫毛蘭。 」(ウォー ジャオ マオ ラン)(私は毛蘭。)

 毛蘭は、1820年に広西で生まれた。チワン族で、幼い頃から農作業をし、武術を嗜む勤勉な女性。徐傑の饅頭の美味さに惚れ込んだのもあるが、共に拝上帝会を信仰していることが共通点として惹かれ合った。
「貴方は、拝上帝会を信仰しているのね?」
「あぁ。洪秀全様の理想の楽園が、我々を救うと信じている。」
こうして意気投合した2人。三月三(チワン族の称謂:サムニエン・ツォーサム)の日が来た。祖先の墓に料理を並べて焼香し、供物を皆でいただく。意気投合した徐傑と毛蘭は、手作りした五色飯(チワン族の称謂:ハウナンハーサク)を仲良く食べる。これは、炊く前の糯米に赤フジバカマ、黄飯、花、楓葉、紫藤などの植物の汁をそれぞれ浸して、赤・黃・黒・紫に着色し、白飯に合わせて五色にする。
「君に会えて良かったよ。」
「私もよ。広西に来てくれてありがとう。」
その後、拝上帝会に入信した2人。拝上帝会は金田村に集結して団営という軍事組織を結成。徐傑も、もう後には退けない、と感じていた。両親の反対を押し切って、饅頭屋を畳んだからである。
(毛蘭と、運命を共にしよう。)
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