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Ⅰ 1840〜1886年 インパクト・オブ・チャイナ
4 太平天国
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洪秀全は、1814年に広東省広州で生まれた。客家人でもある。貧しい家庭に生まれ、科挙及第を目指して役人になろうとしていた。初めて臨んだ1828年の県試と府試は失敗。2度目の1834年の院試に失敗。3度目となる1837年の試験も落第。失意の日々を送っていた。この屈辱感から、熱病を患った。
「ハァハァ…。私はこのまま役人になれず、科挙も全て落ちて…。何も得られぬまま死ぬのか…。」
40日間も熱病に苦しめられ、半ば死を覚悟した。だが、彼はその中である夢を見た。
「何だここは?」
中国では聖獣とされる虎と龍、鶏や多くの人々に出会い、彼らに導かれて光ある場所に辿り着いた。
「何と美しい。ここは天国か?」
案内されるまま、大きな宮殿へと歩いていくと、豪華な大広間があり、高い所に金色の髭を生やした老人が座っていた。その老人は、洪秀全を見て、涙を流しながら語りかける。
「世界中の人間はわしが作り、わしが養っていると言うのに、人間達は皆わしを忘れて、悪霊を崇拝している。悪魔を絶滅し、兄弟姉妹を助けよ。」
そう言って、一振りの剣を授けた。よく分からぬ夢が続き、今度はその剣で妖魔と戦った。やがて、熱病は治り、奇妙な夢も見なくなった。
「一体何だったんだ?」
それから6年経ち、1843年に郷試に挑むも、これも落第した。
儒者としての道をどうするか、考えていたが、梁発の「観世良言」の影響を受け、孔孟の書を捨てて、キリスト教に改宗。
「旧約聖書?そんなもの読んでない。でも、こういう教えなのか?」
「聖書」を学習していない洪秀全は、独学で解釈し、キリスト教の教義として、拝上帝教を説き始めた。定義は、入信した者は男女平等であり、男性同士は兄弟、女性同士は姉妹とし、ヤハウェを天父、キリストを天兄と称した。その定義を基に、当初は広州で布教活動を始めたが上手くいかなかった。1844年、洪秀全は馮雲山と共に、広西に移動して布教活動を行い、その地で信者を増やした。1847年、広州に戻った洪秀全は教会で教義を学習し、洗礼を求めたが拒絶された。
「ならば、自分で拝上帝会を創り上げてやる。」
洪秀全は、再び広西に向かい、馮雲山と合流。拝上帝会の規則や儀式を制定し、勢力を広げた。
1848年、広州。28歳になった徐傑は、饅頭屋を継いで、広州で営んでいた。清王朝は、アヘン戦争に敗れたことで、香港が植民地にされ、多額の賠償金の支払いを命ぜられた。ヨーロッパ人との貿易で後手に回され、伝統的な朝貢冊封体制と中華思想に基づく華夷秩序を維持し辛くなってきていた。
「清朝も、老化してしまったな…。」
売れ残って、カピカピになった饅頭を握り潰して憤る。欧米列強のイギリスに敗れ、今後、列強国に分割される、と危機感を抱く。両親も清朝の現状を憂いている。ある日の夜、父親の徐楊がある出来事を思い出して、徐傑に話す。
「そう言えば、今から5年程前だったか。洪秀全と名乗る者が、広州で布教活動をしていたな。」
「洪秀全?」
洪秀全と聞いて、徐傑が反応する。徐傑は、国際情勢に精通しており、清王朝の現状を憂いている。旧態依然とした清王朝の、中華世界の盟主という中華思想に基づき、自分を文明の中心(中華)と捉え、それ以外の周辺諸国を野蛮な存在(夷狄)と見なして、貢物を献上させる朝貢冊封体制に固執している所や、長年の天下泰平によって堕落した満洲民族、アヘンが蔓延して内部から腐敗した社会に対して、抜本的な変革を施せないマンダリン体制に、先が描けず嘆いている。饅頭を作っている場合ではない、と感じ始めていた。祖父母は、天然痘で亡くなり、饅頭屋も経営が傾いている。そんな中で、洪秀全の書物「原道醒世訓」、「原道覚世訓」、「百正歌」という書物を読み、彼の教えに興味を持ち、可能性を感じた。
「その方の書物を読んだ。西洋の宗教の教えを説いているようだ。」
キリスト教を独自の解釈で、拝上帝教として説いた洪秀全。ヤハウェを天父、キリストを天兄と称し、入信すれば男女平等という中華世界とは異なる世界で、神の愛による楽園が形成されると、徐傑は信じ、それを父に話した。
「ほうほう。その洪秀全とやらには、可能性を感じるな。」
それから数ヶ月、熟考して、意を決して饅頭屋を畳み、一家で広州から広西へ移住する。楽園、太平天国を目指して。
「ハァハァ…。私はこのまま役人になれず、科挙も全て落ちて…。何も得られぬまま死ぬのか…。」
40日間も熱病に苦しめられ、半ば死を覚悟した。だが、彼はその中である夢を見た。
「何だここは?」
中国では聖獣とされる虎と龍、鶏や多くの人々に出会い、彼らに導かれて光ある場所に辿り着いた。
「何と美しい。ここは天国か?」
案内されるまま、大きな宮殿へと歩いていくと、豪華な大広間があり、高い所に金色の髭を生やした老人が座っていた。その老人は、洪秀全を見て、涙を流しながら語りかける。
「世界中の人間はわしが作り、わしが養っていると言うのに、人間達は皆わしを忘れて、悪霊を崇拝している。悪魔を絶滅し、兄弟姉妹を助けよ。」
そう言って、一振りの剣を授けた。よく分からぬ夢が続き、今度はその剣で妖魔と戦った。やがて、熱病は治り、奇妙な夢も見なくなった。
「一体何だったんだ?」
それから6年経ち、1843年に郷試に挑むも、これも落第した。
儒者としての道をどうするか、考えていたが、梁発の「観世良言」の影響を受け、孔孟の書を捨てて、キリスト教に改宗。
「旧約聖書?そんなもの読んでない。でも、こういう教えなのか?」
「聖書」を学習していない洪秀全は、独学で解釈し、キリスト教の教義として、拝上帝教を説き始めた。定義は、入信した者は男女平等であり、男性同士は兄弟、女性同士は姉妹とし、ヤハウェを天父、キリストを天兄と称した。その定義を基に、当初は広州で布教活動を始めたが上手くいかなかった。1844年、洪秀全は馮雲山と共に、広西に移動して布教活動を行い、その地で信者を増やした。1847年、広州に戻った洪秀全は教会で教義を学習し、洗礼を求めたが拒絶された。
「ならば、自分で拝上帝会を創り上げてやる。」
洪秀全は、再び広西に向かい、馮雲山と合流。拝上帝会の規則や儀式を制定し、勢力を広げた。
1848年、広州。28歳になった徐傑は、饅頭屋を継いで、広州で営んでいた。清王朝は、アヘン戦争に敗れたことで、香港が植民地にされ、多額の賠償金の支払いを命ぜられた。ヨーロッパ人との貿易で後手に回され、伝統的な朝貢冊封体制と中華思想に基づく華夷秩序を維持し辛くなってきていた。
「清朝も、老化してしまったな…。」
売れ残って、カピカピになった饅頭を握り潰して憤る。欧米列強のイギリスに敗れ、今後、列強国に分割される、と危機感を抱く。両親も清朝の現状を憂いている。ある日の夜、父親の徐楊がある出来事を思い出して、徐傑に話す。
「そう言えば、今から5年程前だったか。洪秀全と名乗る者が、広州で布教活動をしていたな。」
「洪秀全?」
洪秀全と聞いて、徐傑が反応する。徐傑は、国際情勢に精通しており、清王朝の現状を憂いている。旧態依然とした清王朝の、中華世界の盟主という中華思想に基づき、自分を文明の中心(中華)と捉え、それ以外の周辺諸国を野蛮な存在(夷狄)と見なして、貢物を献上させる朝貢冊封体制に固執している所や、長年の天下泰平によって堕落した満洲民族、アヘンが蔓延して内部から腐敗した社会に対して、抜本的な変革を施せないマンダリン体制に、先が描けず嘆いている。饅頭を作っている場合ではない、と感じ始めていた。祖父母は、天然痘で亡くなり、饅頭屋も経営が傾いている。そんな中で、洪秀全の書物「原道醒世訓」、「原道覚世訓」、「百正歌」という書物を読み、彼の教えに興味を持ち、可能性を感じた。
「その方の書物を読んだ。西洋の宗教の教えを説いているようだ。」
キリスト教を独自の解釈で、拝上帝教として説いた洪秀全。ヤハウェを天父、キリストを天兄と称し、入信すれば男女平等という中華世界とは異なる世界で、神の愛による楽園が形成されると、徐傑は信じ、それを父に話した。
「ほうほう。その洪秀全とやらには、可能性を感じるな。」
それから数ヶ月、熟考して、意を決して饅頭屋を畳み、一家で広州から広西へ移住する。楽園、太平天国を目指して。
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